第7話 魔石の相場とゴブリンの壁


【令和・平太家自室】


 長い、長い旅路だった。

 画面の中のレイは、もうヘトヘトだった。スタミナゲージは赤く点滅し、空腹度は限界を告げている。

 だが、それ以上に酷いのは見た目だ。

 腰にぶら下げた三匹のホーンラビットは、長時間の徒歩移動ですっかり傷み、地面を引き摺ったせいで泥と血にまみれている。

 ハエがたかるエフェクトがさらに激しくなり、レイの周囲には『不快』というステータス異常まで発生していた。


「……やっと着いた」


 目の前には、白亜の城壁と海が見える。交易都市ペンネだ。

 俺は安堵の息を吐き、城門へと向かった。

 だが、そこで待っていたのは、門番たちの鋭い槍先だった。


『止まれ! 貴様、何者だ!』


 二人の門番が血相を変えて立ちはだかる。


『その血塗れの格好! そして異臭! 山賊か!? それとも狂人か!?』


 門番のセリフが辛辣すぎる。

 狂人て。


「ち、違います! 私は善良な冒険者で、将来は商人を志す者です!」


 俺はチャットで必死に弁明を入力するが、門番の警戒心は解けない。


『商人がそんな死体を引き摺り回して歩くものか! 街の衛生を乱す気か!』


 正論だ。ぐうの音も出ない。

 このゲーム、衛生観念までパラメーターにあるのかよ。

 俺は慌ててメニューを開き、『身分証提示』のコマンドを選択した。

 レイが懐からFランクの冒険者ギルドカードを取り出し、門番に見せる。


『……ん? 本物のギルドカードか。しかもFランク……』


 門番はカードを確認すると、呆れたように溜息をついた。


『なーんだ、ただの駆け出しの貧乏人か。それならそうと早く言え! 紛らわしい!』


『身の程知らずがアイテムバッグも持たずに狩りをするからそうなるんだ。さっさと入れ! あと、ギルドに行く前に水浴びぐらいしろよ!』


 理不尽に怒鳴られ、俺はすごすごと門をくぐった。

 背後で「最近の若いのは……」という門番のぼやきが聞こえる。

 世知辛い。本当に世知辛いゲームだ。


「嶺、あんた職質されたの?」


 愛姉ちゃんが笑いをこらえながら聞いてくる。


「うるさいな。これも商人の修行だ」


「修行で職質される商人なんて初めて見たわよ」


 俺は反論する気力もなく、ペンネの冒険者ギルドへと向かった。


          ◇


 ギルドに入ると、一瞬だけ場の空気が止まった。

 原因はもちろん、俺が引き摺っている死骸の山だ。

 冒険者たちが鼻をつまみ、露骨に嫌な顔をする。

 俺は視線に耐えながらカウンターへ向かい、素材を広げた。


『うわっ……すごい臭いですね』


 受付嬢までハンカチで鼻を押さえている。好感度が下がる音が聞こえた気がした。


『ホーンラビット三匹と、薬草ですね。保存状態が……少し悪いですが、まあ買い取りましょう。全部で銀貨4枚です』


 安い。王都よりさらに足元を見られている。

 だが、文句を言える立場ではない。

 換金を受け取り、俺が肩を落としていると、背後から声をかけられた。


『よう、新人。派手にやってるな』


 振り返ると、そこにはいかにも「手練れ」といった風情の冒険者パーティーがいた。

 リーダー格と思われる赤髪の剣士が、ニカッと笑っている。

 彼の頭上には『イレブン』という名前が表示されていた。

 俺はこの男を知っている。


 前回のプレイ(黒字倒産ルート)で、何度も世話になった中堅冒険者パーティー『暁』のリーダーだ。

 もちろん、今の時間軸では初対面だが。


『俺はイレブン。お前、面白い格好で入ってきたから気になってな。飯でもどうだ? 奢ってやるよ』


 奢り。その言葉に俺(レイ)の空腹ゲージが反応した。

 俺は二つ返事で頷き、彼らのテーブルに相席させてもらった。

 出てきたのは、具沢山のシチューと柔らかいパン。今の俺にはご馳走だ。


『しかし、アイテムバッグなしでここまで歩いてくるとはな。根性あるぜ』


『商売人になりたいんです。そのための資金稼ぎで……』


『商売人か。なるほどねぇ』


 イレブンは面白そうに頷くと、声を潜めて言った。


『なら、いいことを教えてやる。お前、「魔石」については知ってるか?』


『魔石ですか? 魔物の体内にある石ですよね。大きなものは高値で売れると聞いてますが』


『ああ。だがな、俺が言ってるのは「クズ魔石」のことだ』


 クズ魔石。

 魔力をほとんど失った、小指の先ほどの小さな魔石の欠片だ。

 通常、捨て値同然でしか取引されないゴミアイテムのはずだが。


『実はな、ここから海を渡った先にある街「カッペリーニ」じゃ、魔法具作りが盛んでな。実験材料として、そのクズ魔石がそこそこの値段で取引されてるらしいんだ』


 カッペリーニ。

 俺が前回、黒字倒産した因縁の地だ。

 あそこは確かに職人の街だ。消耗品としての魔石需要があるのか。


『俺たちはこれから、貿易船の護衛依頼でカッペリーニに行くんだが、お前も来ないか? 雑用係としてなら、船に乗せてやれるぞ』


 渡りに船とはこのことだ。

 カッペリーニに行けば、相場の確認ができる。

 それに、船旅の間にスキル上げもできるかもしれない。


『なんでそこまで親切にしてくれるんですか?』


 俺が恐る恐る尋ねると、イレブンは照れくさそうに鼻をこすった。


『俺たちも昔、先輩冒険者に助けてもらったことがあってな。その時言われたんだ。

「恩は俺に返すな。次の新人に返せ」ってな。順送りってやつさ』


 かっこよすぎるだろ、NPC。

 俺は感動しながら、彼らの申し出を受けることにした。


          ◇


 翌日、俺は『暁』のメンバーと共に、カッペリーニ行きの貿易船に乗り込んだ。

 役割は甲板掃除や食事の準備などの雑用係だ。

 移動中は、海棲魔物が出ない限りは暇だ。

 その間、俺はイレブンたちに剣の扱いを教わったり、他のメンバーから商売の噂話を聞いたりと、有意義な時間を過ごした。


 五日後。

 特にトラブルもなく、船はカッペリーニの港に到着した。


『じゃあな、レイ。帰りの便も手配しておいてやるから、好きに見て回るといい』


 イレブンたちと別れ、俺はすぐに市場調査を開始した。

 まずは冒険者ギルドへ。

 掲示板を確認すると、確かに『クズ魔石』の買取依頼が常設されている。

 価格は……銀貨1枚で10個。

 王都では銀貨1枚で50個買い叩かれるレベルなので、5倍の値段だ。

 次に商業ギルドへ。

 ここでは加工済みの魔石が高値で取引されている。

 どうやら、この街には魔石を加工する技術があり、そのために大量の原石が必要とされているようだ。


「……これだ。これはいける」


 俺は確信した。

 元手のかからない魔石拾いを副業にすれば、仕入れのリスクなしで利益が出せる。

 だが、問題はどうやって魔石を入手するかだ。

 俺は再び冒険者ギルドへ戻り、受付で情報を収集した。


『魔石ですか? 基本的には迷宮(ダンジョン)にいる魔物を倒せば手に入りますよ。ただ、ドロップ率は魔物の強さに比例します』


 受付嬢が分厚い資料を見せてくれる。


 【スライム】:ドロップ率10%(クズ魔石)

 【ホーンラビット】:ドロップ率12%(クズ魔石)

 【ゴブリン】:ドロップ率30%(小魔石)


「うわぁ……渋いな」


 俺は頭を抱えた。

 スライムを10匹倒して、やっと1個。

 ホーンラビットなら8匹で1個。

 これでは商売にならない。生活費を稼ぐどころか、武器の修理費で赤字になるレベルだ。


 ゴブリンなら3匹に1匹だが、ゴブリンは武器を持っているし、集団で襲ってくる。

 今の俺(銅の剣+革鎧)では、一匹倒すのがやっとだ。

 連戦など不可能。囲まれたら即死である。


「やっぱり、楽して稼ぐ方法はないってことか……」


 俺はため息をついた。

 魔石ドリームは一旦保留だ。

 それでも、相場を知れたのは大きい。

 俺は『暁』が手配してくれた帰りの船に乗り込み、ペンネへと戻った。


          ◇


 ペンネに戻った俺は、初心に帰って地道な活動を再開した。

 冒険者として依頼をこなしつつ、王都とペンネを往復して行商を行う。

 王都で安く仕入れた古着をペンネで売り、ペンネで仕入れた干物を王都で売る。

 利益は薄いが、確実だ。

 その合間に、俺は『迷宮』があるという内陸の街、ファルファッレにも足を運んでみた。


 せっかくだから、魔石集めも試してみたい。

 ファルファッレの迷宮は、初心者向けの浅い洞窟だった。

 俺は意を決して第一階層に足を踏み入れた。

 薄暗い通路を、慎重に進む。

 現れたのは、プルプルと震える青いスライム。


「せいっ!」


 銅の剣で斬りつける。

 物理攻撃が効きにくい相手だが、核を狙えばなんとか倒せる。

 三匹倒して、ドロップなし。

 四匹目、なし。

 十匹倒して、ようやくキラリと光る小石が落ちた。


『クズ魔石』を入手しました。


「……効率悪すぎだろ」


 俺は汗を拭った。

 たった一個のクズ魔石(カッペリーニ価格で銀貨0.1枚相当)のために、一時間近くかけてスライムと格闘したのだ。

 時給換算したら泣けてくる。

 次にゴブリンに挑んでみたが、結果は散々だった。

 錆びた剣を振り回すゴブリンの攻撃を盾(木の板)で受け止め、隙を見て反撃する。


 一対一なら勝てる。だが、戦闘が終わるたびにHP回復のために休憩が必要だ。

 ポーション(小)を使えば早いが、ポーション代の方が高くつく。


「結論。魔石で食っていくのは無理」


 俺は迷宮の入り口で座り込んだ。

 やはり、ソロでの魔石稼ぎは効率が悪すぎる。パーティーを組んで乱獲するか、もっと強い装備で無双できるようにならないと話にならない。

 優さんが隣でノートPCを見ながら苦笑いしている。


「嶺くん、魔石集めは諦めるんですか?」


「いや、諦めはしない。ただ、本業にするのは無理だ」


 俺は立ち上がり、泥だらけの服を払った。


「行商のついでに、趣味として集めることにするよ。チリも積もればなんとやらだ。いつか大金に化けるかもしれないしな」


 アイテムバッグがないので、拾った魔石は腰袋にジャラジャラと詰め込むしかない。

 重いし邪魔だが、これも将来への投資だ。

 俺はファルファッレの迷宮を後にし、再び行商の旅へと戻った。

 目標は商業ギルドへの加盟。そして、自分の店を持つこと。

 道はまだ遠いが、少なくとも前回のプレイよりは着実に進んでいる気がした。


「よし、次は塩を王都に運ぶぞ。あそこなら高く売れるはずだ」


 俺はレイを操作し、重い荷物を背負って街道を歩き出した。

 相変わらずの牛歩だが、その足取りは以前より少しだけ力強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る