第5話 石ころと初期装備とハイリスク・ハイリターン


【令和・平太家自室】


 ゴールデンウィークの初日。世間は行楽日和だが、俺の部屋はカーテンが閉め切られ、PCの排熱と三人の熱気で澱んでいた。

 画面には、見慣れた(そして憎むべき)初期ステータス画面が表示されている。


 【所持金:0 G】


「……何度見ても、この画面は心を折りに来てるよな」


 俺は溜息交じりに呟いた。

 隣では優さんが自分のノートPCを睨みつけ、ベッドの上では愛姉ちゃんがポテトチップスを齧りながら「頑張れー」と他人事のように声援を送っている。

 さて、二度目の人生(ゲームプレイ)だ。


 前回と同じ轍を踏むわけにはいかない。

 普通なら、ここで大人しく城門の列に並び、街に入って冒険者ギルドへ向かうのがセオリーだ。そこでドブさらいなり薬草採取なりの地味な依頼を受けて、日銭を稼ぐ。

 だが、俺は知っている。このゲームの初期段階がいかに過酷か、そして「普通」にやっていたのでは装備を整えるだけで数日かかることを。


「今回は、少し荒っぽい手で行くぞ」


 俺は画面の中のレイを操作した。

 城門に向かう長い列を無視し、街道脇の草むらへと足を踏み入れる。


 視点を地面に向け、探すのは――これだ。

『手頃な大きさの石』を入手しました。

 アイテム欄に石ころが一つ収まる。


 武器ではない。ただの石だ。攻撃力など雀の涙だろう。

 だが、今の俺(レイ)にとっては、これが唯一の武器であり、希望だ。


「嶺くん? 街に入らないんですか?」


 優さんが不思議そうに画面を覗き込んでくる。


「ああ。街に入る前に、ちょっと稼いでおくんだ」


「稼ぐって……石で?」


「見ててくれ。このゲームの判定の甘さ……いや、シビアさを逆手に取る」


 俺はレイを操作し、さらに街道から離れた。

 初心者エリアとはいえ、丸腰でウロウロするのは自殺行為だ。

 だが、狙いは向こうからやってくる。

 草むらがガサガサと揺れた。

 飛び出してきたのは、額に鋭い一本角を生やしたウサギ――『ホーンラビット』だ。


『野生のホーンラビットが現れた!』


 戦闘BGMなどない。環境音が少し大きくなるだけのリアルな演出。

 ホーンラビットがキーッという鳴き声を上げ、一直線に突っ込んでくる。

 その角に刺されれば、防具なしのレイなど一撃でHPの半分を持っていかれる。二撃で瀕死、三撃で死だ。


 だが、俺は逃げない。

 タイミングを計る。

 相手が跳躍し、角を突き立てようとしたその瞬間――。


「今だッ!」


 俺はマウスをクリックした。

 攻撃コマンドではない。「投擲」でもない。

 ただのアクション操作としての「殴打」だ。

 レイが手に持った石を、突っ込んでくるウサギの脳天目掛けて振り下ろす。


 ゴッ!


 鈍い音が響いた。

 カウンター気味に入った一撃に、ホーンラビットが地面に叩きつけられ、ピクピクと痙攣する。

 まだ死んでいない。

 俺はすかさず追い打ちをかける。

 ここで重要なのは、絶対に『角』を狙わないことだ。

 角は素材として売れる。傷をつければ価値が下がる。

 狙うのは頭部のみ。


 ゴッ、ゴッ、グシャッ。

 三度目の殴打で、ホーンラビットは動かなくなった。

 ファンファーレなど鳴らない。ただ、死体がそこに転がっているだけだ。


『ホーンラビットの死骸』を入手しました。


『ホーンラビットの角(良質)』を入手しました。


「よし、ゲットだぜ」


 俺は小さくガッツポーズをした。

 ノーダメージでの勝利。

 本来なら銅の剣を持っていても苦戦する相手を、石ころ一つで仕留めたのだ。

 これぞプレイヤースキル(と、死に戻りの経験)の成せる技だ。


「す、すごい……! 嶺くん、今のどうやったの!?」


 優さんが目を丸くして感嘆の声を上げる。

 愛姉ちゃんもポテチの手を止めて画面に見入っていた。


「カウンターだよ。向こうの突進力を利用して、石の重さをぶつけたんだ。まともに殴り合ったら勝てないからな」


「なるほど……物理演算まで計算してるんですか、このゲーム」


「無駄にリアルなんだよ。……さて、長居は無用だ」


 俺は周囲を見渡した。

 欲を言えば薬草も探したいところだが、血の匂いを嗅ぎつけた他の魔物が来るかもしれない。


 初期装備(ボロ服)で連戦は無理だ。

 俺はホーンラビットの死骸を抱え、急いで街道へと戻った。

 街道に出れば、巡回兵がいるので魔物は寄ってこない。

 安全地帯を確保してから、悠々と城門の列に並ぶ。


「これで、街に入ってすぐに換金できる。その金で中古の革鎧くらいは買えるはずだ」


「えっ、もう装備が買えるんですか!? 私、前回は装備買うのに三日かかりましたよ……」


 優さんが驚くのも無理はない。

 普通にギルドの依頼をこなしていたら、その日の宿代と食事代で消えてしまい、装備に回す金などなかなか貯まらないのだ。


 この『初期狩り』は、ハイリスクだがリターンも大きい。


「私もそれ、やってみようかな……」


 優さんが画面を見つめながら呟く。

 俺は慌てて止めた。


「いや、優さんはやめといた方がいい。お勧めしない」


「えっ、どうしてですか?」


「失敗したら即ゲームオーバーだからな。俺は何度も経験してるからタイミングが分かるけど、初見でアレをやろうとしたら、十中八九、角で腹を刺されて終わりだ」


 実際、俺もこのタイミングを掴むまでに何度死んだか分からない。

 この戦法は、所謂『死にゲー』の攻略法に近い。

 セーブポイントのないこのゲームで、初心者がやるべきことではない。


「優さんは、まずはセオリー通りにギルドへ行って、薬草採取の依頼を受けるのが一番だよ。地味だけど、確実だ」


「うう……そうですよね。私、アクション苦手ですし」


「ただし、絶対に『ドブさらい』の依頼だけは受けるなよ」


 俺は真顔で忠告した。


「え、ドブさらい? 簡単そうですけど」


「罠だ。あれをやると、ステータスに『悪臭』が付く。そうなると、宿屋に泊めてもらえなくなるし、ギルドの受付嬢の好感度が下がる。最悪なのは、下水道でスライムに襲われた時だ」


「スライム?」


「ああ。臭いに釣られて寄ってくるんだ。装備なしで狭い下水道でスライムに囲まれる恐怖……思い出すだけで震える」


 俺の脳裏に、かつてのトラウマが蘇る。

 身体中にまとわりつく粘液、鼻が曲がるような悪臭、そして無慈悲なGAME OVERの文字。

 あれは本当にひどかった。


「ひえぇ……分かりました。薬草採取にします」


 優さんは青ざめた顔で頷いた。

 愛姉ちゃんが後ろからニヤニヤと口を挟む。


「嶺、あんた本当に詳しいわねぇ。伊達に暇人やってないわ」


「うるさいな。これは尊い犠牲の上に成り立つノウハウなんだよ」


 俺は画面に向き直った。

 画面の中のレイは、ホーンラビットの死骸を引き摺りながら、王都マカロニの巨大な城門をくぐろうとしていた。

 門番が嫌そうな顔をしているのが分かる。

 だが、これでいい。

 今回は、最初からアクセル全開で行く。

 この理不尽な世界で、最短で店を持つために。


【王都マカロニ・冒険者ギルド】


 街に入った俺は、脇目も振らずに冒険者ギルドへ直行した。

 活気あふれるギルド内は、多くの冒険者たちでごった返している。

 俺は受付カウンターへ向かい、ホーンラビットの死骸と角をドンと置いた。


『あら、新規登録の方……って、これホーンラビット!? しかも綺麗に処理してあるわね』


 受付嬢が目を丸くする。

 周囲の冒険者たちも「おい、あいつ初期装備だぞ」「素手でやったのか?」とざわめいている。

 フフン、いい気分だ。


『買取金額は……角の状態が良いので、色をつけて銀貨3枚になります』


 銀貨3枚。

 日本円にしておよそ三千円から五千円といったところか。

 命がけの戦果にしては安すぎる気もするが、初期資金としては十分すぎる。

 俺はその足でギルド併設の売店に向かった。


「おやじ、中古の革鎧をくれ。一番安いやつでいい」


『へいよ。銀貨2枚だ』


 チャリーン。

 なけなしの銀貨を支払い、薄汚れた革鎧を手に入れる。

 早速装備する。

 防御力が『1』から『5』に上がった。

 たった『4』の差だが、この差が生死を分けるのだ。


「よし、これで最低限の準備は整った」


 俺は愛姉ちゃんと優さんに向かって親指を立てた。


「優さん、俺はこれから外に出て薬草採取をしてくる。優さんもギルド登録が済んだら、薬草採取を受けてくれ。場所は北の森の手前がおすすめだ。あそこならホーンラビットも少ない」


「はい! 分かりました! ……あ、でも嶺くん、武器は買わないんですか?」


「金が足りない。今日は石ころとこの鎧で乗り切る」


 俺の言葉に、優さんは「ひえぇ……」と引いていた。

 だが、商人たるもの、投資すべきは攻撃力より防御力だ。死ななければ、稼ぐチャンスはいくらでもある。

 俺は再び城門を出て、夕暮れの草原へと走り出した。


 目指すは、まだ見ぬ大金貨の山。

 いや、とりあえずは明日のパン代と宿代だ。

 こうして、俺たちの二度目の異世界生活(ゲーム)は、血なまぐさい狩りと共に幕を開けたのだった。



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