第5話 崩壊のアンドロギュノス【3】

☆☆☆


放課後


 僕は1人で土手を歩いてたんだ…1人で。


「シカトかよ!速水の彼女さん」


 速水?……振り返ると、鋭い目つきの怖そうなお姉さんが僕をジロジロ見てくる。


 ……この人も知ってる…修羅鴉さんだ。


 なんで僕に絡んでくるんだろう……鬱陶しいなぁ。


「ふぅ〜ん、可愛い顔してその身体かよ。速水が好みそうだね……。にしても、ダサい丸眼鏡…いつの時代だよ」


 ……言いたい放題だな……僕だって怒るんだよ。


「修羅鴉の我妻沙羅さんが僕に何の用ですか?忙しいんですけど」


言ってやった。


「いやね、お前にお知らせしとこうと思って………。お前、速水に捨てられるよ」


 何言ってるのこの女?僕と先輩は1つなんだよ……あ…何、あの目……嘘だよ。


「信じないもん!何でこんな事するの?」


「何で?分からない?お前……速水の足を引っ張ってんだよ?」


 ………!!う…そだ……


「嘘だっ!!お前に僕と先輩の何が分かるっ!!」


 黒い感情が抑えられないよ……怖いよ


「お前は下っ端だろ?僕には分かる……お前は、誰かの命令で僕を揺さぶりに来てる」


 あぁ……怖いよ……解析済み、勝手に答えが浮かぶ。


「テメー!クソ女が!舐めんなよ!」


 コイツは、刃物で脅すだけだ、刺す度胸すらない、雑魚だ。


 ほら、僕の思った通り、ナイフは僕の目の前で止まった……揶揄ってやる。


 僕は大きく一歩前に出た……ほらね、慌ててナイフを引っ込めた。


「僕を刺すんじゃないの?弱いね……君」


「……壊れてんのか?テメーは……」


「壊れてないよ、ちょっと、頭に来ただけだよ」


 知らない間に三日月の口になってる。


「それで、何が言いたいの?君は」


 沙羅さんは舌打ちして、負け惜しみを言って逃げちゃった。


 僕が先輩に捨てられるって……笑っちゃうよね。


 それは無理なのに、だって、僕と先輩はアンドロギュノスなんだから。2人で1つなんだから。


☆☆☆


この日の放課後の校舎裏のことは……


 ずっと忘れない……ずっと。


 風が強くて、砂が少し舞っていて……息苦しい。


「速水先輩……!」


 僕が呼び止める声に、先輩はゆっくり振り向いた。


 その顔はなに?どこか冷たい表情は……。


「……なんだよ」


 僕は先輩の腕を掴んで


「最近、全然会えなくて……その……」


 言葉を探した。


「無理してないですか? 僕、もっと――」


「もういい」


 被せるように、先輩が言った。


 僕は混乱しちゃって。


「……え?」 


「そういうの、もういいから」


 面倒くさそうに、僕から視線を逸らす。

泣きそうなのを堪えて。


「でも……僕……」


 先輩を掴んだ手に力を込める。


「僕、先輩のために――」


先輩は、ため息をついた。


「だから何だよ」


 僕の中の何かが完全に止まる。

息が苦しいよ。


「頼んでねぇだろ、そんなの」


 なにそれ?え?なんで……。


「俺がやれって言ったのか?」


 僕は……先輩の為に……


「勝手にやって、勝手に消耗して。

それで“心配してます”って顔されてもさ」


 ヤダ、そんな顔で見ないで……。


「重いんだよ」


 イヤダだ!ヤダ……あぁ……黒いモヤモヤが抑えられない。


「……違う……僕、だって……好きで……」


その目はやめて。


「それが重いって言ってんだよ」


 僕は一生懸命に頑張ったのに……なんで?


「俺はもっと上に行く。こんなとこで、

足引っ張られてる暇ねぇんだよ」


 僕はただ先輩の笑顔が見たくて頑張ったのに。


「足……引っ張る……?」


 言ってる意味が分からないよ!


「お前さ」


「自分が何やってたか、分かってる?」


「詐欺だろ」


「普通に犯罪者じゃん」


 僕は先輩に笑ってほしくて………。


 苦しいよう。


「そんなやつ、隣に置けるわけねぇだろ」


 あぁ、どんどん黒くなる……助けて…先輩


「俺には吊り合わないんだよ」


………捨てないで……僕、僕……


「僕の……全部……先輩の……」


 その顔はイヤ


「だから何だよ」


 何でそんな事言うの……僕……


「全部“お前が勝手にやったこと”だろ」


 あぁ……行っちゃう


「待って……お願い……」


 あぁ……戻って来て……。


 お願い……僕を置いていかないで……


「……あ……」


ドクンドクンドクン


心臓の音がうるさい!


うるさい!


「……ああ……」


 苦しいよ……全部苦しいよ……


「や……だ……」


助けて……苦しい……


「やだ……やだやだやだやだ……」


誰も……助けてくれない……。


「やだああああああああああああああああああああああああ!!!!」


先輩が……行っちゃった!


「なんで……なんでなんでなんで……!」


 僕は!僕は!僕は!!僕は!!


「僕は……ちゃんと……やったのに……!」


あの笑顔……嘘だった!


優しくしてくれた声も嘘だった!


全部、全部………嘘だった!


「嘘じゃんかああああああああああ!!!!!」


「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 誰だ!僕の肩を抑えるヤツは!


 ははは、全然見えないや!眼鏡……何処だろ

何なんだ!何んだ!アイツは僕を裏切った!


初めから嘘だったんだ……何が1つだ!


最初っから僕は片割れのまんまだったんだ!


僕を押さえつけるお前は誰だ!


「離せ!クソ野郎!離せよ!」


「離せってば!」


 クソ野郎が何か言ってる……どうでもいい


「先輩!落ち着いて下さい!保健室に連れて行きますから!」


なんなんだ……ほんの少し暖かい……。


☆☆☆


 白い天上……半分白いカーテンで覆われてるベットに寝ているらしい。


 窓の外はすっかり暗闇になってる……蛍光灯まで暗い。


 僕は目をつぶって深く息を吸い込む。


 先輩の顔が浮かぶ。


笑顔


困った顔


真剣な顔


微笑む顔


全部嘘だった……違う。


あの顔は全部本物……間違いない。本物だった。


全部わかった……恋は盲目か。


全くその通りだ……ウケる。


でも……涙が止まらない。


これも事実。


速水先輩……速水は……ただの虚栄心と承認欲求の塊に過ぎない……僕は経験がなさすぎた。


もう大丈夫!手は震えてるけど。


心も震えてるけど。


やるべき事は分かってる……アイツをぶっ殺す。


全ての元凶……高河紀敏……必ずぶっ殺す!


僕はどうやら壊れたみたいだ。


☆☆☆


 俺は、目の前で起こってることを見てるしか出来ない。


 あんなに優しい先輩が壊れていくのを。


 先輩を置いてクソ彼氏が立ち去った、俺の他に人はいるけど誰も助けない。


 先輩は絶叫しながら地面をめちゃくちゃに叩いてる。


 身体が勝手動き出していた、先輩の背中を叩く。


 涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃの顔で俺を睨みつけてくる。離せと喚きながら。


全身に電撃が走った。


なんて綺麗なんだ。


 泣き喚く先輩を俺は……美しいと思った……。


 この世の中にこんなに尊い美しさがあったなんて……。ずっと見ていたい……。


 でも、今は先輩を落ち着かせないと。


 力一杯押さえつける。疲れたのかぐったりする先輩。駆けつけた保健委員達に先輩を委ねる。


 ふと足元を見ると眼鏡が落ちていた。


 丸いレンズの眼鏡。


 そっと、それをポケットにしまった。

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