第二章 高校入学
第4話 春の嵐と再開の『NEW GAME』
【K市立進士中学校・3年教室】
三月。
受験という名の戦争が終わり、教室には奇妙な空気が漂っていた。
志望校に合格し、春からの新生活に胸を躍らせる「勝者」たち。
そして、涙を呑んで滑り止めや二次募集の学校へ進むことになった「敗者」たち。
この二つの勢力が入り混じり、教室の湿度はやけに高い。
そんな中、俺、平太嶺(へいたれい)への風当たりは、以前にも増して強くなっていた。
俺が第一志望の状元学園F高校に合格したことが、一部の男子生徒の神経を逆撫でしたらしい。
特に、スポーツ推薦を狙って失敗した運動部連中からの視線は、もはや殺意の波動に目覚めている。
「チッ、なんであんなオタクが受かってんだよ」
「カンニングじゃねえの?」
「おい平太、ちょっとツラ貸せや」
休み時間、トイレに向かおうとした俺の進路を、ガタイの良い数人が塞いだ。
やれやれ、卒業間近になってこれか。
俺が溜息をつきかけた、その時だった。
「あら、あなたたち。平太くんに何か用?」
「掃除の邪魔なんですけど。どいてくれません?」
凛とした声と共に、二人の女子生徒が割って入ってきた。
一人は、俺と同じくF高校の商業科に合格した小田国優(おたくにゆう)さん。
もう一人は、クラスの女子カースト上位に君臨するグループのリーダー格だ。
優さんはともかく、なぜカースト上位女子まで?
「う、うるせえな! 女は引っ込んでろ!」
「先生ー! 男子がまた平太くんに絡んでまーす!」
彼女たちは怯むどころか、即座に担任を呼ぶという最強カードを切った。
男子たちは「チッ」と舌打ちをして散っていった。
俺は唖然としてその光景を見ていた。
「……助かったよ、優さん。それに、えっと……」
「いいのよ平太くん。優ちゃんから聞いてるし」
「え?」
「『平太くんはいい人だから』って。優ちゃんが言うなら間違いないでしょ」
カースト上位女子はそう言ってウインクした。
どうやら、優さんが女子グループ内で俺の株を上げてくれていたらしい。
持つべきものは、オタクに理解のある美少女の友人だ。
俺は心の中で優さんに五体投地で感謝した。
【平太家・玄関】
無事に卒業式を終え、春休みに突入したある日。
我が家に激震が走った。
「じゃあな平太! 俺は海へ行ってくる! 探さないでくれ!」
「はあ!? じいちゃん、まだ入学式前だぞ!?」
玄関で巨大なボストンバッグを担いでいるのは、我が祖父、幸欠(こうじ)だ。
彼は地元の漁師だが、この度、三浦を拠点とする遠洋漁業船の船長に抜擢されたらしい。
一度海に出れば、数ヶ月は帰ってこない。
「入学式なんぞお前一人で十分だろ。金はここに置いておく。足りなくなったら漁協に行けばなんとかなる!」
「そういう問題じゃなくてだな……保護者不在って、手続きとかどうすんだよ!」
「細かいことは気にするな! 男なら波に乗れ! さらばだ!」
じいさんは嵐のように去っていった。
残されたのは、分厚い封筒に入った生活費と、静まり返った家。
俺は高校入学を前にして、正真正銘の一人暮らしを強制されることになった。
まあ、気楽でいいと言えばいいのだが、問題は入学準備だ。
制服の採寸、教科書の購入、通学定期の手配。
一人でやるには荷が重いイベントが目白押しだ。
そんな俺の窮地を救ってくれたのは、やはりあいつだった。
「はいはい、泣かないの。私が付き合ってあげるから」
隣の家の幼馴染、隣家愛(りんけあい)だ。
彼女は俺の事情を聞くと、呆れながらも買い物への同行を快諾してくれた。
頼もしい姉貴分だ。
そう思って待ち合わせ場所の駅前に行くと、そこにはなぜか優さんの姿もあった。
「……なんで優さんが?」
「愛先輩に誘われたんです。『嶺の服選ぶから手伝え』って」
「は?」
「だって男物のセンスなんて分かんないもん。優ちゃんオタクだし、嶺の好み分かりそうじゃない?」
愛姉ちゃんは悪びれもせず言う。
優さんは苦笑いしつつも、「お買い物、楽しみにしてました」と言ってくれた。
こうして、俺と愛姉ちゃん、そして優さんという奇妙なトリオでの買い物が始まった。
「ねえ嶺、このネクタイちょっと地味じゃない? こっちのストライプの方が似合うわよ」
「えー、愛先輩、平太くんにはこっちの無地の方が知的で良いと思いますけど」
「あんたたち、俺の制服だぞ。俺に選ばせろよ」
「「黙ってて!」」
制服売り場で、二人の女子にあーだこーだ言われながら着せ替え人形にされる俺。
店員さんの「モテモテですねぇ」という生温かい視線が痛い。
結局、二人が選んだオプション品を全部買わされた。
まあ、じいさんの金だからいいけど。
帰り道、三人でクレープを食べながら歩いた。
優さんのご両親は共働きで忙しく、今日は一人で買い物に来る予定だったらしい。
それを知った愛姉ちゃんが、「じゃあ一緒に行こう」と誘ったのだとか。
やっぱり愛姉ちゃんは面倒見がいい。ジャイアンだけど。
こうして俺は、高校入学前からこの二人に頭が上がらない状態になってしまった。
【四月・状元学園F高校】
桜が舞い散る四月。
俺は真新しいブレザーに袖を通し、状元学園F高校の門をくぐった。
マンモス校だけあって、人の数が尋常ではない。
入学式は厳かに行われたが、俺の頭の中は「早く帰ってゲームしたい」という雑念でいっぱいだった。
同じ中学から進学したのは数名いたが、クラスも離れたし、特に関わることもないだろう。
これからは心機一転、高校デビューだ。
……といっても、やることは変わらない気がするが。
入学式後の一週間は、オリエンテーションやら校内見学やらで忙殺された。
愛姉ちゃんはちょくちょく俺のクラス(普通科1年C組)に顔を出してくる。
「嶺ー、元気してるー? お昼一緒に食べよー」
「愛姉ちゃん、目立つからやめてくれ……」
上級生の、しかも可愛い女子が頻繁に訪ねてくるせいで、俺は入学早々「隣家先輩のツバメ」という不名誉なあだ名をつけられそうになっていた。
ただ、不思議なことに、あのゲームの話は一切出ない。
去年、あんなに熱心にレポートを書いていたのに。
もしかして、もう飽きたのか? それとも、あの鬼畜ゲーに愛想を尽かしたのか?
俺としては、二度とあの地獄(黒字倒産)を見たくないので、このままフェードアウトしてくれることを切に願っていた。
四月半ば。部活動紹介の時期がやってきた。
俺は運動部に入る気などさらさらなく、かといってガチな文化部も面倒くさい。
そんな俺が目をつけたのは、『現代サブカルチャー研究同好会』という、いかにも緩そうなサークルだった。
活動内容は「アニメ、ゲーム、ラノベ等の現代文化についての考察と実践」。
要するに、部室でダラダラと遊ぶだけの集まりだ。
最高じゃないか。
「ここに入部希望の平太嶺です」
「ウェルカムだ! 同士よ!」
部室のドアを開けると、そこには数人の先輩たちがくつろいでいた。
代表の薔薇園(ばらぞの)成男(なりお)先輩は、ロン毛で眼鏡のナルシスト風だが、話してみると意外と気さくな人だった。
そして、驚いたことに。
「あれ、平太くん?」
「……優さん?」
部室の隅に、優さんがいた。
彼女もまた、この緩い空気に惹かれて入部したらしい。
さらに、優さんと一緒にいた商業科の府城(ふじょう)美麗(みれ)さんとも知り合った。彼女もまた、隠れ腐女子の気配がする逸材だ。
こうして俺は、高校でもオタク仲間(しかも美少女付き)を確保することに成功した。
愛姉ちゃんとの腐れ縁も続いているし、なんだかんだで順調な滑り出しだ。
だが、平和な日々は長くは続かなかった。
ゴールデンウィーク直前の週末。
俺が自室で優雅にレトロゲームをプレイしていると、玄関のチャイムが連打された。
この暴力的なリズムは、間違いなくあいつだ。
俺がドアを開けると、そこには愛姉ちゃん……ではなく、優さんが立っていた。
しかも、顔色が悪い。
「優さん? どうしたの?」
「た、助けてください、嶺くん! このゲーム、見たことありますよね!?」
優さんが震える手で差し出したのは、ノートパソコンだった。
画面に映し出されているのは、見覚えがありすぎるタイトル画面。
『俺はこのファンタジー世界で大商人になるぞ~』
俺の心臓がドクンと跳ねた。
「……なんで優さんがこれを持ってるんだ?」
「商業科の課題なんです! GW明けまでにレポート提出しなきゃいけないんですけど……私、もう五回も破産してて! 商業ギルドに登録すらできないんです!」
優さんは半泣きだ。
ああ、そうだった。愛姉ちゃんが去年言っていた。「商業コースの一年生全員に配られる」と。
つまり、今年は優さんの番というわけか。
歴史は繰り返す。悲劇も繰り返す。
「嶺ー! 優ちゃん来てるー?」
追い打ちをかけるように、愛姉ちゃんまでやってきた。
手にはスナック菓子とコーラの大瓶を持っている。完全にくつろぐ気満々だ。
「愛姉ちゃん、これどういうことだよ」
「どういうことって、優ちゃんが困ってるから『嶺に聞けば一発よ』って教えてあげたの。ほら、あんた去年クリア……はしてないけど、結構進んだじゃない」
「黒字倒産したけどな」
「細かいことはいいのよ! さあ、GWはゲーム合宿よ!」
愛姉ちゃんは俺の部屋に上がり込み、優さんを招き入れた。
我が家のリビングは、瞬く間にゲーム攻略本部と化した。
「でもさ、俺のセーブデータは消したぞ。また最初からやるのか?」
「当然でしょ。優ちゃん一人じゃ無理だもの。私と嶺も一緒に『NEW GAME』で始めるのよ」
「えっ、愛先輩もやるんですか?」
「当たり前じゃない。私も去年のリベンジがしたいのよ。……あ、でも操作は嶺にお任せね。私は監督役だから」
愛姉ちゃんは悪びれもせず言った。
結局、俺がプレイするのかよ。
だが、優さんの縋るような目を見せられたら、断れるはずがない。
「はぁ……分かったよ。やるよ」
「ありがとうございます! 嶺くん!」
「よっ、さすが男前!」
俺は観念して、自分のPCを立ち上げた。
一年ぶりの起動。
あの忌まわしいタイトル画面が、俺をあざ笑うかのように表示される。
残念ながらこのゲームにマルチプレイ機能はない。
優さんは自分のノートPCで、俺はデスクトップで、それぞれ独立してプレイすることになる。
愛姉ちゃんは俺のベッドに寝転がりながら、お菓子をボリボリ食べている。
「よし、二人とも準備はいい? 目指せ大商人!」
「おー!」
「……おー」
俺と優さんのカーソルが、同時に『NEW GAME』をクリックした。
画面が暗転し、再びあの美しい(そして残酷な)港町ペンネの風景が広がる。
所持金ゼロ。
Fランク冒険者。
空腹度30%。
地獄のチュートリアルが、また始まる。
こうして、俺の高校最初のゴールデンウィークは、二人の美少女(と一人のジャイアン)と共に、理不尽なファンタジー世界で労働することに費やされることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます