第2話 黒字なのに倒産? 理不尽なゲームオーバー 


【令和・平太家自室】


「――また殺された」


 夏休み直前の土曜日。

 俺、平太嶺(へいたれい)は、冷房の効いた自室でPCのモニターを睨みつけていた。

 画面の中では、俺のアバター『レイ』が、ゴブリンの棍棒を頭に受けて星を散らしている。

 これで今日だけで四回目の死亡(ゲームオーバー)だ。


「ちょっと嶺! 薬草採取ばっかりしてないで、もっと大きな商売しなさいよ!」


 背後で寝転がりながら漫画を読んでいた愛姉(あいね)ちゃんが、呆れたように声をかけてくる。

 この一ヶ月、彼女は我が家に入り浸りだ。名目上は俺の家庭教師だが、その実態は俺にゲームをプレイさせ、その成果を我が物顔でレポートにまとめる鬼監督である。


「無理言うなよ。元手がなきゃ仕入れもできないんだ」


「でも、このままじゃ私のレポートが進まないじゃない。先生に『もっと商売の真髄に迫れ』って言われてるのよ」


「商売の真髄ねぇ……。とりあえず生き残るのが先決だと思うけど」


 俺は溜息をつきながらコンティニューを選択した。

 この『俺はこのファンタジー世界で大商人になるぞ~』というゲーム、タイトルに反して商売以前のサバイバル要素が強すぎる。

 それでも、地道な薬草採取とドブさらい(衛生スキルが上がるらしい)のおかげで、ようやく小金が貯まってきた。


 そろそろ次のステップに進むべきか。


「愛姉ちゃん、これ見てくれ。商業ギルドへの加入金、なんとか貯まったぞ」


「本当!? やった! これでやっとまともな商売ができるわね!」


 愛姉ちゃんが飛び起きて画面を覗き込む。

 俺はレイを操作して商業ギルドの受付へ向かい、なけなしの金貨を支払ってギルドカードを更新した。


 ファンファーレと共に、『Fランク冒険者』から『見習い商人』へクラスチェンジ。

 これでようやく、他国への行商や、ギルドを通じた大口取引が可能になる。


「よっしゃ! これで勝つる!」


「死亡フラグ立てないでよ。さあ、次は行商よ行商! 隣町へ売り込みに行くわよ!」


 愛姉ちゃんの号令の下、俺の新たな戦いが始まった。


【状元学園F高校・教室】


 週明けの月曜日。

 俺は昼休みの教室で、一人ぼっちで弁当をつついていた。

 相変わらず友達は少ない。というか、この時期の中三男子なんて、部活か受験の話しかしないから、帰宅部でゲームオタクの俺には居場所がないのだ。


 そんな俺の元に、一人の女子生徒が近づいてきた。


「あの、平太くん……だよね?」


 声をかけてきたのは、小田国優(おたくにゆう)さんだった。

 黒髪ロングの清楚な見た目とは裏腹に、鞄にさりげなくアニメのラバーストラップをつけているのを俺は見逃していない。

 クラスでも数少ない、話の通じそうな相手だ。


「あ、うん。そうだけど」


「よかった。私、小田国優って言います。実はちょっと相談があって……」


 彼女は周囲を気にしながら、声を潜めて言った。


「平太くんって、去年卒業した隣家愛先輩と仲良いよね?」


「え? ああ、幼馴染だけど」


「やっぱり! 実は私、愛先輩に憧れてて……あの、もしよかったら、勉強会に混ぜてもらえないかな?」


 ……は?

 予想外の展開に、俺は箸を止めた。

 聞けば、優さんも志望校はF高校の商業コース。成績はそこそこだが、数学が苦手で伸び悩んでいるらしい。


 そこで、俺が愛姉ちゃんに勉強を見てもらっているという噂を聞きつけ、藁にもすがる思いで声をかけてきたそうだ。


「愛姉ちゃんに憧れてる? あんな傍若無人な人に?」


「失礼ね! 愛先輩は明るくて優しくて、私たちのカリスマなんだから!」


 どうやら優さんの中では、愛姉ちゃんはアイドルのように美化されているらしい。現実はジャイアンみたいなもんだぞ、と言いたかったが飲み込んだ。

 まあ、美少女と一緒に勉強できるなら悪い話ではない。

 それに、彼女も俺と同じオタクの匂いがする。同志が増えるのは歓迎だ。


「わかった。愛姉ちゃんに聞いてみるよ」


「本当!? ありがとう平太くん! 私、お菓子持っていくね!」


 優さんはパァッと顔を輝かせた。

 その笑顔に、俺は少しだけドキッとしてしまった。

 まさか俺の人生に、こんなラブコメみたいな展開が訪れるとは。

 ゲームの神様も、たまには粋な計らいをしてくれるもんだ。


【平太家・自室】


 そして週末。

 我が家の狭い自室に、愛姉ちゃんと優さんが並んで座っていた。

 机の上には参考書とノート、そして優さんが持ってきた高級そうなお菓子が広げられている。


「えー、優ちゃんも商業コース志望なの? 嬉しい! 絶対合格して私の後輩になってね!」


「はいっ! 愛先輩の後輩になれるように頑張ります!」


 二人はすっかり意気投合していた。

 というか、愛姉ちゃんが一方的に可愛がっている感じだ。

 俺はというと、二人の会話に入り込む隙もなく、黙々と数学の問題を解いている。


 ……あれ? 俺、空気じゃね?


「ねえ嶺、この問題どう解くの?」


「あ、それは因数分解の公式を使って……」


「へぇ、平太くんって意外と教え方上手いんだね」


 優さんが感心したように俺を見る。

 よし、少しは見直されたか。

 勉強会は順調に進み、休憩時間になると話題は自然とゲームのことになった。


「嶺さん、あのゲーム進んでますか? 私、興味あるんです」


「興味って……あのクソゲーにか?」


「クソゲーって言わないでくださいよ。私、経営シミュレーションとか好きなんです。愛先輩のレポートも見せてもらったんですけど、すごく面白そうで」


 優さんは目をキラキラさせている。

 まさか、こんなところに隠れファンがいたとは。

 俺はPCを立ち上げ、現在の状況を見せることにした。


「今は行商がメインだな。王都ペンネで安く仕入れた商品を、内陸のフィリッジやファルファッレに運んで売る。地味だけど、確実に利益が出るんだ」


「へぇ……ちゃんと相場を読んでるんですね。すごいです」


「まあな。最近は小金も貯まってきたし、そろそろ大きな勝負に出ようかと思ってるところだ」


 俺は少し得意げに語った。

 画面の中のレイは、以前とは見違えるようないい装備を身につけている。

 商業ギルドの信用ランクも上がり、ついに手形取引が可能になったのだ。

 現金を持ち歩かなくて済むのは、盗賊のリスクを考えると非常にありがたい。


「手形取引かぁ。本格的ですね」


「ああ。愛姉ちゃんが言うには、商売の基本らしいぞ」


「ふふっ、嶺ったら私の受け売りばっかり」


 愛姉ちゃんが茶々を入れる。

 和やかな雰囲気の中、俺たちはゲームと勉強と雑談を楽しんだ。

 これがリア充というやつか。悪くない。

 このまま平和な日常が続けばいいのに。


 そう思っていた。

 だが、ゲームの神様は、そんな甘い願いを許してはくれなかった。


【数週間後・平太家自室】


「……なんだこれ」


 秋の気配が深まり始めた頃。

 俺は画面の前で凍りついていた。

 ゲーム内で一大イベントが発生したのだ。


『緊急クエスト:大商人パルマの隊商(キャラバン)に参加せよ!』


 王都の大商人パルマが、遠方の港町カッペリーニまで大規模な交易を行うという。

 これに参加すれば、莫大な利益と名声が得られるチャンスだ。

 参加条件は、ある程度の商材を用意すること。

 俺の全財産をはたいても足りない量だが、ここで引くわけにはいかない。

 俺は決断した。


 手形だ。

 手形を振り出して、商品を仕入れるのだ。


「愛姉ちゃん、手形って借金みたいなもんだろ? 売上が入ったら返せばいいんだよな?」


「うん、そうよ。サイト(支払期日)までに現金を用意できれば問題ないわ」


 愛姉ちゃんの言葉を信じ、俺は震える手で手形を切った。

 ペンネやファルファッレを駆け回り、特産品を大量に仕入れる。

 そして、パルマの隊商に合流し、長い旅路の果てにカッペリーニへ到着した。

 商売は大成功だった。

 持ってきた商品は飛ぶように売れ、帳簿上の売上は過去最高を記録した。

 俺は勝利の美酒に酔いしれた。


 これで俺も大商人の仲間入りだ。

 ……そう思ったのも束の間。


「は?」


 カッペリーニの大店主から渡されたのは、現金ではなく一枚の紙切れだった。

 手形だ。

 しかも、支払い期日は『120日後』。

 つまり、四ヶ月後だ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 現金じゃないんですか!?」


『うちは大口取引は全て手形だよ。常識だろう?』


 NPCの店主は冷たく言い放つ。

 俺の頭の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

 俺が仕入れのために振り出した手形の期日は、来月末。

 つまり、あと一ヶ月しかない。

 売上金が入ってくるのは四ヶ月後。

 手元に現金はない。


 ……詰んだ。


「愛姉ちゃん! これどうすんだよ! 現金が入ってこないぞ!」


「えっ、120日サイト!? そんなの聞いてないわよ!」


 愛姉ちゃんも顔面蒼白だ。

 どうやら彼女も、ゲームがそこまでリアル(鬼畜)だとは想定していなかったらしい。


 俺は必死に商業ギルドへ駆け込んだ。

 融資を頼むも、『実績不足』で門前払い。

 手形割引(手形を現金化すること)を頼むも、『信用不足』で拒否。

 八方塞がりだ。


 そして運命の来月末。

 俺の口座から手形の決済額が引き落とされる……はずだったが、残高不足で不渡りを出した。


 一度目の不渡り。

 商業ギルドからの信用は地に落ち、取引停止処分。

 そして二度目の不渡り。

 銀行取引停止。事実上の倒産だ。


『GAME OVER』


『死因:黒字倒産』


 画面に無慈悲な文字が浮かび上がる。

 俺はコントローラーを取り落とした。

 帳簿上は黒字なのだ。利益は出ているのだ。

 ただ、現金がないだけで。

 キャッシュフローが回らなかっただけで。

 俺の商人人生は終わった。


「……ふざけんなぁぁぁぁッ!!」


 俺の絶叫が、秋の夜空に虚しく響いた。

 隣で見ていた愛姉ちゃんが、恐る恐る口を開く。


「……あ、あのね嶺。これ、すごくいいレポートのネタになると思うの」


「黙れ!」


「『黒字倒産のメカニズムと資金繰りの重要性』……うん、これなら特A間違いなしね!」


「俺の屍を越えて行けってか!? 鬼かお前は!」


 俺は涙目で愛姉ちゃんに食って掛かった。

 だが、怒っても現実は変わらない。

 俺の数ヶ月の努力は、電子の藻屑と消えたのだ。


「もうやめる! こんなクソゲー二度とやるか!」


「えー、諦めちゃうの? 優ちゃんも楽しみにしてるのに」


「知らん! 俺は受験生だ! 勉強するんだ!」


 俺はPCの電源を引っこ抜いた。

 ちょうどいい潮時だ。

 これからは受験に専念する。

 そう自分に言い聞かせ、俺はこの理不尽な世界からログアウトした。


 後日。

 愛姉ちゃんはこの『黒字倒産レポート』を学校に提出し、見事に最高評価の特Aを獲得したらしい。


 先生からは「商業の厳しさを肌で感じた素晴らしい体験記だ」と絶賛されたとか。

 俺のトラウマが、誰かの成績アップに貢献したなら本望……なわけあるか!

 俺の中の商人の魂は深く傷ついた。

 だが、この悔しさが、俺をさらなる修羅の道へと誘うことになるのだった。

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