第11話 循環取引という名のメリーゴーランド


【令和・平太家自室】


 中間テストという学生の試練を乗り越え、季節は初夏へ。

 久しぶりに我が家へ集結した『大商人攻略チーム(仮)』の面々は、開放感からか妙にテンションが高かった。


「嶺くん、聞いてください! 私、前回のレポートで『A』評価をもらいました!」


 優さんが、学校指定のジャージ姿でポテチをつまみながら報告してくる。

 レポートのタイトルは『異世界における信用調査の欠如とリスク管理』。

 俺の手形詐欺被害をネタにした力作だ。


「おめでとう。俺の屍が役に立って何よりだよ」


「ふふっ、嶺くんのおかげです! ありがとうございます!」


 優さんの笑顔が眩しい。

 俺のトラウマが浄化されていくようだ。


「私も及第点だったわよ。先生に『実務的な視点がいい』って褒められちゃった」


 愛姉ちゃんも満足げだ。彼女のレポートは『新興市場における現地生産と販売戦略』。俺がラザニアで始めた魔道ライト量産の話だ。

 結局、俺一人が泥水をすすり、女子二人がその成果を美味しくいただくという構図は変わらないらしい。

 まあ、いいけどさ。


「それは良うござんすね」


 俺は棒読みで返しつつ、PCのモニターに向き直った。

 さあ、久しぶりのログインだ。

 ラザニアの店はどうなっているだろうか。

 画面が表示されると、そこには活気あふれる店先と、忙しなく働く雇われ錬金術師の姿があった。

 在庫切れの表示も出ている。売れ行きは絶好調だ。


「よしよし、順調だな」


 俺は安堵した。

 このままいけば、ラザニアだけでなく、他の街にも支店を出せるかもしれない。

 夢が広がる。

 だが、このゲームがそんな甘い夢を許すはずがなかった。


          ◇


 数日後。

 俺の店に、一件の大口注文が舞い込んできた。

 相手は、王都に拠点を置く中堅商会『バブル商会』。

 魔道ライトを100個、まとめて買いたいという。


『支払いは手形で頼むよ。サイトは30日だ』


 出た、手形。

 俺は即座に拒否反応を示した。

 だが、今回は前回とは違う。俺は学習しているのだ。


「待ってくれ。まずは信用調査だ」


 俺はラザニアの冒険者ギルド(役場代わり)を通じて、王都の商業ギルドへ調査依頼を出した。

 費用は金貨1枚。痛い出費だが、詐欺に遭うよりマシだ。

 数日後、調査結果が届いた。


『バブル商会:信用ランクB』


『直近の売上高は右肩上がり。複数の商会と活発に取引を行っており、支払い遅延の記録なし』


「Bランクか……」


 悪くない。むしろ優良企業だ。

 売上も伸びているし、他社との取引実績もある。

 これなら信用しても大丈夫だろう。

 俺はそう判断し、取引に応じることにした。

 商品を発送し、手形を受け取る。


 サイトは30日。来月の10日には現金化されるはずだ。

 ところが。

 運命の翌月10日。

 商業ギルドから届いた通知は、またしても無慈悲なものだった。


『不渡り通知』


「……は?」


 俺は呆然とした。

 なぜだ。信用調査もした。ランクBだった。売上も好調だったはずだ。

 俺は慌てて情報収集に走った。

 そして判明したのは、驚愕の事実だった。


『循環取引(じゅんかんとりひき)』


 バブル商会は、単独で商売をしていたわけではなかった。

 彼らは、仲間の商会A、商会B、商会Cとグルになり、架空の売上を計上し合っていたのだ。


 バブル商会がAに商品を売る(手形払い)。

 AがBに売る(手形払い)。

 BがCに売る(手形払い)。

 Cがバブル商会に売る(手形払い)。


 商品はグルグル回っているだけか、あるいは伝票上だけの架空取引。

 だが、帳簿上は「売上が上がっている」ように見える。

 税金も払っているから、ギルドの調査では「活発に取引している優良企業」に見えてしまったのだ。


「……なんだそれ。詐欺じゃねーか!」


 俺は机をバンと叩いた。

 愛姉ちゃんが冷静に解説を入れる。


「循環取引ね……。別名『回し手形』。資金繰りが苦しい企業同士が、手形を融通し合って延命する手口よ。でも、誰か一社が倒れたら、ドミノ倒しみたいに全員破綻するの」


 今回のケースでは、グループ内の一社が資金ショートを起こし、それが引き金となって連鎖倒産が発生したらしい。

 バブル商会も、俺への支払いができずに倒産。

 俺の手元に残ったのは、またしても紙切れ(不渡り手形)のみ。

 しかも、今回は被害がそれだけでは済まなかった。

 ラザニアは狭い街だ。

 俺の店が手形詐欺に遭い、大損害を出したという噂は瞬く間に広がった。


 『あの店、もう長くないらしいぞ』


 『給料も払えないんじゃないか?』


 そんな無責任な噂が、従業員の不安を煽る。

 ある朝、店に行くと、もぬけの殻だった。

 雇っていた錬金術師が、店にあった在庫と原材料(銅と魔石)をすべて持ち逃げして消えていたのだ。


「……終わった」


 俺は力なく呟いた。

 商品は奪われ、売掛金は回収できず、従業員には裏切られ、在庫もゼロ。

 店は完全に機能停止だ。

 幸い、俺個人の資産(へそくり)は別の場所に隠していたので、破産だけは免れた。


 だが、店は畳むしかない。

 俺は再び、一介の行商人に逆戻りだ。


「ひどい……ひどすぎるわ……」


 優さんが画面を見て涙ぐんでいる。

 愛姉ちゃんも、さすがに同情的な目をしている……かと思いきや。


「なるほどねぇ。信用調査の限界、そして循環取引の恐怖……。これ、すごくいい教材になるわ」


「……お前、人の心がないのか?」


「あるわよ。だからこそ、この悲劇を後世に語り継ぐのよ。タイトルは『虚構の繁栄と連鎖倒産のメカニズム』……うん、完璧!」


 愛姉ちゃんはメモを取りながらニヤリと笑った。

 こいつ、絶対楽しんでるだろ。

 優さんもつられてメモを取り出す。


「私も……『見かけの売上に騙されるな~粉飾決算の手口~』でレポート書きます!」


「優さんまで!?」


 たくましい。たくましすぎる。

 俺の屍は、彼女たちの成績アップのための肥料にすぎないのか。


「まあ、元気出しなさいよ嶺。破産しなかっただけマシじゃない」


「そうですよ先輩。また一から頑張りましょう!」


 二人に励まされ(?)、俺は再び立ち上がるしかなかった。

 行商からのリスタート。

 またあの、死骸を引き摺る日々が始まるのかと思うと気が遠くなるが、諦めるわけにはいかない。

 なぜなら、俺はこのゲームに「心を折られかけている」が、まだ「折れてはいない」からだ。


 この理不尽な世界に、一矢報いてやる。

 その執念だけが、俺をPCの前に縛り付けていた。


          ◇


 その後の二人は、いつも以上に俺に優しかった。

 お菓子をくれたり、ジュースを奢ってくれたり。

 同情されているのは明白だが、悪い気はしない。

 高校生活は可もなく不可もなく。

 次のイベントと言えば運動会くらいか。

 俺には関係ない話だと思っていたが、まさかあんなことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。

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