第14話 魔剤(スタミナポーション)と期末テスト
【令和・平太家自室】
上白糖1kgで金貨10枚(約百万円相当)。
この事実は、貧乏高校生である俺の金銭感覚を破壊するには十分すぎる威力を持っていた。
だが、俺はそこで踏みとどまった。
ゲーム内での商人としての勘が、警鐘を鳴らしていたからだ。
「これ、やりすぎたら絶対にBANされるか、ゲーム内の治安維持組織に消されるやつだ……」
冒険者ギルドのマスターのあの血走った目。
もし俺が続けて大量の砂糖を持ち込めば、市場価格は暴落し、王族や貴族の利権を侵害することになる。
下手をすれば、国家反逆罪で指名手配だ。
リアル課金(転送)は、あくまでここぞという時の切り札にしておくべきだ。
「となると、次は……塩か?」
砂糖よりは一般的だが、やはり精製技術の差が出る品目だ。
俺は近所のスーパーで『食卓塩1kg(100円)』を購入し、再び一万円の転送箱を使って送ってみた。
赤字覚悟のテストマーケティングだ。
結果。
ラザニアの冒険者ギルドでの査定額:銀貨10枚(一万円相当)。
トントンだ。
箱代を考えればプラマイゼロ。手間賃を考えれば赤字である。
ラザニアは港町で、粗悪だが塩は手に入る。だから希少価値が薄いのだ。
「なら、場所を変えればいい」
俺はレイを操作し、重い塩の袋を背負って王都マカロニへ向かった。
内陸の大消費地である王都なら、純白の塩は高く売れるはずだ。
読みは当たった。
王都の商業ギルドでの買取価格:金貨2枚。
砂糖の五分の一だが、それでも十分な利益だ。
「よし、これで元手はできた」
砂糖の金貨10枚と、塩の金貨2枚。計12枚の大金貨。
これだけあれば、もうチマチマと行商をする必要はない。
俺は王都でさらに商材(主に魔道具の材料)を仕入れ、船を使って港町カッペリーニと内陸の街ファルファッレの間の貿易ルートを開拓した。
陸路は山賊が出るが、海路なら海賊さえ出なければ安全だ。
俺は安全第一で資産を運用し、着実に店を持つための資金を積み上げていった。
◇
ゲーム内では順風満帆。
だが、現実世界(リアル)の俺には、避けられない試練が迫っていた。
「……期末テストか」
カレンダーの『7月』のページに書かれた赤い丸印。
高校に入って初めての期末試験だ。
中間テストの時は、カフェイン漬けになりながら徹夜で乗り切ったが、今回は科目数も多い。
しかも、最近はゲームの検証(と称した金策)に時間を使いすぎて、勉強時間が足りていない。
「やばい。このままだと赤点とって、夏休みの補習確定だ」
補習になれば、夏休みのゲーム時間が削られる。
それだけは阻止せねばならない。
机に向かうが、睡魔が襲ってくる。集中力が続かない。
エナジードリンクの空き缶が積み上がっていくが、効果は薄れるばかりだ。
「ああ……もっとこう、ガツンと効くやつがあればなぁ」
俺はPCの画面を見た。
画面の中のレイは、不眠不休で行商を続けている。
なぜそんなことが可能なのか。
答えは簡単だ。
『スタミナポーション』
ゲーム内のアイテム屋で売っている、黄色い液体が入った小瓶。
効果:疲労回復、眠気解消、集中力向上。
冒険者や商人の必需品だ。
「……待てよ?」
俺はひらめいた。
こちら(現実)からあちら(ゲーム)へ物を送れるなら。
あちらからこちらへも、物は送れるはずだ。
前回は『タオル』や『マグカップ』といった公式グッズ(?)しか買わなかったが、理屈の上では、俺が闇ギルドに持ち込んだ物なら何でも買えるはずだ。
「試す価値は、ある」
俺はレイを操作し、最寄りの港町ペンネへ向かった。
道具屋で『スタミナポーション』を10本購入。
そこから船に乗り、闇ギルドの支部があるラザニアへ戻る。
陸路なら早いが、途中で盗賊に襲われてポーションを割られたら泣くに泣けない。
数日かけてラザニアに到着した俺は、その足で『黒猫亭』の地下へ潜った。
『よう、また来たか』
カウンターの男が気だるげに迎える。
俺はインベントリからスタミナポーション10本を取り出し、カウンターに並べた。
『……おいおい、なんだこれは』
男が呆れた顔をする。
『こんな安物のポーション、どこの道具屋でも売ってるだろう。わざわざウチに持ち込んでどうするんだ? 買い取りなんてしねぇぞ』
ごもっともだ。
闇ギルドは本来、禁制品や希少品を扱う場所だ。コンビニで売ってる栄養ドリンクを持ち込むようなものだ。
だが、この機能の実態は『異界への配送センター』だ。
「買い取りじゃなくていい。預かってくれ」
俺はシステムメニューから『出品(納品)』を選択した。
闇ギルドへの手数料として銀貨2枚が徴収される。
男は渋々といった様子でポーションを受け取った。
『物好きな野郎だ。まあいい、リストには載せとくぜ』
これで準備完了だ。
俺はPCのブラウザを開き、通販サイト『黒猫』にアクセスした。
商品一覧を更新する。
あった。
『スタミナポーション(10本セット):2000ポイント』
俺は震える手で『カートに入れる』をクリックした。
2000円。
高い栄養ドリンクだと思えば安いものだ。
購入確定。
『明日のお届け予定です』
◇
翌朝。
玄関先に置かれた無地の箱を開封すると、緩衝材に包まれた10本の小瓶が入っていた。
コルク栓で封じられたガラス瓶の中で、黄色い液体が怪しく発光している。
ゲーム画面で見た通りのビジュアルだ。
成分表示ラベルなど、当然ない。
「……これ、飲んで大丈夫なのか?」
俺は一本手に取り、蛍光灯にかざしてみた。
見た目は完全に『マッドサイエンティストが作った怪しい薬』だ。
もし毒だったら? もし副作用でゾンビになったら?
不安がよぎる。
だが、ゲーム内ではごく一般的に流通している安全な薬品だ。
村人Aも飲んでるし、レイも何十本と飲んできた。
「ええい、ままよ!」
俺はコルク栓を抜き、一気に煽った。
味は……強烈な柑橘系と、薬草の苦味。そして炭酸のような刺激。
決して美味くはない。
だが、飲み下した瞬間、胃のあたりからカッと熱くなり、それが全身に広がった。
「うおっ……!?」
視界がクリアになる。
重かった瞼がパチリと開き、泥のように澱んでいた脳内が、急速に晴れ渡っていく感覚。
疲れが霧散し、力がみなぎってくる。
カフェインなんて目じゃない。
これは、まさに『回復』だ。
「すげえ……! なんだこれ、無敵か!?」
俺は机に向かった。
教科書の文字が、画像として脳に焼き付いていくようだ。
数学の公式が、パズルのピースのようにカチリとハマる。
集中力が途切れない。
気づけば夕方になっていたが、疲労感はゼロだった。
「……効きすぎだろ。これ、ドーピング検査があったら一発アウトなんじゃ……」
一抹の不安を覚えつつも、俺はこの『魔剤』の力に頼ることにした。
一日一本。用法用量を守って正しくお使いください。
試験期間中、俺は毎朝ポーションをキメて登校し、テスト用紙に向かった。
スラスラとペンが走る。
分からない問題がない。いや、思い出せるのだ。昨夜の勉強内容が。
そして最終日。
すべての科目を終えた俺は、心地よい疲労感(ポーション切れの反動)と共に帰宅した。
結果は言うまでもない。
数日後に返却された答案用紙は、どれも高得点をマークしていた。
学年順位も一気にジャンプアップだ。
「嶺、あんたすっごい点数じゃない! いつの間に勉強してたの?」
遊びに来た愛姉ちゃんが、俺の答案を見て目を剥いた。
「ま、まあね。陰ながら努力してたんだよ」
俺は引きつった笑いで誤魔化した。
まさか「異世界の薬でドーピングしました」とは口が裂けても言えない。
優さんも「さすが嶺君です!」と尊敬の眼差しを向けてくるが、心が痛い。
これは俺の実力じゃない。課金の力だ。
だが、これで夏休みの自由は確保された。
俺は空になった小瓶をゴミ箱の奥深くに隠し、PCの前に座った。
さあ、待ちに待った夏休みだ。
受験勉強もない、補習もない、自由な時間。
この夏は、ゲームの研究……いや、『攻略』に全てを捧げてやる。
俺の野望は膨らむばかりだったが、この禁断の力(リアル・トレード)が、俺の日常をさらに侵食していくことになろうとは、まだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます