第三章 悪夢の再来
第8話 ファンタジー世界に『皇国データバンク』はない
【令和・平太家自室】
ゴールデンウィークも半ば。世間は行楽気分で浮かれているが、俺の部屋は相変わらずPCの排熱と、三人の高校生の熱気でムンムンとしていた。
画面の中では、俺のアバター『レイ』が王都の市場を駆け回っている。
「よし、これで『絹織物の端切れ』を10反確保。ギルドの倉庫へGOだ」
俺は手慣れた操作で荷物を預け入れた。
来たるべき『大商人パルマの隊商(キャラバン)』イベントに備え、俺は着々と商材を溜め込んでいた。
狙い目は、王都周辺で生産される織物類だ。特に、少し傷があったり長さが足りなかったりする『訳あり品』は安く仕入れられる。
これを地方へ持っていけば、それなりの値段で売れるはずだ。
「しかし、倉庫代もバカにならんな……」
商業ギルド内に借りている貸倉庫(という名のコインロッカー的なスペース)は、荷物を入れるたびに保管料を取られる。
痛い出費だが、アイテムボックスを持たない俺には必要経費だ。
「嶺、その保管料もちゃんと帳簿につけてる?」
ベッドで漫画を読んでいた愛姉ちゃんが、監視役らしく口を挟んでくる。
「やってるよ。『支払手数料』だろ? ちゃんと日付と金額を入れてる」
「偉い偉い。それ、ちゃんと経費計上すれば税金対策になるからね」
「ファンタジー世界で節税対策かよ……」
夢がない。
ついでに、俺は趣味で続けている『クズ魔石』も倉庫の隅に放り込んだ。
元手ゼロの拾い物だが、チリも積もれば山となるはずだ。
一方、隣でノートPCに向かっている優さんも、順調に商人デビューを果たしていた。
「あ、また『古着』が安く売ってます! これなら隣町で売れそうです」
「お、いい目利きだな。でも優さん、隣町まではどうやって行くんだ? 徒歩か?」
「いえ、乗合馬車を使います。銀貨2枚かかりますけど、徒歩だと山賊が出る確率が30%もあるって聞いたので……」
優さんは慎重だ。
俺のように死骸を引き摺り回して強行突破するような真似はせず、コストを払って安全を買っている。
「正解だわ、優ちゃん。それが『リスク管理』ってやつよ」
「はい! 愛先輩の教え通りです!」
愛姉ちゃんに褒められて、優さんがえへへと笑う。
くそ、俺の時は「無謀な馬鹿」扱いだったのに。
◇
さて、俺の方も負けてはいられない。
商売の規模が大きくなるにつれ、取引相手も露店のおっちゃんから、店舗を構える商店主へとシフトしつつあった。
ある日のことだ。
俺は王都の大通りに店を構える、そこそこ立派な雑貨屋に商談を持ちかけた。
店主は恰幅の良い男で、羽振りが良さそうだ。
『ほう、フィリッジ産の小麦を大量に仕入れたいと? いいだろう、うちで引き受けよう』
商談はトントン拍子に進んだ。
金額にして金貨10枚分の大口取引だ。これが決まれば、キャラバン参加への資金繰りが一気に楽になる。
俺は納品書を作成し、商品を馬車から降ろした。
さて、代金引換だ。
『支払いはこれで頼むよ』
店主が差し出したのは、金貨の袋ではなく、一枚の羊皮紙だった。
出た。
手形だ。
「……ッ!」
俺の指が止まった。
脳裏に蘇る『120日サイト』の悪夢。黒字倒産のトラウマ。
俺が露骨に嫌な顔をしたのが画面越しに伝わったのか、店主は愛想よく笑った。
『おいおい、そんな顔をするなよ。うちは大手だぞ? それに、支払期日を見てくれ』
俺は恐る恐る手形を確認する。
【支払期日:翌月10日】
今日は20日だ。つまり、サイト(現金化までの期間)はわずか20日。
『20日後には確実に現金になる。これなら文句ないだろう?』
20日なら……待てる。
キャラバンの出発まではまだ一ヶ月以上ある。資金ショートの心配はない。
それに、相手は店を構えている商人だ。夜逃げのリスクも低いだろう。
ここで断って、この大口取引を逃すのは惜しい。
「……分かりました。お受けします」
俺は手形を受け取った。
システムログに『手形受取:金貨10枚』の文字。
よし、これで来月には大金が入る。
俺はホクホク顔で店を後にした。
――それが、地獄への入り口だとも知らずに。
◇
そして運命の翌月10日。
俺はウキウキしながら商業ギルドへ向かった。手形の決済日だ。
窓口で手形を提示する。
だが、ギルド職員の顔色が曇った。
『あー……レイさん。この手形、不渡りですね』
「……はい?」
俺は耳を疑った。
不渡り? なんで? あんなに羽振りの良さそうな店だったのに?
『この振出人になっている商会、先月末に倒産しましたよ』
「はあああ!? だって俺、あそこの店主に直接渡されたんですよ!?」
『ああ、その店主ね。彼はただの「雇われ店長」ですよ。実際にこの手形を振り出したのは、その店の親会社というか、主要取引先だった「ドロン商会」です』
ギルド職員の説明によると、こうだ。
俺が取引した雑貨屋の店主は、自分の店の信用ではなく、付き合いのある大手の「ドロン商会」の名前で手形を切っていた。
いわゆる『裏書き』のようなものか、あるいは商流が複雑に入り組んでいたのか。
とにかく、俺が商品を卸した相手(雑貨屋)と、金を払うはずだった相手(ドロン商会)は別だったのだ。
そして、そのドロン商会は、俺が手形を受け取った数日後に、夜逃げ同然で倒産していたらしい。
「じゃあ、あの店主は!?」
俺は慌てて雑貨屋へ走った。
だが、店は閉まっていた。
張り紙が一枚。
『都合により閉店します。債権者の皆様には申し訳ございません』
「……嘘だろ」
俺はその場に崩れ落ちた。
商品は持ち逃げされたも同然。手元に残ったのは、ただの紙切れ(不渡り手形)のみ。
金貨10枚分の損失。
俺の2週間分の稼ぎが、一瞬で消え失せた。
「あーあ、やっちゃったわね」
背後から、楽しそうな(いや、少し呆れた)愛姉ちゃんの声がした。
「嶺、あんたバカねぇ。手形を受け取るなら、振出人の『信用調査』をしなきゃダメでしょ」
「し、信用調査……?」
「相手が本当に支払い能力があるのか、倒産しそうじゃないか。それを調べるのが商売の基本よ」
「そんなの……どこの世界のゲームでやるんだよ!」
俺は叫んだ。
RPGで武器屋の親父の信用調査なんてしたことないぞ。
シムシティで住民の年収証明書なんて求めないぞ。
「ここは『現代日本の縮図』みたいな世界なんでしょ? だったら当然よ」
愛姉ちゃんは冷たく言い放つ。
俺は頭を抱えた。
信用調査。
日本では『帝国データバンク』や『東京商工リサーチ』といった専門の調査会社がある。そこに金を払えば、企業の経営状態を調べてもらえる。
だが、ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。
インターネットもなければ、データベースもない。
「……どうやって調べろって言うんだよ! 『王国データバンク』なんてないんだぞ!」
俺の悲痛な叫びに、優さんが反応した。
「あ、嶺先輩。それ、いいですね」
「え?」
「『異世界における信用調査の欠如とリスク管理』……これ、私のレポートのテーマにします!」
優さんは目を輝かせてメモを取り始めた。
おい、人の不幸をネタにするな。
たくましくなりすぎだろ、この子たち。
後で泣きながらヘルプ画面やギルドのNPCに聞き込みをしたところ、この世界での信用調査方法は以下の通りだった。
1.冒険者ギルドの酒場で噂を集める(信頼度:F~D)
→「あそこの店、最近羽振りが悪いらしいぜ」程度の情報。ガセネタ多し。
2.商業ギルドに調査依頼を出す(信頼度:C~A)
→ ギルドが保管している取引履歴や納税状況から、ある程度の経営状態を教えてくれる。
ただし、金がかかる。
簡易調査で銀貨5枚。詳細調査なら金貨1枚。
「……金がかかるのかよ」
俺は絶望した。
今回の取引利益が金貨1枚程度だったのに、調査に金貨1枚もかけていたら利益が吹っ飛ぶ。
だからケチって調査しなかったのだが、その結果がこれだ。
まさに『安物買いの銭失い』ならぬ『調査費ケチって全額失い』だ。
「まあ、今回は勉強代だと思いなさいよ。破産まではしてないんでしょ?」
愛姉ちゃんが慰め(?)の言葉をかける。
「ああ……なんとかギリギリ、資金は残ってる。行商を続ければリカバリーは可能だ」
不幸中の幸いは、全財産を突っ込んだわけではなかったことだ。
だが、精神的ダメージは計り知れない。
俺は画面の中の、シャッターが下りた店の前で立ち尽くすレイを見つめた。
「もう誰も信じない。これからは現金取引のみだ……!」
固く心に誓う俺だったが、このゲームの悪意はこんなものでは終わらないことを、この時の俺はまだ知らなかった。
商業ギルドの奥で、さらなる理不尽(税金)が牙を研いで待っていることに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます