第2話  歪んだレンズの向こう側

「どうしたの? そのアザ……怪我もしてる……」


速水先輩はほろ苦く笑って僕に言った。


「何でもない……って、言っても信じないよな」


 僕は激しく首を振った。心配で、心臓が止まりそうだよ。


「喧嘩したの? 男の子はそのくらいの方がいいけど……心配だよ」


 速水先輩は僕を抱き寄せて。


「彩愛、俺はもっと出来る男だ。必ず上に行ってやる……お前の自慢の彼氏になるからな」


「今のままで十分自慢だよ……危ないことはやめてよ…僕、僕は……」


 僕の口を速水先輩の唇が塞いできた。


 僕は速水先輩の首に抱きついて2人だけの沈黙を楽しんだ。


☆☆☆


 速水先輩は最近用事があるって、先に帰ることが増えた……アルバイトをしてるのを僕は知ってるんだ……僕にも、何か手伝える事ないかなぁ。


「ねぇ、聞いてる? ねぇっ!」


 上の空の先輩に、耳朶を甘噛みしてやった。


「うわっ! 何だ、このヤロ〜……可愛い生き物め!」


 抱き締められ、キスされた。


 (もう!)


 僕は両手で速水先輩の頬を挟んで、じっと先輩の目を覗き込んで観察した。


「ねぇ、先輩……何か困ってるんじゃないの?」


 先輩は力強く抱き締めて僕の胸に顔を埋めて来た。僕は先輩の頭を抱き締めて囁きかける。


「僕に話してみてよ…困ってるなら。手伝いたい」


 僕の胸に顔を埋めたまま。


「大丈夫だ、彩愛が心配する事じゃないよ。俺なら何とかできる。俺は、他の奴らとは違うから……大丈夫だ。……ありがとな。」


 そして、熱い長いキスをした、やっぱり僕達はアンドロギュノスなんだ。


☆☆☆


「先輩……これ!少ないけど、受け取って下さい。」


 僕が差し出す封筒を黙って受け取って中身を見る。驚いた顔して僕を睨む。


「彩愛! こんな大金どうした?」


 喜んでくれるはずが、睨まれて泣きそうになった。


 僕は涙声で説明する。涙が溢れちゃったよ。


「ごめんなさい……フリマアプリで交渉して稼いだの。悪いお金じゃないよ!」


 先輩は僕と封筒を見て苦笑いして。


 僕を優しく抱き締めてくれた。


「怖がらせてごめんな……危ない事したのかと思って心配した」


 僕は先輩の胸で泣いちゃった……だって、ちょっと怖かったし…寂しかったんだもん。


「彩愛……」


 下を向く先輩……意を決したように僕を真っ直ぐ見る。


「彩愛……俺は…ある組織からリクルートされてるんだ。そこに、入るのに金がいる。」


「そうなんだ……その金額でいいなら、もう大丈夫だよ。」


「手伝ってくれるのか?彩愛」


「勿論だよ、僕と先輩はアンドロギュノスなんだから。2人で頑張れば、先輩も組織に入れるよ!」


 ほんとは、そんな、組織に入って欲しく無かったけど……僕は、先輩を陰で支えるって決めたんだ……その方が上手くいくから。


☆☆☆


「この、欠けたガラス玉が5万円……で売れたのか?おいおい、どんな魔法なんだよ」


 僕はいささか得意になっていた。


「大したことじゃないよ。簡単なマーケティングと、ちょっとした心理学……簡単な分析が出来れば誰だって出来るよ。」


 先輩は頭をゴシゴシ撫でてくる。あわわ、ペットじゃないんだよ!


「彩愛……済まないんだが……もっと稼げないか?」


「う〜ん、今がグレーゾーンギリギリかなぁ」


「そうか……そこを越えたらもっと稼げるのか?」


「でも、犯罪になっちゃうよ……それは……」


先輩は僕の胸に顔を埋めて抱き締める。


「あと少しなんだ、あと少しで、入れるんだ。

俺達は2人で1つのアンドロギュノスだろう!

俺達の明日のためなんだ」


 僕は先輩の頭を強く抱き締めて静かに囁いた。


「僕は先輩の為なら何だってやるよ……それに、人殺しするわけじゃないからね」


 先輩が僕の顔を覗き込む。


「俺は、彩愛のためなら人殺しだって出来るぜ」


ゾクッとしちゃった。でも、笑った。


「僕達は現代のボニー&クライドだね。最後は悲惨な終わり方だけど、先輩と一緒なら悪くないや」


「ああ、悪くない! 俺も彩愛となら本望さ」


 僕達は飽きるまで笑い合った。


☆☆☆


 先輩の要求金額がとてもフリマで追いつく金額じゃなくなっていた。


 最近は登下校も別々だし……たまに逢っても、上の空の……よそよそしい態度……疲れてるんだね速水先輩。


 僕もっと頑張るから……僕も疲れてるけど、頑張らないと!


 僕は新たな稼ぎとして、フリマの顧客リストを使った「非対面型パパ活」を計画した。


「でも、ナマのデータも欲しいなぁ……実際にやるしかない……先輩怒るかなぁ……」


 でも、先輩の為なんだもん!また、抱き締めて、頭撫でてくれるよね!


☆☆☆


 僕は完璧に準備して約束の場所に行った。


(顔は幼いけど身体は大人顔負けなはずだから大丈夫だ……でも、ちょっと、怖い)


 ご飯を食べた後、僕はオジサンが追加料金払うからと、スイーツの店に向かったんだけど……僕の事前リサーチじゃ、こっちの方に何も無いと思うけど……あ、ヤバい……オジサンの視線が僕の胸元をジッと見てる。


「や!やめてよー!だ、だれ…むぐぅ!」


 口を抑えられて、人気の無いビルの死角に連れ込まれそうになった……助けて先輩!


 走り込んでくる足音がした。


「何やってんだ!テメー!」


ドカッ!


オジサンを蹴り飛ばす音がする。


「あだっ!誰だ!……クソガキ!」


「あー!お巡りさん!お巡りさん!来てくださー!」


「く、クソガキがぁ!」


誰かが走り去る音が聞こえる……助かったのかな……僕。


暗闇の中に立つ影が話しかけて来た。


「大丈夫?」


影が手を伸ばす。


僕は震えながら影の手を掴んだ。


 街灯の下で見ると、うちの中学の制服


「あ!たんた何やってんだよ」


聞き覚えのない声なんだけど……誰?


「覚えてないですか……まぁ、いいや。

とりあえず、警察に行きましょう」


「それは、無理!行かないよ」


ウチの学校の制服を着た男の子は、暫く黙って僕をじっと見て。


「分かりました、安全な所まで送ります」


 結局、最寄り駅まで送ってくれた…歩きながらチラチラ僕を見てたけど、それだけ。


 僕はお礼を言って改札をくぐる。


 男の子は僕が見えなくなるまでずっと見ていた。

 

最後に会釈をしてくれた……誰だったんだろ。


まっ、いっか、データは取れた!後は解析して……盤面を構築するだけだ。


☆☆☆


「速水は優秀だろう?上納金上げてもきっちり収める。そろそろ、入れてやってもいいんじゃない?」


「そうか?まぁ、どうでもいいが、あの男はやめとけ。あいつに、稼ぎ出す能力は無い。裏があるはずだ……あいつを支えてる奴が必ずいる。

俺はそいつに興味がある」


「高河……速水は可愛いよ。貢がせるのも才能のうちだと思うけどねぇ。……それに、あっちの方も、情熱的で上手いんだよ」


「ふん、そうかい、まぁ、入れ込み過ぎるなよ。沙羅……お前の悪い癖だ」


高河は暗い空を見上げて成神に言った。


「速水の資金源を調べろ」

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