第二十話 足りない二片

 ベース・ゼロ中央ハブには、妙な熱があった。


 戦闘の熱気とも、発掘の興奮とも少し違う。

 盤面が一段進み、次に何を取りに行くべきかが見えた時の熱だ。


 アンカーは本物だった。

 役割も分かった。

 予備鍵束の真正性確認と汚染検証を行う、中核照合点。


 そして照合開始条件は、同じ中核系列の断片が三片以上。


 今こちらにあるのは、第三片だけ。


 つまり次の課題は、はっきりした。


「第四片と第五片の手掛かりを追う」


 俺がそう言うと、エルフィナがすぐに補助台帳の断片を展開した。


『“正確には、第四片と第五片そのものではなく、“第三片と同系列の追加断片”です”』


「番号が連番でも、系列が違う可能性があるんだったな」


『“はい。旧管理局系の鍵束は、見かけの番号と中核系列が一致しない場合があります”』


 ダルクがしかめ面で言う。


『“嫌な仕様だな……”』


『“盗難や改竄への対策です”』


「使う側からすると面倒だな」


『“その通りです”』


 ノアが補足する。


『現時点の優先解析対象は、前回回収した補助台帳続編です。中核系列を示す識別パターンが含まれている可能性があります』


 リェンは中央ハブ外縁の警戒表示も同時に見ていた。


『“外も止まってないわよ。ヴァルガと新勢力、まだ噛み合ってる”』


 ホログラム上で、赤点と灰青色の点がゆっくりと位置を変えている。

 派手な艦隊戦じゃない。

 だが互いに相手の行動圏を狭めようとする、粘り気のある衝突だ。


 そのおかげで、今はベース・ゼロへの圧がやや薄い。

 つまり解析には向いている。


「今のうちに読む」


『賛成です、艦長』


     ◇


 補助台帳の続編解析は、前回よりさらに厄介だった。


 記録そのものは残っている。

 だが台帳が想定している読者は、おそらく管理局本流の人間か、最低でも正式な補助権限者だ。

 今の俺たちは、拾った鍵と継ぎ合わせた橋で無理やり覗いているに近い。


 つまり、読めても断片。

 それを繋ぐのは、エルフィナの知識とノアの推定、それにこちらの勘になる。


 中央ハブの補助端末へ、黒銀色の記録ユニットが接続される。

 認証中継器を経由し、ノアがノイズを削り、エルフィナが旧字列を追う。


『“ここ……搬送先コード・ゼロの追補記録です”』


 エルフィナの指が空中の断片表示をなぞる。


『“第三片搬送後、同中核系列予備断片の再整理……第四片は一時保管先移送……”』


「一時保管先?」


『“はい。ベース・ゼロではありません”』


 新しい小さな点がホログラム上に浮かぶ。


 アンカーほど遠くはない。

 管理局跡とベース・ゼロの中間より、やや外側。

 だが明確な人工施設としては認識していなかった位置だ。


 ダルクが首をかしげる。


『“そんなところに何かあったか?”』


 ノアがすぐに応じる。


『現在の外部スキャン記録を照合します……該当領域には微小残骸群と、放棄搬送コンテナらしき反応があります。特筆すべき大型構造物は確認されていません』


「偽装だな」


『その可能性が高いです』


 エルフィナが続ける。


『“しかも記録上の扱いは“浮動保管点”です。恒久施設ではなく、一時的な受け渡し場所だったのかもしれません”』


「動く保管庫か、コンテナ偽装か」


『“どちらか、あるいはその両方です”』


 それは悪くない情報だった。


 管理局跡やアンカーのような“大物”ではなく、もっと小さくて見逃しやすい場所。

 敵に見つかっていない可能性が高い。


「第五片は」


 エルフィナが別の断片を追う。


 少しだけ沈黙。

 それから表情が変わった。


『“……第五片は、移送中断”』


「中断?」


『“はい。理由は……“交戦による搬送経路断絶”……”』


 リェンが目を細める。


『“要するに、運べなかった?”』


『“その可能性が高いです”』


「じゃあどこに残った」


『“そこが問題です。記録が途中で切れています。管理局跡側の搬送管理か、別の補助台帳がないと追いきれません”』


 つまりこういうことか。


 第四片は、一時保管先の候補が見えた。

 第五片は、存在は確認できたが場所が飛んでいる。


 悪くはない。

 少なくとも、一つは進む方向ができた。


「まずは第四片の一時保管先だな」


『妥当です、艦長』


 ノアが短くまとめる。


『現時点の最短勝ち筋は、第四片候補の確保、その後にアンカーで第三片と系列照合を行い、必要に応じて第五片の所在を逆算する流れです』


「第五片を先に探すより、アンカーに一度通した方が絞れるかもしれないってことか」


『はい』


 エルフィナも同意した。


『“中核系列が本当に一致しているなら、アンカー側が“不足片”の特徴を示す可能性があります”』


「十分あり得るな」


     ◇


 その頃、外では局地戦がもう一段階進んでいた。


 ヴァルガと新勢力の衝突は、最初の牽制から“資源線と観測線の奪い合い”に変わりつつある。

 互いにベース・ゼロや管理局跡を直接奪うにはまだ踏み切れていないが、その周辺で優位な位置を押さえたい意図が露骨だ。


 ノアが外部図を拡大する。


『新勢力はヴァルガの後方支援線に圧をかけ始めています。対してヴァルガは、管理局跡側での存在感を維持しつつ、ベース・ゼロ周辺の既得圧力も捨てていません』


 ダルクがうんざりした顔をする。


『“両方欲しがって、両方抱えてるから無理が出てるな”』


「そこが隙だ」


 実際、その影響は数字に出ていた。


 ベース・ゼロ周辺の索敵密度が、第二波強襲前より下がっている。

 管理局跡側も、新勢力の牽制を警戒して密な前進ができていない。


 つまり、今この星系では“全力でこちらを潰す余裕がある勢力”がいない。


 これは大きい。


「第四片候補の一時保管点、今なら触れるかもしれないな」


 リェンが頷く。


『“アンカーほど重要と知られていないなら、なおさらね”』


 ただし油断は禁物だ。


 浮動保管点が本当に単なるコンテナ偽装なら、近づいた瞬間に敵の観測に引っかかる可能性もある。

 逆に、今まで見逃されていたのなら、そのまま何も起きないかもしれない。


 こういう小物件は、大物以上に読みづらい。


「ノア、浮動保管点候補への進入予測」


『現時点の衝突域配置を反映した場合、成功率は比較的高いです。アンカーや管理局跡よりも監視軸が薄い』


「いいな」


『ただし、“薄い”だけで“ゼロ”ではありません。ヴァルガの散発的な残骸回収艇が近傍を通る可能性があります』


 そこが嫌なところだ。


 軍艦ではなく、雑多な回収艇の方が、こういう見逃されていたものに偶然触れることがある。


「急ぐ価値はある」


『同意します』


     ◇


 そこで、ラグランジュ・リンクスとの交換条件も少しだけ手直しすることにした。


 理由は単純だ。

 向こうが外縁監視を厚くするなら、こちらも“動く前に、その動きがばれすぎない程度の予告”を出した方が誤認を防げる。


 ただし、何をどこへしに行くかは言わない。


 通信を繋ぐと、例の女性はすぐ応じた。


『こちら《ラグランジュ・リンクス》。状況変化ありましたか』


「少しな。条件を一つ足したい」


『どうぞ』


「こちらが局地的な機動を行う時、内容は伏せたまま“短時間の移動あり”という通知だけ送る。その代わり、そっちも近づく時は同じことをやれ」


 少し間があく。


『範囲は』


「内縁の価値地点周辺に入る時だけだ」


 言葉は濁す。

 だが意味は通じるはずだ。


 相手は少し考えてから言った。


『合理的です。誤認交戦の回避にもなります』


「そういうことだ」


『受けます』


 思ったよりあっさり通った。


 向こうも、多勢力化したこの宙域で余計な撃ち合いは避けたいのだろう。


 そこで、俺は一つだけ逆に訊いた。


「そっちから見て、今の勢力図はどう見える」


 短い沈黙。


『率直に言えば、不安定です』


「分かる」


『ただし、不安定なまま均衡しています。ヴァルガは拠点圧力を維持したい。新勢力は宙域優位を取りたい。あなた方は価値地点を押さえたい。どれも両立しません』


「だからぶつかる」


『ええ。そして、そのどこにも完全優位がない』


 その言葉は、かなり本質的だった。


 今のこの星系は、誰もまだ勝っていない。

 だが、誰かが一つでも大きいピースを手に入れた瞬間に崩れる。


 だから先に取る。

 その前提は、やはり変わらない。


「有益だな」


『そちらも同じです』


 通信を切ると、リェンが言った。


『“白い船、やっぱりかなり冷静ね”』


「冷静で、欲もある」


『“扱いづらいけど、今のところはマシ”』


「そうだな」


     ◇


 中央ハブに戻って、俺たちは次の動きを整理した。


 第四片候補の浮動保管点。

 第五片はまだ所在不明。

 アンカーは照合点として実在確認済み。

 管理局跡は補助制御核との接続が継続可能。

 ヴァルガと新勢力は局地戦を拡大中。

 ラグランジュ・リンクスは限定情報交換と事前通知つきの緩い観測協力へ。


 少し前までは、漂流して命を繋ぐだけで精一杯だったのに、今は完全に“価値ある星系を巡る争奪戦の中心にいる側”だった。


 ダルクが端末を閉じながら言う。


『“で、結局次は第四片候補か”』


「ああ」


『“行くのはいつだ?”』


「早い方がいい。けど、今すぐじゃない」


 ダルクが少し意外そうな顔をした。


「準備は整ってる。でも、もう一回だけ外の戦況が動くのを待つ」


『“どうしてだ?”』


「ヴァルガと新勢力が、もう一段噛み合えば、浮動保管点側はさらに薄くなる」


 ノアがうなずく。


『合理的です。現時点でも成功率は高いですが、戦況がもう一段偏ればさらに有利になります』


 リェンが肩をすくめる。


『“つまり、敵同士でもう少し殴り合ってもらうのを待つのね”』


「そういうことだ」


『“本当に性格が悪いわ”』


「否定はしない」


 エルフィナは新しく抽出した台帳断片を見つめながら、静かに言った。


『“でも、それが正しいです。今の私たちは、急ぐべきだけど慌てるべきではない”』


 いい言葉だな、と思った。


 急ぐべき。

 でも慌てるべきではない。


 この星系に来てから、ずっとその連続だ。


 守るべき場所が増えた。

 掘るべき場所も増えた。

 敵も増えた。

 だがその分、盤面も見えてきた。


 だったら次もやることは同じだ。


 先に読む。

 先に触る。

 先に取る。


 そうやって、こっちの星系にしていく。

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