第12話


 一気に駆け出した黒月が巨象に向け、転がっていた人間の頭部をシュート。


「バロロロッ‼︎」


 充血し見開かれた眼球と、九十九の目が合う。

 ……え、僕? 強烈な殺意に心臓を締め付けられ、背筋が粟立つのが分かった。

 直後巨象が踏み込んだ歩幅を見て、割れた地面を見て、九十九は理解した。



 ――あ、これ無理だ。



 目に映るのは、地面を蹴り砕きスローモーションで迫ってくる巨象。



 ――一歩、二歩、巨象の姿がみるみる大きくなっていく。



 受け止めるのは、無理。逃げるのも、無理。



 ――目の前まで来た巨象が、拳を振り上げる。



 噴き出る冷や汗とは裏腹に、九十九の脳内は凪いでいた。

 僕ではこいつに手も足も出ない。なら、まともに相対するのが間違っている。よく見ろ。よく考えろ。今の僕は、一人じゃない。



 ――風鳴りを纏った巨拳が、眼前に迫り、迫り、直撃――



「ッアイギス‼︎」


「バォロ⁉︎」


 ――する直前に顕現させたアイギスを使い、九十九は自身を押し飛ばすと同時に、手を伸ばす黒月を引っ張った。

 巨拳にブチ抜かれ、弾け飛ぶアイギス。

 後ろ向きに転がる九十九。

 そして、巨象の懐に引っ張り込まれた黒月。


 強制的なスイッチを感覚で理解した黒月は、左足を踏み込み、体の捻りに合わせて、全力で右拳をフルスイングした。


「ッフゥ‼︎」


「グバッハァ⁉︎」


 分厚い皮膚にめり込んだ小さな拳が、そのまま巨体をくの字に曲げ殴り飛ばす。


 九十九は尻餅をついたまま、濛々と立ち昇る土煙を見つめた。


「……すっご」


「クフックフフッ、気持ち良ぃっ」


 自身の手の平を見つめ、頬を紅潮させる黒月。

 彼女の表情に若干危ない物を感じるが、今はそれで良い。


 立ち上がった九十九は再びアイギスを生み出し、ダンベルに加え、ベルトや懐にしまっていたナタ、アイスピック、ノコギリ、スタンガンを持たせる。探索する際、使えそうな物は回収しておいたのだ。


「ゲホォッ、ゴォエっバォエッ」


 脇腹を抑え膝を突く巨象を前に、九十九と黒月はアイコンタクトを交わす。


「ッバロァアア‼︎」


 突進から振り下ろされた巨象の拳が、地面を吹き飛ばす。


 しかし軽く躱した黒月と、ギリギリで蛙のように跳んで躱した九十九。


 虫ケラ同然だと思っていた獲物の抵抗を目に、巨象の額にはち切れんばかりの青筋が走る。


「ッ、ッッバロロロロッ‼︎」


 地面を拳で殴りつけ、一気に九十九へ突進しようとした巨象はしかし、


「つれないわねッ」


「ロァ⁉︎ バッガッ⁉︎」


 一瞬で死角に入った黒月によって振り返りざまに蹴り飛ばされ、自慢の牙をへし折られた。


 すっごいな⁉︎

 良い笑顔で着地する黒月を目に、九十九は思わず笑ってしまう。何でそうも躊躇いなく突っ込めるのか。


「ッ畳みかけろ‼︎」


 九十九が叫ぶのとほぼ同時に、ブチギレた巨象が黒月に向かって勢いよく腕を振るも、既に彼女はそこにいない。


 代わりにスイッチするように入れ替わったアイギスが、ダンベルをブサイクな顔面フルスイング。ゴギンッ‼︎ という鈍い音を鳴らし、残る牙を破壊し横っ面を殴り飛ばす。

 そして、


「眼球‼︎」


「ッ⁉︎ バァアアア⁉︎」


 九十九の指示に合わせ、アイギスが巨象の左目にアイスピックをブッ刺した。


 眼窩から血を吹き絶叫する巨象、の後頭部を黒月が岩でブン殴りよろめかせ、立ちあがろうとした膝裏にアイギスがスタンガンを入れる。


 ナタとダンベルとノコギリを振り回すアイギスを吹き飛ばした巨象が、拳を振り抜くも黒月には当たらない。


 黒月は軽いステップで必殺の拳を躱しながら、硬い表皮など無視して殴りまくる。

 苛烈すぎる猛攻に血飛沫が舞い、地面に赤黒い絨毯が広がっていく。


「ッアハハハハハハ!」


「ッ気をつけてよ⁉︎」


 三度目のアイギスの破裂。

 壊されるごとに、再生速度が遅くなっている。こんなペナルティがあるとは。

 九十九はアイギスが手放したナタをキャッチし、巨象の右アキレス腱を切り裂くも薄皮一枚切れるだけ。


 追撃を入れようとした黒月の拳も、遂に血を噴く。

 当然だ、あんな鉄板みたいな装甲を殴り続けたらそうなる!


「っ、く」


 一瞬の攻撃の緩み。


 機を狙っていた血だるまの巨象が、目を血走らせ飛び起きた。


「バォロォオオオッッ‼︎」

「――ッぐっフゥ⁉︎」


 全力で振り抜かれた巨拳が、黒月をガードの上から殴り飛ばし、そのまま反対側の壁まで吹っ飛ばした。


「ッ黒月さ――ッ⁉︎」


 直後九十九の片足に長い鼻が巻きつき、フルスイング。


「カッッハ⁉︎」


 背中を地面に強打し、肺の空気が奪われる。そのまま反対側の壁までブン投げられた。


「……ゲホッ、ゲホッ、死、ぬ」


 九十九は口元の血を拭い、アイギスに手を突いて立ち上がる。

 クッションが間に合わなかったら死んでいた。そして隣の瓦礫の山を一瞥する。


「……生きてる?」


「……油断したわ」


 ガラガラと瓦礫の中から起き上がった彼女は、頭部からの出血を拭い舌打ちする。

 流石に死んだと思ったぞ。

 九十九はふらふらと近づいてくる巨象を睨みながら、勝ちへの道筋を組み立てる。

 ……お互い満身創痍だな。


「……黒月さん、僕が隙を作るから、あの鼻受け止めて」


「嫌よ。自分でやりなさい」


「あの一撃、僕なら反応できなかった。黒月さんの戦闘センスは天才的だよ。お願い」


「……ふんっ」


「来るよ!」


「チィッ!」


「バォロロロッッ‼︎」


 巨象が地を蹴ると同時に、二人も駆ける。


 ヘイトを買った九十九が振り下ろされる拳を全力で躱し、その隙に潰れた目の死角から黒月が跳躍、


「死ねッ‼︎」


「ガフッ⁉︎」


 巨象の側頭部を飛び蹴りで打ち抜いた。


 よろけた巨象の両足にアイギスが絡みつき、すっ転ばせ、背後からナタを持った九十九が急接近。


「――ッ‼︎」

「ギャガァァアッ⁉︎」


 もう片方の眼球に刃を食い込ませ、貫き、串刺しにした。

 しかし暗闇と激痛に暴れ回る鼻に吹っ飛ばされ、宙を舞う九十九。


「カハッ⁉︎ ゥグッ、ゲホッゲホッ!」


 大きな耳を広げた巨象が、地面を転がる九十九に向かって鼻をフルスイング。


「ゥぐぅッ⁉︎」


 しかし直撃寸前で割り込んだ黒月が脇腹で受け止め、吐血しながらもガッチリとロックした。


「ッそのまま‼︎」


 空中にナタをブン投げた九十九は、アイギスでそれをキャッチ。触腕を鞭のようにしならせ、伸びきった鼻めがけて思いっきり叩き下ろした。


 巨象の絶叫が響き渡る中、長い鼻が根本からぶった切れた。


「バァアアアア⁉︎」


 血を噴きのけぞりよろめく巨象に向け、すかさず黒月が跳躍。ぶっとい首に跨った彼女が、組み合わせた両拳を天に掲げる。


「逝ってらっしゃい」


「ッ⁉︎ バッぴゃ?」


 直後、盛大な破裂音。

 振り下ろされた黒月の両拳が、ザラザラとした皮膚を貫き、分厚い頭蓋骨を砕き、脳を抉り爆散させた。

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