第10話

「黒月さん、行ってみよう」


「汚くない?」


「うん。下水道じゃないから」


「そう」と躊躇いなく飛び降りた彼女に続いて、九十九も梯子を下りていく。


「二人は周囲の警戒をお願い」


「あいよ」「気をつけてねー」


 少し先に見える、鉄格子の扉。そこから光が差し込んでいる。

 二人は警戒しながらも、光に向かって歩いていく。


「このまま二人でクリアしましょう? ……冗談よ」


 ……九十九は苦笑し、手の中の包丁に映る自分の顔を見つめる。


「ここ出たら何したい?」


「フラグは立てない主義なの。死ぬなら一人でどうぞ?」


「その時は道連れにするから、地獄でやりたいことでも考えておきな」


「ふふっ、言うようになったじゃな……ぃ……」


 そこで、二人の足が止まった。

 息を呑んだのはどっちが先だったか、恐らく同時。鉄格子の隙間から見えた景色に、そこに起立する化物を目に、二人は固まった。


 ……六m超えの体躯に、太い手足、大きな牙と長い鼻、そして光を受けて赤黒く輝く体色。

 二足歩行であることを除けば、あれはどう見ても象だ。巨大な象。


 無意識に一歩足を引いてしまった九十九は、しかし象の背後に金色の扉を見つける。

 ……あれじゃん。出口。どう見ても。


 踵を返した黒月に、九十九は慌ててついていく。チラリと見た彼女の横顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。

 ……この状況で笑えるのか。


「あれを殺してクリア。単純明快で良いじゃない」


「単純明快に無理難題なんだよね。……それに、」


 九十九は地上に続く梯子を上る途中で、再度薄暗い一本道を見つめる。

 ……何だろう、この違和感。とても嫌な感じがする……。


「どうだった?」


「見かけ倒しの木偶がいただけよ」


「勝てそうか?」


「愚問ね」


「ハハッ、そりゃ良い」


 地上に出た黒月と九十九に、アレンが口を寄せる。


「二人ともそのまま聞いてね。俺の左斜め後ろ、そっから別パが覗いてる。たぶん俺達より先にクリアするつもり。人数は五人。どーする?」


「勿論殺すわ」


「いや、」


 九十九は黒月を止め、少し考えてからマンホールの蓋を閉めた。


「先に行かせよう」


「は?」


「……良いのか? 俺らが出られなくなる可能性は?」


「彼らとは数時間前に会っている。戦っているところも見たけど、あのレベルで下の化物に勝てるとは思えない。それに、……怖いんだよ。ここ」


「まさか怖気付いたから譲るなんて。そんな弱者に育てた覚えはないわよ?」


「育てられた覚えもないけど、ここ、袋小路なんだよ。もし後ろから攻められたりでもしたら、化物の対処どころじゃなくなる。彼らは僕達を良く思っていなかったから、邪魔してくる可能性もある。魔獣が入ってくる可能性もあるし、何かギミックが作動する可能性もある」


「それをゴミ共で検証した上で、死んでくれたら一石二鳥ってことね。……ふふっ、やるじゃない」


「そこまでは思っていないよ。全員生き残れるなら、それが一番さ」


 悪い笑顔を浮かべ「見つけたー‼︎ ここが出口だー‼︎」「あーでも俺達仲間迎えに行かないとなー! 残念だなー!」「クリアできるのは先着五人だったわ〜。下の魔獣は強く見えるけど、本当はとても弱い種類だったわ〜」と叫ぶ三人を連れ、九十九はその場を去った。


 道を曲がって物陰に入り、すぐに四人で覗き込む。

 すると予想通り、あの五人がマンホールへと近づき、嬉々として入っていた。


「ふふっ。本当、バカって可哀想ね。ふふっ」


 黒月が楽しそうにクスクスと笑うこと数秒、それは突然響き渡った。



「――ギェエエエエエエエエエエエエッ‼︎」



「「「「――っ⁉︎⁉︎」」」」


 何かと思い空を見上げれば、さっきの三頭烏が旋回しながら絶叫を上げていた。


 っ何だ⁉︎ 何が起きた⁉︎

 そんなことを考える間もなく、遠くから響いてくる足音、足音、足音。全方位から集まってくる魔獣の足音に、四人は急いで建物の中へ隠れた。


 無数に集まってきた多種多様な魔獣は、我先にとマンホールの中へ入っていく。

 ……そして数分後、絶叫が鳴り止むと同時に、魔獣は何事もなかったかのように自分達のテリトリーへ散っていった。


 ……中で何が起きたのか? そんなこと、考えるまでもない。


「……マジかよ」


 大志の声を皮切りに、全員の緊張の糸が切れる。

 九十九はその場に尻餅を突き、自分の予感が的中したことに恐怖と興奮を覚えていた。


「あなたのおかげで命拾いしたわ。感謝してあげる。感謝なさい」


「どうも。……ふぅ。でもこれで対策が立てられる。早く戻ろう」

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