第3話
8XX年 魔法と剣技と仁義の国 フィクシジス王国
「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」
今晩、町は襲撃を受けた。
魔王軍の幹部ウラスが城に侵入、決死の防衛も空しく王女センカが連れ去られた。
焼けた鐘楼の音と悲鳴は延々と鳴り響く。
王女を捕らえたのちに、魔王軍はほどなくして退いた。
王は打ちひしがれながらも、大火に包まれた町を救うため立ち上がる。
幸い死者は居なかった。
ただ一人、勇者ああああの母を除いて。
第三話
「真ん中をよく見る!で!まずは腰から!」
「真ん中…この縫い目ね」
「そうっ!ここに重心を乗せーの!」
「乗せ―の」
「ちょっとずつ体を倒し―の!」
「倒しっ」
ゾサッと音を立て、センカは浜に落ちた。
「あーあ、もう諦めろヘタクソ」
「なんなのもーっ、わっけわからないわ!」
ため息をついたウラスは、幹を二回小突いて上からヤシの実を落とし、光線で穴を開け中を一気飲みした。
「初めての人は難しいらしいから。ハンモックって」
「くっ…」
白い砂浜がセンカの手汗にまとわりついた。
魔王城にセンカを連行する道中、洋々と広がる海が烈日を煌びやかに映すリゾートが占める第5エリア『キラミ島』に到着したセンカは、憧れのハンモックに小一時間乗ろうと奮闘していた。
「ちょっとあなた乗ってみなさいよ」
ふて腐れたセンカはウラスの手からヤシの実を強奪し背中をバシバシと叩いた。
「また?」
「手本見たら今度こそできる気がするから!」
ウラスは背中に付いた砂を掃い、木に手をかけ、しぶしぶ布を跨ぐ。
ウラスはハンモックで横になった。
「ほらあ」
自慢も同情も感じられない眼差しに、センカの未練がさざ波のように引いていく。
「…何かおかしいわ」
引いた潮からカニが顔を出すように、今度は懐疑心がセンカの口から出た。
「なんだおかしいって。早くフェリー乗ろうぜ。涼みたいんだよ。羽根とか蒸し暑いんだよ」
「あなたの時だけ、…気づいたらもう寝てるのよ。いや見てたけど、見てたはずなんだけど…あっという間、みたいな…」
「…もうそういう変なこと言うのやめろって言っただろ!」
ウラスはハンモックを2回反動をつけ、飛び起きて静かに着地した。
「あ待って」
「フェリー乗るぞっ」
「今見えた見えた!二回バウンドした」
「それが何だってんだよ。暑くて頭が回ってないんだ俺!」
「もう一回寝て」
ウラスはハンモックで横になった。
「もう十分って言え…もう十分って言え…」
「やっぱり気持ち悪い…」
「だああ!」
ウラスは体を勢いよく捻じったせいで、盛大に転げ落ちた。一帯を砂埃が包み込む。
「なんで降りるときはこんなに鮮明に記憶に残るのに…。もう一回、今度は変顔しながら」
ウラスはハンモックで横になった。
「…今変顔してた?」
「してた!フェリーっ!」
「そうよね、見てたのに、変顔してたはずなのに…」
「お前が見てなかっただけ!フェリー行くぞ!」
「どんな顔したか思い出せる?」
「フェ…あ?」
ウラスはふと我に返り、水平線から伸びる夕日をじっと見つめた。
「アゴを出して…いや違う白目向いて、ツノ伸ばしてて…」
「あなたのツノって伸縮できたのね」
「…ンあれ?」
「覚えてないわよねあなたも」
「…ちょっともう一回やらせてくれ」
ウラスはハンモックで横になった。
「今度は手縛ってやってみるわ」
ウラスはハンモックで横になった。
「歌いながらなら流石に…」
ウラスはハンモックで横になった。
ウラスはハンモックで横になった。
ウラスはハンモックで横になった。
ウラスはハンモックで横になった。
センカが制止したときには、本日最後の便が星空と海の狭間に消えていた。
ウラスは休むことなくハンモックで横になる。切れ切れだった呼吸も、横になる瞬間は収まっていた。
「ウラス?おーいウラス…?」
「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」
ウラスはハンモックに片足を乗せ、威風堂々とポーズを決めて見せた。
「ウラス…疲れたの?」
「…いや、これは違う、その、…クセだから。」
センカはそっと背中をさするように、ウラスの肌から砂を掃う。宙に舞った透明の粒が、月光を乱反射して波にすくわれた。
「わかるわ。少し落ち着きましょ」
「…取り乱してすまん。見なかったことにしてくれ」
耐えきれなくなったハンモックは、両端の木々と共にちぎれ落ちた。
センカは雑木林をかきわけて、枝を拾っては布に包んだ。
「こうして野宿するのも久々な気分だわ。…2日ぶりだけど」
そう言ってライターで葉に火をつけ、積んだ枝に放った。
木皮が弾ける乾いた音が、唖然としたウラスの意識を覚ました。
「いやホントに悪いっ!こんな森で一晩過ごさせるなんて!」
ウラスは俊敏に立ち上がり、センカに頭を下げた。ボスのパワフルな一礼の風圧は、周りの熱帯林をざわめかせた。
「いや、あなたが謝ることはないわ。私が最初に意地張ったのが良くなかったの」
こちらに薪を一本渡そうとする、仄かに照らされたセンカの微笑みは、王を思い出させる器を感じさせた。
「まあそれはそうか」
ウラスは腰を鳴らしてひょいと薪をつまみ上げ、まだ小さい火に突っ込んだ。
「…まあこうなるんだったらそこらのホテル予約しておけばよかったわね」
「いやここは王国最高峰のリゾートだしそれも難しいぞ。2年くらいは予約入ってるから」
「流石にそっか…ねえ、あなた幹部でしょ?優遇して泊まらせてもらえるとかできないの?」
「王女にあるまじき卑しさだな」
センカは太い枝に持ち換えてウラスの肩に振り下ろした。
「それは…したくねえなぁ」
見事に折れ曲がった枝が、火に放り込まれた。
「何か問題があるの?」
「ここらの経営をすべて牛耳ってるのが、エリアボスの『業翼のタルタロ』ってやつでさ」
「あーー…」
センカは昨日あったデミグルムの対応に疲弊したウラスの表情を思い浮かべる。
「そいつ、俺の弟でもあるんだ。今年で14になる」
「あれ、ちょっと長くなりそうね」
俺の父と母はそれぞれ王国の調査団に属していた。
大陸、島、地中の古代遺跡…。人間も未踏の土地を探し求め占領していく活動をしていた。
22年前、俺はその遠征中に産まれたんだ。
幸い当時旅していたのは人間の領地から離れたところだったし、ほぼ停戦状態でお互い干渉する機会もなかった。団の仲間にも可愛がられ、色んな景色を回っていきながら健やかに育っていったよ。
そのうち弟ができた。歳の近い家族は愛おしくてたまらなかった。いつも広い大地を一緒に駆け回りながら、汗と血と泥まみれで遊んだもんだ。
この日々は誰のものでもないんだって、与えられた自由をたんと味わって大きくなった。
それでも、十数人いた家族は一夜にして死んだ。弟が4つの時だ。
次の遠征先で人間の集落を見つけ、略奪を試みようと作戦を立てていた時、既に包囲されていたんだ。全ては集落を囮にした王国の罠だった。
いつの間にか山奥に誘導されていて、後退できない状況だった。
昨日川辺で遊んだ水切り最強のプルーは、頭を割られた。
いつもこっそり俺らに飯を分けてくれたドゥルタークは、魔法で火だるまになった。
俺の右上の前歯の乳歯を器用に引っこ抜いたバパブ姉は、磔にされ奴らに連れていかれた。
調査団とはそういう危険性を常に孕んでいるもんだ。逆の立場になって考えてみると、奴らも懸命だったと素直に認められる。
皆は俺と弟を逃がそうと必死になってくれた。そのせいで死んだことに対する自分への憤りの方が大きかった。
父と母は俺たちを逃がそうとしたところで刺された。人間が撤退するまで俺たちはその光景を木陰から息をひそめて見ているしかなかった。
死にゆく二人は、泣きながら母のお腹をさすっていた。
子供がいたんだ。
今は弟だったのか妹だったのかもう知る術はないけれど、そのときはじめて押さえ込んでいた感情が決壊する感覚がした。
両腕で弟の口を塞いでいたのが、自ずと力が入って、弟は泣きながら気を失った。
翌朝、焼け跡の中、俺は煤になった家族に土をかけた。
足元に一本だけタンポポが生えていたから、辺りにめいっぱい綿毛を吹きかけてやった。
そうして途方に暮れたまま、二人で未知の大陸を2年彷徨った。
運良く魔王国の方角に進んでいたようで、ある日俺たちは別の調査団に拾われて、そのまま保護された。
そこからは様々な保護施設をたらい回しにされ続けた。そのときはまだ政策が追いついてなくて、常に俺たちの居場所はなかった。
親は俺たちを生んだことを、本部に申告していなかったらしい。さらに弟は俺の両親から生まれた子ではなかった。
頼るあてもなく、常に存在を無視され続けながら、放棄してはならない命を抱えての生活だった。
俺は全部が憎くて仕方なかった。それぞれの身勝手な理由で俺たちを生んで、業を残して報いる機会も与えてくれない。
いつものように家の窓ガラスを割り、大人を殴って、路地裏で腹を満たしていた時だ。
一人の男が、俺らに近づいてきた。当時行政も手を焼いているほど暴れていた俺は、丸腰で一歩一歩寄ってくる男を不気味に思った。
俺は何度も脅し文句を言い放ったけれど、その男はひたすらに頷いていたんだ。
「もうすぐ、この国は変わるから。もう少しだけ待っていてほしい」
俺が怯えて殴りかかる前に、その言葉を残して男は去っていった。
その男が、今の魔王だ。
悪政を裁き、国を整え、そうして俺たちを迎え入れた後、まずは改めて家族の墓を立て直してくれたよ。
それから魔王様のもとで鍛錬を積んだ。初めて魔法を使ったし、部下もできた。
弟は勉強ができて、誰にでも寄り添うこともできたからいつも軍の誰かの相談役になっていたな。あいつが一人でいるところなんて見たことがない。それに、あいつはいっつも突拍子もない、誰にも出せないアイデアを思いつくんだ。で、それが成功して今や一つの島を買ってしまったんだ。
俺は軍で一番腕が立つけれどそこまでは頭が良くないから、ずっと魔王様のそばに仕えてる。
ああ、かなり脱線したな。弟と会いにくい理由だったよな。
その…なんだ、あいつは結局俺に何も意見しないまま何年も連れ回されたからさ、今度こそあいつはあいつの人生を送ってほしいっつーか。
俺が軍に引き入れなければ、今頃あと5つは島が買えて穏やかな暮らしをしていたと思う。
…もう十分兄として余計なお世話しちまった手前、俺の任務の尻拭いに極力巻き込みたくないんだ。唯一の家族だから、そこんとこ尊重したいんだ。
穏やかな潮風で星空が優雅になびいていた。
「…火が消えてるぞ。つけ直さないのか」
暗闇の中で、センカが立ち上がる音がした。
「今火つけたらふっ飛ばすわよ、このブラコン!」
「だぁれがブラコンだ」
「いいからそこ座りなさい」
「ずっと座ってらぁ!」
闇から振り下ろされたさっきより太い枝が、ウラスの肩を打った。
「あなた、今から弟のところ行ってきなさい。行って、さっきの話もう一回弟の前でしてきなさい!」
ウラスは肩に手を添えて、後ろに転げ落ちる。
「ぁあ!?」
「嫌だと言ったら私この森の奥に飛び出すわよ!その後はデミちゃんにでも魔王様にでもみっちりしごかれなさい!」
「くっそ!最悪だこの王女!」
ウラスは一秒も満たない速さでセンカを抱え飛び上がった。島を囲う幻想的な海に一瞬見惚れていると、腕の中のセンカは必死に顔を隠していた。理由は訊けなかった。
仕方なくセンカの指示を飲んで、タルタロのいるタワーの最上階へため息をひとつついて羽ばたき始めた。
その時、そのタワーから大きな影がこちらに近づいてくる。
魔王軍に似つかわしくないほど神々しい厚い白翼。タンポポを吹きかけたあの日から寒空の下で何年も抱きかかえ続けた柔らかく脆かった翼を、ウラスは見間違えるはずはなかった。
先ほどまでセンカに垂れていた詭弁や自称の家族愛は再会の昂りの前に即座に崩れ去った。
「タロ…!」
あの日の温もりが胸の奥から込み上がり、ウラスの瞼を強く震わせる。
「兄ちゃん!」
こちらに両手を伸ばす弟の次の言葉は、ウラスの残りの命のカウントダウンを刻みだす合図となった。
「逃げて!今すぐ!姫を連れて!!」
数年ぶりの声がウラスの耳に届くと同時に、島最大の火山が地響きを立てて噴火を起こした。
巨大な噴石が島中に降り注ぎ、溢れ出す火砕流は瞬く間に街を飲み込んでいく。
惨状と化したエリアをただ傍観することしかできなかったタルタロと二人は、互いに冷静さを取り戻させるよう言葉を探す。
「避難誘導でもハグでも必要なことならなんでもする!教えてくれタロ!!」
「まずは深呼吸!お互いの身の安全守って!」
タルタロは汗と涙を顔いっぱいに散りばめ、ウラスの肩を両手で力いっぱい握り声を震わせた。
「生きて…兄ち」
タルタロの最期の声は、眩く黒い斬撃に遮られた。
二人を覆い隠すように精一杯広げた白い翼は赤黒い風穴が開き、センカをかすめた斬撃は噴煙を通過し火山にもう一つ噴火口をつくった。
咄嗟にウラスが伸ばした手を掴むことはなく、綺麗な羽根を散らしながらタルタロは溶岩に飲まれていった。
その発射場所ははるか向こうの海上を進む魔王軍の戦艦だった。
「タルタロこんにゃろ~…最期まで兄貴庇ったなアイツ~」
甲板からこちらを覗いていたのは第6エリアのボス『業爪のオミオン』だった。
ウラスはただ真下を見つめながら、禍々しいオーラを右拳の一点に集中させる。ウラスの気持ちに体が追い付いていないことを察したセンカは、ウラスの左腕の中で必死に『業刃天開』の照準を合わせ、艦隊を大海ごと両断させ反撃に成功した。
しかし遠くの爆煙から、一人の影がこちらに近づいてくる。
「あああっぶね~間一髪~やるねぇ姫様」
オミオンは指一本を犠牲にしてかろうじて『業刃天開』を避けていた。
ゆらゆらと浮遊しながらウラスの攻撃が届かない間合いを保つ。
「どうしてあの子を殺したの!この島を壊したの!?魔王軍の仲間なんでしょ!」
しきりにタルタロの名を呟き続けるウラスと、状況の整理に必死のセンカ。それでも本来オミオンがウラスに勝ることは万に一つもないが、終始余裕の笑みを見せている。
「教えて…何が起こってるの…?」
ウラスとセンカ、火の海となったキラミ島と火の粉となって舞い散る業翼をひとしきり眺めた後、オミオンは微笑んで口を開いた。
「もう喋っても問題ないか。ウラスくんも動けそうにないし。」
オミオンが片手を挙げると、四方の空から魔王軍幹部が集結し、5人は二人を囲んだ。
「魔王は勇者に殺された。これからは、ここは勇者の国になる」
ここからは、勇者が魔王を討ち倒した後日譚。
王女センカの行く末を誰も知らない道のり。
語られなかったはずの、道草だらけの物語となる。
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