第四章 高校生活と不思議な体験
第12話 じいさんの帰宅と、闇への招待状
【令和・平太家】
循環取引による連鎖倒産という、高校生には刺激が強すぎる経済の闇を体験してから数日後。
六月の中旬、梅雨の晴れ間に、我が家の玄関がガラリと開いた。
「おう、帰ったぞ! 平太、息してるか!」
潮の匂いと共に現れたのは、我が祖父、平太幸欠(こうじ)だった。
真っ黒に日焼けした顔に、無精髭。手には土産なのか、発泡スチロールの箱を抱えている。
高校入学前、「ちょっと行ってくる」と言って出て行ったきり、音沙汰がなかった男だ。
一ヶ月で戻ると言っていたはずだが、今はもう六月だぞ。
「じいちゃん、お帰り。生きてたのか」
「当たり前だ! 海の男がそう簡単にくたばってたまるか!」
じいさんは豪快に笑いながら、ドカドカと家に入ってくる。
その騒ぎを聞きつけてか、隣の家から愛姉ちゃんが顔を出した。
「あ、おじいさん! お帰りなさい!」
「おお、愛ちゃんか! 元気そうだな! 高校はどうだ、楽しんでるか?」
「ええ、おかげさまで! 無事に高校生活に馴染んでますよ!」
愛姉ちゃんは満面の笑みで答える。
そりゃそうだろう。俺というモルモットを犠牲にして、レポートで高評価を連発しているのだから。学校生活が楽しくて仕方がないはずだ。
そこへ、タイミング悪く優さんがやってきた。
今日はサークル活動がない日なので、いつものように俺の家でゲーム(という名の女子会)をする予定だったのだ。
「お邪魔しまー……あ」
「ん? 誰だこの別嬪(べっぴん)さんは。平太、お前いつの間に彼女作ったんだ?」
じいさんが目を丸くして優さんと俺を交互に見る。
優さんが顔を真っ赤にして固まった。
「ち、違います! 友達です! サークル仲間の小田国さん!」
「ほほう、友達ねぇ。まあ、若いってのはいいことだ。上がってけ、上がってけ!」
じいさんはニカっと笑い、優さんを招き入れた。
その後、リビングでじいさんを囲んでのお茶会となった。
話題はもちろん、俺たちがハマっている(苦しめられている)例のゲームについてだ。
「ほう、手形詐欺に循環取引か。えげつないゲームだな」
俺と愛姉ちゃん、優さんが交互に語るゲーム内での悲劇を聞いて、じいさんは腕組みをして唸った。
その表情は、いつもの能天気なものではなく、妙に真剣だった。
「じいちゃん、詳しいの?」
「詳しいも何も、俺だって昔は自分で船を持ってた個人事業主だ。手形の怖さは嫌ってほど知ってるさ」
じいさんは遠い目をした。
「資金繰りが苦しい時にな、甘い話に乗っかって痛い目を見る……。商売やってりゃ一度や二度はある話だ。長く生きてりゃ、良い経験も良くない経験もするもんだよ」
その言葉には、教科書には載っていない重みがあった。
そういえば、じいさんはM市の漁協でも一目置かれている存在らしい。
船長というのは、ただ船を操るだけでなく、乗組員の命と生活を預かる経営者でもあるのだ。
俺は改めて、目の前の日焼けした老人に敬意を抱いた。
「まあ、ゲームで予習できたと思えば安いもんだ。実際の金が飛んだわけじゃねえんだろ?」
「いや、俺の時間は飛びましたけどね……」
「ガハハ! 時間はまた作ればいい! よし、今日は久しぶりに腕を振るうぞ! マグロ尽くしだ!」
その夜は、じいさんが持ち帰ったマグロ料理で宴会となった。
愛姉ちゃんも優さんも舌鼓を打ち、我が家は久々に家族団欒のような温かさに包まれた。
だが、じいさんはやっぱりじいさんだった。
一週間ほどゴロゴロしていたかと思うと、ある朝突然、荷物をまとめ始めたのだ。
「じゃあな平太! 次はカツオだ!」
「は? カツオ? また行くのかよ!?」
「M市の漁協から頼まれてな。別の船だが、人が足りないらしい。稼げる時に稼いでおかんとな!」
じいさんは「お前を大学に行かせるくらいの甲斐性はあるぞ!」と言い残し、再び嵐のように去っていった。
愛姉ちゃんに挨拶すらしていない。
あの歳で遠洋漁業をハシゴするとか、バイタリティが化け物すぎる。
乗組員の人たちは大丈夫なのだろうか。じいさんのテンションについていけているのだろうか。
再び静まり返った家で、俺は一人、溜息をついた。
結局、保護者不在の生活は当分続きそうだ。
◇
【令和・平太家自室】
じいさんが去り、日常が戻ってきた。
俺はPCの電源を入れ、セリエ王国の世界へとログインする。
画面の中のレイは、ラザニアの港で海を眺めていた。
店は潰れ、従業員は逃げ、手元に残ったのは僅かな現金と、詐欺被害の証拠品である『不渡り手形』だけ。
アイテム欄にあるその紙切れを見るたびに、胸が締め付けられるような悔しさが込み上げてくる。
「……また、行商からか」
正直、心が折れかけている。
何度やり直せばいいんだ。このゲームにクリアはあるのか?
俺は呆然と街を彷徨った。
行商に出るための仕入れをしなければならないが、足が動かない。
このままゲームを辞めてしまおうか。
そう思った瞬間だった。
ピロン、という通知音と共に、画面に新しいウィンドウが表示された。
『クエスト発生:闇ギルドを見つけよ』
『報酬:???』
「……は?」
闇ギルド。
いかにも危なそうな響きだ。
ファンタジーRPGなら盗賊ギルドや暗殺者ギルドのことだろうが、この経営シミュレーションで「闇」とは何を指すのか。
違法取引? 密輸?
まともな商売を目指す俺としては関わりたくない相手だ。
だが、このクエストは『強制』のフラグが立っていた。
キャンセルボタンがグレーアウトして押せないのだ。
どうやら、これをクリアしないと先に進めないらしい。
「やるしかないのか……」
俺は渋々、情報収集を始めた。
まずはラザニアの冒険者ギルドへ。
受付嬢に聞く。
『闇ギルド? そんなもの、聞いたことありませんね』
酒場の親父に聞く。
『おいおい、物騒なこと聞くんじゃねえよ』
誰も知らない。あるいは、知っていても口を閉ざしている。
俺は街中を歩き回り、NPCに片っ端から話しかけた。
まるで昔のアドベンチャーゲームの総当たりだ。
そして、ようやく情報を得たのは、港の隅で釣りをしていた薄汚れた老人からだった。
『……闇ギルドか。あそこは「夜」にしか開かんよ。港の東、倉庫街の奥にある「黒猫亭」という廃屋だ』
夜、か。
現在、リアル時間は日曜の昼下がり。
愛姉ちゃんと優さんが遊びに来ている時間帯だ。
俺はPCをスリープモードにし、二人には「ちょっと休憩」と言ってごまかした。
こんな怪しげな、しかも「夜のお店」的な響きのある場所を探索しているところを、女子に見られるわけにはいかない。
絶対に「嶺くん、エッチなお店に行こうとしてるの?」とかからかわれるに決まっている。
俺の尊厳に関わる問題だ。
◇
その日の深夜。
二人が帰った後、俺はこっそりとPCを起動した。
部屋の電気を消し、モニターの明かりだけが顔を照らす。
ゲーム内の時間は夜。
ラザニアの街は静まり返り、港の倉庫街は不気味な静寂に包まれていた。
俺はレイを操作し、教えられた場所へと向かう。
人気のない路地裏。崩れかけたレンガ造りの建物。
看板には、掠れた文字で『黒猫亭』と書かれている。
入り口には鍵がかかっていない。
俺は意を決して、中へと足を踏み入れた。
中は薄暗く、カウンターの奥にフードを目深に被った男が一人座っていた。
男はレイの姿を見ると、ニヤリと笑った。
『ようこそ、迷える子羊よ。ここは「捨てられたもの」が集まる場所だ』
中二病全開のセリフだ。
選択肢が出る。
1.帰る
2.話を聞く
3.アイテムを見せる
俺は『2』を選んだ。
『俺たちは、表の世界では価値がないとされるものを買い取る。あるいは、表の世界にはないものを売る。それが仕事だ』
価値がないもの?
俺はインベントリを開いた。
そこには、あの憎き『不渡り手形』がある。
額面は金貨数十枚だが、今はただの紙切れだ。商業ギルドでも買い取ってはくれなかった。
俺は試しに『3』を選び、手形を提示してみた。
『ほう……バブル商会の不渡り手形か。見事なまでの紙くずだな』
男は笑った。
『だが、うちなら買い取れるぜ。「怨念」という付加価値がついているからな』
怨念て。
だが、男は提示額を出してきた。
『買取価格:銀貨10枚』。
元値に比べればゴミみたいな金額だが、ゼロよりはマシだ。
なにより、このアイテムを持っているだけでストレスが溜まる。処分できるなら願ったり叶ったりだ。
「売ります」
俺はクリックした。
手形が消滅し、銀貨がチャリンと増える。
その瞬間、ファンファーレが鳴り響いた。
『クエストクリア! 闇ギルドの会員証を入手しました!』
『新機能:異界通販(リアル・トレード)が解放されました』
「……は?」
異界通販? リアルトレード?
俺は首を傾げた。
なんだその、なろう系小説みたいな機能名は。
まさか、ゲーム内のアイテムをリアルマネーで売買するRMT(リアルマネートレーディング)のことか?
いや、それなら規約違反でBANされるはずだ。
このゲーム、一体どこまで斜め上に突き進むつもりなんだ。
俺は困惑しつつも、新しく追加された怪しげなアイコン――黒猫のマーク――にカーソルを合わせた。
クリックする。
すると、ゲーム画面が切り替わり、見慣れたデザインのブラウザ画面が表示された。
それは、どう見ても『通販サイト』の画面だった。
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