月光は、闇を選んだ

@OSAO91

第1話  運命の白

 春の風は、少しだけ甘い匂いがした。


 その日、中学2年生になった僕(吉田彩愛)は、校舎裏の古びた渡り廊下を歩いていた。


 眼鏡を拭こうとしたハンカチが、強風に煽られて飛ばされちゃった。


慌てて追いかけて、僕は出逢ったんだ「運命」ってやつに。


ドカッ!


渡り廊下の角でぶつかった。


「痛てっ!」「きゃっ!」


僕達は尻餅をついた。彼は立ち上がりながら。


「ごめん、大丈夫かい?……あ、白…」


目を逸らした。


僕は彼の視線……尻餅をついて開いた脚……。

慌てて女の子座りになって、スカートを押さえてジト目になる。


「見ました?」


彼は目を泳がせながら。


「え?いや……あ!白い……白いこのハンカチは君の?」


僕の顔をチラ見しながらハンカチを差し出す。

僕はなんだか自意識過剰だなと思ったら。

顔と耳が急に熱くなってきて下を向いちゃった。


「ほら、いつまでも座ってると汚れちゃうよ」


手を差し出す。

彼は、僕の手を掴むとグイッと引っ張り上げてくれた。距離が近いよ。身体まで熱くなってきたよ。


「はい、ハンカチ…風強いから気をつけて」

「はい、気をつけます」


彼の顔を見る事すら出来なかった。


聞こえるのは、僕の胸からする鼓動の音だけ。

 

☆☆☆


 次に逢ったのは図書室だった。


奥まった哲学書の棚で、プラトンの『饗宴』に手を伸ばした瞬間。


隣から長い指が伸びてきて、僕の指先にふわりと重なった。


彼と目が合った。距離が近い。


「あ! 君は……あの時の白……」

「白? ……!? やっぱり見てたんだ?」


ジト目で睨んだ。


「ち、ちがう!ハンカチだよ!白い」


顔と耳が熱い……僕は俯いた。


「この『饗宴』にある通り、凡人はただの『個』で終わる。でも、真に優れた人間は、欠けた半身と出逢うことで、神にも等しい力を手に入れるんだ。君が、その半身だったりして……なんてね」


彼はふんわりと微笑む。


やっぱり、僕の耳には心臓の音しか聞こえなかった。

 

☆☆☆


僕達は出逢ったんだ。1つになる為に……。


 僕達が惹かれ合って、付き合い始めるのに時間は掛からなかった。


 速水先輩は、僕が自分の事を僕と言ってるのを笑って揶揄って来た。


 僕が本気で怒ると、苦笑いして僕を優しく抱き締めて、その言い方、ほんとは嫌いじゃないんだって囁いてくれる。


 僕の心臓の音が煩くて速水先輩の言葉が聞こえないよ。


登下校は、待ち合わせて手を繋ぎながら大好きな速水先輩と大好きな哲学の話をするのが日課になった。

 

☆☆☆

 

放課後の図書室


「……分からないところはどこですか?」

「全部!」


 彼は嬉しそうに僕の顔を覗き込む。


「もう! 真面目にやってよ」


ずっと微笑んでくるから、心臓の音がうるさい。


(……うるさいよ)。


図書室に静かに響く僕の声。


「だから、この式を一回分解して――」

「待って待って、早いよ」

「速水先輩が遅いんです」

「身も蓋もないね」


笑いながらも、僕の、説明をちゃんと聞いている。


僕は少しだけ、その横顔を覗いた。


真面目に聞いている顔は、思っていたよりもずっと普通だった。


「……で、ここをこうすると」

「……あぁ、なるほど」

「分かりました?」

「まぁ、なんとなく」

「ちゃんと理解してください」

「先生かよ」

「違います。ただの後輩です」

「厳しい後輩だな」

「当然です」


僕は少しだけ顎を上げてやった。

その様子に、速水先輩はふっと笑った。


「でも助かってる」


そう言って僕の手に手を重ねて、指を絡めてくる。


「一人じゃ絶対無理だったわ」


僕は、顔をほてらせながら上目遣いに目を潤ませて呟く


「困ってる人を助けるのは普通ですし」


「それだけ?」


僕の目を覗き込んでくる。


僕は無視して先輩の肩に頭をくっつけた。


速水先輩が僕の頭に頬を乗せて来た。頬の温もりが頭を伝って心まで染み込んで来る。

 

☆☆☆


 コンビニから出て来た速水先輩はアイス2つを掲げて僕に笑いかける。


「……なんで二つ買ってるんですか」

「何言ってるの?1つは彩愛の分だよ」

「どっちが、僕の?」


速水先輩は両手を背後にして


「右と左……どっちがいい?」


僕は少し考えて。


「こっち!」


差し出すアイスを受け取って袋を見る。


「キーマカレーバニラ」

「………変えて! そっちの方がマシ!」


速水先輩はニヤニヤしながら。


「仕方ないなぁ。愛しい彩愛のお願いだ……変えてあげるよ」

「はい、どうぞ!」


受け取って袋を見ると……。


「喜多方ラーメンバニラ」


ジトォ……。


僕の肩に手を回して公園に歩いていく。


速水先輩の横顔を盗み見ながら、僕達はアンドロギュノス(プラトン「饗宴」)なんだ、心で呟いた。

 

☆☆☆


 アイスは……うん、2つとも不味かった。

2人で笑い合う。


 不意に速水先輩が僕の顔をじっと見て眼鏡を取ってみてと言う。


「僕は、眼鏡とっても可愛い顔じゃないよ……」


僕は眼鏡を外して速水先輩に顔を向けた。


「うん、思った通りだ……彩愛は美人さんだね。

眼鏡ない方が可愛い……あ!でも、個人的には眼鏡ありも嫌いじゃないよ」

両手で、僕の顔を挟んで優しく顔を重ねてきた……。


僕はビックリしちゃった!だって、眼鏡ないと全然見えないんだもん。


僕達の唇が重なる……


やっぱり、アンドロギュノスなんだ……僕達は。


この幸せがいつまでも続きますように……心でそっと呟いた。

 

☆☆☆


 用事があると言って、速水先輩は少し落ち着かない様子で先に帰って行った。


……何度か、振り返りながら。


「……また明日な」


夕陽を背に浴びながら帰るのも悪くない。


ふと河川敷を覗くと人?大の字に寝てる?

僕は気になって土手を降りて行った。


近くで見るとうちの制服だった。


傷だらけ泥だらけで血が出てる。


僕は心配になって声をかけてみた。


「大丈夫ですか?」


その男子は僕の方に顔を向ける。


無意識に僕は手を差し伸べていた。


男の子は僕の手を弱々しく掴むとよろよろと立ち上がった。


あ!もちろん、僕も力一杯引っ張ったんだよ。


僕は微笑みかけて。


「大丈夫? ……これ、使って」


白いハンカチを差し出した。


男の子はハンカチを受け取って血と泥を拭って。


ハッとして僕とハンカチを交互に見る。


「気にしないで、そのハンカチ君にあげる」


僕は男の子に言った。


「喧嘩は、ダメだよ」


そう言って僕は立ち去った。


振り返ると男の子はハンカチを握り締めた手をずっと見ていた。

 

☆☆☆


2人の男が転がっていた。


「なんだ、その程度か、もう終わりか?俺は合格なんだよな?なぁ、アンタ!」

「テメー、誰にタメ口聞いてんだ!」


成神が吠える。


「いい、成神、いいんだ……お前……速水?だっけか。かかって来い。俺が直接相手してやる」


「俺も随分舐められたもんだぜ」


速水はその男……高河紀敏と対峙して指関節をポキポキとならす。

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