第二十一話 浮動保管点

 次の一手は、見えていた。


 第四片候補の浮動保管点。

 管理局跡やアンカーと違って、見た目の格も存在感も薄い。

 だからこそ、今まで残っていた可能性がある。

 そしてだからこそ、見つかった瞬間に雑に壊される危険もある。


 大物は奪い合いになる。

 小物は、気づいた奴が黙って持っていく。


 今狙うべきは、明らかに後者だった。


 中央ハブの立体図に、小さな点が一つ浮かぶ。

 第四片候補の一時保管先。

 浮動保管点。


「条件が揃った」


 俺がそう言うと、リェンが表示を見ながらうなずいた。


『“ヴァルガと新勢力、かなり噛み合ってきたものね”』


 実際、外の状況はここ数時間で一段動いていた。


 ヴァルガは管理局跡とベース・ゼロへの圧を維持したい。

 新勢力は、その両方に対する優先権を主張し始めている。

 結果として、互いの中間空域で牽制が積み重なり、局地衝突はもう“偶発”ではなくなっていた。


 ノアが簡潔に状況を整理する。


『ヴァルガ側、軽コルベット二隻のうち一隻を新勢力牽制へ固定。新勢力側は後続艦の到着により、観測軸を管理局跡寄りへ一段押し出しています。結果として、第四片候補浮動保管点周辺の注意密度は現時点で最も低いです』


 ダルクが嫌そうな顔で言う。


『“そういう時に行くのは分かるが、今回も“見るだけ”だよな?”』


「原則はな」


『“原則って言ったな……”』


 その反応も分かる。

 ただ今回は、本当に見るだけで終わる可能性も高い。


 浮動保管点は、その名の通り仮置き場所だ。

 第四片そのものが残っているとは限らない。

 記録か、空箱か、搬送ログだけかもしれない。


 だから目的は三つ。


「一つ目、浮動保管点の実在確認。二つ目、第四片系列の痕跡確認。三つ目、持ち出し可能なら持ち出す。ただし無理はしない」


 エルフィナが少しだけ真顔で念を押す。


『“今回は管理局跡やアンカーほど精密な照会は不要かもしれません。でも、逆に言えば粗い保全しかない可能性があります。雑に触ると、中身ごと失うかもしれません”』


「了解」


『“あと、第四片そのものがなかった場合でも、搬送先変更や第五片関連の断片が残っている可能性があります”』


「そこが本命かもしれないな」


『“はい”』


 今回は同行者を一人だけ付けた。


 リェンだ。


 理由は単純だった。

 浮動保管点が小規模である以上、艦外での短時間作業になる可能性が高い。

 なら、現地で即応できる護衛が一人いた方がいい。


 ダルクは拠点残留。

 ミアも当然残る。

 エルフィナは中央ハブで遠隔補助。


『“死なないでくださいね、二人とも”』


 エルフィナの声は落ち着いているが、本気だった。


「まだ足りないものが多すぎる」


 俺がそう返すと、リェンが小さく笑った。


『“その返し、だいぶ板についてきたわね”』


     ◇


 ヴァルハラ・コアは、ベース・ゼロを離れて外周へ滑った。


 今回はアンカーの時よりさらに地味だ。

 派手な異常反応も、囮の強い匂いも撒かない。

 あるのは、ただの残骸帯を回るような、慎重でつまらない進路だけ。


 それがいい。


 浮動保管点に向かう時は、“何かを探している”と見せる方が危険だ。


『現在、ヴァルガと新勢力の交戦線は管理局跡寄りへ偏移中』


 ノアの報告とともに、ホログラム上の赤と灰青が少しずつ左へ流れる。


『ラグランジュ・リンクスは外縁監視位置を維持。こちらの短時間移動通知は受領済みです』


「反応は」


『“了解。外縁監視の重点を一時ずらす”とのことです』


「ちゃんと義理は通すんだな」


『商売相手候補としては自然です』


 正しい。


 今の関係は、信用ではなく勘定で繋がっている。

 だからこそ、ルールを一つずつ積んでいくのが大事だった。


 浮動保管点候補領域へ近づく。


 正面スクリーンには、小さなコンテナらしき影がいくつか見えた。

 放棄された搬送箱。

 壊れたフレーム。

 散乱した固定具。

 確かに一時保管場所と言われればそう見えるし、逆に言えばそれ以上の価値もなさそうに見える。


「地味だな」


『はい。かなり地味です』


 リェンが補助席から言う。


『“こういうのが一番危ないのよね。見た目がショボいくせに、中身だけ厄介”』


「知ってる」


 まずは通常スキャン。


 何も出ない。

 次に、補助台帳から引いた低位照合。


 それでやっと、一つのコンテナが“ただの金属箱”ではない反応を返した。


『候補反応あり』


 ノアが告げる。


『搬送箱に偽装された保全容器の可能性があります』


「一つだけか?」


『近傍で明確なのは一つです。他は通常残骸に近い』


「当たりだな」


 リェンが装備を整える。


『“降りる?”』


「降りる。短時間だ」


     ◇


 艦外は静かだった。


 管理局跡やアンカーと違って、ここには“場所としての威圧感”がない。

 あるのはただ、忘れられた搬送残骸のような佇まいだけだ。


 だが近づいてみると、一つだけ質感の違う箱がある。


 他のコンテナより表面の劣化が少ない。

 固定爪の位置も微妙に規格外。

 そして箱の下部に、薄く三重円と折線の複合刻印。


『“これね”』


 リェンが小さく呟く。


「たぶん」


 エルフィナの声が通信越しに届く。


『“それ、浮動保管点用の外装偽装箱です。搬送そのものを残骸に見せるためのもの”』


「中に保全容器があるか」


『“可能性は高いです”』


 問題は開け方だった。


 ここは管理局跡ほどの大物ではない。

 つまり照会系も簡略化されているかもしれない。

 だが簡略化されているならされているで、逆に“権限が合わないと何もかも閉じる”危険もある。


「ノア、まずは非接触で」


『実施中……内部空洞あり。二重構造。中心に小型保全容器を確認』


 当たりだ。


「生きてるか?」


『弱いですが電位残存あり』


 つまり死んではいない。


「エルフィナ、どう見る」


『“正式開封は不要だと思います。浮動保管点なら、搬送確認の照会が最優先のはずです”』


「内容確認だけいけるか」


『“やってみます”』


 認証中継器を通さず、台帳断片だけで軽く叩く。

 すると、偽装箱の表面に細い光が走り、一瞬だけ文字列が浮いた。


『応答あり』


 エルフィナが読む。


『“搬送番号……中核系列……第三群……第四片……”』


 そこで中央ハブの誰かが息を呑む音がした。

 多分ダルクだ。


「第四片で合ってるか」


『“はい。少なくとも台帳上はそうです”』


 よし、と思ったその時だった。


 ノアの警告が鋭く響く。


『接近熱源。右舷上方、距離短』


 反射的に顔を上げる。


 遠くない。

 小型艇。

 しかも一機だけじゃない。二、三。


「ヴァルガか?」


『不明。識別が混線しています』


 リェンが銃を構える。


『“見つかった?”』


「偶然かもしれない。けどまずいな」


 ここで撃ち合いになれば、保管箱が危ない。

 しかもこの位置は、ベース・ゼロからも管理局跡からも少し離れている。

 長引かせる場所じゃない。


「中身だけ抜けるか」


 エルフィナが即答した。


『“やれます。でも完全な手順じゃない。保全容器単位で引き抜く形になります”』


「十分だ」


 ノアが補足。


『保全容器は小型。携行可能です』


「やる」


 箱の表面に、今度は少し強めの照会をかける。

 認証中継器の補助を短く通し、“これは搬送の継続だ”と押し切る。


 すると偽装箱の側面がずれ、内部から細長い保全容器がせり出した。


 黒銀色。

 封印筐体“第三”より一回り細い。

 だが同系統だ。


「取った!」


 リェンがそれを掴み、俺が周囲を警戒する。


 その時、接近してきた小型艇群の識別がようやくはっきりした。


 赤ではない。

 灰青でもない。

 白でもない。


「新勢力の偵察艇か」


『その可能性が高いです』


 ヴァルガでもラグランジュ・リンクスでもなく、第三の軍規格崩れ勢力の小型偵察艇。

 最悪ではない。

 だが良くもない。


 向こうがこっちを何と認識したかで、次の盤面が変わる。


「撃つな。艦へ戻る」


『賛成です』


 ヴァルハラ・コアへ飛び戻る。

 保全容器を固定。

 そのまま推進を上げて離脱。


 小型偵察艇は追ってくるが、距離はまだある。

 しかも本気の戦闘隊形ではない。

 偶然寄ったか、薄く掃いていたら何か見つけたか、そんな動きだ。


「ノア、最低限だけ置いていく」


『了解』


 ヴァルハラ・コアは残骸群の一角へ、ごく弱い疑似熱源と古い搬送ビーコンの残骸を混ぜたデコイをばら撒く。

 偵察艇から見れば、“何かを回収した奴”がいたというより、“古い搬送残骸に異常反応があった”くらいの曖昧さになるはずだ。


 そのまま大きく弧を描いて、ベース・ゼロ方面へ戻る。


『追跡は限定的です。敵偵察艇は保管点跡へ注意を向けています』


「なら十分だ」


 今回は戦わない。

 戦わずに持ち帰った時点で勝ちだ。


     ◇


 ベース・ゼロへ戻ると、中央ハブの空気が明らかに変わった。


 俺たちが持ち帰った細長い保全容器を見て、エルフィナは立ったまま動かなくなった。

 やがて、静かに言う。


『“……第四片の可能性が高いです”』


 ダルクが両手で顔をこする。


『“一発で引けたのかよ……”』


「偶然もあった」


『“だろうな。でなきゃ怖い”』


 リェンは艦外装備を外しながら報告する。


『“問題は帰り際に新勢力の偵察艇が寄ってきたことね。たぶん完全には見られてない。でも“あの辺に何かある”くらいは勘づいたかもしれない”』


 それは重要だった。


 第四片候補の浮動保管点は、もう完全な秘密ではないかもしれない。

 少なくとも新勢力側の偵察線が、近傍にかかり始めた可能性がある。


 ノアが冷静に整理する。


『現時点の推定では、新勢力は“局所異常”を認識した可能性があります。ただし、それが鍵束保管点であるとまでは判断していないはずです』


「時間はまだあるか」


『短いですが、あります』


 エルフィナは保全容器の表面を慎重に見ながら言った。


『“すぐに開封したいですが、その前に一つ確認です。第四片だった場合、第三片と中核系列が一致すれば、アンカー照合開始条件の二片目が埋まります”』


「あと一つで三片だな」


『“はい”』


 つまり、大きい。


 これは第四片そのもの以上に、“中核系列の一致を確認できるか”が重要だ。


「今すぐやるか」


 ダルクがうんざりした顔をする。


『“やるんだろうなと思ったよ”』


「確認だけだ。完全開封じゃない」


『“その言い方、最近よく聞くな……”』


 それでも反対はしなかった。

 彼も分かっているのだろう。

 ここで系列一致が取れれば、アンカーを本格的に開く道がかなり現実になる。


     ◇


 第四片候補保全容器の照会は、第三片の時より少しだけ楽だった。


 理由は単純だ。

 同じ浮動保管点系列の保全容器であり、かつこちらにはもう認証中継器と第三片の位相記録がある。


 つまり、“見たことのない箱”ではない。


 認証が通るのも早かった。


『内容照会成功』


 ノアの声に、中央ハブの全員が視線を向ける。


 エルフィナが読み上げる。


『“予備鍵束構成片……識別、第四片……”』


 まずそこは通った。


 次。

 本当に知りたいのはそこだ。


『“中核系列……第三群一致……”』


 沈黙。


 その一瞬あとに、リェンが先に言った。


『“当たりね”』


 エルフィナが深く息を吐く。


『“はい……第三片と第四片は同中核系列です”』


「あと一つ」


『“はい。あと一つで、アンカーの照合開始条件を満たします”』


 その言葉の重みが、中央ハブ全体へ静かに広がる。


 もう遠い話じゃない。

 足りないものはまだある。

 だが今は、確実に手が届く方向へ進んでいる。


     ◇


 その頃、外の勢力図にも変化が出ていた。


 ヴァルガは新勢力の横入りにより、ベース・ゼロへの集中圧力を維持しきれなくなっている。

 新勢力は宙域優位を取りたいが、ヴァルガとのぶつかり合いでこちらへ全力を向ける余裕がない。

 ラグランジュ・リンクスはその外で静かに観測し、時々断片情報を流す。


 結果として、見え始めたのは“暫定勢力圏”だった。


 ベース・ゼロとその近傍は、明らかにこちらの支配圏に近づいている。

 完全ではない。

 だが少なくとも、他勢力が好き勝手に出入りできる場所ではなくなりつつある。


 ノアが、少しだけ硬いが前向きな声で言う。


『艦長。現時点で、ベース・ゼロ周辺の局地支配は実質的にこちらが優位です』


「勢力圏ってやつか」


『暫定的には、そう表現できます』


 リェンが壁にもたれて、少し笑う。


『“たった一隻と寄せ集めで、よくここまで来たわね”』


「まだ途中だ」


『“そうね。でも、最初みたいな“逃げ場”じゃなくなってる”』


 その通りだった。


 ベース・ゼロは、もう逃げ込んだ廃墟じゃない。

 水があり、電力があり、防衛線があり、深部に秘匿区画があり、そして外の連中が“ここを押さえた奴が有利になる”と感じ始めている場所だ。


 それはつまり、拠点が拠点として成立し始めたということでもある。


「次は第五片だな」


 エルフィナがうなずく。


『“はい。ただし、その前に第四片と第三片の系列照合記録をアンカー向けに整理したいです。これがあれば、次の照会で要求できる情報が一段深くなります”』


「やってくれ」


『“もちろんです”』


 ダルクが端末を閉じながら言う。


『“で、結局休めるのはいつなんだ?”』


「全部掘ってからだな」


『“終わらねえじゃねえか……”』


 それもその通りだった。


 でも今は、疲労の中にも確かな前進がある。


 第三片。

 第四片。

 同中核系列一致。

 アンカーへの入口。

 ベース・ゼロ周辺の暫定勢力圏。


 これだけ揃えば、次の一手はかなり強い。


 あとは第五片。

 それをどこから引くかだ。


 開拓ってのは、多分こういう瞬間が一番面白い。


 何もない場所に価値を見つける時じゃない。

 価値が本物だと分かって、でもまだ手の中に収まっていない時だ。

 その不安定さの中で、一歩ずつ自分の領分にしていく。


 たぶん、俺はそういう途中経過が一番好きなんだろう。

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