第19話 男の嫉妬とポーションの沼
【令和・平太家自室】
文化祭という非日常の祭典が終わり、俺の生活は再び灰色……いや、怪しく光る黄色の液体に彩られた日常へと戻っていた。
二学期の中間テスト。
範囲は広く、内容は深く、俺の地頭では到底処理しきれない分量だ。
だが、今の俺には『アレ』がある。
「……いただきます」
俺はコルク栓を抜き、『スタミナポーション』を一気に煽った。
喉を焼く刺激。直後に脳髄を駆け巡る覚醒感。
眠気が消し飛び、思考回路がフル回転を始める。
もはや躊躇はない。
少し卑怯だとは思う。だが、一度この万能感を味わってしまえば、もう素の自分には戻れない。
これは麻薬ではない。ただの栄養ドリンクだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺はテスト期間を乗り切った。
結果は、前回同様の上位キープ。
サークル内でも「平太、お前いつの間にガリ勉キャラになったんだ?」と驚かれたが、それ以上に高まったものがある。
嫉妬だ。
特に、夏休みの「海水浴事件」を未だに根に持っている先輩たちからの視線は、テストの点数が上がるにつれて冷ややかさを増していた。
「あいつ、女と遊んでるくせに成績もいいとか、なんなんだよ」
「リア充爆発しろ」
そんな怨嗟の声が聞こえてきそうだが、俺はポーションの効力で鋼のメンタルを手に入れているので、華麗にスルーした。
◇
テストが終わった頃、久しぶりにじいさんが帰ってきた。
だが、今回は愛姉ちゃんに会うことすらなかった。
「じゃあな平太! 次はサンマだ!」
「は? サンマ? 季節早くないか?」
「北の海が俺を呼んでるんだよ! M市の漁協がうるさくてな!」
じいさんは風呂に入り、着替えを詰め替えただけで、再び嵐のように去っていった。
滞在時間、約三時間。
もはや家に住んでいるのか、漁船に住んでいるのか分からない。
保護者不在の生活は、当分続きそうだ。
◇
【状元学園F高校・グラウンド】
中間テストが終わると、学校は次なるイベント『運動会(体育祭)』の準備期間に入った。
文化系の俺にとっては憂鬱な季節だが、今年はさらに状況が悪化していた。
この準備期間で、俺は人生の大切な真理を学ぶことになったのだ。
――男の嫉妬は、女のそれより陰湿でタチが悪い。
放課後のグラウンド。
クラス対抗の『騎馬戦』や『棒倒し』の練習が行われていた。
男子生徒全員参加の、血湧き肉躍る肉弾戦だ。
ここで活躍すれば女子にモテる。一軍への切符が手に入る。
そんな思惑が交錯する中、俺はなぜか集中砲火を浴びていた。
「おい平太、そこ邪魔だ!」
「もっと腰落とせよ、やる気あんのか!」
ドカッ、バキッ。
練習という名目で、あからさまなタックルや足払いが飛んでくる。
相手は同じクラスの運動部連中だ。
普段は関わり合いのない彼らが、ここぞとばかりに俺を標的にしている。
理由は明白だ。
優さんや府城さんといったサークル女子、それに隣のクラスの愛姉ちゃんと仲良くしているのが気に入らないのだ。
付き合っているわけでもないのに、「あいつだけいい思いをしやがって」という僻(ひが)み根性。
それが、物理的な攻撃となって俺に降り注ぐ。
「……くそっ、痛ぇな」
砂まみれになりながら、俺は立ち上がった。
膝から血が出ている。
だが、俺は負けなかった。
なぜなら、俺は今日も『キメて』きているからだ。
スタミナポーションの効果は、脳の活性化だけではない。
肉体の疲労回復、そして身体能力の底上げも(多少なりとも)ある。
運動音痴の俺が、運動部のタックルを紙一重でかわし、棒倒しの乱戦の中で倒れずに踏ん張れる。
それは本来あり得ないことだ。
「おい、あいつ意外と動けるぞ?」
「ムカつくな……勉強だけじゃなくて運動でもアピールする気かよ」
俺が頑張れば頑張るほど、周囲のヘイトゲージが溜まっていく。
理不尽だ。
俺はただ、怪我をしたくないから必死に逃げ回っているだけなのに。
一部の女子からは「平太くん、意外とやるじゃん」なんて声も上がっているようだが、それがさらに火に油を注いでいることに、彼女たちは気づいていない。
◇
【令和・平太家自室】
練習を終えて帰宅した俺は、ボロ雑巾のようになっていた。
全身が痛い。
あちこちに擦り傷や打撲の痕がある。
さらに、慣れない激しい運動のせいで、筋肉痛が早くも悲鳴を上げていた。
「いてて……。これじゃ明日、動けねえぞ」
スタミナポーションは『活力』を与えるが、『傷』を治すわけではない。
疲労感は消せても、ダメージは蓄積していく。
湿布を貼ろうとして、ふと思いついた。
「……あるじゃないか、特効薬が」
俺は痛む体を引きずり、PCの前に座った。
ゲームを起動し、レイを操作する。
ラザニアの闇ギルドへ向かい、今度は道具屋で仕入れた『ポーション(小)』を納品する。
そして、通販サイト『黒猫』を開く。
『初級ポーション(3本セット):3000ポイント』
ポチッとな。
翌日。
届いた箱の中には、赤い液体が入った小瓶が入っていた。
スタミナポーションが黄色なら、こちらは鮮血のような赤。
ゲームでお馴染み、HP回復薬だ。
「……これ、飲むんだよな? かけるんじゃないよな?」
説明書きはないが、ゲーム内では『服用』することで効果が出る。
俺は意を決して、赤い液体を飲み干した。
味は……甘い。イチゴシロップを煮詰めたような、強烈な甘さだ。
そして次の瞬間。
「うわっ、熱っ!?」
傷口がカッと熱くなった。
慌てて腕の擦り傷を見る。
見る見るうちにカサブタができ、それがポロリと剥がれ落ちていく。
打撲の青あざがスーッと引いていき、筋肉の軋むような痛みが嘘のように消え失せた。
「……チートだ」
俺は自分の体を見下ろして戦慄した。
スタミナポーションも凄かったが、これは次元が違う。
人体の治癒プロセスを無視した、魔法の回復。
これがあれば、どんな怪我も一瞬で治る。
だが、同時に強烈な恐怖も感じた。
「これ、絶対に見つかっちゃダメなやつだ」
もし学校で、怪我が一瞬で治るところを見られたら?
もし医者に見られたら?
俺は間違いなく『未知の生物』として隔離される。
闇ギルドが使えるのは、おそらくこの世界で俺(レイ)だけだ。
つまり、この薬を入手できるのも俺だけ。
「……ポーション類は、家でしか使えないな」
俺は残りの二本を机の引き出しの奥深くに隠した。
これは緊急用の切り札だ。
運動会の練習でボロボロになっても、学校では痛いフリをして耐えるしかない。
家に帰ってからこっそり治す。それが、俺の身を守る唯一の方法だ。
「明日の練習も、地獄だな……」
傷は癒えたが、心の重みは消えない。
男たちの嫉妬と、危険すぎる秘薬。
俺は二つの沼に、どっぷりと浸かり始めていた。
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