第3話

「っふぅ〜……助かったぁ」


 汗だくのままその場にへたり込んだ彼を横目に、九十九はドアのロックをかけ直す。

 服装は僕と同じ、腕にはデバイスで、手に持っているのは、……ダンベルか?


 血濡れたダンベルを凝視していた九十九に気づき、彼は軽く笑う。


「お前も何か武器貰ったろ? ほら、その包丁。俺はそれがダンベルだったんだよ」


「あ、ああ、なるほど」


「まぁ相性良かったけどな」と快活に笑う彼に、九十九は深く頭を下げる。


「その、助けてくれてありがとうございます。本当に、死ぬかと思いました」


「ハハッ、やめてくれ。別に助けようとしたわけじゃねぇから。逃げてる途中に鉢合わせちまってさ、仕方ねぇからブッ殺したんだよ。そしたら中から物音がしたからよ」


「声をかけてみたと」


「おう。だから虫がいいのは俺の方だ。ありがとよ」


 ニカッと笑う彼に、九十九も安心する。

 そんなこと明かさなくてもいいのに、律儀な人だな。

 ヤンキーっぽい雰囲気があるが、良い人そうで良かった。


 落ち着きを取り戻す九十九とは裏腹に、彼は立ち上がり、カーテンに背を預けながら窓の外を窺う。


「俺は剣持けんもち。お前は?」


「九十九です」


「うし九十九、俺らで同盟組むぞ」


「はい」


「こっち来てみろ」と手招きされ、九十九も恐る恐る窓の外を見てみる。

 さっき見た時は何もなかったが、――ッ⁉︎

 ……ちょうど今、眼下で人が一人死んだ。


 アスファルトに飛び散る血飛沫が、人工的な太陽光を浴びてドス黒く光る。

 路地裏を走る巨大鼠、電線にぶら下がる巨大猿、逃げ惑っていた人間が、巨大な鳥に攫われて建物の向こうに消えていった。


 ……何だこの地獄絵図?

 固まってしまった九十九を、剣持が軽く叩いて起こす。


「窓から離れろ。バレんぞ」


 九十九は慌てて顔を引っ込め、部屋の中央に戻る。

 頭の中で小さい頃に見た動物図鑑を捲るが、あんな巨大な種類はいなかった。目も完全にキマっていたし、恐らく実験動物。あれと戦えと? 生身の人間が? いや無理無理無理!


 頭を抱える九十九は、しかしそこで思い出す。

 ……そういえばこの人、あの鼠二匹倒してるじゃん。


 ベッドのシーツでダンベルに付いた血を拭いていた剣持は、九十九の視線を受け「何だよ?」と顔を上げた。


「い、いや、あの鼠、どうやって倒したのか不思議に思いまして」


「てか九十九何歳?」


「え? あ、十七です」


「マジかよタメじゃん! 敬語禁止な!」


「あ、はい。じゃなくて、うん」


 調子が狂う。

 バシバシと背中を叩いてくる剣持に、九十九は苦笑する。


「どうやって倒したのかって、そりゃこうよ」


「危なっ……は?」


 剣持の放り投げたダンベルが、直後、あり得ない弧を描いて枕に突っ込んだ。

 カーブとかそういう次元じゃない。今の動きは、完全に物理法則を無視していた。


 口をぱくぱくしながら指を差す九十九を見て、剣持は得意気にダンベルを拾う。


「俺の異能は、投げた物を狙った場所に当てる能力らしい。

 らしいってのは、俺自身さっき分かったからなんだけどな。九十九の異能は? 隠れてたってことは、索敵系か?」


 九十九の目が点になる。

 ……この人は、何を言っているんだ?

 異能? いのー?


 九十九は眉間を揉みながら、「ちょっと待ってね」と剣持を止める。


「その、異能っていうのは……何?」


「……は?」


 今度は剣持がポカンと口を開ける。


「九十九お前、【からす】から何も聞いてないのか?」


「からす?」


 埒が開かないと踏んだ剣持は、「とりあえず座れ」と九十九をベッドに正座させた。


「このゲームに参加してるってことは、招待状は貰ったんだよな?」


「うん。昨日家に届けられてた」


「届けられてた? 手渡しじゃなくて?」


「剣持はそうだったの?」


「ああ。鴉ってのは、このゲームの裏方みたいなもんらしい。

 俺んちは貧乏でな、賞金額とか人生が変わるとか、そういう言葉に目が眩んで招待状を受け取っちまった。まさかデスゲームに参加させられるたぁ思ってもみなかったけどな」


 自虐的に笑う剣持は「まぁんなこといいんだわ」と話を続ける。


「招待状を受け取った後、俺は鴉からこのゲームについての説明を受けた。殺し合いがどうだの、ランキングがどうだの、そこで異能の説明もされたんだよ。

 このゲームの参加者、つまりプレイヤーには、特殊な脳手術が施されるんだとよ」


「の、脳手術⁉︎」


「んで覚醒した異能を上手く使って、ゲームをクリアしてくださいってな感じだ」


「……え、てことは僕も脳手術されて?」


「そりゃそうだろ。ってかお前、そう考えたら前情報なしでデスゲームに参加したのか。イカれてんな⁉︎」


「だから知らなかったんだって!」


 自身の頭皮を漁ると、確かに覚えのない傷を見つける。

 バタバタと洗面所に行き鏡越しに見てみると、そこには既に完治している手術痕が残っていた。


 嘘だろ? 勝手に拉致されて、勝手に脳改造までされたのか? ここ日本だよな?

 ……でもよく考えたら、僕にもあんな能力があるってことになるのか。

 ……あれ? 何かもう逆にワクワクしてきたな。


「ははっ……おうち帰りたい」


「クリアしたらな〜……ん?」


 何かに気づいた剣持が椅子から立ち上がり、壁に耳を当てる。

 項垂れながら洗面所から出た九十九も、手招きされて同じポーズをとった。


「っ⁉︎」


 途端、隣の部屋からうるさいくらいに響いてくる、ガリガリという掘削音。


「気づかれたな。お前がデカい声出すからだぞ」


「っそ、れは、……ごめんなさい」


「嘘だよ。それよりどうする九十九、あいつらドア破れねぇから壁に穴開けるつもりだ」


 九十九は一瞬だけ考え、手に持った包丁を握り直す。


「……倒そう」


「ほぉ、逃げねぇのか?」


 九十九の提案に、剣持も少しだけ驚く。


「現状ここが一番安全だし、追われながら逃げるのは危険だと思う。逃げるのは数を確認してからでいい。三匹以上なら撤退。もし二匹だけなら狩ろう」


 壁を見つめる九十九の目に、覚悟が宿る。

 剣持もそんな彼を見て口角を上げた。


「良いねぇ! 俺の相棒はそうでなきゃ‼︎」


「声大きいって!」


 集中しろ、集中。大丈夫だ。野生の獣は狩ったことあるし、捌いたこともある。

 九十九は一度深呼吸し、ガリガリと音の鳴る壁を睨みつけた。

 ……殺せなかったら殺される。

 まさか生きている中で、こんな物騒な思想にぶち当たるとは思いもよらなかった。


「ギィ‼︎」「キチチチッ!」


 穴が開き、巨大鼠が頭を出した。

 直後、九十九が包丁を振り下ろし、剣持がダンベルをブン投げた。


 ダンベルが直撃した鼠は一撃で絶命するも、異様にすばしっこい動きに九十九の包丁が空振る。

 加えて穴の奥から現れるもう一匹。


「くっ⁉︎」


 マズい⁉︎

 脳裏に過った絶望の間に、直後剣持が割り込む。


「ッ九十九、一匹頼むぞオルァ‼︎」


 巨大鼠を洗面所に蹴り飛ばした剣持が、ダンベルを拾って分断するためにドアを閉めた。

 助かった‼︎ 咄嗟にしては最良の判断だ。僕一人でこれを駆除できるならの話だけど!


「キィッ!」

「っぶな⁉︎」


 飛びかかってきた巨大鼠を間一髪躱し、包丁を振るうも届かない。

 ビビるな! もっと腰を入れろ!


 警戒する鼠に、九十九はジリジリと距離を詰める。

 さっき分かったが、普通じゃないと言っても所詮鼠。一匹一匹の力は大したことない。それに行動パターンも。


「チキキキッ、キィアッ!」


 飛びかかってきた鼠の進行方向に、包丁の切っ先を向けておく。

 案の定自ら刺さりにきた鼠が、眼球から血を撒き散らして床に転がった。すかさず左手で鼠の首を押さえつけ、


「単純で助かるッ!」


 側頭部めがけて包丁を振り下ろした。

 ズプッという生々しい手応えの後、数回痙攣して鼠は動かなくなる。


「ブハァっ、ハァっ、ハァっ」


 今更息を止めていたことに気づき、九十九は鼠から手を離して床に尻餅をついた。

 同じタイミングで洗面所のドアが開き、剣持が走り寄ってくる。


「九十九っ、無事……みたいだな。おぉ、上手くやったなお前」


「はぁ、はぁ、っ⁉︎」


 九十九にギョッとした目を向けられ、血だらけの剣持が軽く笑う。


「ん? あぁ、ハハッ。安心しろ、全部返り血だ。ちょっと引っ掻かれたけどな」


 確かに、ダンベルで殺したらこうなるか。

 サムズアップする彼に手を借り、九十九も立ち上がった。

 二人は呼吸を整えながら、足元に転がる鼠の死体を見下ろす。


「しっかし、こんなデケェ鼠がいるとはな。世界って広いな」


「いるわけないでしょ? 齧歯目の大型種はカピバラとかヌートリアだけど、こいつは更に一回りは大きい。ここの動物も、僕達みたいに改造されているんだよ」


 剣持は鼠の死体を引っ掴み、「じゃあ仲間だな! ハッハッ」と洗面所に投げ入れてしまう。

 ……本当に凄いなこの人。


「で、これからどうするよ九十九?」


「……本音を言うと、本格的に動くのは僕の異能が覚醒してからにしてほしい。このゲームは恐らく、というか確実に、異能がある前提の難易度になっている。

 このままだと、十中八九僕は死ぬ」


「だろうな」


「だけどここで剣持に会えたのは、僕の唯一の幸運だと思う。荷物持ちでも何でもする。だから、見捨てないでくれると有難い。です」


「おういいぜ。で、これからどうするよ?」


 ……?

 あまりにも軽い返事に、九十九は腰を曲げながら顔を上げる。

 そして見てしまった。そんなこと一切気にしていないと言わんばかりの、澄んだ青空のように清々しい瞳を。

 ……何て気持ちの良い人なんだ。


「……剣持、男にモテるでしょ?」


「はぁ? 俺は女好きだぞ? まぁダチは多いけどな!」


 バシバシと叩かれる背中も、何だか癖になってきた。

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