第十四話 白い船との交渉

 ベース・ゼロ中央ハブには、戦闘の余熱がまだ残っていた。


 外殻の数か所は焦げ、浅い侵入を許した通路では焼けたドローン片がまだ回収されきっていない。

 深部前室へ続く経路も、隔壁を落とした影響で導線が少し変わった。

 だが、それでも拠点は生きていた。


 水は回っている。

 電力も落ちていない。

 中央ハブも深部も、まだこちらの手の内にある。


 そして何より、今回は持ち帰ったものがあった。


 黒銀色の記録柱二本。

 正式な運用器である認証中継器一基。


 たったそれだけでも、戦果としては十分すぎる。


「まずは読む」


 俺は中央ハブの補助端末群の前に並べられた記録柱を見る。


 表面は滑らかで、継ぎ目が少ない。

 機械というより封印された棒状の遺物みたいな見た目だ。


 エルフィナは少し疲れた顔のまま、しかし目だけは冴えていた。


『“物理的には無傷です。よくこれを戦闘の最中に持ち帰れましたね”』


「リェンが頑張った」


『“護衛責任者だから当然よ”』


 そう言いながらも、リェンはどこか得意げだった。


 ダルクが端末ケーブルを調整する。


『“認証中継器の方は本物だとしても、記録柱まで素直に読ませてくれるかは別問題だぞ”』


『その通りです』


 ノアが即座に応じる。


『旧管理局系の記録媒体は、未認証環境では自己封鎖する可能性があります。直接接続は推奨しません』


「じゃあどう読む」


 エルフィナが認証中継器へ手を伸ばした。


『“まずこれを橋にします。記録柱へ直接触るのではなく、中継器を“正しい場所っぽく”見せるんです”』


「偽装するわけか」


『“厳密には、足りない権限を“それらしく補う”だけです”』


 便利な言い換えだが、やっていることはなかなか危ない。


『“ただし一度に全部読むのは無理です。まずは柱ごとの役割判別から。補助台帳か、鍵束関連か、監査記録かで扱いが変わります”』


「優先は?」


『“補助台帳”』


 即答だった。


『“鍵束そのものの中身より先に、何がどこへどう分散されたかを示す台帳が欲しい。今の私たちには全体像が足りません”』


 それはもっともだ。


 鍵そのものを拾っても、使い方が分からなければ意味がない。

 逆に台帳があれば、足りないものや次に掘るべき場所が見える。


「やろう」


     ◇


 解析は、思った以上に神経を使う作業だった。


 認証中継器を中央に置き、その左右に記録柱を一本ずつ接続補助架台へ固定する。

 ノアが信号のノイズを削り、エルフィナが位相を補正し、ダルクが電圧の揺れを押さえる。


 見た目は地味だ。

 だがやっていることは、たぶん古代の金庫を現代のバッテリーと拾い物の鍵で開けようとしているようなものだ。


『第一記録柱へ低位照会開始』


 ノアが告げる。


 中継器の表面に淡い線が流れる。

 続いて記録柱の先端にも同じ線が走り、一瞬だけ、細かな文字列が空中に浮かぶ。


『反応あり』


 エルフィナが息を詰める。


『“役割判別……ええと……これは……”』


 少し間があく。


『“補助搬送台帳です”』


「当たりか」


『“はい。しかも、かなり重要な部類です”』


 中央ハブに簡易投影が展開される。


 旧字列の並び。

 座標断片。

 保管先コード。

 移送履歴。


 完全に読めるわけではない。

 だが断片でも十分に意味がある。


『“見てください”』


 エルフィナが幾つかの項目を指し示す。


『“ここに、保管先コード“ゼロ”への搬送履歴がある。そしてその前段に、“第三外縁補助制御棟経由”の記録もある。つまり、管理局跡とベース・ゼロは直接つながっていた”』


「やっぱりか」


『“はい。さらに……”』


 彼女の指が別の項目をなぞる。


『“予備鍵束のうち、少なくとも五片以上がこの星系を経由しています”』


 ダルクが眉をひそめる。


『“五片以上?”』


『“全部がここに残っているとは限りません。でも、運ばれたのは確かです”』


 それだけでも十分だ。


 この星系は、ただの辺境補助点じゃない。

 予備鍵束の物流ノードだった。


 ノアが補足する。


『加えて、搬送台帳に“追加入力保管先コード・アンカー”という記述があります』


「アンカー?」


 エルフィナの目が細くなる。


『“固定保管点、あるいは最終退避先の可能性があります”』


「この星系内か?」


『“可能性は高いです”』


 リェンが壁にもたれたまま言う。


『“つまり、まだ他にもあるってことね”』


「ベース・ゼロだけじゃ終わらないかもしれないな」


 嬉しくはないが、悪くもない。


 掘る場所が増えるのは危険だ。

 だが同時に、先に掘れた側が主導権を取れる。


 第二記録柱にも接続する。


 今度は反応が少し鈍い。

 中継器の位相が合いにくいらしく、エルフィナの額に汗が滲む。


『“これは……監査系……いえ、違う。権限移譲記録?”』


「読めるか」


『“断片なら”』


 浮かび上がった記録は、台帳ほど整理されていなかった。

 だがそのぶん、生々しい。


『“封鎖発令後、上位管理者不達……代理封印……現地協力権限を一時発行……”』


「現地協力権限」


 嫌な予感がした。


『“つまり、正規の管理局人員だけじゃなく、この星系で協力した別主体がいた可能性があります”』


 リェンが眉を上げる。


『“採掘基地の外見を被せるための協力者?”』


『“その可能性があります”』


 ダルクがうめく。


『“ますます普通の採掘拠点じゃないな……”』


「協力した別主体ってのは、国家か? 企業か? 現地勢力か?」


『“まだ分かりません。でも、少なくとも旧管理局単独で全部を隠したわけではない可能性があります”』


 それはつまり、今後この星系に来るかもしれない“別勢力”が、完全な部外者とは限らないということでもある。


 昔から縁がある連中かもしれない。


 面倒だな、と素直に思った。


     ◇


 記録柱の解析がひと段落した頃、白いラグランジュ・リンクスから再び通信が入った。


 今度は前より踏み込んでいた。


『“こちらは観測を継続中。私掠勢力の強襲傾向、旧規格反応、局地防衛拠点の存在を確認した。相互不利益の回避のため、限定交渉を提案する。通信のみ可。座標秘匿可。所属秘匿可”』


 リェンがすぐ言う。


『“かなり譲ってきたわね”』


「向こうも欲しいんだろ。情報が」


 ノアが整理する。


『ラグランジュ・リンクスは、現時点で“深入りしすぎる前に関係を固定したい”と考えている可能性があります。こちらが敵か味方か、少なくとも“話の通じる相手か”を確認したいのでしょう』


「じゃあ話すか」


 ダルクが顔をしかめる。


『“本当に?”』


「今は敵を増やしたくない」


『“それはそうだが……”』


 エルフィナが静かに言う。


『“話すなら、私のことは出さないでください”』


「当然だ」


『“管理局跡や本保管区画の中身も”』


「そこも当然」


 見せるのは最低限。

 だが全く何も見せないのも逆効果だ。


 交渉で一番まずいのは、価値があるのに価値がないふりをして、逆に“不自然な隠し事がある”と悟られることだ。


「方針はこうだ」


 俺は短く整理する。


「この星系には私掠勢力がいる。古い異常信号もある。こっちは現地で自衛中。これだけは認める」


「その上で、そっちがヴァルガへ付かないなら、局所的な不干渉は歓迎する、と伝える」


 リェンがうなずく。


『“悪くない。あくまで“友好”じゃなく“不干渉”ね”』


「そう。まだ信用はしない」


 通信は音声のみ、映像なしで繋いだ。

 ノアが経路を二重三重にぼかし、発信源の特定を難しくする。


 数秒後、相手の声が響いた。


『こちら《ラグランジュ・リンクス》。通信確立に感謝する』


 声は女性だった。

 若すぎず、老けすぎず。

 落ち着いている。

 商売人か、交渉役の声だ。


「こっちも短く行く。そっちは中立を名乗っているが、この宙域で何を見てる」


『旧規格由来の航路異常、ならびにその周辺で生じる勢力衝突です』


「ずいぶん綺麗な言い方だな」


『事実です。私たちは価値のある場所に、価値に応じた距離で近づきます』


 なるほど。


 正直でいい。

 要するに“儲かるなら行く”ということだ。


「じゃあ、今の距離は?」


『まだ売買も契約も成立していない距離です』


 少しだけ笑いそうになった。

 上手い返しだ。


「ヴァルガに付く気は?」


『現時点では低いです。あの種の私掠群は、長期契約相手として信用に値しません』


「こっちは?」


 少しだけ間があった。


『現時点では、評価中です』


「正直で結構」


『あなた方も同じでしょう?』


「当然だ」


 沈黙の中で、お互いに相手の温度を測る。


 向こうは敵じゃない。

 だが味方でもない。

 今のところは、それで十分だ。


「一つだけ確認する。旧規格異常の調査は、単独判断か? それとも後ろに依頼主がいるのか?」


『両方です』


 即答だった。


『私たちは独立契約船団ですが、価値のある遺構や航路異常には複数のスポンサーが関心を示します。現時点で特定の一勢力へ独占報告する義務はありません』


 危険だが、使いようはある。


 つまり向こうは、“高く売れる方に転ぶ余地”を残している。

 逆に言えば、こちらが条件を作れば、少なくとも即敵対は防げるかもしれない。


「今は取引しない。だが不干渉なら歓迎する」


『こちらも、無益な交戦は望みません。ただし――』


「ただし?」


『この宙域の価値が一定以上と判断されれば、私たちも観測距離を縮めます』


「それはそうだろうな」


『その時、話の余地が残っていることを期待します』


「覚えておく」


 通信はそこで切れた。


 リェンが腕を組み直す。


『“悪くない相手だけど、やっぱり面倒ね”』


「面倒だ。でも分かりやすい」


『“どこが?”』


「値段で動く奴は、理念で動く奴より読みやすい」


 エルフィナが静かに言う。


『“その代わり、高く売れる側へ行きます”』


「だから、こちらと話す価値を切らさないようにする」


 今のところは、それで十分だ。


     ◇


 交渉が終わる頃には、ヴァルガの第二波準備もかなり見えていた。


 ノアが中央ハブへ新しい予測図を出す。


『ヴァルガ第二波強襲の特徴は、第一波より“深く、狭く、速い”と予測されます』


「具体的には」


『小型艇とドローンの数は減る代わりに、侵入ルートを三本以下に絞る可能性が高いです。つまり、飽和ではなく突破重点に切り替えると考えられます』


 ダルクが嫌そうに呻く。


『“学習しやがったか……”』


「一回目で外側を削られたからな。次は通路を抜きに来る」


『はい、艦長』


 それなら対策も変わる。


「防衛再編だ」


 ホログラムのベース・ゼロ内部図を切り替える。


「今までの主防衛線は、ベイ周辺と中央ハブ前だった。次からは深部導線も同格に扱う」


 リェンがすぐ乗る。


『“二重防衛じゃなく、三重防衛ね”』


「そうだ。外殻、ハブ、深部前室」


「敵が浅く入るなら外で止める。抜かれたらハブで削る。それでも深部へ行くなら、前室で殺す」


 言い方は物騒だが、必要な話だ。


 ダルクが端末上で配線図を広げる。


『“深部前室へ補助灯とセンサーを増やすのはいい。でも電力喰うぞ”』


「切る場所は」


『“表層居住区の一部と、使ってない搬送ラインだな”』


「切れ」


『“即答かよ”』


「優先順位だ」


 ミアもすぐ動く。


『“生活用水ラインは維持します。代わりに再処理の余剰部分を抑えます”』


「頼む」


 エルフィナは記録柱の断片を見ながら言った。


『“本保管区画をもう一度開くなら、次はもっと短時間で目的物を絞るべきです”』


「候補は?」


『“補助台帳の続き。残る認証ユニット。封印筐体のうち、識別記号が“第三”か“第四”のもの”』


「全部は無理だな」


『“だから絞るんです”』


 その通りだった。


 欲しいものは山ほどある。

 だが持ち帰れるものには限界がある。

 戦場での発掘は、結局“何を諦めるか”でもある。


 ノアが最後にまとめる。


『現時点の戦略優先順位を更新します。第一、ベース・ゼロ防衛。第二、本保管区画の再開封準備。第三、管理局跡補助核との継続接続。第四、ラグランジュ・リンクスとの関係固定』


「妥当だな」


『なお、艦長の嗜好を反映すると、第二と第三が不当に上がる傾向があります』


「余計なこと言うな」


『事実です』


 リェンが吹き出す。


『“否定しないのね”』


「否定できない」


 中央ハブの青白い光の下、ベース・ゼロはまた少しだけ戦う基地らしくなっていく。


 外では私掠群が二度目の牙を研ぎ、横では白い船が値踏みを続け、内側では古い鍵束の痕跡が少しずつ形を持ち始めている。


 状況はどんどん重くなる。

 だがそのぶん、この星系の価値もはっきりしてきた。


 ここを取れれば大きい。

 逆に失えば、全部を持っていかれる。


 ならやることは決まっている。


 守って、掘って、必要なら交渉して、それでも来るなら叩き返す。


 開拓者ってのは、結局そういう生き物なんだろう。

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