ショート3 「山田くんが、祭壇登った。」
村の守護神を祀る「天蓋壇」。そこには、触れるどころか視界に入れることすら憚られる、千年の禁忌を纏った「黄金の祭壇」があった——。
その場所は、村の古地図においてさえ、ただ黒い四角で塗りつぶされている。
標高二百メートル、断崖の頂に鎮座するその祭壇は、千年間、鳥の羽ばたき一つ許さない静寂の中にあった。
そこを登ることは、現世との縁を切り、神の領域へと「侵入」する大罪だった。
年に一度の降臨祭。村中が固唾を呑んで見守る中、突如として現れた暴漢が、警備の網をすり抜けて聖域へと乱入した。
「神なんて嘘だ!俺は祈り続けた!それなのに、何も変わらなかった!信仰も秩序も、全てニセモノだった!」
暴漢は鉄パイプを振り回す。本来視界に入れることすら許されない神聖な石段を叩き、耳障りな金属音を響かせる。
神主は腰を抜かしてへたり込み、巫女は悲鳴すら上げられず、立ち尽くしていた。
積み上げてきた信仰が、たった一人の狂気によって壊されようとしていた。
誰もが、この世の終わりを確信した。
その時だった。
「おい、見ろ……誰だあいつ」「山田だ……2組の山田が、あそこに足を踏み入れたぞ!」
群衆の端から、一人の少年がすっと柵を越えた。 寝癖のついた頭、着崩した学ラン、そして手には食べかけのポテトチップスの袋。 クラスメイトの、あの山田くんだった。
クラスメイトの山田くんが、まるでお気に入りのコンビニにでも入るような足取りで、その祭壇を登り始めた。
「あいつ、まさか……」 「嘘だろ……」
ざわめきが波のように広がっていく。
「山田が登った……!」 「山田くんが、祭壇登ったぞ!」
その瞬間、荒れかえっていた声が、ぴたりと止まった。
山田くんは、暴漢など見えていないかのように、2段、3段と歩を進める。
仕掛けがある(と噂されている)階段の数々の罠が、なぜか山田くんが通る時だけ作動しなかった。
いや——石段は、彼を拒むことが許されていないかのようだった。
まるで、祭壇は山田くんを神として受け入れているかのようだ。
「登った……! 山田が5段目を登った!」「ありえない、あの段はかつての大臣ですら跳ね返されたはずなのに!」「見ろよ、あいつ、昨日貸した漫画のこと考えてそうな顔してるぞ!」
誰も山田くんを止めることはできない。
みんな、山田くんを見守ることしかできなかった。
祭壇の頂上で、暴漢が鉄パイプを振り回して威嚇する。
しかし山田くんは、それを避けるでもなく、ただそこに「存在」しているだけで暴漢を圧倒する。
「すみません、そこ僕の立ち位置なんで」
山田くんが暴漢の肩を軽く叩くと、暴漢はあまりの神々しさに気絶し、祭壇から転げ落ちた。
山田くんはそのまま、祭壇の頂上で特に何をするわけでもなく空を眺める。
「山田くんが祭壇登った……」「ああ、登ったな。歴史が変わったぞ」「山田様だ……今日からあそこは山田の席だ」
次の日、山田くんは誰からも崇められるようになった。廊下を通るだけで生徒たちが道を開け、拝み始めた。
「お前、昨日すごかったな」
廊下の脇から出てきた山田くんの友達が山田くんに声をかける。
「え、あぁ。景色が良さそうだったから」
学校の屋上に登ったかのような口ぶりで山田くんは答えた。
「おい、聞いたか……?山田のやつ、あのアビリティ・コア……いや、“天蓋壇”に登ったらしいぞ」
「……あの、千年間誰も触れなかった“天蓋壇”にか?」
「山田が登ったらしいじゃないか」「ああ、祭壇をな」
そうして、新たな伝説が誕生した。
山田くんが、祭壇登った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます