最後は僕の中に

@turugi_akinosuke01

第1話

最後は僕の中に



第一話「音のある夜」


息子が物語を話さない夜は、いつぶりだろう。

思い出そうとすると、数えるという行為だけが残った。

何を数えていたのか。

何を確かめようとしていたのか。

考える前に、次の数へ進んでしまう。

数だけが続き、内容は伴わない。

思い出すために数えているのか。

数えるために思い出そうとしているのか。

もう分からなかった。

母は机に向かっていた。

白い画面を確かめるように、ペン先を浮かせ、置く。

僕が話さなくても、母は描いていた。

口を閉じたままの僕と、線を重ねる母。

同じ部屋にいるのに、会話だけが存在しなかった。

理由は、どこにも書かれていない。

描くという行為だけが、夜を進めていた。

手を止めて、母はパソコンへ向き直る。

その頃、僕はまだ話していた。

毎晩、と言えるほどではないかもしれない。

けれど、夜になると、僕は母に話をしていた。

学校で見たもの。

夢の続き。

誰にも言わないこと。

母は聞きながら描いていた。

話が終わる頃には、紙の上に何かが増えていた。

僕はそれを見なかった。

見れば、話したことが形になってしまう気がした。

途中で、言葉を探す時間が増えていった。

何を探していたのか、自分でも分からない。

探している間、話は止まった。

その止まり方が、少しずつ長くなっていた。

物語の途中で、言葉が途切れる。

思い出そうとすると、数えるという行為だけが残った。

母は続きを待っていた。

待つ、という姿勢のまま。

でも、その夜。

僕は何も話さなかった。

母は何も聞かなかった。

ただ、描いていた。

夜の中で、音だけが続いていた。


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