第2話

 翌日の昼休み。

 俺の机の前には、またしても見知らぬ女子生徒が立っていた。

 昨日の小動物系とは打って変わって、今度は少し大人びた雰囲気の清楚な後輩モデルだ。


「……というわけで、この子は読書好きで大人しい人がタイプなの。あんたみたいに、隅っこで埃を被ってる置物みたいな男にはぴったりでしょ」


 腕を組んでドヤ顔を決める玲奈。

 一体どういう風の吹き回しなのか。わざわざ俺の好みをリサーチしてまで、なぜ彼女は執拗に別の女をあてがおうとするのか。 ????


「あの、相沢先輩……よろしくお願いします」

「あ、うん。ども」


 上目遣いで頬を染める後輩。客観的に見れば、泣いて喜ぶべきシチュエーションなのだろう。

 だが、俺の心は一ミリも動かなかった。目の前の可愛い後輩より、それを紹介してくる玲奈の不自然な態度の方が気になって仕方がないのだ。


 俺は机の上に置いていた、黄ばんだカセットを取り出した。

 持ち歩いているレトロな互換機に差し込み、電源を入れる。ピコピコという8ビットの電子音が鳴り響いた。


「悪いんだけど、俺は今、この『魔王の迷宮』のRTA(リアルタイムアタック)のルート構築で忙しいんだ。特にこの初期ロムは、壁抜けバグの猶予が2フレームしかなくて、さらにバッテリーバックアップの電池切れという物理的な恐怖とも戦わなきゃいけない。君、乱数調整とか興味ある?」


「……え?」


 後輩の顔から、スーッと表情が抜け落ちていく。

 俺はさらに早口で、バグ技の歴史と当時のプログラマーの苦労について熱弁を振るい続けた。

 5分後。後輩は「急に用事を思い出しました」と引きつった笑みを残し、逃げるように去っていった。


「あーあ、行っちゃった。せっかくの好意を無下にするなんて、本当に最低のミジンコね」


 玲奈がこれ見よがしに舌打ちをする。

 だが、俺がドン引きされて清々しているのを見ると、彼女は小さく息を吐き出した。


「……本当、昔から変わってないわね」


 昔から? ????

 昨日も「また会えた」と言っていた。彼女の口ぶりは、まるでずっと前から俺のこの面倒な性格を知り尽くしているかのようだ。

 俺たちの接点は、高校の入学式以降のはずなのに。 ????


「おいおい湊、お前バカだなあ! あんな美少女を追い返すなんて、男の風上にも置けねえぜ!」


 いつの間にか隣の席に座っていた勉が、購買のパンを齧りながら大袈裟に肩をすくめている。

 だが、その目は全く笑っておらず、ただ状況を面白がって観察しているようだった。勉のやつ、昨日から一体何を考えている? ????


「うるさい。俺は自分の趣味の時間を邪魔されたくないだけだ」


 俺はそう言い捨てて、ゲーム機とカセットを愛用の小道具箱に片付け始めた。

 ふと視線を感じて顔を上げる。


 玲奈が、俺の手元——小道具箱の中のガラクタたちを、じっと見つめていた。

 普段の氷のような冷たい視線ではない。

 まるで、絶対に手の届かない宝物を見るような。

 あるいは、二度と戻らない大切な時間を惜しむような、ひどく切なげな顔。


 なぜ、ただのオタクのコレクションを見て、そんな泣きそうな顔をするんだ? ????

 痛いほど胸を締め付けるその表情の理由を、俺はまだ知る由もなかった。

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