第二章 ――Werde,der du bist――

第7話


 人の死体に群がる鼠を蹴散らしながら、黒月が呆れて振り返る。


「はぁ。芋虫でももう少し機敏に動けるわよー?」


「ハァッ、ハァッ、こんのっ」


 ッ速すぎるだろ⁉︎

 遥か前を行く黒月を、九十九は汗を流しながら追いかける。

 時速四十㎞は出ているんじゃないか? 呼吸一つ乱さないし、それに僕に合わせてあの速度だ。このフィジカルお化けがッ。


 四方八方から飛びかかってくる鼠を、しかし九十九は一瞥しただけで無視する。

 直後、彼を守っていたゲル物質がミョンと変形し、ダンベルを振り回して鼠を蹴散らした。


「遅いから先に行くわねー。あなたが遅いからー」


「っもう、好きにしてくれ!」


 電柱のてっぺんにしゃがんでいた黒月が、家屋の屋根を伝って先に行く。


 もう人じゃないな、あれは。

 立ち止まった九十九は一つ息を吐き、急いで彼女の背中を追った。

 ここまで来る間に、僕の異能について分かったことが二つある。

 一つ目は、この物質は僕を害意から守るように動くということ。

 二つ目は、マニュアルでもオートでも操作が可能だということ。現に今は、オートモードで迎撃を任せている。


 九十九は走りながら、ダンベルで殴られても立ち上がる狼、通称フェンリルを一瞥した。


「頭部か脚を狙え」


「(プルプル)」


 再度飛びかかってきたフェンリルの頭部がカチ割れ、今度は動かなくなる。

 とまぁ、こんな風に臨機応変な対応も可能だ。僕はこの物質を、【Aigisアイギス】と名付けた。名前があった方が、何かと便利だからな。


 小道を抜けて黒月に追いついた九十九の前に、戦場が広がる。

 スコップやバールを持って抵抗する人達、食われる人達、追いかけ回されている人達。暴れる黒月。

 九十九はグループごとの戦力差と自分の力量を比較し、駆け出した。


「だ……ずげ……でぇ」


「っすみません」


 下半身がなくなっている女性から目を逸らし、九十九は追いかけ回されている人達へと一直線で向かう。

 フェンリルが四匹と鼠が五匹。駆ける九十九が右腕を広げるのに合わせ、アイギスが伸びて家屋数棟の窓ガラスを根こそぎ破壊、そして吸着。


「ッ‼︎」


 アスファルトを踏みしめた九十九は、大量のガラス片を全力で投擲した。


 直後、楽しそうに人間を追いかけていたフェンリルと鼠に降り注ぐ、横殴りのガラス雨。全身をズタズタに引き裂かれ、鼠は即死。よろけるフェンリルは、眼前に迫るダンベルに目を見開く。


 二匹を続け様に叩き殺した九十九に、残る二匹が飛びかかった。

 しかし、


「絡め取れ」


 伸びたアイギスが二匹の脚に絡みつき、地面めがけて叩き下ろす。

 生々しい連打音を聞きながら、九十九は深く息を吐いて振り返った。


「無事ですか?」


「あ、ああ。すまねぇ、助かった」「あ、ありがと」「つ、強ぇ」


「ゲームをクリアするために協力しましょう。余裕のある人は他の人の援護に、怪我人は一旦隠れていてください」


 九十九は援護に向かう数人を見送り、道中も人を助けながら、怪我人を近くのコンビニらしき場所に送り届ける。

 人が集まる場所には魔獣も集まる。混戦になって後手に回った感じか。……というかさっきから何だこの轟音? 黒月さんはどこに?


「――ッぅグ⁉︎」

「っ⁉︎」


 瞬間、吹っ飛んできた黒月が、ガードレールを破壊して家屋の壁にめり込んだ。


「黒月さん⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」


「……チッ」


 黒月は端正な顔を歪め、服についた汚れを払う。

 脇腹部分がバッサリ裂かれているが、素肌にはかすり傷しかついていない。恐らく身体機能そのものが向上しているのだろう。とんでもない異能だな。


「あなた、私の肉壁よね? 何道草食っているわけ?」


「主に置いていかれたもんでね、迷子になってたんだよ」


「生意気ね。それよりポチ」


「九十九ね」


「喜びなさい。初仕事よ」


「……嘘でしょ」


 物陰から出てくる、フェンリルの二回りはデカいライオン。

 確かあれは、ネメアの獅子。60ptの化物だ。というか待て、この人、あれに一人で挑んだのか? イカれてんだろ⁉︎


「ゴルォオッ‼︎」


 ネメアが地面を蹴り抜く。


 九十九が瞬きをした次の瞬間には、巨大な前脚が振り被られていた。

 ――おッッも⁉︎

 ガードしたアイギスが大きく歪み、九十九はスーパーボールの如く道路を跳ね回る。


 その隙に黒月が肉薄、ネメアの腹を蹴り上げ、宙に浮かすと同時に跳躍、振り上げた拳を殴り下ろした。


「ッく⁉︎」

「ッルゴルァ‼︎」


 しかし空振る。


 空中で器用に体を逸らしたネメアが、躱した拳に噛みつき半回転、アパートめがけて彼女をブン投げた。


 轟音を立てて着弾する黒月には目も向けず、九十九は地面を転がりながらネメアを視界に収める。

 奴は未だ空中、地面に降ろさせたら勝ち目はないッ!

 九十九はグラつく三半規管を気合いで堪え、オートガードを解除した。


「包めッ!」


「ゴ、ブガゴッ⁉︎」


 九十九から離れたアイギスが、高速でネメアの上半身を包み込んだ。

 全身は無理かっ。

 地面に落ちてもがき苦しむネメアだが、その膂力に負けてアイギスがブチブチとちぎれていく。

 どうするっ、僕だけじゃどうにもできな――ッ⁉︎


 ――瞬間、爆速で投擲された鉄筋が、ネメアの後脚に突き刺さった。


「よくやったわ」


 九十九の横を走り抜けた黒月が、アパートから引き抜いた鉄筋を両手に構えて跳躍。

 同時に九十九がアイギスを解除。


「死ねッ」


「ゴビャガッ⁉︎」


 振り下ろされた鉄筋が、ネメアの頭蓋と胸部を貫通してアスファルトに突き刺さった。


 痙攣した後、ネメアは動かなくなる。


 ……訪れる静寂の中、二人の荒い息遣いだけが響く。


「ハァっ、ハァっ、ハァっ、勝っ、た?」


「フゥゥ〜……」


 九十九と黒月は顔を見合わせ、



「……ハハっ」

「……ふふっ」



 互いの健闘を讃えてグータッチした。

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