第十五話 第二波

 第二波は、第一波より静かに始まった。


 それがかえって嫌だった。


 ヴァルガ私掠群は前回、数で押して、ドローンをばらまいて、浅い侵入から様子を見た。

 今度は違う。

 動きが少ない。

 だが、その少なさが“絞ってきた”証拠だった。


『敵前衛、動きました』


 ノアの声が中央ハブに響く。


 ホログラム上で、赤点が三本の侵入経路へ細く伸びる。

 小型艇。

 簡易突入機。

 そして、その後ろで火力支援位置を取ろうとする軽コルベット。


『予測通り、突破重点型です。第一波より数は少ないですが、先頭ユニットの装甲と推進力が上がっています』


 ダルクが顔をしかめた。


『“雑魚を減らして本命を混ぜてきたか……”』


「そういうことだ」


 リェンはすでに装備を整えていた。

 光学銃、予備パック、簡易遮蔽展開器。

 護衛責任者というより、もう拠点防衛の現場指揮そのものだ。


『“配置確認。ベイ側第一線に工作ドローン二、中央ハブ前に私とミア。深部導線は隔壁待機。ユウは外?”』


「ああ。外で先頭を削る」


『“深追いはしないで”』


「善処する」


『“信用できない”』


 毎度のやり取りだが、言っていることは正しい。


 今回は、俺が外で欲張りすぎると中が危ない。

 ヴァルガの狙いはもう、ただの荒らしじゃない。

 突破して核心へ届くことだ。


 つまりこっちも、“撃破数”より“遅延”を優先する。


「エルフィナ」


『“はい”』


「本保管区画再突入の準備は」


『“前室台座の再照会手順は整理済みです。ただし、強襲の最中に深部を開けるのは危険です”』


「守りきった直後に行く」


『“その判断なら賛成です”』


 記録柱の解析で、狙うべきものはかなり絞れていた。


 補助台帳の続き。

 残る認証ユニット。

 封印筐体のうち、“第三”か“第四”識別のもの。


 全部は持てない。

 だから外で守りきった後、短時間で再突入し、必要なものだけ奪う。


 ヴァルガが第二波に失敗すれば、しばらく立て直しが要る。

 その隙が勝負になる。


「ノア、外へ出る」


『了解です、艦長』


     ◇


 ヴァルハラ・コアは、ベース・ゼロ外殻の死角から静かに滑り出た。


 前方には、敵第二波の先頭群。


 第一ルートには装甲を増した突入艇二。

 第二ルートには小型艇三と支援ドローン。

 第三ルートには、明らかに囮めいた雑な熱源がばらまかれている。


「三本目は捨てる」


『同意します。本命は第一と第二』


「第一から行く。重い奴を止める」


 突入艇は厄介だ。

 多少撃たれても止まらず、通路や外殻穴へ頭を突っ込んで突破口を作る。

 中に兵か追加ドローンを積んでいる可能性も高い。


 つまり、ベース・ゼロの“入口”そのものをこじ開けるための道具だ。


「正面からは撃たない」


『了解。側面弱点を表示します』


 ホログラム上で、敵突入艇の左右に赤い薄線が浮く。

 外付けの補助姿勢制御ユニット。

 厚い装甲の継ぎ目。

 そこが狙い目だ。


 俺は一度大きく上を取り、残骸の向こうへ消えるふりをする。

 敵突入艇はその間に前へ出る。急がない。だが止まらない。

 この手の連中は“多少の犠牲を払ってでも穴を開ける”前提で動く。


「来い」


 敵がベース・ゼロの割れた外殻へ機首を向けた瞬間、ヴァルハラ・コアを横から差し込む。


 斜め下。

 真正面ではなく、やや腹寄り。


「そこだ」


 ビームを短く、二度。


 一発目で左舷側の補助姿勢制御ユニットを焼く。

 二発目で外装の継ぎ目をえぐる。


 敵突入艇の姿勢がわずかに崩れた。


 それだけで十分だった。


 本来なら真っ直ぐ入れたはずの外殻穴へ、機首角度が少しずれる。

 結果、艇は縁をこすり、火花を散らしながら半分引っかかった。


『敵突入艇一、進入失敗。通路閉塞効果あり』


「よし」


 後続の二隻目が止まりかける。

 それを待っていた。


「レーザー、点で焼く」


 迎撃レーザーを突入艇二隻目の正面センサー群へ集中。

 派手な損傷は与えない。

 だが見えなくなれば、狭い外殻進入はできない。


 敵艇は慌てて減速し、その分だけ進入テンポが崩れた。


『第一ルート遅延成功』


「次、第二!」


 第二ルートの小型艇群は、第一ほど重くない代わりに速い。

 こっちが第一へ集中している隙を突くつもりだろう。


 悪くない。

 だがこっちも読んでいる。


「リェン、第二ルートの入口へデコイ照明一秒」


『“了解”』


 ベース・ゼロ内で光が走る。

 敵小型艇の先頭二機がそちらへ意識を向ける。


 その瞬間に、俺は真正面からではなく“入口の横壁”を撃った。


 古い外殻片と破損フレームが崩れ、小さな破片の雨が第二ルートへ流れ込む。

 大崩落ではない。

 だが高速で入ろうとしていた小型艇には十分嫌な障害だ。


 一機が破片を避けきれずに回転。

 もう一機がそれを避けて速度を落とす。

 後続も詰まる。


『第二ルートも遅延』


「これでいい。殺しきらなくていい」


『はい』


 だがヴァルガも馬鹿ではない。


 後方の軽コルベットがすぐに対応を変えた。

 直接ベース・ゼロへ撃ち込むのではなく、ヴァルハラ・コアの逃げ道を切る位置へ出てくる。


『敵軽コルベット一、艦長を拘束する意図で前進』


「いい判断だ」


『褒めていますか』


「嫌がってる」


 こっちを止めれば、侵入群の成功率が上がる。

 だから相手は俺を追う。

 なら、その意識を利用する。


「ノア、予定通り三番目の残骸溜まりへ」


『了解』


 ヴァルハラ・コアは逃げるように見せかけて、わざと狭いフレーム帯へ入る。

 敵軽コルベットもついてくる。慎重だが、完全には見失いたくないらしい。


 そこへ、ベース・ゼロ側からリェンの報告。


『“第一ルート、侵入艇一隻が外殻に刺さったまま! 第二ルートはハブ外周で足止め中!”』


「いい。深部は?」


『“まだ誰も通してない!”』


「そのまま止めろ!」


 返事と同時に、俺は後ろの軽コルベットへ振り向く。


 正面から殴る必要はない。

 この狭さなら、視界を奪えば十分。


「センサーをもう一回だ」


 ビーム短射。

 敵軽コルベットの艦首上部を浅く舐める。

 相手は即座に反撃してくるが、残骸が厚くて通らない。


 そして次の瞬間、ノアが小さく告げた。


『今です』


 前方の不安定な外殻片を、迎撃レーザーで一点だけ撃ち抜く。


 支点がずれた。


 巨大な金属板がゆっくり――だが敵には十分すぎる速さで――軽コルベットの進路へ滑り込む。

 相手は避けるために大きく後退し、追撃をやめざるを得なくなった。


『敵軽コルベット一、拘束失敗。戦線後退』


「十分だ」


 完全撃破じゃない。

 だが今回必要なのはそこじゃない。


 侵入を止めて、時間を作る。

 それができれば勝ちだ。


     ◇


 第二波は、一時間も続かなかった。


 いや、実時間としてはもっと短い。

 だが中にいたリェンたちにとっては、かなり長く感じたはずだ。


 結果として、ヴァルガは表層の一部外殻区画と使っていない搬送ラインへ小規模侵入を許したものの、中央ハブと深部導線には届かなかった。

 第一ルートの突入艇閉塞が想像以上に効き、第二ルートの遅延と合わせて、全体の波が噛み合わなかったのが大きい。


 中央ハブへ戻った俺を見て、リェンが短く言う。


『“守りきったわ”』


「上出来だ」


 彼女の肩で息は少し荒い。

 だが目は鋭いままだ。


 ダルクは端末を睨みながら吐き捨てる。


『“上出来だが、次はもっと嫌らしく来るぞ。あいつら“深部に届かなかった”って学習したからな”』


「その前に取る」


 エルフィナがすぐ反応する。


『“本保管区画ですね”』


「ああ。今なら第二波直後で向こうも立て直し中だ」


 ここが勝負どころだった。


 ヴァルガは今、戦力を削られ、侵入が失敗し、隊列を立て直している。

 ラグランジュ・リンクスは外からそれを見ている。

 つまり短いが、最も動きやすい隙だ。


「再突入する」


『“今から?”』


 リェンが眉を上げる。


「今だからだ。次の波が来る前に、本保管区画の“芯”を抜く」


 エルフィナは少しだけ考えてから、はっきり言った。


『“賛成です。今が一番ましです”』


 ダルクは不満そうな顔をしたが、反対はしなかった。


『“……じゃあ今回は絶対に取りに行くものを絞れよ”』


「絞る」


 対象は三つ。


 補助台帳の続きに関わる記録ユニット。

 残る認証ユニット。

 封印筐体のうち、“第三”または“第四”識別のもの。


「全部は諦める」


 そう言うと、ノアが珍しくすぐに返した。


『素晴らしい判断です』


「いちいち驚くな」


『艦長の成長を喜んでいます』


 軽く無視して、再突入班を決める。


 俺。

 リェン。

 工作ドローン一機。

 エルフィナは中央ハブで照会補助。

 ダルクは電力と隔壁制御。

 ミアは応急待機。


     ◇


 深部前室は、封鎖後の静けさを取り戻していた。


 隔壁を再び部分解放し、前室台座へ接続する。

 管理局跡まで行かずとも、今回は前回取得した補助核側の継続権限ログと認証中継器がある。

 それが効いた。


『前室継続権限、再認証』


 ノアの声。


『本保管区画への限定再照会、可能です』


「通せ」


 扉中央の三本線が、前回より少し早く光る。

 次いで、細い隙間が開く。


『再開扉成功』


「行くぞ」


 本保管区画は相変わらず静かだった。

 だが今は見るべき場所が分かっている。


 リェンが左手側の保管架台へ向かい、俺は中央台座寄りへ。

 ドローンは後方警戒と簡易搬送。


『“左二、四、確認。こっち二つは記録系”』


 リェンの報告に、エルフィナが即応する。


『“左四を優先してください。それが補助台帳の続きの可能性が高いです”』


 俺は中央台座の側面識別を読む。


 “第三”

 ……違う、これは外装識別だけか。もう一つ。


 その下の封印筐体。

 古い刻印が薄いが、読める。


「第三、ある」


『“回収してください!”』


 エルフィナの声に、珍しく強い緊張が混じった。


 筐体は重い。

 だが持てないほどじゃない。

 前回残したよりは、少し小型のものだった。


「これで一つ」


『“左四、確保!”』


 リェンが細長いユニットを抜き出す。

 同時に、もう一つの認証ユニット候補もドローンが掴む。


 ここで欲張れば終わる。


 そう分かっていたのに、俺の目は一瞬だけ奥の架台へ引かれた。


 そこに、他と違う細長い箱があった。

 黒銀ではなく、白に近い金属色。

 刻印は三重円ではなく、その外側に短い折線が重なっている。


「……何だあれ」


 エルフィナが映像を見て、息を止めた。


『“それ、待ってください”』


「知ってるのか」


『“完全には。でも、見覚えがあります。旧管理局本流ではなく、外部協力権限系の刻印です”』


 ダルクが割って入る。


『“おい、手を広げるな。撤収だろ”』


 その通りだ。


 分かっている。

 分かっているが――


 ノアが静かに言った。


『艦長。推定価値は高いです。ただし撤収優先も正しいです』


 悩む時間は一秒もない。


 俺は決めた。


「識別だけ取る。持たない」


 近づいて刻印を撮る。

 記号列をヘルム表示へ保存。

 それで終わり。


「撤収!」


『“賛成!”』


 リェンとドローンが回収品を抱えて前室へ飛び出す。

 俺も続く。


 その時、中央ハブからノアの声が飛んだ。


『新規通信。ラグランジュ・リンクスから緊急性高の短文です』


「何だ」


『“ヴァルガ後方に新たな航跡。あなた方の敵は、間もなく一つではなくなる”』


 全員が黙った。


 外縁ホログラムに、新しい点が灯る。


 白い艦とは別。

 ヴァルガとも別。

 さらに遠方から、確かにもう一つの勢力が近づいている。


「……早いな」


 エルフィナの声が冷える。


『“台帳の匂いが漏れ始めています”』


 リェンが吐き捨てるように言った。


『“もう時間切れが近いってことね”』


「なおさら、今日の回収は正しかった」


 前室を抜け、隔壁を閉じる。

 回収品は三つ。


 補助台帳の続きと思われる記録ユニット。

 認証ユニット一基。

 封印筐体“第三”。


 十分だ。

 十分すぎる。


     ◇


 中央ハブに戻ると、空気が一段変わっていた。


 第二波を凌いだ達成感は、もうほとんど残っていない。

 代わりにあるのは、状況がさらに大きくなったという実感だ。


 ラグランジュ・リンクスからの追撃通信には、追加情報が添えられていた。


『“新航跡は軍規格寄り。ただし完全な正規軍コードではない。識別偽装の可能性あり。少なくともヴァルガとは別勢力”』


 ダルクがうめく。


『“どんどん悪化してないか?”』


「悪化はしてる」


 でも、と俺は続ける。


「その分、こっちの手札も増えてる」


 エルフィナは新しく持ち帰った記録ユニットを抱えながら、静かにうなずいた。


『“はい。今ならまだ先手があります”』


 リェンが回収した封印筐体を見下ろす。


『“これが開けられれば、もっと見える?”』


『“おそらく”』


 ノアが状況を整理する。


『現時点での要点は三つです。第一、ヴァルガ第二波は失敗。第三波準備には再編時間が必要。第二、本保管区画から追加回収に成功。第三、新勢力接近により、多勢力化が進行』


「つまり、今夜が分岐点だな」


『はい、艦長』


 ラグランジュ・リンクスは、少なくとも今は有益だった。

 情報を流してきたのは、こちらとの交渉余地を残したいからだろう。

 完全な善意ではない。

 だが使える。


 ヴァルガは焦っている。

 新勢力はまだ遠い。

 こちらは追加の鍵と台帳を得た。


 だったら次にやることは一つだ。


「回収品の解析を急ぐ」


 エルフィナが答える。


『“やります”』


「それから、ラグランジュ・リンクスには一段だけ情報を返す」


 リェンが目を細める。


『“どこまで?”』


「ヴァルガの背後に新勢力が来るのを、こっちも認識した。これだけだ」


『“向こうに借りを返す形ね”』


「貸し借りを曖昧にしない方が、こういう連中とは話しやすい」


 ノアが小さく補足した。


『関係固定としては妥当です』


 中央ハブの青白い光が、静かに揺れる。


 ベース・ゼロは、もう完全に“争点”になった。

 廃墟の隠れ家ではない。

 鍵束が眠り、台帳が埋まり、複数勢力が寄ってくる場所だ。


 なら、やることは変わらない。


 守る。

 掘る。

 読み切る。

 そして、先に手を打つ。


 宇宙開拓ってのは、たぶん資源採掘だけじゃない。

 価値の生まれる場所で、一番先に秩序を作った奴が勝つんだ。

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