第7章: 虚無

その朝、私はヘッドセットをつけずに学校へ行った。


忘れたわけでも、つけたくなかったわけでもない。怜さんが私のヘッドセットを壊してしまったのだ。これまで私と外界との間にある防護壁となり、唯一の逃げ道だったヘッドセットを打ち砕いてしまったのだ。


街の喧騒が耳をつんざく。クラクション、歩道での雑談、駅のアナウンスが耳に突き刺さるほど鮮明だ。音楽がなければ、一歩一歩が重く感じられる。


学校の門に着くと、何人かの生徒が奇妙な目つきで私をちらりと見た。彼らは、私が知らない何かを知っているようだ。あるいは、本当に昨日の出来事について知っているのかもしれない。


隣のクラスのあかりさんの席は空いていた。私は2年A組の教室に入ったことはないが、なぜか彼女の不在を感じ取ることができた。まるで学校の空気が何かを失ったかのようだった。


15時30分ちょうどに下校のベルが鳴り、私はすぐに図書室へ行った。今日は彼女がいなくて過ごす初めての懲罰の日だった。


佐藤先生がほうき、モップ、雑巾を手渡してくれた。


「もう一人の友達は?」


「病気なんです、先生」


「それなら、一人でやってね」


私はうなずいた。図書室のドアが閉まり、私だけが取り残された。昨日までは2人しかいなくてもにぎやかだったこの部屋が、今はひっそりと静まり返っている。


私は無機質で単調な動きで床を掃き始めた。彼女の口ずさむ歌声や笑い声は聞こえず、冷たい静寂が部屋を包み込んでいた。


その後の日々はすべてがぼやけて、一つに溶け合っていた。


いつから噂が広まり始めたのかは、はっきりとは覚えていない。ただ、廊下や食堂、さらには教室でさえも、その噂話が聞こえ始めたのは確かだ。


「聞いたよ。あかりさんが過労で入院したんだって」


「あかりさん、かわいそう。断れないほど優しいから」


「琉依君がサボるように誘ったんだって。病気になるのも無理はないね」


他の生徒たちの視線は一変した。単なる好奇心ではなく、裁くような目つきだった。同情を示す者もいたが、大多数の生徒は状況を評価しているようだった。


私は図書室で作業を続けた。同じ床を掃き、同じ本棚を拭き、同じ場所をモップがける。毎日同じルーティンだ。しかし、あかりさんがかつて座っていた机の前を通るたびに私は足を止めた。そこには、開かれたバケットリストの小さなノートが置かれていると想像しながら。


時々、最後までやり遂げられないことを始めるのが怖いんだ。


彼女の言葉が頭の中で響き続けている。どういう意味だろう?なぜ彼女は時間が限られているかのように話したのだろう?


大輝が助けようとしてくれた。彼は昼食時に私の隣に座った。


「お前は間違っていないよ、兄弟。あいつらはただ分かっていないだけさ」


私はうなずいたが、確信は持てなかった。怜さんの言葉がまだ頭から離れない。


「お前は彼女を疲れさせているだけだ。すべてを難しくしているだけだ」


怜さんの言う通りかもしれない。私は自分勝手すぎた。あかりさんをコンサートに誘い、無理に図書室の掃除をさせ、さらに悪いことに彼女が疲れていることに気づかなかった。


2年A組の前を通るたびに、知らず知らずのうちに足取りが重くなった。なんて馬鹿なんだろう。彼女がいつものように突然そこに現れて、手を振って「やあ!琉依くん!」と声をかけてくれることをまだ期待しているなんて。


懲罰の最終日が気づかないうちにやって来た。佐藤先生が私の作業を確認した。


「よくやったね、琉依くん。懲罰は終わりだよ」


「ありがとうございます、先生」


「お友達が早く良くなりますように」


私はうなずき、黙り込んだ。これが私が図書館を出る最後になるのだ。懲罰が終わったのだからほっとするはずなのに、感じるのはただ虚しさだけだった。


人影がまばらになり始めた廊下を歩いた。生徒のほとんどはすでに帰宅しており、学校はこだまが響く空き家のように感じられた。


携帯を取り出し、画面を見つめた。連絡先リストに、あかりさんの名前がある。指が画面の上を漂う。


「大丈夫?」


「心配してる」


「ごめん」


どれも物足りなく感じられ、何も送らずにスマホをポケットに戻した。


校舎を出て門に向かい、家路についた。空はすでに暗く、街灯が点灯し始め、重くのしかかるような足取りを照らしていた。


あかりさんはどうしたんだろう?なぜ連絡をくれないんだ?私に怒っているのかな?


その答えの出ない疑問が頭から離れず、家に帰ったときの胸の重さは計り知れなかった。机に向かい、目の前の白紙を見つめた。


もう30分も座り続けている。手にはペン、目の前には白紙の紙があるのに、一行も歌詞が浮かんでこない。いつもは逃げ場となる執筆が今夜は役に立たず、言葉さえも私から逃げていく。


私はペンを置き、机の隅にある壊れたヘッドセットを見つめた。黒いプラスチックは割れ、ケーブルは切れ、イヤーカップはへこんでいた。もう1週間以上経つのに、私はまだそれを捨てることができなかった。それは、まだ受け入れる準備のできていない告白のようだ。


私は立ち上がり、あかりさんと一緒に買った本、『The Silent Patient』を手に取った。読んでみたが、ページに書かれた言葉は空虚に感じられた。


私の心は、ずっとあかりさんのことばかりだ。気絶したときの彼女の青ざめた顔、私の腕の中でぐったりとした体、そして、彼女を家に連れて帰ったときの両親の不安そうな様子。


私は本を閉じ、机の上に置いた。勉強用のランプの横に私のスマホが転がっている。私はそれを手に取り、メッセージアプリを開き、連絡先リストにあるあかりさんの名前を見つめた。


親指がキーボードの上を漂う。さっきの午後と同じような文章を打とうとしたが、またしても指が止まる。言葉では足りない気がするし、何を書いても間違っているように感じられる。


窓辺に立つと、夜空は晴れ渡って星がくっきりと見え、冷たい空気が流れ込んできた。外では街がまだ明かりをきらめかせていた。


でも、私の部屋の中はただ静寂に包まれている。


私は再び机に向かいペンを手に取り、もう一度書き始めようとしたが、生まれたのは意味のない無秩序な落書きだけだった。


「あかりさん、一体どうしたんだろう?」


机の上のスマホが短く振動して静寂が破られ、私ははっとしてすぐに点灯した画面に視線を向けた。


メッセージの着信通知だ。あかりさんだからだ。


心臓が止まるかと思った。突然震え始めた手でスマホを握り、息を殺してメッセージアプリを開いた。


あかりさん「琉依くん、連絡が遅くなってごめんね。今、病院にいるの」


あかりさん「大丈夫よ!ただ、少し休まなきゃいけないだけ」


あかりさん「明日、寄ってくれる?話したいことがあるの」


あかりさん「総合病院、3階、307号室」


私はそのメッセージを何度も読み返した。一語一語をじっくりと噛みしめて読み間違いがないかを確認した。


あかりさんが病院にいる。もう1週間以上も。大丈夫だって言っている。でも、大丈夫ならなぜ病院にいるの?


私「わかった。明日行くよ」


考え直す間もなく送信ボタンを押すと、画面に3つの点が現れた。あかりさんが返信を打っている。その数秒が、何時間も感じられた。


あかりさん「ありがとう、琉依くん。じゃあ、明日ね」


スマホを置くと、暗くなった画面をじっと見つめた。胸の中は複雑な感情でいっぱいだった。あかりさんの無事を知ってほっとした気持ち、彼女が病院にいることへの不安と罪悪感、そして明日何が待っているのかという恐怖。


眠ろうとしたが眠れず、ベッドに横たわって暗い部屋の天井を見つめた。あかりさんの姿が頭から離れない。


「話したいな」


でも、何についてだろう?何を話したいんだろう?


その疑問が夜中の1時まで頭から離れなかった。「寝なければ。明日は病院に行かなければならない」と考えるも、眠れずにただ横になり、不安な気持ちで朝を待っていた。


期待と恐怖の間、知りたい気持ちと逃げ出したい気持ちの間、恋しさと罪悪感の間。


やがて、いつの間にか疲れが、頭の中を駆け巡る思考に勝った。あかりさんからのメッセージがまだスマホで開いたままになっており、画面の光が暗い部屋を照らしていた。私はその状態で眠りについた。


日曜の朝、いつもより早く目が覚めた。


朝の陽射しがすでに温かく感じられた。シャワーを浴びて着替え、隠しきれない緊張感を抱えたまま8時30分に家を出た。


駅に向かって歩きながら、頭の中は落ち着かず、ずっとあかりさんのことが頭から離れない。今、彼女はどんな様子だろう? 最後に会った時のように、まだ顔色が悪いのだろうか? もしかして彼女は……


私は首を横に振って、そんなネガティブな考えを振り払った。あかりさんは大丈夫だと言っていた。それを信じなければならない。


駅の向かい側にある小さな果物屋がちょうど開店のところだった。中に入ると、新鮮な香りが迎えてくれた。木製の棚には、赤いリンゴや黄緑色のオレンジ、バナナやブドウといった果物がきれいに並べられていた。


棚の前で迷った。あかりさんの好きな果物が何なのかわからなかったからだ。結局、赤いリンゴとオレンジを選んだ。シンプルで無難な選択だ。誰もがきっと好きだろうから。


「合計800円です」と、年配の店員の男性が親しみやすい笑顔で言った。


私は代金を払い、果物が入ったビニール袋を受け取った。


駅はまだ閑散としており、早朝に出勤や用事に向かう数人の人だけがいた。私はドアのそばに立ち、片手で手すりをつかんで果物の袋をもう片方の手に持ち、窓の外の景色を虚ろな眼差しで見つめていた。


「これから、何と言えばいいんだろう?」


アナウンスが流れた。「次の駅です。右側のドアが開きます」


私は降りて、駅を出ていく人々の流れに身を任せた。案内板はさまざまな場所を指し示していたが、私は左を指す矢印のついた「総合病院」の標識に従った。


10分ほど歩くと、9時20分ちょうどに総合病院の前に到着した。その白い建物は大きく高く、たくさんの窓が並んでいた。正面の広場は整然としており、小さな庭園と数脚の木製のベンチが置かれていた。


私は門の前で少し立ち止まり、その建物を見つめた。すると、突然足が重くなった。まるで何かが、私が中へ入るのを止めているかのようだった。


怖い。怖いんだ。


あかりさんが私が想像もしなかったような状態になっているのを見るのが怖い。聞きたくないことを聞かされるのが怖い。これまで自分自身から隠してきた真実と向き合うのが怖い。


でも、もうここまで来た。今さら引き返せない。私は深呼吸をして中へと足を踏み入れた。


自動ドアが開き、広くて明るい病院のロビーが目に飛び込んできた。光沢のある白いタイルの床、案内カウンター、そして数人の患者や医師、私のような来訪者がロビーを行き来していた。


消毒薬のにおいが漂っている。無菌的だが決して心地よいとは言えない、病院特有のにおいだ。薬品や消毒剤、そして何か分からないものが混ざり合ったにおい。


エレベーターの呼び出しボタンを押すと、チンという音とともに空のエレベーターが到着した。乗り込んで3階のボタンを押すと、エレベーターは上昇して止まった。私は長い廊下へと足を踏み出した。


ゆっくりと歩きながら、一つひとつの部屋番号を確認した。301、302、303、そして307。近づくにつれ、心臓の鼓動が速くなっていく。


私は少し立ち止まり、深呼吸をした。手にした果物の袋がいつもより重く感じられ、手のひらは汗ばんでいた。「落ち着け。相手はただのあかりさんだ。コンサートを見に学校をサボらせたあの女の子にすぎない」


私は歩き続け、307号室のドアの前にたどり着いた。そのドアには、307という数字が刻まれた小さなプレートが付いていた。すると、ドアが開き、誰かが307号室から出てきた。


ユウトくん。


ユウトくんは307号室から出てきて、後ろでそっとドアを閉めた。私たちの視線が合った。2人とも黙り込んだ。


私の足が止まった。ユウトくんはそこに立っていた。ジャケットとTシャツというきちんとした格好だったが、その眼差しは冷たく警戒に満ちており、学校で見せる親しみやすい笑顔とはかけ離れていた。


気まずい空気が私たちを包み、数秒間誰も口を開かなかった。隣の部屋から聞こえる医療用モニターの音だけが、その沈黙を埋めていた。


「琉依くん、だよね?」


「うん。あかりさんから、立ち寄ってもいいって聞いたんだ」


ユウトくんは私の顔をじっと見つめた。まるで私の顔の中に何かを探しているかのようだった。おそらく私の正直さや本心を探っていたのだろう。少しの間を置いて彼は静かに息を吐いた。


「きっと聞きたいことがたくさんあるだろうね。さあ、中に入る前にちょっと話そう」


彼は私の横を通り過ぎて廊下の奥へ歩いていった。私は一瞬戸惑ったが、汗ばんだ手で果物の袋を握りしめて彼の後を追った。


私たちは、患者の部屋や看護師、そして数人の面会客の横を通り過ぎた。ユウトくんは、廊下の奥にある小さな待合室の前で立ち止まり、中に入るようにと、私に合図をした。


「さあ、ここで話そう」


私はその小さな部屋に入った。そこには、青いプラスチックの椅子、古びた雑誌が置かれた小さなテーブル、そして病院の庭に面した大きな窓があった。朝の日差しが部屋を温かく照らしていた。


ユウトくんは自分の向かいに座るよう私に言った。私は座って果物の袋を横に置いた。距離は近いのにどこか遠くに感じられ、彼は窓の外を見つめていた。その表情は読み取れなかったが、疲れや不安、そしてそれ以上の重荷が漂っていた。


「俺は中学の頃からあかりさんを知っている。彼女が何年も苦闘しているのを見てきたんだ」


私は黙り込んだ。どう返事をすればいいのか分からなかった。ユウトくんは私を見ていなかった。まるで私ではなく、自分自身に語りかけているかのようだった。


「きっと、なぜあかりさんがここにいるのか、なぜ入院することになったのか、気になっているだろう」


「うん。僕……何が起きたのか分からない」


ユウトくんは深く息を吐き、腕を組んで椅子にもたれかかった。


「話をする前に一つ聞きたい。君はあかりさんのことを気にかけているよね?」


「うん、気にかけているよ」


ユウトくんは私の目の中に誠実さを探すかのようにじっと私を見つめ、ゆっくりと頷いた。


「わかった。それなら、これだけは知っておいてほしい。あかりさんは『Chronic Fatigue Syndrome(CFS)』を患っているんだ」


その言葉が宙に浮いたままだった。『Chronic Fatigue Syndrome』。その言葉は聞いたことがあったが、詳しいことは知らなかった。


「それってどんな病気?」


「何日も休んでも消えない極度の疲労感のことだよ」


私は黙り込んだ。いつも明るく元気なあかりさんの姿が突然仮面のように感じられ、その裏には私が一度も見たことのない闘いがあるのだとわかった。


「あかりさんの体調は予測がつかない。時には普通の人と同じように元気に過ごせることもある。遊んだり、笑ったり、散歩したり。でも、時には突然体調を崩してしまうこともある」


「いつから?」


「中学2年生の時から。もう3年近くになる」


3年。あかりさんはこの病気と3年間も共に生きてきたのだ。


「どうして彼女は一度も言わなかったの?」


「分からないよ。だって、俺や怜、そして彼女の病気を知っている他の友達は、とても心配していつも彼女を気遣っていたのに」


罪悪感がハンマーのように胸を打ちつけた。彼女に図書館の掃除をさせてしまったのは私だ。彼女が無理をしていたことに気づかなかったのも私だ。


「でも、あかりさんは詳しいことは話してくれなかった。いつも『大丈夫』とか『ちょっと疲れただけ』って言うんだ。俺たちに心配をかけたくないんだと思う」


怜さんが私のヘッドセットを壊した時のことを思い出した。あの怒り、あの苛立ち。今なら分かる。あれは私への怒りだけじゃなかった。あかりさんのために何もできないことへの苛立ちでもあったのだ。


私は自分の手を見つめた。指を絡ませ、どうすればいいのか分からなかった。


「あかりさんは、君のことはあまり話してくれない。でも、俺は見ていたよ。駅に2人がいたときの彼女の表情を。あかりさんの顔には、何か違うものがあった。彼女は笑っていた。でも、それは普段他の人に見せるようなありふれた笑顔じゃなかった。心から湧き出る、作り物ではない本物の笑顔だった」


彼は立ち上がり、窓の方へ歩き出し、私に背を向けた。彼の言葉に込められた真剣さが伝わってきた。ユウトくんは間違いなくあかりさんのことを愛している。


「彼女を大切にして、琉依くん。そばにいてあげて。彼女を笑わせてあげて」


「わかった」


ユウトくんは小さく微笑んでから、私の横を通り過ぎ、ドアへと向かった。


「中に入って。きっと待ってるよ」


彼はドアの入り口で立ち止まり、もう一度振り返った。


「あ、あと一つ。俺がこれを話したなんて、あかりさんに言わないで。自分で説明させてあげて」


「言わないよ」


「よし。じゃあね、琉依くん」


彼は去り、その足音はエレベーターの中に消えていった。


私は待合室で一人、日差しを浴びながらかすかに聞こえる医療モニターの音に耳を傾けていた。今、すべてのパズルのピースがはまったのだ。バケットリスト、頻繁な疲労、そして彼女が一瞬一瞬を大切にするその姿。


私は立ち上がり、フルーツの袋を手に取ると、待合室を出て307号室へと向かった。


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