第六章 貴重な夏休み
第15話 禁断の課金(チート)と真夏の合宿
【令和・平太家自室】
セミの鳴き声がうるさいほどの晴天。
期末テストという死線を潜り抜けた俺たち学生には、神が与えたもうたご褒美、夏休みが到来していた。
高校生ともなれば、小中学生のような「夏休みの友」的な宿題攻勢はない。その代わり、「自主性」という名の放置プレイが基本だ。
油断して遊び呆ければ、二学期以降に地獄を見る。留年という名のゲームオーバーすらあり得るのだ。
「あー、涼しー」
我が家のリビングで、愛姉ちゃんがアイスを齧りながら扇風機を独占している。
じいさんはまた漁に出ていて不在なので、実質俺の天下……のはずが、なぜか隣人が我が物顔でくつろいでいるのが日常だ。
「愛姉ちゃん、学校の課題はどうなってるんだよ。例のゲームのレポート」
「ん? ああ、あれね。先生が言ってたわ。『適当に遊んで、その結果をまとめればいい』って。だから嶺、よろしくね」
「よろしくね、じゃねーよ! 自分の課題だろ!」
愛姉ちゃんは悪びれもせず、俺に丸投げの構えだ。
まあ、彼女がプレイしても破産街道まっしぐらなのは目に見えているので、俺がやる方が効率的なのは事実だが。
俺は自室に戻り、PCの前に座った。
画面の脇には、空になった小瓶が一本転がっている。
『スタミナポーション』の空き瓶だ。
今回の期末テスト、俺はこの異世界の薬物に頼り切って乗り越えた。
結果は上々。だが、心の中には澱のような罪悪感と、奇妙な興奮が渦巻いていた。
「……これ、ヤバいよな」
ゲーム内のアイテムを現実に持ち込む。
それだけでも常識外れだが、俺はその効果を自らの体で実証してしまった。
疲労回復、集中力向上。副作用なし。
もしこれが世間にバレたら?
俺はモルモットとして解剖されるか、あるいは薬物法違反で捕まるか。
どちらにせよ、ロクな末路ではない。
「これは墓場まで持っていく秘密だ。愛姉ちゃんにも、優さんにも言えない」
俺は空き瓶をゴミ箱の底深くに隠した。
これは俺だけの「禁断の課金(チート)」。
人生というクソゲーを有利に進めるための、汚い裏技だ。
後ろめたさはある。だが、一度味わった万能感は、そう簡単に忘れられるものではない。
さて、気を取り直してゲームだ。
循環取引詐欺で店を失ったレイだが、破産は免れた。
商業ギルドへの信用も、不渡りを出していないのでキープできている。
今は地道な行商パートだ。
仕入れは現金のみ。これが鉄則。
狙い目は、カッペリーニの港から内陸の迷宮都市への「魔石」と「魔道具」の交易ルートだ。
以前の「砂糖」や「塩」のリアル・トレードで稼いだ資金もあるので、無理せず安全な隊商に同行させてもらいながら、コツコツと利益を積み上げていく。
派手さはないが、確実な歩みだ。
◇
そんな引きこもりゲーマー生活を満喫していたある日、スマホが鳴った。
『現代サブカルチャー研究同好会』のグループLINEだ。
『諸君! 夏だ! 海だ! 合宿だ!』
部長の薔薇園(ばらぞの)成男(なりお)先輩からの招集令状だった。
行き先は、隣県にある有名な温泉地。夏は海水浴客で賑わう一大リゾートだ。
そんな観光地で合宿? 予算はどうするんだ? と思ったら、薔薇園先輩の実家のコネで、格安で旅館を使えるらしい。
さすが私立F校。金持ちが多い。
というわけで、俺はPCを一時封印し、二泊三日のサークル合宿に参加することになった。
参加メンバーは、薔薇園先輩、モブ友人の茂部(もぶ)先輩、宇郷(うごう)先輩、同級生の葉屋久(はやく)くん。
そして女子メンバーは、優さんと府城(ふじょう)美麗(みれ)さん。
男5人、女2人。
傍から見れば「オタサーの姫」状態だが、うちのサークルに限って言えば、男どもがヘタレすぎてロマンスの欠片もない。
「うおおお! 海だー!」
「眩しい! 太陽が俺を殺しに来ている!」
旅館に荷物を置くや否や、俺たちは浜辺へ繰り出した。
先輩たちは日陰を求めて逃げ惑っているが、俺は少し浮かれていた。
なぜなら、水着姿の優さんがいるからだ。
控えめなワンピースタイプの水着だが、それがかえって清楚さを際立たせている。
府城さんも意外とスタイルが良い。
「嶺くん、泳ぎましょう!」
「お、おう!」
俺は内心バクバクしながら海に入った。
これぞ青春。ゲームの中では味わえないリアルなイベントだ。
とはいえ、俺たち根暗集団に「ビーチバレーでキャッキャウフフ」なんてスキルはない。
結局、砂浜で巨大な城を作ったり、浅瀬でカニを探したりと、小学生のような遊びに興じて一日が終わった。
◇
夜。旅館の大広間で、真面目な(?)会議が始まった。
議題は『秋の学園祭(文化祭)における出し物について』。
この合宿の本来の目的はこれだ。ただ遊んでいただけではないのだ(建前上は)。
「さて、我が同好会は何を展示すべきか。意見のある者は?」
薔薇園先輩が浴衣姿でホワイトボードの前に立つ。
だが、このサークルの活動内容は「サブカル全般」。範囲が広すぎる。
茂部先輩は「推しのアニメ上映会」を主張し、宇郷先輩は「ラノベ執筆体験」を提案する。
誰も彼も自分の好きなことしか考えていない。まとまるはずがない。
そんな中、優さんがポツリと漏らした。
「……私、あのゲームの攻略情報をまとめたいです」
「あのゲーム?」
「商業科の課題になってる『大商人』です。もう、難しすぎて! ネットにもまともな攻略Wikiがないんですよ!」
隣で府城さんも深く頷く。
「そうなんです。理不尽な死にゲーすぎて、クラスの子たちもみんな投げ出してるんです」
その言葉に、俺はビクリと反応した。
『大商人』。
状元学園が肝入りで開発させた、あの鬼畜シミュレーションゲーム。
俺以外のサークルメンバーも、何人かは手を出して挫折している。
「あー、あれか。俺もやったけど、チュートリアルで詰んだわ」
「借金取りが怖すぎるんだよな……」
先輩たちも苦い顔をする。
そこで、俺は手を挙げた。
「なら、それをテーマにしませんか? 『激ムズ! 大商人・完全攻略ガイド』の作成と展示」
全員の視線が俺に集まる。
「俺、あのゲーム結構やり込んでるんで。序盤の資金稼ぎから、手形取引のリスク回避、大型イベントの発生条件まで、ある程度は情報を持ってます」
「まじか平太!?」
「お前、あのクソゲーをやり込んでるのか……変人だな」
驚きと称賛、そして若干の引いた視線。
だが、優さんと府城さんの目は輝いていた。
「それ! それです嶺先輩! 絶対需要あります!」
「商業科の生徒全員が泣いて喜びますよ!」
二人の熱量に、薔薇園先輩が眼鏡を押し上げた。
「ふむ……。確かに、うちの学校オリジナルの教材を攻略するというのは、内輪ネタとしても面白い。それに、商業科の美少女二人がそこまで言うなら、採用せざるを得ないな」
先輩、動機が不純です。
だが、これで方向性は決まった。
「よし! では今回の学園祭のテーマは『大商人攻略』とする! 各自、夏休み中にゲームをプレイし、データを収集すること! 特に平太、お前が頼りだぞ!」
「了解です」
こうして、俺たちの夏休みの課題が決まった。
各自が持ち帰って調査を進め、8月末に学校へ集まってデータを持ち寄り、展示物を作成する。
つまり、俺が大手を振って一日中ゲームをしていても、「文化祭の準備だ」と言い張れるわけだ。
完璧な作戦だ。
◇
合宿の残りの日程は、海水浴に花火、怪談大会と、絵に描いたような青春イベントを消化して終わった。
優さんと二人きりになるチャンスもあったが、ヘタレな俺には「星が綺麗だね」と言うのが精一杯だった。
それでも、彼女の笑顔を間近で見られただけで、十分すぎる収穫だ。
家に帰ると、誰もいない静かな空間が待っていた。
じいさんはまだ帰っていない。愛姉ちゃんも自分の部活の合宿に行っているらしい。
久しぶりの完全な一人時間。
俺はPCの電源を入れた。
「さて……やるか」
文化祭の展示のため、そして何より、俺自身の大商人への道のために。
俺は再び、セリエ王国の理不尽な大地へと降り立った。
この夏は、忙しくなりそうだ。
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