第12章: 遠く感じない距離
その朝、スクールバスはクラスメートたちで満員だった。京都への期待に胸を膨らませた会話で車内はにぎやかだった。何人かの女子は旅程の打ち合わせに忙しく、男子たちはスマホでゲームをしていた。
私は窓際の席に座り、大輝はいつものようにエネルギーに満ちた様子で私の隣に座った。
「京都が待ちきれない!行きたい場所のリストはもう作った?」
「うん。いろんな場所で写真を撮りたいんだ」
「誰のために?」
私は黙っていた。大輝は答えが分かっているかのようにニヤリと笑った。
私は窓の外を見つめた。街の景色が徐々に高速道路へと変わっていく。雲ひとつない晴天で、旅には絶好の天気だ。
スマホを開き、あかりさんからの最新のメッセージを確認した。
あかりさん「楽しんでね!帰ってきたら、面白い話を聞かせて!」
そのメッセージは今朝7時頃に送られてきたもので、私はそれを読みました。
私「うん。たくさん話してあげるよ」
あかりさん「はいはい!ほら、早く行きなさい!」
スマホをポケットに戻し、シートにもたれかかった。なぜか胸に妙な感覚がよぎる。不安ではない。どちらかといえば……彼女を病院に1人残していくのが名残惜しいような。
「どうした?なんでそんなに真剣な顔してるの?」
大輝が不思議そうな目で私を見つめる。
「なんでもない。別に大したことじゃないから」
大輝は追及せず、ただ肩をすくめた。私があまり話をしないタイプだということを、彼はよく理解している。
4日間、あかりさんに会えない4日間になる。なぜかその考えが少し気掛かりだった。
バスは14時頃に京都に到着した。ドアが開くとすぐに、熱気が襲ってきた。故郷の町よりもずっと暑く感じられた。
「うわっ、めっちゃ暑い!」
何人かの女子が手で顔を扇ぎ、他の仲間たちも同様の不満を漏らしていた。
私たちは各自のスーツケースを持ってホテルの前に集まった。引率の山本先生はクリップボードを手に持ったままそこに立っていた。
「よし、みんな聞いて。部屋の割り当てはロビーに貼ってある。チェックインと荷解きに30分ある。その後はすぐに最初の場所へ向かう」
生徒たちは一斉にホテルのロビーへ入っていったので、私は壁に貼られた部屋割りのリストで自分の名前を探した。
110号室:琉依、大輝、ケンジ、ハルト
「えっ、俺たち同室だ!」
大輝が勢いよく私の肩を叩き、私はうなずいて応えた。少なくとも知っている人と同室になれるので、少しほっとした。
私たちはエレベーターで3階へ上がり、110号室に入った。部屋はなかなか広く、床には4つの布団が敷かれ、小さなテーブルとテレビ、そして京都の街並みを一望できる大きな窓があった。
「俺は窓際のベッドにする!」
ケンジはすぐにカバンを部屋の隅に放り投げて自分の場所を確保した。
「わかった、俺はトイレに近いベッドにする」
ハルトは気楽にスーツケースを置いた。
私と大輝は、すぐに中央の残りの場所を確保し、素早くバッグから服やさまざまな荷物を取り出した。
終わると、私は少しだけ布団に座ってスマホを開いた。
私「京都に着いたよ。すごく暑い」
私はあかりさんにメッセージを送った。2分も経たないうちに返信が来た。
あかりさん「わあ!写真送って!見たい!」
私は立ち上がり、窓の方へ歩み寄った。そこからは、伝統的な家屋や緑豊かな木々に彩られた京都の街並みがはっきりと見えた。私はその景色をカメラに収め、すぐに写真をあかりさんに送った。
私:(写真を送る)
あかりさん「キャー! すごくいい! 私も行きたくなっちゃった!」
私「あとで他の写真も送るね」
あかりさん「了解、キャプテン!写真待ってるね」
そのメッセージを読み、私は小さく微笑んだ。よかった、彼女は相変わらず元気そうだ。
「さあ、降りよう。もう時間だ」
大輝はすでに帽子をかぶり、カメラを持って出かける準備ができていた。私はすぐにスマホをポケットにしまい、急いで彼の後を追って部屋を出た。
最初に訪れたのは、有名な金閣寺。その姿を目にした瞬間、誰もが言葉を失い、ただ見とれるしかなかった。お寺は本当に金箔で覆われており、午後の日差しにきらきらと輝いていた。目の前の池に映るお寺の姿が完璧な景色を作り出していた。
「すごい、めっちゃカッコいい!」
大輝はすぐにあちこちから写真を撮り始めたので、私もスマホを取り出して撮影し始めた。
横から、正面から、そして周りの木々を写した広角ショットなど、いろんな角度を試した。どのアングルも、それぞれに異なる印象を与えてくれた。
「君、すごく真剣に撮ってるね。まるでプロのカメラマンのようだ」
大輝は私の隣に立ち、自分が撮った写真を見ていた。
「ただ、いい写真が撮りたいだけだよ」
「誰のために?あかりさんのため?」
私はちらりと大輝のほうを振り返った。
「ただの記録用だって」
「はいはい、『誰かさん』のための記録ね?」
私はそれを無視して再び撮影に集中した。大輝は小さく笑ったが、それ以上からかうことはなかった。
撮影に満足すると、私は池に面した木製のベンチにしばらく腰を下ろした。この景色は本当に心が安らぐ。
スマホのギャラリーを開き、ベストショットを3枚選んであかりさんに送った。
私:(3枚の写真を送信)
5分も経たないうちに、絵文字だらけの返信が届いた。
あかりさん「めっちゃキレイ!!!😍✨🏯」
あかりさん「あなた、写真上手なんだね!」
メッセージを読みながら私は微笑んだ。なぜか彼女の反応がうれしかった。
私「まだ他にもたくさんあるよ。また送るね」
あかりさん「わかった!待ってる!」
私はスマホをポケットに戻して立ち上がり、大輝が前の方で待っているのを見つけた。
「メッセージ、送った?」
「うん」
私たちは神社周辺を歩き続けた。そのころには太陽が沈み始め、とても美しい黄金色の光を放っていた。バスに戻る前に私はさらに何枚か写真を撮った。
ホテルのレストランで夕食を済ませ、部屋に戻った。大輝はすぐにシャワーを浴びに行き、ケンジとハルトはまだ外に出ているようだった。
私は布団の上に座ってスマホを取り出し、あかりさんにビデオ通話を試みた。
数秒後、画面が切り替わり、あかりさんの顔が映し出された。
彼女は病院のベッドに座って背中にクッションを当てており、髪はポニーテールに結ばれ、小さな花柄のピンクの病院用パジャマを着ていた。
「琉依くん!」
と、あかりさんは元気よく手を振った。それを見て、私は微笑んだ。
「はい、夕食は食べた?」
「食べたよ!さっきご飯と野菜を食べた。味気なかったけど、まあいいか」
「元気そうだね」
「もちろん!それで、京都はどう?楽しかった?」
「楽しかったよ。今日は金閣寺に行ったんだ。あの金の寺、すごくきれいだったよ」
「写真見たよ! すごく素敵! 明日はどこに行くの?」
「明日は伏見稲荷に行くんだ。あの赤い鳥居のところだよ」
「わあ、あれは本当に象徴的だよね。たくさん写真撮ってね!」
「あ、そうそう。お土産も忘れないでね!」
あかりさんは、カメラに向かって小指を立てた。私も、画面越しとはいえ微笑んで、小指を立てた。
「約束してね!」
「病院でやったのに、なんでまた?」
「忘れないように、ね?」
あかりさんが少し疲れた様子を見せるまで、私たちは数分間おしゃべりを続けた。
「もう休んでね。夜も遅いし」
「うん、あなたも休んで。さっきの移動で疲れたでしょう?」
「うん。おやすみ、あかりさん」
「おやすみ」
ビデオ通話を終え、私はしばらくスマホの画面を見つめた後、バッグにしまった。胸に安堵感が広がった。あかりさんは元気そうで、その明るさは少しも変わっていなかった。
大輝がタオルを肩にかけたままバスルームから出てきた。
「さっき、あかりさんとビデオ通話してたの?」
「うん」
「元気そうだった?」
「いつも通り元気だったよ」
「そっか、よかったじゃん。じゃあ心配いらないね」
私は立ち上がり、シャワー用のタオルを手に取った。窓の前を通り過ぎる際、ふと外に視線を向けた。京都の空は暗く、星がちらほらと見え始めていた。
「4日目。あと3日残っている」
なぜか、帰った後にまたあかりさんに会える日が待ち遠しかった。
京都での2日目。その朝、私はいつもより早く目が覚めた。ホテルの部屋の窓にようやく日が差し込み始めたところだった。ケンジとハルトはまだ寝ていたが、大輝はすでに起きており、あくびをしながら体を伸ばしていた。
私はテーブルからスマホを取り出し、チャットアプリを開いた。あかりさんからメッセージが届いていた。
あかりさん「おはよう。今日は伏見稲荷に行くんでしょ?」
10分前に届いたあかりさんからのメッセージにすぐに返信した。
私「うん、後で写真何枚か送るね」
スマホを枕の横に置いてバスルームへ行き、シャワーを浴びて着替えた。そして、またスマホを確認したが、まだ返信はなかった。
「さあ、朝食に行こう」
大輝はTシャツとラフなズボンで準備万端だった。私たちはケンジとハルトと一緒にホテルのレストランへ降りた。食堂は私たちの学校の生徒や他の宿泊客でかなり混み合っていた。
ご飯、卵、味噌汁を盛り、大輝と一緒に窓際のテーブルに座ったが、私の頭は食事のことなど考えていなかった。あかりさんからの返信を待ちながら、スマホをずっとチェックし続けていた。
「どうしたの? ぼんやりしてるけど、メニューが気に入らないの?」
大輝はパンを頬張りながら私を見つめた。
「いや、ただスマホを見てただけ」
「ああ、あかりさんからのメッセージを待ってるの?」
私は答えなかったが、大輝は私の表情から答えを察したようだ。
ふと視線を隣のテーブルに移すと、そこには怜さんがクラスメートたちと気楽に座っていた。楽しそうに冗談を言い合って笑っている。
胸のざわつきを無視しようとして朝食を続けたが、数分おきにスマホを覗き見ずにはいられなかった。
私たちはすでにバスで伏見稲荷に向かう途中だった。メッセージを送ってから2時間後、ようやくスマホが振動した。
あかりさん「ごめん、さっき寝ちゃった」
私はそのメッセージを見つめた。今起きた?
あかりさんがこんな時間に起きるなんて、ありえない。病院では、いつも朝早く目を覚ましていたはずだ。でも、余計なことは考えないようにした。
私「いいよ。大丈夫?」
あかりさん「大丈夫よ。どうしたの?」
私「なんでもない。それより、あとで伏見稲荷の写真送るよ」
あかりさん「わかった。たくさん送ってね」
スマホをポケットに戻し、窓の外の景色を楽しむことに集中した。
伏見稲荷大社は、何千もの赤い鳥居が長いトンネルを形成し、壮観な景色を誇っている。鳥居の隙間から差し込む日差しが地面に美しい光の模様を作り出していた。
「うわっ、めっちゃすごい!」
大輝はすぐに写真を撮り始めたので、私も負けじとスマホを取り出し、さまざまな角度から写真を撮り始めた。そして、一番いいと思った写真を3枚選んであかりさんに送った。
私:(3枚の写真を送信)
私は鳥居の道を歩きながら返信を待った。数分後、返信が届いた。
あかりさん「写真、いいね」
彼女が送ってきたのは、それだけだった。ハートの絵文字も、鳥居の美しさを称える長いコメントも、現地での体験について尋ねる質問もなかった。
私は手を止めてスマホの画面をじっと見つめた。何かがおかしい。あかりさんはこんな人じゃない。
「どうしたの?なんで止まったの?」大輝が前方から振り返った。
「何でもない。行こう」
たぶん、疲れているか気分が優れないのだろう。
私たちは途中で少し休憩した。私は木製のベンチに座り、持参したペットボトルから水を飲んだ。ここからは京都の街並みが、私たちの真下まで広がっているのが見える。
「えっ、琉依くん!」
振り返ると、ユウトくんが水筒を持って近づいてきた。彼の顔には親しみやすい笑顔が浮かんでいた。
「休憩中?」
「うん」
ユウトくんは私の隣に座ると、額の汗を拭った。
「階段、すごく多いね。こんなに多いとは思わなかった」
「そうだね。でも、景色はいいよ」
「ここって、本当に象徴的な場所だよね。疲れた甲斐があったよ」
「うん」
「あ、そうだ。まだあかりさんとは連絡取ってる?」
その突然の質問に私は少し驚いて、すぐに彼の方を向いた。
「うん。どうして?」
「いや、ただ気になっただけ。あかりさんは君が京都に来たことをすごく喜んでたみたいだよ。昨日、君が送った写真のことを話してくれたんだ」
「へえ、僕に話してくれたの?」
「うん。写真を見てすごく興奮していたよ。だから、これからも写真を送るのを忘れないでね。そうすれば、あかりさんもバーチャルで『旅行』できるから」
「わかった」
ユウトくんは立ち上がり、体を伸ばした。
「じゃあ、先に行くね。みんなが上で待ってるから。またね、琉依君」
「うん、またね」
彼は再び階段を登っていった。一方、私はしばらくその場に座ったまま、先程スマホで撮った写真を眺めていた。
午後4時頃、私たちはホテルに戻り、ホテルの庭園でくつろぎながら新鮮な空気を楽しんでいた。ちょうど写真を撮ろうとしたその時、スマホが振動した。あかりさんからのビデオ通話だった。
緑色のボタンを押すと、画面にあかりさんの顔が映し出された。しかし、彼女は病院のベッドにはおらず、スーツケースを手に立ち、見慣れない部屋が背景に広がっていた。
「やあ、琉依くん」
彼女は満面の笑みを浮かべていたが、どこか普段とは違う雰囲気だった。少し疲れているようにも見えたが、その表情からは燃えるような喜びがあふれていた。
「今どこにいるの?」
「私の部屋よ。見て、素敵でしょう!」
彼女はカメラを背面モードに切り替え、自分の部屋を見せてくれた。白い壁にはインディーズバンドのポスターが飾られ、本棚にはCDコレクションが並び、机の上にはノートパソコンが置かれている。
カメラの動きが速すぎて、窓を通り過ぎた瞬間、外側の物干し竿に吊るされたピンク色の下着が私の視界に飛び込んできた。
あかりさんはすぐにカメラを元のモードに戻し、彼女の顔はたちまち赤くなった。
「あ、ごめん。さっきうっかり」
私はどうすればいいのか分からなかった。恥ずかしさで私の顔も赤くなっていた。
「えっと、病院からはいつ帰ってきたの?」
「今日の昼に退院の許可が出たんだ。先生によると、状態は良くなって安定しているって」
「本当?なんで言わなかったの?」
「サプライズにしたかったの!それに、家に着いたばかりで荷物の整理中だったし、へへ」
あかりさんはカメラを少し持ち上げ、背後に開いたままのスーツケースを見せた。
「さっきのメッセージの返信、なんであんなに短かったの?」
「あ、そうだった。ごめん、さっきのメッセージは父が返信しっちゃったの」
「ああ、そういうことか。納得のいく理由があったんだ。胸のつかえが少しずつ消えていく」
「えっ……お父さんが返信したの?」
「うん、ハハハ。今日の京都はどうだった? 伏見稲荷に行ったんでしょ?」
「うん、すごくよかったよ。鳥居が本当にたくさんあったね」
「写真見たよ! すごく行きたくなった。 今度一緒にいこうね」
「うん」
私たちは今日あったことを話した。私は伏見稲荷について、たくさんの階段や頂上からの美しい景色など、いろいろと話した。あかりさんは興味深そうに聞いていて、時折反応したり、質問したりしていた。
「ねえ、琉依くん」
「うん?」
「私のことはあまり心配しないで。京都での時間を楽しんでね。それに、もう退院したし、今は元気だから。でも、最高の写真を送ってね。あと、私へのお土産も忘れないでね」
「うん、覚えてるよ」
「じゃあ、私はもう少し片付けをするね。あなたは休んでね。一日中歩き回って疲れたでしょうから」
「バイバイ、琉依くん!」
「バイバイ」
ビデオ通話は終了し、画面は再び暗くなった。
視線を空に向けた。あかりさんはもう家に帰ったのだ。彼女は元気そうで、むしろ写真やお土産を送ってほしいと、とても楽しみにしている様子だった。
なんであんなに心配してしまったんだろう?
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