第2話



8XX年 魔法と剣技と仁義の国 フィクシジス王国


「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」


今晩、町は襲撃を受けた。


魔王軍の幹部ウラスが城に侵入、決死の防衛も空しく王女センカが連れ去られた。


焼けた鐘楼の音と悲鳴は延々と鳴り響く。


王女を捕らえたのちに、魔王軍はほどなくして退いた。


王は打ちひしがれながらも、大火に包まれた町を救うため立ち上がる。


幸い死者は居なかった。


ただ一人、勇者ああああの母を除いて。




第二話

「よし、入れ」


「無理無理無理無理無理」


センカが砲台の足を思い切り蹴ると、手のひらサイズのサビの粉末と鈍い音ががらんどうな遺跡に広がった。


「流石に嫌かあ」


「この砂漠のエリアに入って黙ってどんどん脇道に逸れていったから警戒してたけど…そういうことかぁー」


魔王城にセンカを連行する道中、獰猛な流砂と呪われた古代遺跡が点在する第二エリア『サンク砂漠』に到達したウラスは、とある抜け道「裏ゴール」を利用しようとしていた。


「これ使うと第5エリアまでひとっ飛びなんだよー頼む!痛くないから」


「そりゃあ魔王様の一の腹心様ならこの壁も上空からの着地も屁でもないでしょうよ!」


「じゃあ先に俺が壁に穴開けて、着地点でお前を受け止めるから!」


ウラスが砲台に足をかけると、鉄が軋む音と共に発射口が傾き砂を掬った。


「…」


「あー、まあ、そこらのモンスターにレンチ借りるか」


「無理無理無理無理!」


センカは足場の悪い砂丘に器用に駆け出した。ばつの悪さを拭えないウラスもまた、とりあえず追いかけつつ上手い説得の言葉と工具を探しに歩き出した。

カンカンに照りつけた太陽の下で、センカは全力で走り続ける。


「ほらあたし!こんなに走れるからっ!徒歩っ!移動は!徒歩でっ!」


何度も砂に足をとらわれながら逃げる全身から湧き出る汗が、石碑の残骸に染み込んですぐに気化する。


「そんなに体力あるわけないだろ、ほら、俺歩いてるけど全然突き放せてないぜ」


サソリ型モンスターが砂山から顔を出すが、必死に走るセンカの表情を見て、すごすごと針をしまった。


「もう文句言いませんから!5日間かかってもいいですからっ!いいですっ!ショートカットは!」


ウラスは足を止めた。強い日差しで顔の陰影が一層濃くなった。


「ああ、ショトカしないなら2か月かかるからな」


その一言をきいたセンカは足を止め、その場にへたりこんだ。


「…2か月?」


「うん」


「5日って…あれを使った場合の?」


「最短よ最短」


センカは俯き、立ち上がらないまま靴を脱いで、入った砂を落とし始めた。


「戻ったら紙とペンちょうだい」


「遺書書こうとするなよ」


ウラスが少しくたびれた顔で手を伸ばしながらセンカに近づく。工具は見つからなかったがどうやら説得にあまり時間を要さなくて済んだ、とウラスは思った。


束の間、二人の間に突如大きな窪地が発生し、センカが沈んでいく。


「次は何何あなたの魔法?!」


「…俺じゃないモンスターだ!」


ウラスは気だるげそうに翼を広げ、すり鉢状の中心に衝撃波を放つと、巨大なアリジゴクが飛び出した。

センカは昨夜と立て続けに甲高い悲鳴をあげ、腰まで埋まった自分の身体でもがいた。

地中や暗所に生息するモンスターは、著しく視力が乏しい。領域に入り見苦しく暴れる人間が護衛対象の姫であることなど考えが及ぶはずもなく、アリジゴクは呑気に口を開けた。

ウラスは脳天に間髪入れずに攻撃を打ち込むと、アリジゴクは怯み、センカの手を掴んで救い上げた。


「あっついのに手間取らせやがって」


センカを担いで、滑空させながらウラスは小言を吐く。


「面目ないっす…」


センカは口先だけで謝罪の言葉を並べながら、砂まみれになった服を見て落胆していた。


「俺の羽根は熱に弱いから降ろしたいけど、またさっきみたいなのが出てきたら面倒だからな」


直射日光を浴び続けた薄い翼は、砂上の大きな影に大粒の汗を降らせる。


「ところでさウラス…今どこに向かってるの?引き返してないよね」


「ああ、同僚のところさ、砲台直さなきゃいけねえから」


砂丘の頂から、荘厳な砦が姿を見せる。



「このエリアのボス『業腕のデミグルム』。あいつ世話好きだし、良い移動方法があるかと思ってな」




黒い血の汚れが目立つ大扉がそびえ立つ。教科書に載っていたものよりだいぶ美化された魔王の石像が、城壁を囲む奈落を見下ろすように仁王立ちしている。

二人は大蛇の腹より太い鎖を横切り、門番の前に立った。


「あっウラス様おつかれさまです!先日の姫の略取、見事な暴れっぷりだったとここまで広まってますよ!」


門番の跪く様は、王家に仕える器量を感じさせるほど凛としていた。部活の後輩のような気さくな声色に目を瞑れば。


「あー、まあ、その姫がここにいるわけだがな」


ウラスの影から顔を出したセンカは、睨み付けながら渋々会釈をした。


「デミっちゃんいる?ちょっと相談したいことあんだ」


「デミっちゃん…」


そのフランクな呼び名が霞むほど、天守閣で相対したデミグルムは昨夜のゴブリンを優に越える体格と威圧感を放っていた。


「んもぅ」


デミグルムはハトバスサイズのソファで縮こまるセンカに、体をくねらせながら接近してきた。


「ちょっとーウラスちゃん!こぉんなおチビちゃん連れてくるんじゃないわよ~ブッソウ~」


洗面器サイズのティーカップを器用に摘まんでセンカの前に振る舞われた。


「敵国の姫様に言うのはなんだけどよ、愛想だけは良くしとけ」


ウラスは下を向いてセンカに囁くと、力士の盃さながらに豪快にカップを飲み干した。


業腕のデミグルム。13年前の戦記に記されていた、ダイヤモンドより堅い腕を振り回し地形を崩壊させながら戦う討伐推奨レベル25の巨大ボスモンスターだ。

しかし目の前にいるのは野太くも艶かしい声を発しておもてなしする別の意味のモンスターだった。

多様性を重んじるフィクジシス王国王女センカは、人格を否定することなどするはずがなかったが、ボス部屋の居心地の悪さも相まってあまりの特濃なキャラクターの不協和音に遂に吐き気を催した。


「あらぁ流石の姫様もこのエリアで結構汚しちゃったわね~…待ってね新しいお召し物そこにあるから!そうそ最近ねお裁縫ハマっちゃって人間サイズのお洋服結構作ってるのよ~時期にここに女魔導士とか来たら捕まえて永久にお着替えさせたかったのよグゥオッハッハァ」


隠す気のない荒々しい笑い声にセンカの精神力は限界が近かった。荒ぶる息でそれを察知したウラスは、デミグルムの前に回り込み何とか視線を反らさせようとする。


「でさ!デミっちゃん俺らキラミ島までドカーンと近道しようとしたんだけど壊れちゃってさ!」


体を張ってデミグルムの話を遮ったウラスは、視線とあごを高速で動かしセンカに出口の方向を指す。

センカは過去一番の感謝の念を胸にしまって、そそくさと部屋を脱出した。


別に重くもないのに、ギリギリと音を立て、ちんたらと開く扉にセンカは憤りつつ、奈落から吹き込む外の空気を思いきり吸い込んだ。

扉に寄りかかり全身を脱力感させると、扉の影から先ほどの門番が近づいて隣に座り込んだ。


「…なによ…なんすか」


呼吸を整えるセンカと、部屋からの二人の怒号に近い井戸端会議を交互に目を向けて、門番は小さく口を開いた。


「…おつかれさま…っす?」




「まあ…わかりますデミグルム様一度決めたら一気に視野が狭くなるというか、手がつけられなくなることしょっちゅうで…」


空になった缶コーヒーをセンカから受け取った門番は自分の缶とまとめて手で潰した。


「ウラスが言ってた通り、優しい人なんだろうなって思うんだけどね」


「いやいや、人間がボス相手にすぐに顔色合わせろってかなり無茶ぶりっすよ」


「部下のあなたですら色々苦労してそうだもんね」


ボス部屋の騒々しさが扉の振動となって二人の背中を震わせた。


「もうそろそろ…落ち着きますかね」


門番は腕時計を見て、センカに励ましと憐れみが混じった笑みを向けた。センカは全身の強張りをひとつのため息に込めて吐き捨て、腰を上げた。直後、腕時計の陰に隠れたミサンガが目に入る。仕事に揉まれくたびれても色あせない華やかさの糸に数秒目を奪われたセンカを、門番はただ静かに見ていた。


「珍しいですか。はは、似合わないですよね?」


センカは慌てて背筋を伸ばし、足のほこりを掃った。


「ああごめんなさい!いや似合わないとかじゃ!…なぜかわからないけど、何か惹かれちゃって」


「これね、魔力強化の装備なんですよ。僕がつけててもあんまり意味ないんです」


門番のそれを見る眼差しに、背後の騒ぎ声が耳に入らなかった。


「…母が、くれたんですよ。僕の配属が決まった日に」


門番は脇に置いていた装備を着々と身につけながら、話し続ける。


「父は家業を継ぐように強いてきたんですけど、母だけは応援してくれて、兵士学校から王族に仕えるようになるまで一人でずっと支えてくれたんです。それで、このサンク砂漠の砦に行くことが決まった夜に、人間なんかに負けませんようにって言って、これを」


左腕の籠手以外の、すべての鎧を着た門番はその腕を見て微笑んだ。


「おかげで左腕の装備枠が無くなっちゃって、戦闘面ではマイナスなんですけどね」


話をきいて惹かれた理由が直感的にわかったセンカは、返す言葉を見失った。


「忙しさを理由に今までしてこなかったんですけど、お礼の手紙でも送ってればよかったなって」


「そんなの…今からでも書けばいいじゃないの!何死期悟ったような…!」


門番は目を合わせず、ただ薄暗い石造りの天井を見ていた。


「今日、あなたが来た」


下に顔を向けることができないと言い張るように、ただただ、天井を見ていた。


「時期に勇者一行があなたを連れ戻しにここに来るでしょう。近くには人間用の修行場も、うちのボスに対抗できる必殺技の秘伝書のあるダンジョンもあるとききます。…嫌でも現実を見ますよ。忠義や自己犠牲で覆い隠せないほどの現実を」


「私…でも」


センカの視野がみるみる狭まっていくのを感じる。


「けれど、今日、あなたに会えた」


「…え?」


「恥ずかしいですよね。敵国の、それも戦士でもないか弱い女の子に励まされるなんて。でも、だからこそ、本当なんです」


唖然とするセンカに、門番は涙の筋を隠さず見せて笑って見せた。


「あなたは強い。自国を巻き込んで魔王様に敗北し人生を狂わされる絶対的な運命を前にしても、まるで活力が衰えていない。勝つつもりで負けに立ち向かっています。もう一度言います。あなたの、その尽きることのない希望に、僕は励まされました」


センカは思わず胸のペンダントを強く握りしめた。

その後に門番の口から発せられた5文字の感謝の言葉は、勢いよく開かれた扉の音とそこから飛び出した涙目のウラスの阿鼻叫喚にかき消された。




「あらあセンカちゃんそこにいたの~」


久しさすら感じる、雄々しさに富んだ猫なで声にセンカの身の毛がよだつ。


「随分と長いトイレだったじゃないのぉ」


目まぐるしくソファに座らされたセンカは、動きやすく女々しい衣装にお着がえさせられていく。


「もしかしてゲリピー?んもう年頃のお嬢さんのお世話をする同行者がイコジなのも大変よねぇ…そうよねぇ!!」


荒げた声の先のウラスは、制止に体力を使い切ってしまいかつてないほどにげっそりしている。

センカを見つめて何か言っているように見えるが、デミグルムの鼻歌に遮られてしまい声は届かなかった。


「けど許してあげてね~照れ屋さんなだけなのよウラスちゃんは!ほら、なかなか似合ってる!」


6畳ほどある手鏡に映ったセンカは、気品はやや劣ったが手作りの温かみが十二分に伝わる出で立ちになっていた。


「ありがとう…ございます」


「でもこの首飾り…見惚れるくらいキレイだけど今は外した方がいいかもね」


親指と人差し指の爪先で器用にペンダントを掴み、デミグルムは呟いた。


「やめてっ!」


触れられているのを見たセンカは、自分でも驚くほど俊敏に反射的にその指を跳ね除けてしまった。


「おまっ…」


ウラスは目を見開き、顔から血の気が引いていった。


「…センカちゃん?」


デミグルムの声色が一段と重くなった。放たれるプレッシャーが瞬く間にセンカの身を包み、空気が一層濁る感覚がする。


「安心して。他の服と一緒にウラスちゃんのアイテムボックスに一時的に預けられるだけよ。だからそんなに嫌がらないで。そんなに嫌がられると私、悲しくなっちゃうから」


「これは…王家に伝わる大事なものなんです。王国の人たちとの、家族との、絆なんです。手放すわけには」


「ならなおさらよ。そんな貴重な宝物、今見つかったら野良モンスターに拉致されてヒドイ目に合うわ。今は我々の任務遂行の為に従ってもらう。これが最後よ。寄こしなさい」


ついにはセンカの手が押し返されるほどに、爪の圧力が強くなっていく。


「どうか、よしてくれませんか」


扉の陰から止めに入ったのは、あの門番だった。

本来センカに向けられるはずだった眼光が、数倍鋭くなって彼の胸に突き刺さる。


「どうして…アンタが出しゃばるの?」


「納得してもらえる理由かはわかりませんが、人に必要な、誰かとの繋がりを忘れさせない拠り所、きっと姫様の拠り所がそれなんです」


左手首に手を添えて、毅然として立つ兵士の眼をデミグルムは見つめ続けた。


「…珍しいわね、私にそんな怖い顔向けるなんて」


「なんと言われても、僕は今の僕に後悔するつもりはありません」


デミグルムはそっと指を離し、親指の腹で優しくセンカを撫でた。


「…ごめんねセンカちゃん~。私これ以上怖い想いさせたくなくって~。わかったわ、後で軽く襟回りを手直しするから、その首飾り大事にしなさいね!」


かなり気を張って始終を眺めていたウラスはそっと胸に手を当てた。

センカと門番は、お互いに笑いあって、ペンダントとミサンガを遠目に見せ合った。


「そのぶん!ちゃんと魔王様のところまでお守りするのよウラスちゃん!昨晩のゴブリンの時みたいになったらただじゃおかないから!!」


その後にセンカの口から発せられた5文字の感謝の言葉は、デミグルムの警鐘とウラスの投げやりに近い返事にかき消された。






「デミちゃんありがとう。本当に素敵な服よ」


「ありがと!魔王様に褒められたら私の名前もバンバン出してちょうだいね!」


翌朝、デミグルムは逞しい腕でガッツポーズで二人を見送った。


「それとデミちゃん…兵士さん皆に伝えてくれないかな」


「おーいもう出発してぇんだけどー!」


流れるようにセンカを担ぐウラスに、デミグルムは特大のデコピンをかます。


「ガールズトークに割り込む男は極刑!!…で、教えてセンカちゃん」


センカは砲台に押し込まれながら、明るい笑顔で豪語した。


「『うちの戦士は強いからね!覚悟して戦うことよ!』って!」


少しきょとんとしたデミグルムだったが、笑ってダイナミックに親指を立てた。


「じゃデミちゃん、そういうわけで俺ら行くわ。世話になりました」


「あ」


ウラスも砲台に体をねじ込んだ途端、センカはようやく自分の今置かれている状況に気づく。


「まって心の準備がまだ!いやいや無理無理飛ばさないで!飛ばさないで!!」


快晴を横切る小さな影から絶え間なく流れ出す涙は、砂丘に染み込む前に蒸発する。




これは、勇者が旅立つまでの前日譚。

王女センカが魔王城に連れ去られるまでの、

語られるはずのない、道草だらけの物語である。




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