第3話 崩壊のアンドロギュノス【1】
街中にある廃ビルの屋上。
フェンス越しに街の灯りが滲んでいる。
何が足りない?金なら彩愛が稼いでくれている。
上納金も十分入れている。
俺は結果を十分出してる男なのに。
思い通りにいかない………。
上に行けるはずなのに、足りない………。
評価も、結果も、全部中途半端だ………。
速水はイラついて煙草を踏み潰した。
「……何が足りない!」
背後から、ヒールの音が近づいてくる。
「随分、ご機嫌そうじゃない」
ニヤけた皮肉が飛んでくる。
軽く舌打ちをして我妻沙羅を睨む。
「別に、なんもねぇよ」
「分かりやすい、嫌いじゃないよ、アンタのそういうとこ。」
隣に並んで、フェンスにもたれ掛かる。
夜風で髪が揺れる。
「煙草ちょうだい」
速水が吸おうと咥えた煙草を取り上げて。
「火」
速水は舌打ちしながら火をつける。
「で?何悩んでんの?アンタの今の状況?」
「……関係ねぇだろ」
沙羅は、紫の煙をゆっくり吐き出した。
「分からないんだ?……へぇ〜分からない?
ところで、彼女さん元気?」
「は?彼女?関係ないだろう」
「あると思うけど……お金、彼女が稼いでるんでしょ?」
速水は鋭く沙羅を睨んだ。
「なんで、そんなこと知ってる」
「ふふふ、そうなんだ?私の感は鋭いんだよ」
沙羅は天に向かって紫の煙を吐く。
「便利な彼女だこと……でも、どうかしら」
横目で速水を一瞥して。
「足引っ張られてるよね?分かるでしょ?」
ピクリと速水の眉が動いた。
「違う」
沙羅はあっさり言い切る。
「違わないよ、だってあんた、気遣ってるでしょ?」
速水は何も答えず屋上のコンクリートを見つめる。
「優しさってさ、才能ないやつがやると“足枷”になるの」
天に向かって紫の煙を吐く。
「上に行きたいんでしょ?」
速水は拳を握りしめる。
「……当たり前だ」
目を細めて速水を見る。
「切り捨てなよ」
「簡単じゃねぇ」
紫色の煙を吐いて
「簡単だよ、選ぶだけじゃん」
「俺はあいつを……」
沙羅は速水の顔を覗き込んで
「知ってるよ、好きなんでしょ?」
速水は答えない。
「それ下にいるままの話でしょ?」
その一言で、空気が変わった。
「上に行ったらどうなると思う?」
紗羅は夜景を見ながら言う。
「見える景色が違う。」
「勿論、私も、あなたのもの。」
わざとらしく、視線だけ速水に向ける。
「それでも、彼女を選ぶの?」
速水は答えられない。
「ねぇ、速水、私は上にいるやつが好きなの」
指先で速水の胸を軽く押す。
「這い上がろうとしてるやつも嫌いじゃない」
そのまま少しだけ押し込む。
「中途半端が、一番嫌い」
速水の中で、何かが揺れる。
彩愛の顔が浮かぶ。
笑ってる顔。
心配そうな顔。
「大丈夫?」って言う声。
(……うるさい、黙れ)
「……俺は、こんなとこで終わるつもりねぇ」
紗羅の口元が、わずかに歪む。
「だよね、だったら。こっち来なよ。」
一歩引いて、手を差し出す。
速水は、その手を見る……少しだけ、迷う。
ほんの一瞬だけ。そして、その手を取った。
夜の屋上で2つの影が1つに重なる。
……アンドロギュノス……心で呟いた。
……もう、戻れない。
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