第十三話 封印扉の向こう側

 ベース・ゼロ中央ハブには、戦闘前夜と発掘前夜が同時に来ていた。


 外ではヴァルガ私掠群が包囲を強襲へ切り替えようとしている。

 内では、本保管区画の封印扉がついに“開けられるかもしれない”段階まで来ている。

 さらに外縁には、白い単独艦ラグランジュ・リンクスが静かに観測を続けている。


 状況だけ見れば最悪に近い。


 だが、盤面は読める。

 だからまだ勝負になる。


「順番を確認する」


 俺は中央ハブに三層のホログラムを出した。


「第一段階。管理局跡の補助制御核へ再接続して、前室の代理権限を安定化させる」


 管理局跡の位置が薄く青く点灯する。


「第二段階。本保管区画の封印扉へ照会を通す。開扉は最小限、最悪でも中の情報だけ取る」


 ベース・ゼロ深部の前室が強調される。


「第三段階。ヴァルガが動いたら、防衛線へ移行。深部優先で守る」


 赤い敵艦影が、残骸帯内の侵入ルートに重なって映る。


 リェンが腕を組んだまま言う。


『“つまり、扉を開けてる最中に敵が来ても驚かないって前提ね”』


「そういうことだ」


『“最悪”』


「分かってる」


 ダルクも端末越しに渋い顔をした。


『“しかも今回は管理局跡とベース・ゼロ深部を同時に触るんだろ。電力も神経も足りないぞ”』


「だから限定接続だ。全起動はしない」


 エルフィナが補助端末を見ながらうなずいた。


『“補助制御核から引くのは、照会系の最低限だけで十分です。強く繋げば便利ですが、その分だけ危険が増えます”』


「つまり今日の合言葉は“欲張るな”だな」


『“そうです”』


 ノアが、どこか微妙な間を空けて言った。


『艦長にとって最も難しい命令かもしれません』


「失礼だな」


『事実です』


 否定しづらいのが腹立たしい。


     ◇


 今回は二正面作業だった。


 俺はまずヴァルハラ・コアで管理局跡へ出る。

 艦内にはエルフィナを乗せ、補助制御核への照会を担当させる。

 ベース・ゼロ側にはリェン、ダルク、ミアが残り、深部前室の準備と防衛を行う。


 管理局跡までは、前回と違って敵の目が増えている。


『ヴァルガの中型艦一隻が管理局跡外周を広く監視中です』


 ノアの報告に、俺はスクリーン上の赤点を見た。


「気づき始めてるな」


『確信はまだないと思われますが、“何かある”とは認識しています』


「なら逆に、まだ引っかけやすい」


 ヴァルハラ・コアを直進させず、一度大きく残骸帯の裏へ回す。

 途中で短い疑似熱源を二か所へ撒き、別方向へ艦が動いているように見せる。


『デコイ展開完了。敵中型艦、片方の反応に一時注意を向けました』


「今だな」


 影を縫うように管理局跡の接続港へ潜る。


 前より雑にできない分、神経を使う。

 だがこういう薄氷の進入は、嫌いじゃない。


『接続港影へ到達。外部視認率低下』


「よし」


 俺は前回と同じ補助制御核の部屋へ急ぐ。

 円柱端末は相変わらず眠そうに微光を保っていた。


『“今回は、起こすというより“同じ相手だ”と思わせるのが大事です”』


 エルフィナの声が通信で届く。


『“補助核にこちらを敵と判断させないこと。それが最優先”』


「了解」


『照会開始』


 ノアが低出力で第一照会を流す。

 前回通した波形に、エルフィナの鍵の位相補正を少しだけ重ねる。


 円柱表面の細いラインが、一筋、二筋、三筋と順番に光った。


『応答あり。補助制御核、前回記録との照合を開始』


「通れ」


 少しの沈黙の後、ノアが告げた。


『継続権限、限定承認』


 エルフィナが小さく息を吐く。


『“よかった……これで前室の代理権限照会をもう一段押せます”』


「ベース・ゼロへ中継」


『送ります』


 その瞬間、ベース・ゼロ深部前室の回線が繋がる。


 リェンの声が入った。


『“こっちは準備完了。前室台座も待機状態に入ってる”』


 ダルクのぼやきも続く。


『“電圧が揺れたらすぐ言えよ。こっちは綱渡りなんだ”』


「落とすなよ」


『“落としたくてやるか!”』


 よし、と心の中で言う。


 盤面がつながった。


     ◇


 ベース・ゼロ深部前室。


 中央ハブからの中継映像で、前室の様子がヴァルハラ・コア側にも共有される。

 台座。

 壁面収納架台。

 そして奥の本保管区画扉。


 エルフィナが、落ち着いた声で手順を刻む。


『“第一照会。前室保管権限の継続確認”』


 台座が淡く光る。


『“第二照会。補助制御核からの認証同期。これはまだ扉ではなく、前室側の照合です”』


 ノアが同期波を流す。

 台座表面に細かな文字列が浮かび、一瞬だけ消える。


『前室側、継続許可を確認』


「次だな」


『“はい。ここからが本番です”』


 エルフィナの声に、さすがに硬さが出た。


『“本保管区画へ、正式開扉ではなく“内容照会を伴う限定確認”を投げます。扉が認めれば少し開きます。認めなければ沈黙、あるいは封鎖強化です”』


「やれ」


 前室の空気が張り詰める。


 リェンとダルク、それにドローン二機が扉前で待機。

 俺は管理局跡側で補助核の反応を監視。

 ノアが両者を繋ぐ。


『本保管区画、限定照会開始』


 何も起こらない。


 一秒。

 二秒。

 三秒。


 その間が妙に長く感じた。


 やがて、扉中央の三本線のうち一本が光る。

 続いて二本目。

 少し遅れて三本目。


『応答あり』


 ダルクが息を呑む音が聞こえた。


 次の瞬間、重く静かな音とともに、扉中央に細い隙間が走った。


『開いた!』


 リェンの声が低く弾む。


 ただし全開ではない。

 人一人が横向きでようやく通れる程度。

 それでも十分だった。


「中の反応は」


『空洞あり。高密度物体複数。自律兵器反応は現時点でなし』


「入る」


『艦長、こちらは管理局跡です』


「分かってる。リェン、お前が先だ」


『“了解”』


 前室映像で、リェンが慎重に扉の隙間へ滑り込む。

 ドローン一機も続く。


 数秒後、彼女の声が返ってきた。


『“……当たりよ。とんでもない当たり”』


 映像が切り替わる。


 そこは本当に保管区画だった。


 広くはない。

 だが無駄のない、静かな円形室。

 壁面には複数の保管架台。

 そのうち半分以上は空だが、いくつかにはまだ細長い黒銀色のユニットが収まっている。管理局跡で見た補助記録柱に似ているが、もっと厳重だ。中央には封印容器じみた台座まである。


 エルフィナの呼吸が乱れた。


『“予備鍵束保管筐体……それに、補助台帳ユニット……”』


「本物か」


『“はい。本物です”』


 ダルクが半ば放心した声を漏らす。


『“もう笑うしかないぞこれ……”』


「笑ってる暇があったら数を見ろ」


『“ああ、分かってる!”』


 リェンが保管架台を確認する。


『“残ってるのは六基。うち三基は封印筐体、二基は記録柱、一基は……何これ?”』


 エルフィナが即座に答えた。


『“携行認証中継器です。門制御局と現地運用者のあいだで権限を受け渡す時に使うもの”』


 それも当たりだ。


 情報だけじゃない。

 運用物まで残っている。


 だが、その喜びに浸る暇はなかった。


『艦長!』


 ノアの声が鋭く変わる。


『外部変化。ヴァルガ私掠群、行動開始です』


「来たか」


 ホログラム上で、赤点が一斉に動く。


 軽コルベット二。

 小型艇多数。

 ドローン散布。

 包囲線の一部を捨てて、ベース・ゼロ方向へ圧を集中し始めている。


『強襲第一波と判定。ベース・ゼロ進入経路に小型艇八、簡易ドローン十二以上。後方から軽コルベット二隻が火力支援位置へ接近中』


「予想より早いな」


『はい。管理局跡近傍の注意分散ではなく、“今なら何か掴める”と読んで前へ出たようです』


 つまり連中も焦っている。


「リェン、本保管区画は?」


『“全部は無理。でも持ち出せるものはある!”』


「最優先は記録柱だ。次に認証中継器。封印筐体は無理なら残せ」


 エルフィナがすぐ補足する。


『“記録柱のうち、左から二番目と四番目を優先してください。補助台帳の可能性が高いです”』


『“了解!”』


 ダルクが怒鳴るように言う。


『“中央ハブとベイの防衛線、もう起動してる! でも深部まで敵が来る前に撤収しろ!”』


 俺は一瞬で決めた。


「ノア、管理局跡離脱。ヴァルハラ・コアをベース・ゼロへ戻す。強襲第一波を外から削る」


『了解』


 エルフィナが静かに言った。


『“……本保管区画は?”』


「全部取るのは後だ。今日は生きて帰る」


『“はい”』


     ◇


 ヴァルハラ・コアは管理局跡の接続港を蹴り出した。


 狙うのはベース・ゼロへ向かう第一波の横腹。


 ヴァルガの小型艇群は残骸帯内の複数ルートから進入しつつある。

 数で押し、ドローンで目を潰し、通路へ兵を流し込むつもりだ。


「ノア、ベイへ最短じゃない。侵入群の外周を舐める」


『了解。迎撃優先機動』


 まず先頭の小型艇二隻。

 狭所進入前で速度を落としている。


「そこだ」


 ビーム短射。

 一隻目の機首センサーを焼き、続けて二隻目の推進器を削る。二機とも進入タイミングを崩し、後ろの艇群が詰まる。


『侵入列前部混乱』


「ドローン群は?」


『散開中。ベース・ゼロ外殻の複数穴へ向かっています』


「ベイ側に寄るやつから潰す」


 ヴァルハラ・コアを半回転させ、外殻に沿って滑らせる。

 浮遊ドローンがこちらへ気づいて細かな射撃を始めるが、火力は軽い。数だけだ。


 迎撃レーザーを走らせる。


 赤い線が三、四、五とドローンを貫く。爆ぜた破片が外殻へ散る。


『ドローン六機排除』


「まだ多いな」


『ですが侵入タイミングは遅延しています』


 その間に、ベース・ゼロ内部ではリェンたちが撤収を進めていた。


『“記録柱二基確保! 認証中継器一基確保! 封印筐体は重い!”』


 リェンの報告に、俺は即答する。


「筐体は残せ。深部隔壁を落とせるか」


『“いける!”』


 ダルクが被せる。


『“前室まで戻れば落とせる! ただし一度閉じたら、次に開ける手順がまた面倒になるぞ!”』


「生きてから考える!」


『“了解!”』


 ベース・ゼロ深部の映像で、リェンとドローンが黒銀色の記録柱二本を抱え、前室へ飛び出してくる。認証中継器らしき箱型ユニットも一つ回収済み。


 その後ろで、本保管区画の扉がまだ細く開いていた。

 惜しい。

 だが今は閉じるしかない。


「急げ!」


『“分かってる!”』


 その時、外ではヴァルガの軽コルベット二隻が支援位置を取った。

 一隻はベース・ゼロ外殻の穴へ火力を流し込み、もう一隻は残骸帯の逃げ道を監視している。


『敵軽コルベット、火力支援開始』


「片方を引きつける」


 正面から行けば不利。

 だから一度ベース・ゼロの反対側へ回り、相手に“こちらを追えば撃てる”と思わせる。


 予想通り、一隻が食いついた。


『敵一隻追撃へ移行』


「よし」


 そのまま残骸峡谷へ飛び込む。

 相手も入る。慎重だが、完全には止まれない。


 狭所へ引き込み、回転外殻と壊れたフレームの密集地帯へ誘導。

 そこで急制動。


 敵は慌ててビームを撃つが、射線は残骸に吸われる。

 逆にこちらは、止まった相手の横腹を取れる。


「一発で十分だ」


 ビームを浅く、しかし長く走らせる。

 敵軽コルベットの側面外装と推進補助ラインが焼け、機動が大きく鈍る。


『敵軽コルベット一、運動性能低下』


「沈めなくていい。邪魔しろ」


 次の瞬間、そいつのすぐ前にあった外殻片へ、迎撃レーザーを短く撃ち込む。衝撃で姿勢を崩した外殻片が敵艦の進路へ流れ込み、軽コルベットは回避のために大きく後退した。


『敵一隻、戦線離脱』


「よし」


 その間に、ベース・ゼロ内部からダルクの声が響く。


『“深部前室、撤収完了! これから隔壁を落とす!”』


「落とせ!」


 鈍い振動が、艦内通信越しにすら伝わる気がした。


 深部前室の外扉。

 さらに手前の通路隔壁。

 二枚が連続で閉鎖される。


『深部封鎖成功』


 リェンが荒い息で報告する。


『“記録柱二、認証中継器一、回収完了。中央ハブへ向かう”』


「十分だ」


 まだ終わっていないが、大きい。


 本保管区画は取り切れなかった。

 だが空手でもない。

 核心へ触れる手がかりを、ちゃんと持ち帰れた。


     ◇


 強襲第一波は、最終的に完全成功しなかった。


 ヴァルガはベース・ゼロ表層の複数外殻へドローンを取りつかせ、小型艇も数機が浅い侵入に成功した。

 だが中央ハブまで届く前に、既設センサーと隔壁、リェンたちの迎撃で大半を失った。


 ヴァルハラ・コアが外から侵入列を乱し、さらに一隻の軽コルベットを戦線から外したことで、相手の波状攻撃も続かなかった。


 中央ハブへ戻った時、全員の顔には疲労が濃かったが、それ以上に“守りきった”という色があった。


 リェンが壁にもたれながら、回収した記録柱を見た。


『“……本当に持って帰れたわね”』


「上出来だ」


 ダルクは腕を押さえながら端末へ向かう。


『“上出来だけど、次はもっと面倒だぞ。ヴァルガは“中に何かある”って確信を強めたはずだ”』


「だろうな」


 エルフィナは回収品の前で、珍しく言葉を失っていた。

 やがてそっと、認証中継器の表面を見つめる。


『“これ……正式な運用器です。複製品じゃない”』


「そんなに重要か」


『“重要です。これ単体で門は開けません。でも、管理局跡の補助核と組み合わせれば、“権限の橋渡し”ができます”』


 それは大きい。


 つまり本保管区画を全部開けきれなくても、もう次の一手に必要な部品は一部手に入ったということだ。


「記録柱は読めるか」


『“時間はかかります。でも、やります”』


 その時、ノアが新しい通信を拾った。


『白いラグランジュ・リンクスから入電。“先ほどの交戦を観測した。私掠群の行動変化を確認。貴勢力が旧規格遺構に関与している可能性について、限定的な対話を再提案する”』


 中央ハブに、少し冷えた沈黙が落ちる。


 向こうも見ていた。


 当然だ。

 ヴァルガの強襲が起き、こちらが守り、しかもその最中に管理局跡周辺でも動きがあった。

 調査屋なら、点を線で結び始める。


 リェンが低く言う。


『“本当の立場、見えてきたわね”』


「完全な中立観測船なら、ここまで食いつかない」


『その通りです、艦長』


 ノアが淡々と続ける。


『現時点でラグランジュ・リンクスは、“状況観測者”から“価値評価者”へ移行しつつあります。まだ敵対ではありませんが、単なる傍観者でもありません』


 つまり、商人か、回収屋か、交渉屋だ。


 良く言えば柔軟。

 悪く言えば、値段次第でどちらにも転ぶ。


「なら、向こうに“こちらと話す方が得だ”と思わせる必要があるな」


 エルフィナが静かにうなずいた。


『“ええ。でも、手札の見せ方を間違えると危険です”』


「分かってる。見せるのは“価値”じゃなく“交渉余地”だ」


 リェンが苦笑した。


『“だいぶ板についてきたじゃない、異世界交渉”』


「やりたくてやってるわけじゃない」


『“でも嫌いじゃない”』


「それは否定しない」


 中央ハブの青白い光が、ゆっくり明滅する。


 ベース・ゼロは守った。

 本保管区画には触れた。

 記録柱と認証中継器も持ち帰った。

 ヴァルガは焦りを深めた。

 ラグランジュ・リンクスは、ついに本格的に探りを入れてきた。


 状況は複雑になった。

 だが同時に、こちらの手札も増えた。


 何も持たずに追われていた頃とは違う。

 今は拠点があり、価値があり、敵と交渉相手を選ぶ余地まである。


「次は回収品の解析と、白い艦との対話だな」


 ノアが答える。


『はい、艦長。加えて、ヴァルガ第二波強襲の備えも必要です』


「当然だ」


 俺は本保管区画から持ち帰った黒銀色の記録柱を見る。


 細い。

 静かだ。

 だが、その中にはこの星系の価値をさらに塗り替える情報が入っているかもしれない。


 開拓ってのは、結局こういうものだ。


 土地を見つけて、守って、掘って、必要なら戦って、時には交渉して。

 価値を価値として成立させるまでが仕事だ。


 なら、まだまだこれからだった。

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