第39話 代行

剣聖の背中を見送りながら、僕は右手に握っていた氷の剣を霧散させた。チリチリと残る冷気が手のひらから消えても、背筋に張り付いた嫌な汗は引く気配がない。


「……行くぞ」

 

 シュピーゲルさんが短く告げ、僕の斜め前――アレスとの間に立つようにして歩き出した。その分厚い背中は普段以上に張り詰めており、彼がいかにあの老人を警戒しているかが窺える。




⬜⬜⬜⬜⬜

 


 アレスの後ろを着いていく僕たち一行の間には、鉛のように重苦しい沈黙が続いていた。

 

 大通りを外れ、閑静な区画へと足を進める間も、先頭を行く老人は上機嫌に鼻歌を歌っている。その後ろ姿を見つめながら、アカリが独り言のようにため息混じりに零した。


「……本当に、昔と変わらず無茶苦茶な人ですね」

 

 その言葉に、僕はふと疑問を覚えた。


「前にゴレムさんが代行者達は全員顔見知りって言ってたけど、アカリとアレスはどういう関係なんだ?」

 

 声を潜めて問い掛けると、アカリは少し困ったように眉を下げた。


「私とアレスは……同じ宗教に所属していたんですよ」


「宗教って……神様とか、そういうのを信仰するあの?」

 

 そういえば、以前彼女のことを『癒しの聖女』とかアレスが呼んでいた気がする。


「ええ、まあ……所属していたといっても、私とアレスは信仰される側でしたけど」


「ん!?」

 

 あまりにも予想外のスケールの答えに、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「昔は今ほど平和ではありませんでしたから。私やアレスのような特異な力の持ち主は、縋るための信仰の対象になっていたんです」

 

 アカリは淡々と過去を語る。言われてみれば、どんな傷でも瞬時に治す魔法と、街ごと両断しかねない規格外の剣技。どちらも神の御業と言われれば、当時の人々が平伏すのも無理はない。


「……ちなみに、アレスはどんな人だったんでしょうか?」

 

 僕が行動を共にしている少女が、かつて神やそれに準ずるものとして崇められていたという衝撃の事実に、思わず敬語になってしまう。


「何で急に敬語なんですか……」

 

 アカリは呆れたように僕をジト目で見た後、再び前を歩く老人へと視線を戻した。


「正直、アレスについてはあまり知りませんよ。あの人は昔から、あちこちで戦ってばかりで、私との絡みなんて殆どありませんでしたから」

 

 なるほど、戦いばかりというのには嫌というほど納得がいく。先ほどの街中での惨劇を思い出して、僕は再び胃が重くなるのを感じた。


「ただ……一つ言えることは」

 

 アカリの声音が、ふっと一段階低くなる。


「一つ言えることは?」


「私は、あの人が嫌いです」

 

 これだけ温厚で優しいアカリが、はっきりと他者に対して『嫌い』と口にするのを初めて聞いた。それほどまでに、かつての剣聖の振る舞いは目に余るものだったのだろうか。


「えぇ……ちなみにその理由は?」

 

 恐る恐る尋ねる僕に対し、アカリは前を歩く剣聖の背中を冷たく見据えたまま、平坦な声で告げた。


「……私は、あの人に殺されましたから」


「は?」

 

 僕の思考が、完全に停止した。


「殺されたって……じゃあ何でアカリは生きて……」

 

 思わず幽霊でも見るかのような目で彼女を見つめてしまう僕に対し、アカリは呆れたように小さくため息をついた。


「……もしかして、ゴレムに何も聞いていないんですか?」

 

 そう言って、アカリは後ろを少し離れて歩くゴレムさんをジロッと睨み付ける。

 

 視線を向けられたゴレムさんは、前後の会話で何があったのか全く理解していないようで、ただただ曖昧な愛想笑いを浮かべてペコリと会釈を返してきた。


「はい。」


「私の勘違いでなければ、プロデューサーはダンジョンの最下層を目指していますよね?」


「はい」


「普通質問しませんか? これから立ちはだかるダンジョンの守護者の正体について」


「はい……おっしゃる通りです」

 

 ぐうの音も出ない正論に、僕は力なく頷くことしかできなかった。

 

 無理もないと言い訳させてほしい。ここ数日の間に怒涛のトラブルが続きすぎたのだ。目の前の出来事を処理するのに必死すぎて、そんな根本的かつ重要な疑問すらすっかり頭から抜け落ちていた。


「はぁ……」

 

 アカリは本日何度目かわからない、ひときわ大きなため息をついた。そして、前を悠然と歩くアレスの背中を一瞥し、周囲に聞かれないようさらに声を落として衝撃の事実を口にした。


「私たち代行者は全員、ダンジョンによって蘇らされたんですよ」


「ダンジョンに……蘇らされた?」

 

 あまりにも予想外の言葉に、僕はオウム返しに問う。


「ええ。私だけではありません。全員一度死んでいます。他の皆がいつ、どうやって死んだのかまでは知りませんけど」

 

 アカリは淡々と、しかし確かな重みを持ってそう告げた。

 

 全員、一度死んでいる。

 

 その事実が、冷たい水のようにじわじわと僕の脳内に染み渡っていく。

 

 淡々とマイペースに歩を進めるゴレムさん。

 

 そして、前方で鼻歌を歌いながら歩く、剣聖アレス。

 

 ――この人たちは全員、ダンジョンが過去から引きずり出してきた死者だというのだ。

 

 全く新しい角度からの恐怖と緊張感に襲われ、再び冷や汗が背筋を伝う。

 

 僕は誰にも悟られないよう、静かに生唾を飲み込んだ。


「とても……信じられない」

​ 

 なんとか絞り出した僕の声は、ひどく掠れていた。

 

 混乱する頭を落ち着かせるため、僕は歩きながら無理やり現在の情報を脳内で整理する。


「……アカリ」

​ 

 僕は前を歩く剣聖に聞こえないよう、さらに声を潜めた。


​「自分を殺した相手と一緒にいて、怖くないのか? それに、恨みとか……」


​「別に嫌い以上の感情はありませんよ。」

​ 

 アカリは即答した。しかしその横顔には、普段の温厚な彼女からは想像もつかないような冷たい光が宿っている。


この物語の続きを書いて下さい


流れは


「私は、この力で多くの命を救ったと自負しています。でもそれと同じ位多くの命を奪いました。」


「間接的な話ではありますけどね。」とアカリが続けて言う


「でも……それは」


「ええ、言われずとも分かっています。これは私のせいじゃない。それでも、私が『死』を根に持つのは虫が良すぎる話でしょう?」とアカリが言う。


 伝わってくる。彼女達が生きていた時代の過酷さ。そして僕と彼女が命に対して持つ価値の違い。


「アカリは……根に持たなきゃ駄目だ。もし出来ないなら僕が変わりに根に持つ。」


 しばらくの沈黙の後、アカリがクスッと笑う。


「な、何で笑うんだよ。」


「だ、だって……変わりに根に持つなんて無茶苦茶じゃないですか。アイドルのプロデューサーというのはそんなことも担当するのですか?」とアカリが肩を揺らしながら問い掛ける。


「いいや、これは『カガミ・アラタ』としての言葉だよ。」


「………それじゃあ、カガミ・アラタさんに私の『復讐』、お願いしますね。」とアカリが笑顔で言う。



⬜⬜⬜⬜⬜



 あれから30分程歩いただろうか。一向に宿に着く気配がない。流石におかしいと思い、前を歩くアレスに問い掛けようとしたところ、今まで後ろに離れて歩いていたコナトスがスピードを上げて僕を追い抜く。


「コナトス?」


 僕の声に振り返ることもなくコナトスはそのまま、アレスに近づいていく。


「おい……爺さん、舐めてんのか?」とコナトスがアレスに問い掛ける。


「ん?何がじゃ?」とアレスが首を傾げる。


「全員長いこと歩かせて悪かったのぉあそこに見えるのがワシの家じゃ!!」とアレスが前方に指を指す。


「はあ!?」









 



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