第9話 税金は忘れた頃にやってくる
【令和・平太家自室】
「もう二度と手形なんて受け取るもんか!」
前の商売での失敗(という名の詐欺被害)から数日。
俺は画面に向かって固く誓っていた。
だが、商人の道は険しい。落ち込んでいる暇などないのだ。
なぜなら、ついにあのビッグイベントの告知が来たからだ。
『緊急クエスト:大商人パルマの隊商(キャラバン)に参加せよ!』
来た。
俺がこのゲームをやり直した最大の目的。
前回はここで資金繰りに失敗し、黒字倒産という憂き目に遭った因縁のイベントだ。
だが、今の俺は違う。
地道な行商で稼いだ小金と、倉庫(ロッカー)に溜め込んだ『絹織物の端切れ』や『クズ魔石』がある。
これらを商材として持ち込めば、勝機はあるはずだ。
「よし、在庫一掃セールだ! 全部荷馬車に詰め込め!」
俺はギルドの倉庫から荷物を引き出し、レンタルの荷馬車に積載した。
だが、ここで問題が発生した。
荷台にまだスペースがある。
どうせ遠方(カッペリーニ)まで行くなら、限界まで荷物を積んでいかないと輸送コストが無駄になる。
しかし、手持ちの現金は底をつきかけていた。追加の仕入れをする金がない。
「……やるしか、ないのか」
俺は震える手で『借用書(手形)』のコマンドにカーソルを合わせた。
あれほど「現金取引のみ」と誓ったのに。
目の前の利益(積載スペース)が、俺を悪魔の道へと誘う。
「愛姉ちゃん、これ……大丈夫だよな? 今回は詐欺じゃないよな?」
「相手を選べば大丈夫よ。今回はイベントNPCの問屋だし、向こうも商売だから逃げたりしないわ」
愛姉ちゃんの適当な(しかし的確な)助言を信じ、俺は再び手形を切った。
額面、金貨5枚。
支払期日は翌月末。
これを元手に、割高だが確実に売れる『王都の高級ワイン』と『武具』を仕入れ、荷馬車の隙間を埋めた。
背水の陣だ。
来月末までに金貨5枚を稼げなければ、今度こそゲームオーバーだ。
「行くぞ! 目指せカッペリーニ!」
大商人パルマが率いる数十台の馬車と共に、俺の小さな荷馬車も王都を出発した。
◇
道中は盗賊の襲撃イベントなどもあったが、パルマが雇った護衛(高レベルNPC)が蹴散らしてくれたおかげで、無傷でカッペリーニに到着した。
港町カッペリーニ。
魔法具の研究が盛んな、活気ある街だ。
ここからが勝負だ。
俺はまず、手形で仕入れた『ワイン』と『武具』、そして倉庫に眠っていた『織物』を、街の大店(おおだな)に持ち込んだ。
イベント期間中ということもあり、買取価格は高騰している。
店主たちは喜んで商品を買い取ってくれた。
『素晴らしい品だ! 支払いはもちろん、手形でいいな?』
出た。
カッペリーニ名物、120日サイトの手形。
前回はこれで死んだ。現金が入らず、支払いができずに詰んだのだ。
だが、今回は織り込み済みだ。
「ええ、構いませんとも!」
俺は笑顔(のコマンド)で手形を受け取った。
金貨数十枚分の売上だ。ただし、現金化されるのは四ヶ月後。
これだけでは、来月の支払いに間に合わない。
そこで登場するのが、俺の隠し玉――『クズ魔石』だ。
俺は大店を出ると、その足で市場の路地裏にある怪しげな露店や、魔法具職人の工房を回った。
彼らは大店のような信用取引はしない。その代わり、小口の現金取引を好む。
「おやじ、いい魔石が入ったぜ」
『ほう、小さいが質はいいな。これなら実験用に使える。よし、現金で買い取ろう』
チャリーン。
クズ魔石が、銀貨、そして金貨へと変わっていく。
金額にして金貨2枚ほどだが、これは貴重な『現金』だ。
さらに、俺はこの現金を握りしめて港へ走った。
「カッペリーニの特産品、『簡易魔道具(ライト)』をあるだけくれ! 現金払いだ!」
安く仕入れた魔道具を船に積み込み、俺は一人、隊商を離れて王都への帰路についた。
船なら数日で着く。
王都に戻った俺は、仕入れた魔道具を即座に売却した。
カッペリーニではありふれた品も、王都では珍しい便利グッズだ。飛ぶように売れた。
手元に残った現金は、金貨7枚。
「よし! これで来月の手形決済(金貨5枚)は払える!」
だが、俺はそこで止まらなかった。
まだイベント期間は続いている。
俺は手元の金貨7枚のうち5枚を商業ギルドの口座に放り込み(これで不渡りは回避確定だ)、残りの2枚で再び商材を仕入れた。
そしてまた船に乗り、カッペリーニへ。
現地で商材を売り(また手形だが)、現金で特産品を買い、王都へ戻って売る。
いわゆる『わらしべ長者』的な回転売買だ。
これをイベント期間中に三回繰り返した。
最終的に、俺の手元には大量の『120日手形』と、そこそこの現金が残った。
帳簿上の総売上は、なんと金貨150枚。
仕入れ値はトータルでも金貨10枚程度。
利益率、驚異の1500%。
大勝利だ。
「見たか愛姉ちゃん! これが現代の錬金術だ!」
「すごーい! 嶺、あんた天才ね! これならレポートも映えるわ!」
俺たちはモニターの前でハイタッチを交わした。
優さんも「すごいです……!」と拍手してくれている。
これで俺も大商人の仲間入り。
店を構えるのも夢じゃない。
そう思っていた。
数日後。
ゲーム内の月が替わり、商業ギルドから一通の通知が届いた。
『【重要】納税のお知らせ』
「……あ」
俺の動きが止まった。
通知書を開く。
そこに記されていたのは、目を疑うような金額だった。
『今期の売上に対する税金:金貨45枚』
『納付期限:10日後』
「よんじゅう、ご、まい……?」
俺は引きつった声を出した。
税率30%。まあ、それはいい。現代日本と似たようなものだ。
問題は、その課税対象だ。
税金は『利益』にかかる。
俺は金貨150枚分の売上を上げた。
だから、金貨45枚の税金が来る。計算は合っている。
だが、待て。
俺の手元にある金貨150枚分の資産は、その9割以上が『120日後に現金化される手形』なのだ。
今、手元にある現金は、回転売買で稼いだ金貨10枚程度しかない。
「は、払えるわけねーだろおおおお!!」
俺は絶叫した。
これがいわゆる『黒字倒産』の亜種、税金倒産か!
売掛金(手形)は資産として計上されるため、利益が出たとみなされる。
しかし、税金は現金で払わなければならない。
現金がない。
詰んだ。
「愛姉ちゃん! これどうなってんだよ! 現金が入ってきてないのに税金取られるのか!?」
「あー……そういえばそうね。会計は『発生主義』だから、お金をもらってなくても、売った時点で売上になるのよ」
愛姉ちゃんが教科書をパラパラとめくりながら、無慈悲な解説を加える。
「発生主義ってなんだよ! 俺は現金主義がいいんだよ!」
「税務署は待ってくれないわよ。……あ、でも待って」
愛姉ちゃんがスマホで何かを検索し始めた。
その横で、優さんもカタカタとキーボードを叩いている。
「嶺先輩! ヘルプに小さく書いてあります! 『納税資金が不足する場合の救済措置』って!」
「マジか優さん! 神か!」
俺は食い入るように画面を見た。
そこにはこう書かれていた。
『売上が手形などの債権で、現金化に時間がかかる場合に限り、その手形をギルドに担保として預けることで、納税の猶予、または手形による代用納付を認める制度があります(要申請)』
「……助かった」
俺はへなへなと椅子に崩れ落ちた。
どうやら、この世界にも慈悲(という名のシステム救済)はあったらしい。
俺は急いで商業ギルドへ走り、窓口で土下座する勢いで申請を行った。
ギルド職員は慣れた手つきで処理をしてくれた。
『ああ、よくあることですよ。急に売り上げが伸びた新米商人さんが、よく青い顔して駆け込んで来られます』
よくあることなのかよ。
なら最初に教えてくれよ。チュートリアルでやれよ。
俺は大量の手形束をギルドに預け、税金の支払いを猶予してもらう手続きを終えた。
手元には手形預かり証だけが残った。
金貨150枚という大金を手にしたはずなのに、俺の懐は相変わらずスースーしている。
「……怖すぎるだろ、このゲーム」
俺はげっそりとして呟いた。
魔物との戦闘より、商売のルールの方がよっぽど命を削ってくる。
「ふふっ、でもこれでまたいいレポートが書けるわ。『発生主義会計の罠と納税猶予制度の活用』……うん、完璧ね」
愛姉ちゃんはご満悦だ。
彼女の成績が上がるたびに、俺の寿命が縮んでいる気がする。
「しかし、こういう重要なことって、誰も教えてくれないんですね……」
優さんがしみじみと言う。
「そうだな。……そういえば、愛姉ちゃんが言ってたっけ。学校の先生が『実社会でも、得する制度や裏技は、自分から調べないと誰も教えてくれない』って言ってたって」
「うわぁ、世知辛い……」
俺たちは顔を見合わせ、深くため息をついた。
ゲームを通じて社会の厳しさを学ぶ。
状元学園の教育方針、恐るべしである。
こうして、俺は数々のトラウマと引き換えに、ようやく『中堅商人』としての足場を固めることに成功したのだった。
次の目標は、自分の店を持つこと。
だが、その前にもう少し、胃薬が必要かもしれない。
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