第二十二話 第五片への線

 ベース・ゼロ中央ハブの空気は、以前より少しだけ落ち着いていた。


 戦いが終わったからじゃない。

 むしろ逆だ。

 戦いが続くと分かっているからこそ、全員が“今のうちに詰めるべきところ”を理解し始めていた。


 第三片。

 第四片。

 しかも同中核系列。


 ここまで来たことで、状況は一気に具体化した。


 アンカーの照合開始条件である三片まで、あと一つ。

 つまり次の課題は、もう曖昧ではない。


「第五片を追う」


 俺がそう言うと、エルフィナが静かにうなずいた。


『“はい。今なら、ただ“探す”のではなく、“どこにあるべきか”を絞って追えます”』


 ダルクが端末を前に座り直しながら言う。


『“前は“どこかにあるかもしれない”だった。今は“同じ系列の残り一片が必要”って分かってる。だいぶ違うな”』


「そういうことだ」


 リェンは外部警戒表示と内部図面を交互に見ていた。


『“ただ、悠長に机に向かってられる時間も無限じゃないわよ”』


「分かってる。だから読む」


 今までの探索で分かったことは多い。

 だが、第五片だけはまだ所在がぼやけている。


 補助台帳の断片では“移送中断”。

 理由は“交戦による搬送経路断絶”。


 つまり、どこかで止まった。

 ベース・ゼロに届かず、アンカーにも入らず、管理局跡にも戻っていない。


 なら、止まった場所には傾向がある。


「ノア、これまでの搬送経路と断絶記録を重ねろ」


『了解です』


 中央ハブのホログラムが切り替わる。


 第三片の搬送線。

 第四片の一時保管先への線。

 管理局跡からベース・ゼロを経由し、さらに外周へ伸びる旧ルートの断片。


 その上に、戦争末期の交戦記録らしき曖昧なマーカーが重ねられる。


 ノアが説明する。


『現時点の推定では、第五片は次の三パターンのいずれかです。第一、一時退避のため別の浮動保管点へ移された。第二、搬送中断地点で隠匿された。第三、搬送体そのものが撃破され、残骸化したまま未回収』


「三つ目が一番嫌だな」


『ええ。探索範囲が急に広がります』


 エルフィナが補助台帳の続きを拡大する。


『“でも、一つだけ材料があります”』


「何だ」


『“ここです。第五片の記録断絶直前に、“代替照合先照会未達”とある”』


「代替照合先?」


『“本来の行き先に行けない時、一時的に別の管理点へ照会を出す手順です”』


 俺はその文字列を見る。


「つまり、運んでいた側は“どこか別の場所へ逃がそうとした”可能性がある」


『“はい”』


 ダルクが口を挟む。


『“なら、完全にランダムな場所で止まったわけじゃないかもしれないな”』


「そうだ」


 ノアがすぐに候補領域を三つ浮かべた。


 ベース・ゼロと管理局跡の中間より少し外。

 観測ブイ群とは別の、古い保守シャフト残骸帯。

 そして第三惑星の影に近い、小型デブリ密集域。


『これらが、現時点で代替照合先として成立しうる候補です』


 リェンが眉をひそめる。


『“また増えたわね”』


「でも、無限に探すよりはいい」


『“それはそう”』


 エルフィナはさらに続ける。


『“もう一つあります。第三片と第四片の系列一致が取れたので、今ならアンカー側へ“不足片の所在照会”に近い質問ができる可能性があります”』


 中央ハブの空気が少し変わる。


「そこまで行けるか」


『“保証はありません。でも、前回までは“照合開始条件未満”でした。今は二片が揃っている。アンカーが完全には答えなくても、“不足片に対する反応傾向”は見せるかもしれません”』


 なるほど。


 今までのアンカー照会は、“あなたは何者か”の入口に近かった。

 だが次は、“こちらは少なくとも二片持っている”前提で問いかけられる。


 それは大きい。


「つまり、第五片を探す前にアンカーへもう一段深く聞く価値がある」


『“はい”』


「よし」


 そう決まると、次の準備も明確になる。


     ◇


 第三片と第四片の照合準備は、これまでで最も慎重な作業になった。


 片方だけならまだ“単体の保管物”として扱える。

 だが二片を同時に扱うとなると、アンカーや管理局側にとっては“統合前の照合対象が現れた”ことになる。


 つまり、下手をすると向こうの警戒度も上がる。


 エルフィナがその点を強調した。


『“今回やるのは、統合ではありません。統合に見せかけてもいけません”』


「違いは?」


『“統合は“鍵として使う前提”。照合は“本物か確かめる前提”。この違いを向こうに誤解されると危険です”』


「つまり、“使わせろ”じゃなく、“見てくれ”と頼むわけか」


『“そうです”』


 ノアが補足する。


『予備鍵束第三片と第四片は、物理的に近づけすぎない方がよい可能性があります。アンカーに持ち込む場合も、別系統の保全状態を維持したまま、照合対象として並列提示するのが安全です』


 ダルクが半分呆れた顔になる。


『“遺跡相手に礼儀作法が多すぎるだろ……”』


「機嫌を損ねたら終わりだからな」


『“それが嫌なんだよ”』


 リェンが静かに銃の点検をしながら言う。


『“で、アンカーへ行く時はまた二人?”』


「多分そうだ」


『“私も行く”』


 即答だった。


 少し考えたが、今回は反対する理由が薄い。


 第三片と第四片を持って行く以上、アンカーでの短時間艦外対応が必要になる可能性は高い。

 しかも今後は、候補地点が増える一方だ。

 現地判断ができる戦闘要員はいた方がいい。


「いい。ただし前より短い」


『“分かってる”』


 エルフィナは遠隔補助。

 ダルクはベース・ゼロの給電安定と深部防衛。

 ミアは生活維持と応急。

 役割はほぼ固まった。


 それ自体が、少し前とは大きく違う。


 最初は全員が漂流直後の寄せ集めだった。

 今はもう、それぞれが拠点のどこを担うか、かなり明確になっている。


     ◇


 その変化は、外から見ても表れ始めていた。


 ベース・ゼロ周辺の小空域では、もう露骨に“こちらの領域”が形成されつつある。

 完全な支配ではない。

 だが、少なくとも他勢力が何の前触れもなく入り込み、好きに動ける状態ではない。


 ノアがその傾向を定量的に示した。


『ベース・ゼロ半径近傍における無許可侵入率は、第二波強襲以前と比較して低下しています』


「要するに?」


『他勢力がこの周辺を“危険な場所”として認識し始めています』


 リェンが口元を少しだけ上げた。


『“いい傾向ね”』


「一番大事だな」


 拠点ってのは、壁があるだけじゃ足りない。

 近づくと面倒だと思わせて初めて、外縁ができる。


 今のベース・ゼロはまさにそこへ入り始めている。


 表層には罠と遮蔽。

 中央ハブには即応防衛。

 深部には秘匿区画と二重隔壁。

 外ではヴァルハラ・コアが高速で介入する。

 それらが積み重なって、“ここに入ると痛い目を見る”という認識ができた。


 ダルクが珍しく少しだけ感心したように言う。


『“ベース・ゼロ、ちゃんと基地っぽくなってきたな……”』


「やっとな」


『“まだボロいけどな”』


「それも味だ」


『“言い換えが雑だぞ”』


 ミアが控えめに報告を挟む。


『“生活用水の循環、さらに安定しました。あと、使っていなかった表層区画の一部も封鎖と再利用の選別が進んでいます”』


 それも大きい。


 生き残る拠点は、戦うだけじゃ持たない。

 水、空気、導線、休める場所。

 そういう基礎があって初めて継戦が成立する。


 エルフィナも静かに周囲を見回して言った。


『“最初にここへ来た時は、ただの避難所にしか見えませんでした。でも今は、ちゃんと“守る価値のある場所”になっています”』


 その言葉は、妙に重かった。


 多分それは、単に設備が増えたからじゃない。

 ここが、鍵束と管理局跡とアンカーを繋ぐ“こちら側の中心”として機能し始めているからだ。


「ベース・ゼロが中核になる」


 俺は自然にそう口にしていた。


 リェンが頷く。


『“ええ。少なくとも今の星系では、ここが拠点で、ここを押さえてる側が一番動きやすい”』


 外ではヴァルガと新勢力が争い、ラグランジュ・リンクスが見ている。

 でも、その内側で情報と物と人が繋がるのは、今のところベース・ゼロだけだ。


 それは十分に“中核”と呼べる。


     ◇


 日の区切り頃、ラグランジュ・リンクスからまた短い通信が入った。


 内容は簡潔だった。


『“外縁監視更新。ヴァルガと新勢力の局地戦はしばらく継続見込み。双方とも、現時点でベース・ゼロ近傍への大規模転進余力なし”』


 いい情報だ。


 しかも、それだけじゃなかった。


『“補足。新勢力側の通信パターンに、旧辺境監察軍系の断片一致あり。正式残存部隊ではなく、流出規格の転用集団と思われる”』


 ダルクが眉を上げる。


『“辺境監察軍崩れか”』


 リェンの表情は少しだけ険しくなった。


『“それ、ヴァルガより質が悪い可能性もあるわね”』


「規律があるならな」


『“ええ。雑な海賊より、手順を知ってる連中の方が厄介よ”』


 確かに。


 ヴァルガは荒っぽい。

 だから読みやすい。

 だが旧軍規格の転用集団は、無茶をやるにしても“意味のある無茶”をしてくる。


 今後、ベース・ゼロか管理局跡へ本格的に目を向けてきたら、かなり面倒だ。


 それでも今は、少なくとも両者が噛み合っている。

 その隙がある。


「今夜のうちに、アンカー照合用の準備を仕上げる」


 エルフィナが頷く。


『“第三片と第四片の並列照合シーケンスを組みます。アンカー側への問いは、一つに絞った方がいい”』


「何を聞く?」


『“不足片の系統特性。つまり、第五片がどのような識別傾向を持つかです”』


「場所そのものを聞くんじゃないのか」


『“いきなり所在地を教えるほど、アンカーは甘くないと思います。でも系統特性が分かれば、候補を大幅に絞れます”』


 それももっともだ。


 今は“答え”そのものより、“答えに近づくための形”が欲しい。


「じゃあそれで行こう」


 ノアが締めるように告げる。


『現時点の優先事項を更新します。第一、第三・第四片を用いたアンカー照合準備。第二、第五片候補の再解析。第三、ベース・ゼロ局地支配の維持。第四、外縁勢力の継続監視』


 全部多いな、と思ったが、もう慣れてしまった。


 やることが山ほどあるのは悪いことじゃない。

 少なくとも、手がかりが何もなかった時よりずっとましだ。


 中央ハブの青白い光の中で、第三片と第四片の保全容器が静かに並んでいる。

 その先にはアンカー。

 そのさらに先には、まだ見えない第五片。


 遠い。

 だが、もうただの勘じゃない。


 線が引けている。

 そして今のところ、その線を一番正しく読めているのは俺たちだ。


 開拓ってのは、多分そういうものなんだろう。

 自分の土地を持つ前に、自分の“線”を持つ。

 何がどこへ繋がり、どこを押さえれば全体が動くのか。

 それを先に知った側が、結局は勝つ。

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