第13話

 噴き上がる血の噴水が、当たり一面を赤黒く染めていく。


 ふらつき巨象から落下する黒月を、アイギスが受け止めた。


「っ、あら、ありがとう。彼より有能ね。……ケホッ」


「ハァ……ハァ……ゲホッ……僕が受け止めたんだよ」


 九十九は体中の痛みに顔を顰めながら、黒月に手を差し伸べる。


「今度は手を取ってくれると嬉しいな」


「……ふふっ」


 互いに笑い合い、九十九は黒月が伸ばした手を取り引っ張り上げた。


 とそこで、走って近づいてくる仲間達が目に入る。


「ッハッハー! 流石だぜテメェら‼︎」「ヤッベェ何だこれ⁉︎」「九十九は尻に敷かれるなぁ」「逃げろ逃げろォ‼︎」「ハハハハ!」「走れ二人共‼︎ すぐ入ってくるぞ‼︎」


 そうだ、感傷に浸っている暇はない。


「走れ……そうにはないね」


「ええ。不本意ながら」


 かろうじて立ってはいるが、彼女の足は疲労で震えていた。痩せ我慢しているせいで分かり辛いが、今も殆ど九十九に体重を預けている状態なのだ。

 アイギスは、無理だな。召喚しようとすると頭が割れそうになる。壊されすぎたのだろう。……仕方ない。


「えっ、ちょ⁉︎」


 九十九は無理やり黒月を背負い、鉛のように重い足を全力で回す。

 喉から血の味が上ってくるが、初めて黒月の動揺を見れたので良しとしよう。


「お、下ろしなさい! 殺すわよ⁉︎ 死刑よ⁉︎」


「後でいくらでも殺してもらっていいからっ。最後くらい、格好つけさせてくれっ」


「っ……」


 ……恐る恐る預けられた胸から、背中を伝って葛藤や戸惑いが流れてくる。


 黒月は顔を背けたまま、躊躇いがちに九十九の首に両腕を回した。


「……とんだ変態ね」


「はいはいっ」


 ロックが解除された金色の扉を蹴り開け、全員でレッドカーペットの上を走る。


 薄暗い一本道を抜けた先、そこで九十九達を待っていたのは、――割れんばかりの大喝采だった。


 透明なドーム型天井の向こうには、仮面を付けた怪しい人間達がズラリと並んでいる。

 大笑いしている者もいれば、感極まって泣いている者までいる。


 殆どの仲間が放心してしまっている中、九十九は納得した。

 ……なるほどね。この人達がクライアントか。


 マイクを持った司会のような男が、興奮気味に歩いてくる。


「ッ魔獣を蹴散らし、勝利を掴んだのはこの十五名‼︎ ノービスゲームで生存者十五名は、過去最多記録更新だァ‼︎ 知恵と勇気、そして圧倒的な暴力でこの【TERRARIUM】を生き延びた真のエンターテイナー達に、賞賛を! 敬意を‼︎ 惜しみない拍手をォッ‼︎」


 空気が揺れるほどの大歓声と大喝采を浴び、九十九の脳が、心臓が、全身が震えた。

 ……いきなりこんなゲームに巻き込まれて、死ぬ思いもして、それをエンタメとして消化されて、怒るべきなのだろうな、僕は。


 ……でも。


 九十九はスポットライトに掲げた腕が、高揚感と達成感に粟立っているのを認める。

 ……あぁ、度し難いな。



 ……正直、人生で一番興奮している。



 自然と上がってしまう口角を手で隠していた九十九に、マイクが差し出された。

「……?」と顔を上げた九十九に、司会が笑いかける。


「誰が何と言おうと、今日の主役は君だよ。良かったら一言良いかな?」


「え、あ、はい」


 咄嗟にマイクを受け取ってしまい、遅れて後悔する。

 一言って言われても……。


 三百六十度から向けられる視線を受けて、九十九はごくりと唾を飲む。

 今この時、この瞬間だけは、自分が世界の中心であるかのような錯覚すら覚えた。

 口は、勝手に動いていた。




「……僕を見ていてください。後悔はさせません」




 ……一拍を置き――地鳴りの如き大歓声。

 興奮に狂った観客達が雄叫びを上げ、札束が大量に舞い金の雨が降る。


 天井に張り付いた紙幣で観客が見えなくなってしまい、司会も「あらら」と苦笑していた。


「ふふっ、そんなことを言う人だったかしら?」


 耳元で囁かれた声に、九十九も笑ってしまう。


「だいぶ酔っているね、僕も」


「無理もないわよ。この熱気だもの」


 チラリと見た彼女の顔も、どこか興奮に火照っているように見えた。


 とそこで、向かいの扉が開き、担架を持った白い仮面の集団がぞろぞろと入ってきた。

 司会がマイクを叩いて注目を集め、九十九達に笑顔を向ける。


「さて、君達はそれに乗って病院に急行だ! うちの医療チームは世界一優秀だからね、だいたいの傷は一日で治るよ! 流石に腕を生やしたりはできないけど、まぁ名誉の勲章ってことで! ハハッ、それではプレイヤー諸君、またのご参加を心よりお待ちしております」


 恭しく一礼して去っていく司会から目を逸らし、九十九は担架に黒月を下ろす。


「それじゃあ、お疲れ様」


「ええ。……」


 その場を去ろうとした九十九の足が止まる。

 振り返ると、そっぽを向いた黒月が袖を摘んでいた。


「……またね。依絆くん」


「……ハハっ。やっと呼んでくれたね、名前」


 互いに軽く笑い合い、グータッチで別れを告げる。

 運ばれていく彼女を見送り、九十九も担架に腰を下ろした。とそこへ、今まで空気を読んでいた仲間達が近づいてくる。


「っあ、あの、九十九さん! 本当にありがとうございましたっ!」


「クリアできたのは梟さんがいたからだよ。こちらこそありがとう」


「そ、そんなっ、私なんか」


「ハハハッ、こいつがあのクソ鳥撃ち落としてくれなきゃ、今頃俺らは全滅だったぜ!」


 大志にバシバシと背中を叩かれ、華奢な梟が折れそうなくらい揺れる。

 ……司会はクリアしたのが十五名と言っていた、つまり、二人は死んでしまったことになる。

 九十九の中に罪悪感が生まれるが、首を振って前を向く。

 彼らを見ろ。今はそれだけで良い。


「クリアできたのは皆さんのおかげです。本当に、ありがぉ……ぁ……」


「九十九⁉︎」「九十九さん⁉︎」


 自分が思っている以上に、体は限界だったらしい。


 視界がぼやけ、力が抜ける。焦る皆の顔を見ながら、九十九の意識はブラックアウトした。

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