ゲームを使って現代社会に夢想する
のらしろ
第一章 何だこのゲームは
第1話 ゲームをもらう
俺の名は平太嶺(へいたれい)。ここK市の地元にある、ごくごく平凡なK市立進士(しんじ)中学校に通う中学三年生だ。
海と山に囲まれたこの古い街で、俺は漁師のじいさん、平太幸欠(へいたこうじ)と二人で暮らしている。
じいさんは昔気質の漁師だで、地元でのんびりと漁をしながら生活をしているが、俺が高校入学とともに、遠洋漁業に出るらしい。
なんでも、昔取った杵塚ではないが、どうしても断りきれなかったらしく近くのM市に拠点を置く遠洋漁業船の船長をやることになっていた。
なので、俺が高校入学とともに数カ月単位で家に居なくなるらしい。
まだ、俺が高校に入るまではのんびりと近くの漁港から船を出して漁をしたり、都会からくるお客さん相手に釣り船として船を出していた。
今は六月。受験生にとって、そろそろ受験勉強にエンジンをかけなければならない時期だ。
俺の志望校は、隣町F市にある私立の名門、状元(じょうげん)学園F高等学校の普通科だ。
この辺りではトップクラスの進学校であり、都内にある有名大学の付属校でもある。
俺の成績はと言うと、悪くはない。
なぜなら、俺には友達が少ないからだ。
いや、見栄を張った。
友達がいないために、遊びに行く時間も、SNSで無駄話を垂れ流す時間もすべて、大好きなゲームか勉強に費やしてきたからだ。
おかけで先日の模試での合否判定は『B』。
安全圏の『A』には届かないが、挑戦圏内としては悪くない位置にいる。
そんな俺の趣味は、もっぱら頭を使うシミュレーションゲーム一択だ。
アクションやRPGのような反射神経を競うものは苦手だが、数値を管理し、街を発展させたり、鉄道網を敷いたりするゲームなら、寝食を忘れて没頭できる。
だが最近、俺は手持ちのゲームに飽きを感じていた。
どいつもこいつも、攻略パターンが見えてしまえばただの作業だ。もっとこう、骨のある、ヒリつくような経営シミュレーションはないものか。
そんなことを考えていた土曜日の昼下がり。
ドカドカドカッ!
と、玄関からまるで台風が上陸したかのような騒がしい音が響き渡った。
「嶺(れい)ー! 生きてるー!? ちょっと緊急事態! 開けるわよ!」
返事も待たずに俺の部屋のドアを勢いよく開け放ったのは、隣に住む幼馴染の隣家愛(りんけあい)だ。
彼女は一つ年上の高校一年生。俺が目指している状元学園F高校の商業コースに通っている。
栗色のセミロングに、少し着崩したブレザーの制服。見た目は明るく活発な美少女なのだが、こと俺に対しては幼い頃からの腐れ縁で、プライバシーという概念が欠落している。
「……愛姉(あいね)ちゃん、人の家に入るときはチャイムくらい鳴らしてくれよ。もし俺が着替え中だったらどうすんだ」
「あんたの着替えなんてオムツ時代から見てるから今更よ。それよりこれ! これを見て!」
愛姉ちゃんは、俺の文句など右から左へ受け流し、カバンから一つのゲームパッケージを取り出して俺の目の前に突きつけた。
「『俺はこのファンタジー世界で大商人になるぞ~』……?」
パッケージには、中世ヨーロッパ風の港町を背景に、金貨の袋を抱えてニヤつく商人のイラストが描かれている。
だが、俺の目を引いたのは、そのタイトルの間延びした『~』ではなく、パッケージの帯に書かれた文言だった。
『監修:状元大学経営学部』
『協力:犬源簿記専門学校』
『システム提供:縄文会計ソフト』
「……なんだこの、大人が本気で悪ふざけしたみたいなクレジットは」
「ふざけてないわよ! これ、うちの学校の商業コースと大学が連携したプロジェクト教材なの! 一年生全員に強制配布されたのよ!」
愛姉ちゃんは悲鳴に近い声を上げた。
「これがね、とんでもないクソゲー……じゃなくて、鬼畜ゲーなの! 私、初めて十分で三回も破産したわよ! 意味わかんない!」
「破産? 十分で?」
「そう! なんでも本格的なシミュレーションらしくて、社会人教育にも使われるレベルらしいんだけど……私には無理! 絶対無理!」
愛姉ちゃんは机に突っ伏して泣き言を並べた。
彼女は性格は明るく社交的だが、机に座って細かい数字を計算するのはからきし苦手だ。なぜ商業コースに進んだのかと問えば、「制服が可愛かったから」と即答した猛者である。
「で、俺にどうしろと?」
「あんた、シミュレーションゲーム好きでしょ? 街作りとか鉄道経営とか、死んだ魚のような目で延々とやってるじゃない」
「失礼だな。あれは高度な知的遊戯だ」
「だから! あんたがこれを攻略して、私にどうやれば黒字になるか教えてよ。学校でプレイレポートの提出が義務付けられてるの。このままだと私、簿記の単位落としちゃう!」
愛姉ちゃんは拝むように手を合わせた。
「タダとは言わないわよ。ほら、あんた『B』判定で悩んでるんでしょ? 私が数学と英語の勉強見てあげるから。Win-Winの関係、どう?」
……悪くない取引だ。
正直、受験勉強の息抜きに新しいゲームが欲しかったところだし、状元学園の現役生に勉強を見てもらえるのは心強い。彼女は簿記以外の成績は優秀なのだ。
「それにこれ、わざわざ嶺のために市販パッケージ版を買ってきたんだから! お願い、受け取って!」
「わかったよ。そこまで言うなら、ちょっと触ってみる」
「やった! さすが嶺ちゃん、話がわかる!」
俺は愛姉ちゃんから渡されたパッケージを開け、PCにインストールを始めた。
まさかこの軽い気持ちで始めたゲームが、俺の日常を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
◇
インストールが完了し、俺はコントローラーを握りしめた。
タイトル画面は、意外にも重厚なオーケストラサウンド。
『NEW GAME』を選択すると、画面が暗転し、物語の舞台が表示される。
『ようこそ、セリエ王国へ。あなたは一攫千金を夢見てこの国へやってきた若者です』
画面が切り替わると、そこは地中海沿岸を思わせる、白壁とオレンジ色の屋根が連なる美しい港町だった。
セリエ王国の王都の玄関口、港町ペンネ。
ここがスタート地点らしい。
俺のアバター『レイ』が港に降り立つ。
まずはステータスの確認だ。普通のRPGやシミュレーションなら、ある程度の初期資金(資本金)が用意されているはずだ。
【名前:レイ】
【職業:Fランク冒険者(行商見習い)】
【所持金:0 G(ゲイン)】
【資産:なし】
【負債:なし】
【空腹度:30%】
「……は?」
俺は思わず声が出た。
ゼロ? 一文無し?
アイテム欄を確認する。
【アイテム:ボロボロの服、Fランクギルドカード】
以上。
「おい愛姉ちゃん、これバグってないか? 所持金ゼロでスタートって、どうやって商売始めるんだよ」
「だよね!? 私もそこで詰んだの! 武器屋に行っても『冷やかしなら帰れ』って言われるし、商業ギルドに行っても『登録料も払えない貧乏人は出直してきな』って追い返されるのよ!」
なんだこの世知辛さは。
これまでのゲームなら、王様から「これで装備を整えよ」と金貨を渡されるか、親切なチュートリアルおじさんが初期装備をくれるはずだ。
しかし、このゲームにあるのはリアリティという名の理不尽だけ。
「とにかく、まずは金を作らないと話にならないな」
俺は画面の中のレイを操作し、港の人々に話しかける。
大半は「忙しいんだ、あっちへ行け」と冷たい反応だが、冒険者ギルドの受付嬢だけは話を聞いてくれた。
『Fランクの方ですね。こちらの依頼なら受けられますよ』
提示されたクエストは『王都周辺での薬草採取』と『ドブさらい』。
英雄的な冒険などではない。日銭を稼ぐための労働だ。
俺はとりあえず、薬草採取を受けることにした。
◇
フィールド画面に出ると、そこは中世ヨーロッパ風ののどかな平原だった。
だが、ここでもリアリティが牙を剥く。
『野生のホーンラピッドが現れた!』
角の生えたウサギだ。RPGなら最弱の雑魚モンスター。
俺は「攻撃」コマンドを選択する。
レイが素手で殴り掛かる。
ミス!
ホーンラピッドの反撃! レイは5のダメージを受けた!
「痛って! ……いや、俺が痛いわけじゃないけど、HPがごっそり減ったぞ」
「あー、それそれ。私、そのウサギに三回殺されたわ」
愛姉ちゃんが画面を覗き込みながら、まるで他人事のように言う。
素手で角のあるウサギに勝てるわけがない。俺は慌てて「逃げる」を選択した。
なんとか逃げ延びたレイは、ほうほうの体で薬草を探す。
薬草を見つけても、鑑定スキルがないから『雑草(薬草の可能性あり)』と表示される始末だ。
それでも、一時間ほど粘ってなんとか数束の薬草を確保し、ギルドへ持ち帰った。
『報酬:50ゲインを入手しました』
チャリーン、という小気味よい音。
やっと金が手に入った。これでパンが買える。
そう思った瞬間、画面が切り替わり、無機質なウィンドウが表示された。
『収益が発生しました。帳簿に記帳してください』
【借方】 【貸方】
(科目選択) 金額 / (科目選択) 金額
「……出たな、ラスボス」
「なんだよ! その意味不明な表は! 愛姉ちゃんはわかるの」
俺が横で見ている愛姉ちゃんに聞いてみた。
正直今までいろんなシミュレーションゲームをしてきたけど見たことがないものだった。
愛姉ちゃんが指差ながら説明を始める。
会計の初歩だそうだ。
学校でも割とすぐに教わる範囲らしい。
俺はシミュレーションゲーム歴は長いが、簿記の知識はほぼゼロだ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「えっと、現金が増えたんだから、借方が『現金』……でいいんだよな?」
「そうそう! で、貸方は……これはクエスト報酬だから『売上』でいいのかな? いや、本業が商人設定なら、これは本業以外の収入だから『雑収入』? いやいや、ギルドからの依頼だから『役務収益』扱いでいいはず……」
愛姉ちゃんがブツブツと呟きながら、俺に指示を出す。
「貸方を『売上』にして!」
「了解」
言われた通りに入力すると、ファンファーレが鳴った。
『記帳成功! 経理スキルが0.1上昇しました』
『現在の空腹度が限界です。何か食べてください』
俺は屋台へ走り、30ゲインの硬い黒パンを買ってレイに食わせた。
するとまたウィンドウが出る。
『支出が発生しました。記帳してください』
「うわぁ……めんどくせぇ……!」
パンひとつ買うのにも帳簿付けが必要なのか。
だが、俺の中に奇妙な感覚が芽生えていた。
この面倒くささが、逆に「生きている」という実感を与えてくる。
ただボタンを押して回復するだけじゃない。稼いで、記録して、消費する。そのサイクルが妙にリアルで、ゲーマー魂を刺激するのだ。
◇
それから数週間。
俺の生活は一変した。
昼間は学校での授業、放課後は愛姉ちゃんが家に来て勉強会。
そして勉強が終わると、二人でPCの前に座り、異世界セリエ王国での冒険(という名の労働)が始まる。
「はい、ここの因数分解はこうなるの。わかった?」
「なるほどね……あ、愛姉ちゃん、画面見て。スライムが分裂した」
「げっ、また? 逃げて逃げて! 回復薬もったいないから!」
「わかってるって。……よし、逃走成功。ドロップアイテムで『スライムの粘液』ゲット」
「それ、ギルドで10ゲインで売れるわよ。仕訳は『商品』じゃなくて『貯蔵品』から振り替えて……」
不思議な光景だった。
受験勉強の数式と、異世界の帳簿付けが、奇妙にリンクしながら俺たちの放課後を埋めていく。
愛姉ちゃんのおかげで、俺の模試の『B』判定はじわじわと『A』に近づきつつあったし、ゲームの中のレイも、少しずつだがFランク冒険者として様になってきていた。
ゲーム内では、同じようなFランクの初心者たちとパーティを組むこともあった。
NPCだとは思うが、彼らとの会話も妙に人間臭い。
『おいレイ、今日はいい薬草が採れたな! 酒場で一杯どうだ?』
『悪いな、俺はまだ装備を整えるのに必死なんだ。この銅の剣、ローンで買ったから利息払わないといけないし』
『お前、真面目だなあ。商売人志望はこれだから』
そんなやり取りをしながら、俺と愛姉ちゃんは笑い合う。
まだ大きな商いなんて夢のまた夢。
今はただ、日々のパン代を稼ぎ、スライムに追い回され、夜な夜な帳簿と格闘するだけの毎日。
だが、この奇妙なゲームと、幼馴染との騒がしい日常が、俺は嫌いではなかった。
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