第10話 冒険者、あるいは変人たちの憂鬱
【令和・平太家自室】
ゴールデンウィーク最終日。
世間の学生たちが「明日から学校か……」と憂鬱なため息をついている頃、俺はPCの前で腕組みをしていた。
画面の中では、納税(という名の猶予申請)を済ませたレイが、商業ギルドのロビーで佇んでいる。
「ふぅ……なんとか生き延びたな」
手元には大量の『120日手形』の預かり証。
これらが現金化されるのは数ヶ月先だが、資産価値としては十分にある。
信用ランクも『中堅』まで上がった。
これなら、いける。
俺の悲願である『自分の店を持つ』という目標が、射程圏内に入ったのだ。
「でも、どこに店を構えるかだな……」
王都は家賃が高いし、ライバルも多い。
港町ペンネは魅力的だが、すでに大手商会が幅を利かせている。
俺のような新参者が入り込む隙間(ニッチ)を探さなければならない。
俺は情報収集のため、久しぶりに冒険者ギルドの酒場へ向かった。
そこで偶然、あの赤髪の剣士を見つけた。
中堅冒険者パーティー『暁』のリーダー、イレブンだ。
『よう、レイじゃないか! 噂は聞いてるぜ。キャラバンで随分と派手に稼いだらしいな』
イレブンが豪快に肩を叩いてくる。
俺は苦笑いしながら、酒(エール)を奢った。
『実はな、店を持とうと思ってるんだが、場所で迷っててな』
『店か! 出世したなぁ。……そうだな、それなら「ラザニア」はどうだ?』
ラザニア。
ペンネとカッペリーニの中間に位置する、小さな港町だ。
以前は寂れた漁村だったはずだが。
『あそこは今、熱いぜ。近くの山で新しい銅鉱山が見つかってな、人が押し寄せてるんだ。鍛冶師や工夫、一攫千金を狙う冒険者でごった返してる』
『なるほど、ゴールドラッシュならぬカッパー(銅)ラッシュか』
『おう。だが、まだ商業ギルドの支部すらできてない無法地帯だ。治安は悪いが、先行者利益ってやつはあるんじゃねえか?』
無法地帯。治安が悪い。商業ギルドがない。
普通なら敬遠する条件だ。
だが、俺の商売人(ゲーマー)としての勘が囁いた。
――そこだ。
「ありがとう、イレブン。行ってみるよ」
俺は即座に荷物をまとめ、ラザニア行きの船に飛び乗った。
◇
ラザニアは、想像以上に活気(と殺気)に満ちていた。
港には鉱石を積んだ船が行き交い、街中は槌音と男たちの怒号が響き渡っている。
確かに、ここにはまだ大手商会は参入していないようだ。
俺は冒険者ギルド(この街では役場と警察と不動産屋を兼ねているらしい)へ向かい、物件を探した。
『店? ああ、港の近くに空きがあるぞ。ボロいが倉庫付きだ』
紹介されたのは、潮風で塗装が剥げた木造の建物だった。
だが、立地は悪くない。
俺は手持ちの現金をはたいて、この物件を賃貸契約した。
ついに、自分の城を手に入れたのだ。
「さて、何を売るかだが……」
鉱山町だ。ツルハシや食料は売れるだろうが、それは地元の露店が扱っている。
俺の強みを生かすなら――これだ。
俺は街を歩き回り、薄汚れたローブを着た若者に声をかけた。
彼は職にあぶれた錬金術師だった。
『銅とクズ魔石を使って、魔道具を作れるか?』
『え? あ、はい……簡単な「魔道ライト」くらいなら』
『よし、採用だ。うちの店に住み込みで働け。飯と寝床は保証する』
俺は彼を雇い入れた。
ラザニアでは銅が安く手に入る。
クズ魔石は、俺が趣味で集めた在庫が山ほどあるし、自分でも迷宮で拾える。
これを組み合わせて、鉱山内を照らす『魔道ライト』を安価で量産するのだ。
松明よりも安全で長持ちする明かりは、工夫たちに飛ぶように売れるはずだ。
読みは当たった。
開店初日から、店は大盛況だった。
生産が追いつかないほどの売れ行きに、俺は嬉しい悲鳴を上げた。
「やった……! 軌道に乗ったぞ!」
画面の前でガッツポーズをする俺。
その背後で、愛姉ちゃんがスマホを片手にニヤニヤしている。
「へぇ、製造業に進出とはね。これもいただきます」
「……またレポートか?」
「当然でしょ。『新興市場における現地生産と販売戦略』……うん、いいタイトルだわ」
愛姉ちゃんは満足げに頷く。
結局、俺の苦労はすべて彼女の成績に変換されていくのだ。
優さんも感心したようにメモを取っている。
「私も、自分の行商レポートまとめなきゃ。嶺君みたいに派手なことはできませんけど」
「いや、優さんの着実な商売の方が、本来あるべき姿だと思うよ……」
こうして、狂乱と充実のゴールデンウィークは終わりを告げた。
◇
【状元学園F高校・1年C組】
連休が明け、日常が戻ってきた。
俺は眠い目をこすりながら登校し、いつもの席につく。
クラスの雰囲気は、連休ボケと五月病が入り混じったような気だるさが漂っている。
だが、俺にとって学校は、ある意味で安息の地でもあった。
あの理不尽なゲーム世界に比べれば、授業中に先生の話を聞いているだけの時間がいかに平和か。
「よう、平太。GWはどうだった? また引きこもりか?」
声をかけてきたのは、同じ『現代サブカルチャー研究同好会』のメンバーであり、クラスメイトの葉屋久(はやく)和樹くんだ。
彼は爽やか系のアニメオタクで、クラス内での立ち位置も悪くない。
俺のような陰キャにも気さくに話しかけてくれるいい奴だ。
「まあな。例のゲームをやり込んでたよ」
「ああ、あの商業科の課題になってるっていう……『大商人』だっけ? まだやってんのか」
葉屋久くんは呆れたように笑う。
彼もゲーマーだが、専門はFPSや格ゲーだ。シミュレーション、それもマゾゲーの類には興味がないらしい。
「なんでそんなクソゲー……失礼、高難易度ゲーをいつまでもやってるんだ? 楽しいのか?」
「楽しい……かなぁ」
俺は少し考え込んだ。
手形詐欺に遭い、税金に追われ、死骸を引き摺り回す日々。
客観的に見れば苦行でしかない。
「正直、腹が立つことばっかりだぞ。理不尽だし、説明不足だし。でもな……」
「でも?」
「その理不尽を知識と工夫でねじ伏せた時の快感というか……こう、心を折りに来るシステムを逆手に取ってやった時の『ざまぁみろ』感が、たまらないんだよ」
「うわぁ……ドMの発想だ」
葉屋久くんはドン引きしている。
だが、分かる人には分かるはずだ。
『ダークソ○ル』を裸でクリアするような達成感が、そこにはあるのだ。
「心を折られるって、どんなゲームだよ。俺ならコントローラー投げてるね」
「まあ、投げたくなる気持ちは分かる。俺も三回くらい投げそうになった」
そんな他愛のない会話を交わす。
俺はクラス内では相変わらず「オタク」認定されているが、葉屋久くんのおかげで完全な「ボッチ」にはならずに済んでいる。
カーストで言えば下の方だが、居場所があるだけマシだ。
◇
五月も半ばを過ぎると、学校の空気は一変した。
中間テストだ。
高校に入って初めての定期試験。ここでコケると後の進路に響く。
部活動も停止期間に入り、放課後の勉強会も(愛姉ちゃんが遊びに来なくなるので)開催されない。
俺もゲームを一時封印し、試験勉強に集中することにした。
【平太家・自室】
「……眠い」
深夜二時。
俺は机に向かい、世界史の年号と格闘していた。
じいさんは相変わらず漁に出ていて不在だ。静かすぎて、余計に眠気が襲ってくる。
コーヒーを飲んでも、エナジードリンクを飲んでも、頭がぼんやりする。
「ああ……スタミナポーションがあればなぁ」
ふと、そんなことを口走っていた。
ゲーム内にあるアイテムだ。
疲労回復、眠気スッキリ。商人が徹夜で帳簿をつける時の必需品。
あれが現実にあれば、この辛いテスト勉強も乗り切れるのに。
「……ま、あるわけないか」
俺は自嘲気味に笑い、自分の頬を叩いた。
ゲーム脳すぎる。現実は甘くない。
地道に覚えるしかないのだ。
結局、俺はカフェインの過剰摂取で胃を痛めながら試験期間を乗り切った。
結果は中の上。
赤点は回避したが、愛姉ちゃんや優さんのように「優秀」とは言えない成績だ。
まあ、こんなもんだろう。
テストが終わった開放感と共に、俺はPCの電源を入れた。
久しぶりのセリエ王国。
ラザニアの店はどうなっているだろうか。雇った錬金術師は逃げていないだろうか。
不安と期待を胸に、俺はログインした。
そこには、相変わらず理不尽で、でもどこか魅力的な世界が広がっていた。
そして、俺はまだ知らなかった。
俺が冗談半分で願った「スタミナポーション」が、まさか本当に手に入る日が来ようとは。
現代とファンタジーが交差する、奇妙な扉が開くまで――あと少し。
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