『ミチクサクエスト ~勇者ああああの冒険 プロローグ~』

宗助

第1話


8XX年 魔法と剣技と仁義の国 フィクシジス王国




「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」


今晩、町は襲撃を受けた。


魔王軍の幹部ウラスが城に侵入、決死の防衛も空しく王女センカが連れ去られた。


焼けた鐘楼の音と悲鳴は延々と鳴り響く。


王女を捕らえたのちに、魔王軍はほどなくして退いた。


王は打ちひしがれながらも、大火に包まれた町を救うため立ち上がる。


幸い死者は居なかった。


ただ一人、勇者ああああの母を除いて。






第一話


「…ん。我ながらよさげな焼き加減」


その大口でイワナを二口で平らげたウラスは、焚火から二匹目のイワナを取り出す。


「姫さんもどう?」


丸焦げのイワナから灰色の湯気が立ち昇り、夜の森の木々に溶け込んでいく。

センカは切り株の上で膝を抱えたままで、イワナはおろか、煌々とした火の灯りも瞳には映らない。


「…」


湯気が絶え絶えになってきたあたりで、ウラスは二匹目を丸呑みした。


「まあ王国の姫さんなら毎日いいもん食ってるから、一食くらいなくても問題ないか。はっは」


ウラスは薪を火に投げ入れる。


「でもあれだからな、魔王城まではあと5日はかかるからな。その気になったらでいいから、飯と睡眠は入れてくれ」


センカはウラスを睨みつけたかと思えば、すぐに顔をうずくめてしまった。


「いやいやいや、そんな目で見られても…ま仕方ないけど」


ウラスは丸太から腰を上げ、センカの首根っこを掴んで自分のそばに座らせた。


「我が国の戦士は絶対に負けてないわ…今だって…」


センカが涙ぐむ声を押し殺し、毅然とした王女であらんと必死に、言葉を紡ぐ。


「今だって、あなたたちを打ち倒す部隊を整えてるはずよ」


ウラスは頬杖をつき、鼻から特大のため息をついた。


「それに、あの方だってきっと…」


センカの言葉を力で塞ぐように、ウラスは火に次の薪をねじ込む。


「魔王様からの命で、しばらく復興に日数がかかる程度に派手に暴れてこいって言われたから」


センカは一気に萎縮し、また膝を抱えてしまった。


「…ただ、被害は出すなって言われてんだよ。だからその…あんま怖いこと考えすぎんなって!多分死んでないから!」


しばらく、焚火から赤い粉が二人の間を悠々と舞った。

ウラスはやや傾いた星空を見上げた。


「お前ももうすぐ妃になるんだから。そうしたらわかるって。魔王様の最っ高なとこ」


声色の高ぶりを感じたセンカは、ついに耐えきれなくなってウラスを衝き飛ばそうとした。しかしウラスの討伐推奨レベル70が誇る体幹は当然相手にならず、逆にセンカが倒されてしまった。


「お、全然立てるじゃねえか。これなら魔王城まで持ちそうだな」


ウラスは自身のアイテムボックスから地図を取り出し、紙面に指をなぞらせる。


「明日はこの森を抜けて次のエリアの『サンク砂漠』まで行くからな、結構疲れっからしっかり寝たほういいぜ」


雑に布を投げられたセンカは、布を被ったまま立ち上がった。


「…」


「どうした?」


「…」


「今からでも何か食うか?」


「…はぁ」


センカは布の隙間から、細目で周囲の獣道を見渡す。


「一人で逃げれるとか考えるもんじゃないぞ」


「そうじゃないけど…」


ウラスはしびれを切らし、中ボスに相応しい禍々しいオーラを発しながらセンカに一歩近づいた。


「未来の魔王夫人だからできれば穏便に運びたかったが、しょせんは年頃のじゃじゃ馬娘か」


歴然とした力量の間に、お互いに譲れない眼光がせめぎ合う。


センカは、震える肩にまでいっぱい息を吸い込んで叫ぶ。




「この時間何なん!?」


一瞬の沈黙が訪れ、火の中で薪が割れる音がした。


「…ん?おお?…ん?」


「ああ足が冷たい!ちょっとそこに座りましょあなた!火にあたらせて!」


先ほどのか弱さを微塵も感じさせないほど大股で丸太に座る王女センカ。


「ああ、悪い」


いくら中ボスとはいえ、ウラスもこの癇癪を前にして狼狽えた。センカにぐいぐいと背中を押され、大人しく座り直す。


「んんんん」


ウラスの目の前には、意味も解らず唸る王女がいる。


「今なんて言えばこの心境をどう効果的にあなたに伝えられるか考えてるからちょっと待って」


嘘のようにものすごい早口で喋り出す王女がいる。


「…魚食うか?川すぐそこだから」


ウラスは自らセンカに背を向け、距離を取ろうとしていた。


「ああ!?…あ、まあ、いただくわ」


「まあ、すぐそこだから」


「わかったわ」


「…」


「…」


「…逃g」

「逃げないからはよ行け!!」


せっかく取り戻しかけた落ち着きがまだ乱れてしまった。ウラスはそそくさと闇夜に駆け込んでいく。


センカはホクホクのイワナをウラスの手から強奪し、豪快にほおばる。


「魔族の味覚はあてになりませんわね」


「俺がバカ舌なだけな、俺小さい頃あまりいい暮らしじゃなかったから」


「ふーん…」


「で、その…なんだ?お前は何に怒ってんだ?」


「あたし、この時間があるなんて思ってもいなかったの。この、送迎の時間」


「あー…」


「いやあなたが間違ってるとかではないの、あたしの意見が何か…変な、だけかも」


姫が次の薪をそっと放った。


「遠い国にね、今のあたしたちの国みたいな、長く敵対している国があって。しょっちゅう姫をさらっては取り返すの日々だったらしいの」


「…ほーん」


「あたしも伝記とか噂でその話はきいてたんだけど…こんな送迎の間のことは一切触れられてなかったの」


「てことはあれか?手品的な」


「そういうことじゃないわ」


「そういうことじゃなかったか」


「瞬間移動マジックだったらそれに越したことはないけど。あ、ちょっと見ないで」


思い出したように口から小骨を取り、センカは話を続ける。


「時間の流れってその時々で変わる感覚わかる?」


「まあ、年重ねるたびに一年が早く感じるようになったり、あとは遊園地とか楽しい時間は早く過ぎたり…」


「遊園地あるのねそっちの国にも」


「多分そっちのよりでっかい自信あるわ」


「…で、まあただ単に実際に流れる時間の長さもあると思うんだけど、とにかく」


「おん」


「とにかくこの時間がやたら長く感じるの」


「…俺そういう遠まわしな言い方の方が傷つくんだけど」


「いや別にそんなつもりなくて。まあ嫌なのは確かなんだけど、それが言いたいってわけでなくて」


「何が言いたいんだ。眠たくなってきたぞ」


「あなたなんて言ってたっけ?移動に5日間ほどかかるって言ってなかった?」


「言った。魔王城まであと8つのエリアを経由しないといけないからな」


「いる?その過程」


「いるってなんだ。そういう距離なんだからどうしようもないだろここは」


イワナを食べつくしたセンカは、迷わず串を焚火にくべた。

ウラスはそれをただじっと見つめていた。


「ならこう考えてみて。あなた『はじめてのおつかい』はご覧になったことあって?」


「あれ全国放送だろ?俺からしたら逆にお姫様も見てるんだってくらい」


「あれって子供がひとり家を出てから、見守っていくとこから始まるでしょ?」


「まあそうだな」


「それが、母親からかばんを受け取ったり外に出る前にトイレに行ったり、家を出る前の下準備が10分くらい流れたらあなたどう思う?」


「…『それいる?』」


「そう!」


「なんなら普通の10分より長く感じるような」


「そうそれですわ!」


センカは目を大きく開き腰掛けている丸太をバシバシと叩く。


「…俺は魔王の期待を背負って今お前を連れ去ってるというのに、お前」


「敵国に単身突入し、魔王の命をこうして完遂できているあなたにリスペクトはなくはないけれど、正直何か無駄な時間に巻き込まれている感が」


「そんなこと言うなよ俺頑張ってるのに」


少し胸がすいた姫は落ちていた布を拾って、焚火から半歩下がって横になった。




「そういえばあなた、誰でしたっけ?」


「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」


ウラスは丸太に片足を乗せ、威風堂々とポーズを決めて見せた。


「それもなんか変なのよね。気に入ってるの?その前口上」


「気に入ってる…というより、俺が誰なのか質問されると、勝手にこう叫んでしまうんだ」


「そうよね。城に侵入したときと、あたしの寝室に入ったときと、防衛隊に相対したときと、あなたが走ってる最中あたしが目を覚ましたとき。それとこれで5回目ね」


「しっかり数えるなよ」


「寝室であなたが叫んだせいでうちの隊が集まってきて、なのに再度同じこと叫び出したときはかなり引いたわ」


「条件反射で無意識にやってしまってるからすぐには治せないんだよ!」


「『愚かな愚民どもよ』ってとこ二重表現でサブイボ立ってるもの」


「あ、本当だ今気づいた」


「今までの生活になかった気持ちの悪い感覚に襲われているわ。あなたどうしてくれるの」


「あああもう頭がパンクするちょっとほっといてくれ!」


焚火を足でかき消したウラスは額を焦げ臭い地面に何度もこすりつけた。

かなり乱してしまったが、おそらく背後の闇の中では姫が布にくるまりながら白い目で自分を見ているのだろう、とウラスは思った。


ウラスは痛感した。

魔王様が隠密部隊ではなく自分を指名したのも、我が国の野心とそれを成し得る暴力が備わっていることを敵国に誇示する目的があるからだと思っていたが、構想そのものが否定されてしまうとは考えもしなかった。気づきもしなかったツッコミに横槍を入れられ、肩透かしを食らってしまった。


そもそもなんだこの姫は。相当肝が据わってる。よその国がそうなのか知らないが、自分はどのみち助かるという確信が無ければこれほど綽綽としていないだろう。いつもなら少々手荒な真似をしてでも自身の立場をわからせていたが、こればかりはどうしたらいいかわからない。何を言っても、国王の名を何度も呼び救いを懇願したり、息を飲むほど美しい涙を一粒落としたりみたいな…絵にかいたような悲劇のヒロインの振る舞いを取るとは到底思えない。むしろ今みたいなよくわからない理論を喚き散らすだろう。


しかしまあ、そのような気疲れは旅ではよくあることだ。第一、今の時点で俺のミッションはほぼ達成されているようなものじゃないか。エリアを回り、城に戻るなどこのウラス様には造作もない。

そうだ。姫は思ったより心身が図太いことがわかったんだ。変に気にかけず、話しかけても無視していこう。いや、無視はひどいな。さっきの会話も俺が癇癪を起こして断ち切ったから、「こいつ拗ねてるな」とか内心思われながら5日間一緒にいるのも嫌だし。…3回に1回無視することにしよう。よしそれでいこう。


足の裏の煤を掃って、ウラスは表情筋をできるだけ殺して振り返る。


「そんなに元気があるなら今日はしっかり寝…」


丸太の陰に、センカの姿はなかった。夜風に乗ったボロ布だけが、宙を舞い火の跡に覆いかぶさった。




「イヒヒヒヒャ!人間が釣れタ!人間が釣れタ!」


「コイツぁかなりの上物じゃあないんですカぁ、親分!」


「しっかしこの年頃の女ったらどいつもこいつも肉付きが足らんですゼ」


「オレら大家族だってのによォ」


「装飾品も最上級のばっかだしよ、市場に売り出すのもアリか~?」


「うるさいなあさっきから!誰か合流すんだったら先に言っ…」


センカが飛び起きた場所は、ゴブリンの住処だった。月光りが届かない入り組んだ洞窟の中で、不格好な松明の灯りが、5匹のゴブリンの卑しく湿った笑顔を照らす。

センカは状況を飲み込もうとしたが、その笑みに生理的な嫌悪感を引き出され思考が鈍って絶句した。


「オオ、起きタ起きタ」


「親分親分!活きのいい家出娘ですゼ!この四助が拾いやしタ!」


「…ご苦労」


巨大な肩が壁の松明を押しつぶし、黒ずんだ唾液を垂らしながらゴブリンの親分が姿を見せた。


「…ご馳走」


センカは袖で口を覆い、体を起こした。


「あんたらはもう…こんないらんことに巻き込みおって!」


センカは眠りを妨げられた怒りで、巨漢相手にも尻込みしなかった。


「そんな団体様で、しかもあんたみたいなデカブツが同行したら身動きが取れないでしょ!」


「…意味不」


ゴブリンの子分は親分の声色を察知し、小声で見張りと言ってその場を離れる。


「何その喋り方さっきのちっこいのの方が流暢に喋るじゃん」


「…黙りな」


「ただ強さで成りあがった感じ?野蛮なんだから思考がもう、あたしがk」


豪腕の手刀がセンカの目に追えない速さで腕をかすめた。

風圧で皮膚が裂け、血がとめどなく流れ出す。


「ッ…ッカッ…ハッ」


センカは壮絶な痛みに喉を震わせた。

血だまりに倒れ、昨日まで手入れしていた妖美な金髪が血や泥を吸い重たくなっていく。

歪む視界の中で、おぞましい巨体が壁を殴り松明が崩れ落ちていく。


「…次は首」


遠くから子分たちの悲鳴が響きわたる。

重い痛みの塊が加速しながら腕から全身を駆け巡る。

戦うコマンドすら持たない者がいかに非力なのか、嫌に脳裏に刻み込まれる。

センカができることは、いかに小さくとも、声を、唇を、震わせることだけだった。


「助…けて…あ」


すさまじい風圧と共に、親分の背へ、吹き飛ばされた子分が次々と突き刺さる。


「…お前ら」


地響きを立てて親分の膝がついた。広がった火の海を一人の影が色濃く闊歩する。


「…だれ」


センカの瞳から、息を飲むほど美しい涙が一粒落ちた。


「我は魔王様の一の腹心、業刃のウラス!愚かな愚民どもよ、偉大なる野望の為に我の業火で塵と化すがいい!」


本日6回目の口上が、闇を清々しく押し切った。


憤怒の形相をしたウラスは歩みを止めず、起き上がろうとする親分を踏みつけ、センカを抱えて天に拳を突き立てる。


「『業刃天開』」


ウラスの禍々しいオーラが拳の先の一点に集中し、洞窟を切り開き山を大きなクレーターに変えた。

満点の星空に照らされたウラスの横顔が、センカの薄れていく視界に映る。


『業刃天開』、8つのエリアにそれぞれ所属するボスが手にしているという、「業」の名を冠した即死級の要回避奥義である。それを知らないはずもなく、ゴブリンは体制を立て直しウラスに向けて額を地に擦り始めた。


「ウラス様、お勤めご苦労様でス!その小娘がウラス様の獲物と露知らず、子分に襲わせたのはオレでス!大変申し訳ありませン!!」


瞳孔を縦横無尽に高速で動かせながら、親分は黒い唾液をぺちゃくちゃと撒き散らす。


「こいつは俺の獲物じゃねえ、魔王様のだ。全エリアに通達が来ていたはずだが」


業刃のように鋭いウラスの眼光がゴブリンの心臓を突き立てる。


「…お慈悲ヲ」


ゴブリンの親分はその夜、長男の一助に繰り上がった。




春風が木陰を揺らし、小鳥が川の水を優雅に浴びる。


「そっちより髪!お願いだから泥を落として先に!」


慌ただしく鳥が空を切る。きらめくしぶきが羽根から飛び散り、二人に満遍なくかかる。


「いや傷の汚れ落とさせろよ!俺の回復魔法、汚れてると使えないんだよ!」




「だからこの時間いらないから!さっと流してよ!」




これは、勇者が旅立つまでの前日譚。

王女センカが魔王城に連れ去られるまでの、

語られるはずのない、道草だらけの物語である。




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