第1章:メロディのない、ただ回るだけの生活
学校からの帰り道、私は平板なオレンジ色の空を見つめていた。私の人生はまるで無声映画のようで、何の意味もなく、ただ単調な日常の乾いた光景が広がるだけだった。装着したヘッドセットを通して、私はクラスメートたちの将来についての会話や、最新の学校内の噂話から自分を隔離していた。
「おい、琉依!」
私は顔を上げた。大輝は、まだ私に話しかけてくれる数少ないクラスメートのひとりだ。彼は私の横に立ち、満面の笑みを浮かべていた。リュックサックを片方の肩に斜めにかけている。
「どんな本を読んでいるの?」
彼が、私が閉じてカバンにしまい込んだばかりの『The Catcher in the Rye』をのぞき込んだ。
「終わった」と私は短く答えた。
「君、読むの早いな。ところで、明日の土曜日は予定ある?」
私は首を横に振った。私の予定といえば、部屋で本を読んだり音楽を聴いたりすることくらいだ。
「いいね。じゃあ、楽器屋に行こう。新しいギターの弦を買いたいんだ」
楽器屋は、私が行ってもいいと思う数少ない場所の一つだ。少なくともそこには音楽がある。
「わかった。僕 和 行く」
「よし、じゃあ土曜日にまた会おう」
大輝は満足げに微笑みながら私の肩をポンと叩くと、交差点で方向を変え、私を一人残して去っていった。ヘッドセットを装着し、インディー・フォークのプレイリストを流しながら、私は家路へと足を向けた。
空はますます暗くなり、オレンジ色から濃い青色に変わっていった。音楽は流れ続け、私の唯一の相棒となった。そして私は心地よい静けさの中を歩き続けた。
『The Silent Chord』という矛盾しているようでいてぴったりな名前の音楽店が、小さくてひっそりと佇んでいた。古本屋と閑散としたカフェの間に挟まれたその場所は静かで混雑しておらず、CDやレコード、楽器が整然と並べられているだけで理想的だった。
店に入ると、大輝はすぐにギターアクセサリーのコーナーへ直行し、私はゆっくりとCDコーナーへと向かった。ヘッドセットを外し、店内に流れる穏やかなインストゥルメンタルジャズの旋律を楽しみ、静かな雰囲気を満喫した。
指でCDをなぞっていくと、そのほとんどが古いアルバムや無名のインディーズバンドのものだった。一般的なものではなく、ユニークなコレクションがそろっているから私はこの場所が好きなのだ。
あるアルバムの前で足を止めた。シンプルなジャケットには、強い感情に駆られているような女性の写真が写っていた。タイトルは『Echoes of Silence』。
このバンドのことは聞いたことがある。アンダーグラウンドで知る人は少ないが、音楽はとても素晴らしい。
そのCDを手に取り、裏面にあるトラックリストを読むために裏返した。
チン!
小さなベルの音が鳴り、店のドアが開いた。さっきまで静かだった店内に突然、にぎやかな声があふれた。私は手元のトラックリストに集中し続けた。その喧騒は私にとって何の意味も持たない。行き来する騒音にはもう慣れている。
5、6人ほどのグループが店のあちこちに散らばっていった。壁に掛かったギターに向かう者、レコードコーナーへ行く者、ドラムセットの前で立ち止まる者もいた。
私は再び手元のトラックリストに集中した。
トラック3:Outside (4:25)
この曲をYouTubeで聴いたことがあるのを覚えている。ミニマルなインストゥルメンタル、心に刺さるピアノのメロディー、そして魂からのささやきのようなボーカル。
柔らかくもエネルギーに満ちた女性の声が私のすぐ横から聞こえてきた。
「わあ、センスいいね」
私は驚いてCDを落としそうになった。
振り返ると、私の隣に一人の少女が立っていた。長い銀色の髪は少し乱れ、黒く輝く好奇心あふれる瞳が私を見つめていた。その笑顔は……あまりにも輝きすぎていて、あまりにも自然だった。まるで笑うことに迷いなどないかのように。
彼女の突然の登場に、CDを握っていた私の指は宙に浮いたまま動きを止め、まるで体がその場から動こうとしないかのように見えた。久しぶりに、ヘッドセットに戻る必要を感じなかった。
「えっと、ごめん。びっくりした?」
彼女の笑い声は柔らかかったが、そのエネルギーはいつも私を包み込む静寂を打ち破った。私はただ小さくうなずいて答えた。
「大丈夫だよ」
彼女は、私が手に持っていたアルバムのジャケットをちらりと見た。
「『Echoes of Silence』は、私のお気に入りのアンダーグラウンド・バンドのアルバムだよ。3曲目の『Outside』は、ミニマルなインストゥルメンタル曲だけど、だからこそ、フィルターを通さずに、その痛みがそのまま伝わってくるようなボーカルに聞こえるんだ」
私は一瞬黙り込んだ。彼女はただ聴いているだけでなく、その音楽を理解しているのだ。
「うん、ボーカルはいいよね。なんか……悲しいけど、それでもまた聴きたくなる感じ」
「他のインディーズバンドは好き?例えば『Arctic Monkeys』とか?『505』……絶望感に満ちてるよね」
彼女の意見には同意できるが、完全にそうは思わない。
「『505』はそうね。でも私は『Cornerstone』の方が好き。その悲しみはもっと穏やかで、諦観に満ちている。絶望じゃなくて受容なんだ」
「え、反対!『505』の方が生々しいよ。その悲しみの方が正直だから、より良いんだ」
脳がそれを否定する前に、私の口元がわずかに動いた。
「そうかも。でも、『Cornerstone』の歌詞の方が詩的だし、深みがある」
彼女は熱を込めて語り、その言葉は無理のないメロディのようだった。私は短い返事しかできなかったが、どういうわけか2人の間の距離がふっと消えたように感じた。見知らぬ人とこんなに打ち解けることはめったにない。
「え、ちょっと待って」
彼女の手が横にあるCDへと伸び、反射的に私の手も動いてしまった。指先が触れそうになり、すぐに手を引っ込めた。頬に熱が走るのを感じた。
「あ、ごめん。『The National』もお好きですか? 彼らのアルバム『High Violet』は?」
私は彼女の顔を見つめた。その瞳には純粋な熱意が満ちていた。
「うん、『Bloodbuzz Ohio』はいいよね。まるで重荷が……リアルな感じで、振り払えない責任の重みみたい」
彼女は熱心にうなずき、私の言葉に共感してくれた。
「その通り!『Bloodbuzz Ohio』だよね?そこにはまるで振り払えないような、重い重圧がある」
彼女の言う通りだ。私は彼女の意見に全面的に同意した。
「うん、まさにその通り」
「他にオススメの曲はある? ちょっとマイナーなやつとか?」
私は少し考え込み、吟味した。
「 『Phoebe Bridgers』のアルバム『Punisher』は悲しいけれど美しい」
彼女の目が輝き、まるで宝物を見つけたような表情になった。
「ええ、その通り!『I Know The End』の盛り上がり方は……聴く人の心を深く揺さぶり」
私はうなずいたが、不思議に思った。彼女は単に好きだというだけでなく、私と同じように音楽を理解し、感じ取っているのだ。
「あかり!」
私たちは2人とも振り返った。さっき適当にギターを弾いていたグループの背の高い男が通路の端に立って、手を振っていた。
「さあ、戻ろう。もう夕方だし、まだカフェに行くんでしょ?」
「うん、ちょっと待って!」
彼女は仲間たちに手を振って、再び私の方を向いた。その顔には帰りたくないという名残惜しそうな表情が浮かんでいた。彼女は私に手を差し出した。
「ところで、私はあかり。夏川あかり。あなたは?」
私は彼女の温かく小さな手を握った。その握りは力強く、迷いがない。
「琉依。静己 琉依」
「はじめまして、琉依くん」
彼女は私の手を、本来よりも少し長く握りしめていた。
「どこの学校に通ってるの?」
「第一高校の2年生です」
「マジ?」
あかりさんは叫びそうになったが、すぐに大笑いした。その大きな笑い声が店中に響き渡った。
「私も! 2年生だよ! なんで今まで見かけたことなかったの?」
「僕は2年B組」
「私は2年A組。文字通り隣同士! 信じられない。ずっと隣同士だったのに、今になって初めて会ったなんて」
どう反応していいか分からなかった。なんて奇妙な偶然だろう。
「琉依!」
突然、大輝が私の横に現れ、新しいギターの弦が入った小さなビニール袋を持っていた。
「終わった? じゃあ、俺も……」
彼は足を止め、視線をあかりさんから私へ、そしてまたあかりさんへと移した。
「あ、えっと、ごめん。邪魔した?」
「いいえ、あなたは琉依くんの友達?」
「うん。俺は大輝。森下大輝」
「私はあかり!あなたも音楽好き?」
「うん、ギターを弾いているんだ」
「わあ、かっこいい!」
あかりさんは目を細め、その視線はすぐに大輝が手にしたビニール袋へと向かった。
「それ、新しい弦だよね?ちょっと弾いてくれない?聴いてみたいんだ」
大輝はあかりさんの大胆さに驚いて笑った。
「残念だけど、ギターを持ってきてないんだ。それに、俺はただの普通のギタリストだし。また会ったときにね」
「わかった。約束ね!楽しみにしてる!」
私はただ黙って、2人が少しの間話しているのを見守っていた。
「あかり。さあ、帰ろう。もう夕方だよ」
彼らのグループの中にいた背が高く髪を整えた人気者そうな男の子が、ドラムセットを数人が見ていた店の奥から声をかけた。
「うん、ちょっと待って!」
「琉依くん、また学校でね!」
「え……うん」
「じゃあね!」
彼女は手を振って友達のほうへ走り去り、長い髪が後ろで揺れていた。
私はそこに立ち尽くし、まだ「Echoes of Silence」のCDを握りしめていた。あかりさんの後ろで店のドアが閉まり、なぜか店内の空気は以前より少し静まり返っていた。まるで彼女があの大切な喧騒の一部を持ち去ってしまったかのように。
「彼女とずいぶん長く話していたな。お前にしては珍しいぞ」
私は答えなかった。彼の言う通りだったからだ。
さらに奇妙なことに、私はまた彼女と話したくなった。この女の子は一体誰なんだ?なぜこのインディーズの曲についての会話が、私がこれまで享受してきた安らぎとは全く異なる色彩とメロディーに満ちた、新しい世界を切り開いてくれたように感じられるのか?
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