第21話秘密の特効薬と、あり得ない放課後ティータイム(食事付き)


【令和・状元学園F高校保健室】


 佐々木さんと二人きりの、心臓に悪い時間がどれくらい続いただろうか。

 体感では数時間にも思えたが、実際には十分ほどだったのだろう。

 ガラリ、と保健室のドアが開いた。


「あら、怪我人いたのね」


 戻ってきた養護教諭の先生は、俺の足を見るなり眉をひそめた。

 第一声がそれですか。まあ、グラウンドに出ていたなら仕方ないが。


「先生、平太くんの足、かなり腫れてるんですけど」


「うーん、これは捻挫だね。でも、骨にヒビが入ってる可能性もあるわねぇ」


 先生はテキパキと患部を触診すると、内線電話を手に取った。

 うちの高校は、大学の付属校というだけでなく、医学部の付属病院とも敷地が隣接している。

 というか、ほぼ繋がっている。

 渡り廊下一つで大学病院に行けるという、怪我人にとってはVIP待遇、学校にとってはリスク管理万全の環境なのだ。


「車椅子持ってくるから、病院行きましょ。裏口から回ればすぐだから」


 先生の指示で、俺は車椅子に乗せられた。

 佐々木さんはここまでだ。


「じゃあね、平太くん。お大事に!」


「ありがとう、佐々木さん。……本当に助かったよ」


 手を振って去っていく彼女を見送り、俺はドナドナされる子牛のような気分で病院へと運ばれた。


          ◇


【大学病院・救急外来】


 レントゲン撮影の結果、骨に異常はなかった。

 診断は重度の捻挫。全治二週間。

 湿布を貼られ、包帯でガチガチに固定された俺は、松葉杖を渡されて放り出された。


「……歩けねぇよ」


 松葉杖なんて使ったことがない。

 一歩進むごとに脇が痛いし、バランスが取れない。

 結局、学校側が手配してくれたタクシーで帰宅することになった。

 料金は学校持ち(後日請求書が来るかもしれないが、今はサインだけで済んだ)。

 これだけは不幸中の幸いだ。


【令和・平太家】


 タクシーの運転手さんに手伝ってもらい、なんとか玄関までたどり着いた俺は、そのまま這うようにしてリビングへ移動した。

 時刻はまだ午後二時過ぎ。

 運動会はまだ続いているはずだ。俺だけ強制早退である。


「はぁ……。散々な一日だった」


 ズキズキと痛む足首を見下ろしながら、俺は溜息をついた。

 だが、転んでもただでは起きないのがゲーマーだ。

 俺は痛みをこらえながら、机の引き出しを開けた。

 奥に隠してある、赤い液体の小瓶を取り出す。


 『初級ポーション(HP回復薬)』。


 先日、闇通販で購入したものの、使う機会がなくて封印していた禁断のアイテムだ。


「……これ、試すなら今しかないよな」


 学校の保健室では無理だった。あんな衆人環視の中で傷を一瞬で治したら、俺は間違いなく実験動物として解剖される。

 だが、ここなら誰も見ていない。

 俺は震える手でコルク栓に手をかけた。


 ……待てよ。

 スタミナポーションは飲んで効いたが、HPポーションはどうなんだ?

 ゲーム内では『使用する』コマンドだけでエフェクトが出るから、飲むのかかけるのか曖昧だ。


 一般的には飲むものだが、傷口にかけた方が効きそうな気もする。


「うーん……まあ、とりあえず保留で」


 まずは空腹を満たそう。

 俺はポーションを一旦しまい、昼寝をすることにした。

 痛みと疲れで、意識はすぐに泥のように沈んでいった。


          ◇


「……おい、起きろ。生きてるか?」


 頬をペチペチと叩かれる感触で目が覚めた。

 目を開けると、そこには見慣れた顔があった。


「……愛姉ちゃん?」


「よかった、生きてた。病院行ったって聞いて心配したのよ」


 愛姉ちゃんが覗き込んでくる。

 運動会が終わって、そのまま駆けつけてくれたらしい。まだジャージ姿だ。

 そして、彼女の後ろには、予想外の人物が二人もいた。


「えっ……佐々木さん!? それに大下さんまで!?」


 俺は飛び起きようとして、足の激痛に「ぐっ」と呻いて倒れ込んだ。

 そこには、クラスカースト上位の佐々木恵さんと、保健委員の大下美香さんが立っていたのだ。

 我が家のむさ苦しいリビングに、花が咲いたようだ。


「ご、ごめんね平太くん! 私、保健委員なのに何もできなくて……」


 大下さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いや、気にしないでよ大下さん。競技中だったんだろ? それに、佐々木さんに運んでもらったおかげで助かったし」


「そうだよ美香。私に感謝しなよねー。平太くん結構重かったんだから」


 佐々木さんはケラケラと笑いながら、持っていたスポーツバッグを俺に渡してくれた。


「はいこれ、忘れ物。教室に置きっぱなしだったでしょ」


「あ、ありがとう……わざわざ悪いな」


 俺のカバンだ。そういえば教室に置いたままだった。

 気が利きすぎる。女神か。


「それにしても、全治二週間かぁ。災難だったわね」


 愛姉ちゃんが俺の包帯グルグルの足を見て同情する。


「まあね。……でも、なんでみんなここに?」


「お見舞いよ、お見舞い。あと、お腹すいたでしょ? 晩ご飯作ってあげるわよ」


 愛姉ちゃんは腕まくりをして台所へ向かった。

 冷蔵庫を勝手に開け、食材を吟味し始める。

 佐々木さんと大下さんも「手伝います!」と言って、エプロン(じいさんのだ)を借りて台所へ入っていく。


「……なんだこの状況」


 俺はソファに寝転がったまま、呆然と天井を見上げた。

 幼馴染の愛姉ちゃん、クラスのアイドル佐々木さん、優等生の大下さん。

 この三人が、俺のために夕食を作っている。

 あり得ない。


 俺は今日、足を怪我した代わりに、一生分の運を使い果たしたのかもしれない。

 台所からは、野菜を切る音と、楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「愛先輩、これどう切ればいいですか?」


「あ、そこは乱切りでいいわよ。恵、お鍋見てて」


「はーい。ねえ愛先輩、平太くんって家だとどんな感じなんですか?」


「あいつ? 基本ぐーたらよ。ゲームばっかりしてるし」


 おい、変な情報を流すな。

 それにしても、愛姉ちゃんと佐々木さんは仲が良いな。

 そういえば二人ともバレー部だ。先輩後輩の関係か。

 チームメイトの怪我や故障の話なんかをしているのが聞こえる。

 やはりアスリート同士、通じるものがあるらしい。


 やがて、いい匂いが漂ってきた。

 テーブルに並べられたのは、野菜たっぷりの豚汁と、肉じゃが、そして炊き込みご飯。

 家庭料理のフルコースだ。


「はい、召し上がれ!」


「いただきまーす!」


 四人で食卓を囲む。

 愛姉ちゃんの料理は、悔しいが美味い。じいさん仕込みの味付けだ。

 佐々木さんも大下さんも「美味しい!」と絶賛している。

 俺は足の痛みも忘れ、夢中で食べた。

 美女に囲まれての食事。

 愛姉ちゃんとは腐れ縁だが、佐々木さんと大下さんとこうしてご飯を食べるなんて、最初で最後の奇跡だろう。


 俺は、この光景をしっかりと脳裏に焼き付けた。

 食後、三人はテキパキと片付けを済ませ、「お大事にね!」と言って帰っていった。

 嵐のような、でも夢のような時間だった。


 静まり返った部屋で、俺は一人、包帯を見つめた。


「……さて、現実に戻るか」


          ◇


 翌日。

 運動会の振替休日で、学校は休みだ。

 俺は朝一番で玄関に向かった。

 足を引きずりながらドアを開けると、そこにはいつもの無地のダンボール箱が置かれていた。


 昨日、みんなが帰った後にPCから注文しておいたのだ。


 『ポーション(小)』の追加分、三本。


「よし、届いてる」


 俺は箱を回収し、部屋に戻った。

 昨日試せなかった実験を行う時だ。

 手元には、昨日買った分と合わせて四本のポーションがある。

 一本を取り出し、コルクを抜く。


「……まずは、飲む」


 俺は赤い液体を喉に流し込んだ。

 甘ったるい味が広がる。

 そして数秒後。

 患部である右足首が、カッと熱くなった。

 内側から温められるような、不思議な感覚。

 俺は恐る恐る包帯を解き、湿布を剥がした。


「……マジかよ」


 紫色に腫れ上がっていた足首が、見る見るうちに元の太さに戻っていく。

 触ってみる。痛くない。

 立ち上がってみる。体重をかけても、何ともない。

 完治だ。

 全治二週間の捻挫が、たった一本のドリンクで、一晩どころか数秒で治ってしまった。


「……これ、ヤバすぎるだろ」


 スタミナポーションの時も思ったが、HPポーションの効果は視覚的に分かりやすい分、恐怖も倍増だ。

 現代医学を根底から覆すオーパーツ。

 もしこれが見つかったら、俺の平穏な日常は消滅する。


「使い道……あるのか、これ」


 俺は残りの三本を見つめた。

 怪我をしないと出番がない。

 だが、怪我をした時にこれを使ってすぐに治してしまったら、「化け物」扱いされる。


 現に、俺は昨日「全治二週間」と診断されたばかりだ。

 明日、俺がピンピンして歩き回っていたら、間違いなく怪しまれる。


「……隠そう」


 俺はポーションを机の引き出しの最深部に隠した。

 そして、治ったはずの足に再び湿布を貼り、包帯を巻き直した。

 振替休日が終わるまでの三日間、俺は家で大人しくして、痛いフリを続けなければならない。


 そして学校に行ってからも、しばらくは足を引きずって演技をしなければならないのだ。


「めんどくせぇ……」


 治っているのに、治っていないフリをする。

 健康体なのに、病人のフリをする。

 なんという矛盾。なんという無駄な労力。

 だが、それがこの秘密を守るための代償だ。

 俺は「リハビリ」と称して近所を散歩しようかと思ったが、誰かに見られたらマズイと思い直し、すごすごと布団に戻った。


 せっかくの休日、ゲームでもして過ごすしかない。

 俺はPCを立ち上げ、あの理不尽な世界へとダイブした。

 あっちの世界なら、ポーションをガブ飲みしても誰にも文句は言われないからな。

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