第18話 学園祭


【令和・平太家リビング】


 夏休みも終盤。

 じいさんは相変わらず遠洋漁業で不在。本来なら静かなはずの我が家は、連日連夜、姦しい女子たちの声で埋め尽くされていた。


「ねえ、このコスメ超よくない?」


「わあ、発色いいですね! 今度貸してください!」


「ていうか、あのカフェの新作パンケーキがさぁ……」


 リビングのちゃぶ台を占拠するのは、愛姉ちゃん、優さん、そして府城さんの三人。

 テーブルの上にはファッション誌とスナック菓子、そして申し訳程度に開かれたノートPCと教科書が散乱している。


「……あのさ、お前ら何しに来てるの?」


 俺が呆れ声で尋ねると、愛姉ちゃんがきょとんとした顔で答えた。


「何って、ゲーム攻略とレポート作成に決まってるでしょ? これは真面目な勉強会よ」


「勉強会って単語の意味、辞書で引いてこいよ」


 俺はジト目で愛姉ちゃんの手元を見る。

 彼女のスマホ画面にはSNSが表示されており、肝心のゲーム画面は影も形もない。

 というか、この夏休み中、愛姉ちゃんがまともにゲームをプレイしている姿を一度も見ていない気がする。


「愛姉ちゃん、お前ゲーム進んでないだろ。先生にバレるぞ」


「大丈夫よ。先生も言ってたもん。『破産したら最初からやり直せばいい』って。だから、プレイ履歴なんてイチイチ確認されないわよ」


「……なるほど。ログの提出がないのをいいことに、やってないのに『何回も破産してやり直してる体(てい)』で誤魔化す気か」


 学校側の「生徒の自主性を重んじる(という名の丸投げ)」姿勢と、このゲームの鬼畜な難易度が、最悪の形で噛み合ってしまっている。


 『難しすぎて進めませんでした(でも努力はしました)』という言い訳が通用してしまうのだ。

 なんてザルな教育システムだ。もっと生徒を疑えよ、状元学園。

 一方、優さんと府城さんは真面目に……いや、PCを開いてはいるが、おしゃべりに夢中で手が動いていない。

 画面の中のアバターが棒立ちのまま、日が暮れていくのを眺めている。


「優さん、そろそろ在庫の補充しないと品切れするぞ」


「あ、そうでした! えへへ、つい話し込んじゃって」


 優さんが可愛く舌を出す。

 まあ、楽しそうだからいいか。

 俺は諦めて、自分のPCに向かい、黙々とデータを収集した。


          ◇


 そして迎えた八月後半。登校日。

 俺は鉛のような足取りで学校へ向かっていた。

 今日は『現代サブカルチャー研究同好会』の全体会議の日だ。

 だが、俺には行きたくない理由があった。

 先日、府城さんがサークルのグループLINEに投下した『海水浴でのリア充写真(俺含む)』の件だ。


 あれ以来、先輩たちからの「殺す」「裏切り者」スタンプが止まらない。


「……胃が痛い」


 だが、行かないわけにはいかない。

 今回の出し物『大商人・完全攻略ガイド』のメインデータを持っているのは俺だ。俺がバックれたら企画が崩壊する。

 俺は覚悟を決めて、部室のドアを開けた。


「お、来たな……このリア充め!」


「平太! 貴様、俺たちを差し置いて水着女子と戯れるとは何事か!」


「その罪、万死に値する!」


 ドアを開けた瞬間、茂部先輩、宇郷先輩、そして同級生の葉屋久くんが詰め寄ってきた。

 目が血走っている。怖い。


「ち、違いますよ! あれは不可抗力というか、愛姉ちゃんの気まぐれで……」


「言い訳無用! そこへ直れ! 尋問を行う!」


 俺が部屋の隅に追い詰められた、その時だった。


「はいはい、そこまで。君たち、醜い嫉妬は見苦しいよ」


 パンパン、と手を叩いて場を制したのは、部長の薔薇園先輩だった。

 彼は眼鏡を光らせながら、冷静に俺たちを見下ろした。


「彼には働いてもらわねばならないのだよ。我々の企画のためにね。私刑はその後でも遅くはないだろう?」


「うっ……部長がそう言うなら……」


「チッ、命拾いしたな平太」


 先輩たちは渋々といった様子で引き下がった。

 薔薇園先輩、助けてくれたのかと思ったら「私刑はその後」って言いましたよね?

 気を取り直して、会議が始まった。

 俺は持ち込んだ膨大なデータをホワイトボードに書き出していく。


「まず、序盤の資金稼ぎですが、王都周辺での『石ころ狩り』と『薬草マラソン』が最適解です。次に、商業ギルド加盟後の『手形取引』のリスクについて。これは実体験に基づきますが、信用調査をケチると死にます」


「おお……具体的すぎて涙が出るな」


 先輩たちが感心したように頷く。

 そして、今回の目玉情報。


「最大の難関である『大商人パルマの隊商(キャラバン)』イベントですが、発生条件を特定しました」


「ほう、条件があるのか?」


「はい。ゲーム開始から『半年以内』に、所持金または資産が『金貨50枚』を超えていること。これがフラグです」


 教室がざわめく。

 普通にプレイしていたら、半年で金貨50枚なんて到底無理な数字だ。

 だからこそ、多くのプレイヤーはこのイベントを見ることなく、ジリ貧のままゲームオーバーになるか、イベントが発生しても資金不足で参加できずに終わるのだ。


「なるほど、だから『無理ゲー』と言われるわけか……」


「その条件を満たすための最短ルートが、これです」


 俺は『カッペリーニ⇔王都間の転売ループ』と『闇ギルドの活用(詳細は伏せて「裏ルート」と表現)』について解説した。

 そこからは、部員全員での作業タイムだ。

 俺のデータを元に、茂部先輩がレイアウトを考え、宇郷先輩が解説文を書き、優さんと府城さんがイラストや装飾を担当する。


 俺の負担は一気に軽くなった。

 一人でPCに向かっていた孤独な時間が、みんなで作る「作品」へと昇華されていく。


 なんだかんだ言いつつ、こいつら真面目なんだよな。


「平太、ここの解説、もう少し詳しく頼む」


「あ、はい。ここはですね……」


 作業が進むにつれ、俺への殺意も薄れ、いつものオタク仲間としての空気が戻ってきた。

 よかった。俺の居場所は守られたようだ。


          ◇


 そして九月。学園祭当日。

 状元学園F高校は、生徒と来場者の熱気で包まれていた。

 俺たち『現代サブカルチャー研究同好会』の教室は、予想以上の盛況ぶりだった。


「ここか! 『大商人』の攻略があるって聞いたのは!」


「うわマジだ! 発生条件書いてある!」


「手形詐欺の回避法まで……神かよ……」


 来場者の大半は、このゲームに苦しめられている商業科の一年生たちだ。

 彼らにとって、俺たちの展示はまさに「救いの書」だったらしい。

 優さんと府城さんが受付で「攻略冊子、一部100円です!」と売り込むと、飛ぶように売れていく。


 なんだこの需要。コミケかよ。


「やったな平太! 大成功だ!」


「はい、薔薇園先輩!」


 俺たちは手を取り合って喜んだ。

 午後には交代で自由時間がもらえたので、俺は優さんと府城さんと一緒に校内を見て回った。

 愛姉ちゃんの所属する女子バレー部は、中庭で焼きそばの屋台を出していた。


「いらっしゃいませー! 愛情たっぷり焼きそばだよー!」


 法被姿の愛姉ちゃんが、鉄板の前で声を張り上げている。

 その元気な姿に、男子生徒たちが群がっていた。

 さすが学年のアイドル。商売っ気もたっぷりだ。


「あ、嶺! 優ちゃん! 来てくれたのね! サービスしとくわよ!」


 愛姉ちゃんは俺たちを見つけると、山盛りの焼きそばを渡してくれた。

 三人でベンチに座り、焼きそばを食べる。

 賑やかな喧騒、美味しい食事、隣には笑顔の友達。


 ……ああ、これが青春ってやつか。

 俺はしみじみと感じていた。

 すれ違う先輩や同級生のモブ男子たちから「あいつまた女子といるぞ」「爆発しろ」という視線を感じるが、今日だけは許してほしい。


 俺だって頑張ったんだから。


          ◇


 学園祭という非日常の宴が終わり、学校には日常が戻ってきた。

 祭りの後の寂しさを感じる間もなく、新たな敵が姿を現す。


 中間テストだ。

 二学期の中間は範囲も広く、難易度も上がる。

 浮かれ気分から一転、校内はピリピリとした緊張感に包まれ始めた。


「はぁ……また勉強か」


 俺は自室で教科書を開いたが、一向に頭に入ってこない。

 学園祭の準備やゲームの研究で脳のリソースを使い果たしたのか、集中力が続かないのだ。


 このままでは成績が落ちる。

 愛姉ちゃんに「勉強見てあげる」と言われても、彼女自身が部活で忙しくなる時期だ。

 自力で乗り切るしかない。


「……やるか」


 俺はPCの電源を入れた。

 ゲームで遊ぶためではない。

 生き残るための物資を調達するためだ。

 俺は慣れた手つきでレイを操作し、ラザニアの闇ギルドへ向かわせた。

 そして、『スタミナポーション』を大量に納品する。

 ブラウザを開き、通販サイト『黒猫』へ。


 『スタミナポーション(10本セット)』をカートに入れる。

 クリック。

 購入完了。


「これさえあれば、なんとかなる」


 俺は画面を見つめ、ニヤリと笑った。

 一度手を出した禁断の果実。

 その甘い汁を、俺はもう手放せなくなっていた。

 ドーピング上等。課金上等。


 俺はこの現代社会という無理ゲーを、あらゆる手段を使って攻略してやる。

 届いたポーションを飲み干し、俺の目は怪しく輝き出した。

 さあ、勉強の時間だ。

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