ショート4 時計の針

さっき掛け時計が逆回転し始めた。

世界を、もとい俺を敵に回したというのに、律儀にも1秒ごとに秒針が、1分ごとに分針が進んだ。

俺はスマホも腕時計も持っていない。金がないからだ。

お下がりのパソコンは持っているが、起動するたびに時間はズレているし、年もめちゃくちゃだった。

この時計で生活していくしかなかった。


時計が逆回転し始めたのは昼の12時。

時計は11時を指した。

実際は1時ということだ。


ゴーン


11時の合図というべきか、1時の合図というべきか。

兎に角、1時間おきにきっちり鐘が鳴るということはわかった。

こんなに控えめな音だっただろうか。

何にしても、時計に備わった機能は変わらないようだ。時計が正しく進まないということを除けば。


幸いにも今日は日曜日だ。

普段はリモートワークなのでパソコンと睨めっこする毎日だが、この状況でパソコンの表示も狂っているとなると、今度こそ気がおかしくなりそうだ。

とはいえ、針が逆回転しているだけならまだ適応できるんじゃないか。

わざわざ新しい時計を買うというのもバカらしかった。

現実の時間と時計の時間を足したら24になるのだから、現実の時間を求めるときは24から時計の時間を引けばいいじゃないか。

もっとも、その法則性を求めるのに2時間かかった訳だが。


早速、対応表を作ってみた。



現実[時] 時計[時]

0     24

1     23

2     22

3     21

4     20

5     19

6     18

7     17

8     16

9     15

10     14

11     13

12     12

13     11

14     10

15     9

16     8

17     7

18     6

19     5

20     4

21     3

22     2

23     1

24      0



なるほど。我ながら頭がいい。


この時計でしばらく過ごせそうだ。




目が覚めると、見慣れた天井があった。


ゴーン


ちょうど時計の鐘が鳴ったらしい。

掛け時計に目をやると、10時を指していた。

寝坊した!と思ってはたと思い出す。

時計は逆回転しているんじゃないか。

ほっとして対応表を見た。


[(現実)14 (時計)10]


……やっぱり寝坊しているんじゃないか!

しかも、10時なんかよりもずっと。

バッとカーテンを開ける。

すると、駅の方へ向かう学生や社会人の姿が目に入った。


何かがおかしい。


直感でそう思った。

時計を見ると、その違和感の正体がわかった。

秒針が、速く進んでいる。


「2倍速……」


信じがたい事実を突きつけられ、呆然と立ち尽くす。

昨日が1倍速で、今日が2倍速なら、明日には……

脳の処理が追いつかない。


「新しい時計を買おう」


そう、心に決めた。



今日1日何があったか覚えていない。

いつの間にか仕事をしていて、いつの間にか時計を買っていた。

そして、いつの間にか夜を迎えていた。


「こんなもの」


掛け時計を乱暴に外し、力いっぱい床に叩きつけた。


パリーンッ


あたりにガラスが飛び散り、時計の針は折れていた。


ザマアミロ


折れた針を見て、自分でも驚くほど不気味な笑いが出てきた。

寂しくなった壁に、新しく買ってきた時計をかける。

「後片付け」という言葉が頭をよぎったが、それも杞憂だ。


「いいさ、明日はどうせ日曜日なんだ」


……日曜日?

いや違う、明日は火曜日だ。

今日は、月曜日。月曜日、月曜日……

心の中でそう言い聞かせながら、パソコンを開き仕事のログを見る。


「あれ?」


自然と声が出た。


仕事の報告が、金曜日の欄まで記入されている。


どういうことだ。放心状態で1週間を過ごしていたのか、俺は。

食い入るように仕事の報告書を読む。

どういうわけか、どれもうっすらと記憶が蘇ってきた。


本当に今日は、土曜日。

信じられないが、受け入れるしかなかった。

もう、何も考えたくなかった。

時計は、0時を回っている。


よろよろと歩きながら布団へ向かい、倒れ込むように沈み込んだ。

そのまま、深い眠りへ吸い込まれていった。



目が覚めると、見慣れた天井だった。

壁の掛け時計を見ると、針は11時を指している。

不思議なことに、この1週間で何が起こったのかあまり覚えていない。

昨日酒でも飲みすぎたのか。

朝の支度をして、ブランチを食べる。

喉の奥に、さっき食べたはずのトーストの味がこびりついている。なのに、胃袋はひどく空っぽで、まるでこれから食事を摂る直前のような、奇妙な空腹感に襲われている


休みだから何かしたいものだが、なぜか金がないので何もできない。

ここ数ヶ月、使えるお金が減っているような気がする。

……やっぱり酒でも飲みすぎたのだろうか。

無自覚というのも怖い話だが、それ以外考えられない。


ゴーン


そんなことを考えていると、時計が鳴った。

はて、こんな音だったか。

答えが見つかるわけでもないが、もう一度時計を見る。


カチ……カチ……


時計が、逆回転をしていた。

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