第十二話 ゼロ保管区画

 ベース・ゼロ中央ハブの空気は、前日までとは少し違っていた。


 緊張は増している。

 だが、それだけじゃない。


 この拠点の内部に、ただの資材や水や隠れ場所ではない、もっと大きな何かが眠っている。

 その確信が、全員の目つきを変えていた。


 前室保管所。

 予備鍵束搬送待機室。

 保管先コード・ゼロ。


 ここまで材料が揃えば、もう“たまたま妙な廃墟に逃げ込んだ”とは言えない。


 ベース・ゼロそのものが、隠された目的を持つ施設だった可能性が高い。


「今日の優先は三つ」


 俺は中央ハブの立体図を開いた。


「一つ目。本保管区画を開く準備」


 深部の前室が青く強調され、その奥の未開領域が灰色で表示される。


「二つ目。ラグランジュ・リンクスの白い艦との探り合い」


 外縁にある白点が浮かぶ。


「三つ目。ヴァルガの動きの変化を読む。あいつらが包囲を捨てて強襲に切り替えるなら、その前兆が出るはずだ」


 リェンがうなずく。


『“順当ね”』


 ダルクは端末を覗き込みながら、露骨に嫌そうな顔をした。


『“順当だけど、全部面倒だな”』


「今さらだろ」


『“今さらだから言うんだよ……”』


 エルフィナは前室記録の断片を整理した新しい投影を表示した。


『“本保管区画を開くには、少なくとも三つ必要です”』


「聞こう」


『“第一に、管理局跡の補助制御核から取った照会波形の安定化。第二に、この施設側の前室権限の継続保持。第三に、私の認証鍵に対する位相補正です”』


「一番危ないのは」


『“第三です”』


 即答だった。


『“私の鍵は本来、完全な上位権限ではありません。しかも管理局本体ではなく、補助制御核から引いた不完全な応答を使っています。つまり、正規の扉に対しては“半端な身分証”に近い”』


「通るかもしれないし、弾かれるかもしれない」


『“はい。それに、弾かれ方が悪いと封鎖が強化されます”』


 ノアが補足する。


『加えて、本保管区画が独立した自律防衛機構を持っている場合、開扉試行そのものが侵入警報になる可能性があります』


「前回みたいに“少しだけ開く”では済まないわけだ」


『その可能性が高いです、艦長』


 なら無計画には触れない。


 まず必要なのは、開ける前に周辺を整えることだ。


「前室への給電は?」


 ダルクが端末を操作しながら答える。


『“仮設ならいける。ただし深部まで通すと他区画の電圧が落ちる可能性がある。今のベース・ゼロはまだ余裕が少ない”』


「管理局跡と並行でやるのは無理か」


『“無理じゃないが危ない。どっちかが跳ねると両方死ぬかもしれん”』


「じゃあベース・ゼロ優先だな」


 ここに本当に予備鍵束の一部があるなら、管理局跡より近くて守りやすい。

 今この状況で、わざわざ敵に近い管理局跡を深く掘るより理にかなっている。


「よし。本保管区画開扉の準備に入る。ただし今日は無理に開けない。前室周辺の安定化と、防衛線の構築までだ」


『了解です、艦長』


     ◇


 前室までの経路は、昨日の探索で安全確認が進んでいた。


 今日はそこへ仮設ケーブルと補助センサーを伸ばし、もし本保管区画で異常が起きても即座に後退できるようにする。


 俺、リェン、ダルク、工作ドローン二機。

 エルフィナは中央ハブから照会補助。

 ミアはベース・ゼロ表層で生活維持と応急対応。


 深部通路を進みながら、リェンがぼそりと言う。


『“こういうのって、大体ろくなことにならないのよね”』


「知ってる」


『“知ってて入るの?”』


「知らないままにしておく方が後で死ぬ」


『“それはそう”』


 前室保管所へ入ると、昨日と同じく静かだった。

 だが今は、ただの秘密の部屋ではなく“触るための現場”に見える。


 工作ドローンが前室入口周辺へ小型センサーを設置し、ダルクが台座の近くへ簡易補助端子を組む。俺とリェンは奥の本保管区画扉の周囲を確認した。


 扉そのものには継ぎ目がほとんどない。

 円形に近い重厚な構造で、中央に細い縦線が三本。

 前室外扉より明らかに強い。


『“これ、物理的には絶対開けたくないわね”』


「同感だ」


『“爆薬でも無理そう”』


「そういう話をするとノアが嫌な顔しそうだな」


『聞こえています、艦長。非常に嫌です』


 ダルクが後ろから言う。


『“前室の補助電位は安定した。台座の記録読みに支障はない”』


「よし」


 まずは本扉の真正面からではなく、前室側の補助記録をさらに読む。

 正面突破より、周辺手がかりを積んだ方が安全だ。


 エルフィナの誘導で、台座の側面にある見えにくいパネルへアクセスする。そこには短い記録断片がいくつか残っていた。


『“搬送記録の続きがあります……”』


 彼女の声が通信越しに届く。


『“予備鍵束第三、第四、第五片……封鎖命令受領後、保管先ゼロへ移送……補助管理者不在につき、代理権限で封印……”』


「代理権限?」


『“正規管理者が来られなかった時に、限定権限者が封印だけ行った可能性があります”』


「じゃあ逆に言えば」


『“封印は強いけれど、開封権限が完全ではないかもしれません”』


 それは重要だった。


 正規の最上位権限で閉じられたなら、今の俺たちではまず無理だ。

 だが代理封印なら、補助核とエルフィナの鍵の組み合わせで揺さぶれる可能性がある。


「開く目はあるな」


『あります。ただし慎重に』


 そこまで聞いたところで、ノアが外部状況を割り込ませる。


『艦長。白いラグランジュ・リンクスから新しい通信です』


「内容は」


『“不安定宙域内に複数の古い規格信号を観測。現地に調査意思あり。交戦回避のため、局地的な情報交換を提案する”』


 リェンが眉をひそめる。


『“情報交換。都合のいい言葉ね”』


「ようするに“そっち何を知ってる”ってことだ」


『“こっちも同じこと聞きたいけどね”』


 確かに。


 向こうが完全に敵だとは限らない。

 だが善意の観測船でもない。

 情報は欲しいが、こちらの手札は見せたくない。


「返答は保留だ。まずこっちから探る」


 俺は前室を出ながら考える。


 相手が本当に独立契約船団なら、利益で動く。

 つまり現段階では、どちらにつくか決めていない可能性が高い。


 だったら、今は“価値があるが危険でもある宙域”だと思わせるのがいい。

 完全に閉め出すとヴァルガ側へ寄るかもしれない。

 逆に手の内を見せすぎると足元を見られる。


「ノア、匿名性を保ったまま返せる情報は」


『この星系に私掠勢力が展開中であること。局所交戦が継続中であること。旧規格由来の不安定信号が散発していること。この三つなら、こちらの核心に触れず共有できます』


「それで返す」


『了解しました』


 短い返信を送る。


 “本宙域では私掠勢力と局地交戦中。旧規格異常あり。軽率な接近は非推奨。必要なら観測距離を保て”


 要するに、危ないぞ、とだけ言う。


 相手が本当に慎重な調査屋なら、そこでどう動くかに性格が出る。


     ◇


 中央ハブへ戻ると、ヴァルガ側の動きにも変化が見えていた。


 赤点の配置が、これまでの“広く薄い包囲”から、“局所的な集中”へ少しずつ変わり始めている。


「来たな」


 リェンも同じものを見ていた。


『“ええ。これ、包囲だけじゃないわ”』


 ホログラムを拡大する。


 ヴァルガの軽コルベット二隻が、ベース・ゼロ正面ではなく、残骸帯内の進入経路へ近づいている。さらに小型艇やドローンの出し入れも増えた。


 これは単なる監視強化じゃない。


 突入準備だ。


「包囲だけじゃ埒が明かないと判断したか」


『その可能性が高いです、艦長』


 ノアが冷静に分析する。


『指揮艦損傷後、ヴァルガの行動は短期決着志向へ傾いています。加えて管理局跡への注意も向いているため、“今のうちにベース・ゼロを物理確保したい”と考えても不自然ではありません』


「強襲なら、こっちの土俵だな」


 ダルクが嫌そうな顔をする。


『“その言い方だと嬉しそうに聞こえるぞ”』


「嫌いじゃない」


『“正直だな……”』


 実際、広域包囲より強襲の方が対処しやすい面がある。


 相手が集まれば、地形と罠が効く。

 通路を絞り、隔壁を落とし、侵入方向を固定できる。

 少数防衛にはその方がありがたい。


 ただし問題もある。


「強襲が来る前に、本保管区画の前室だけでも防衛拠点化する」


 リェンがすぐに反応した。


『“賛成。もしベース・ゼロの核心がそこなら、中央ハブと同じくらい重要になる”』


「二重防衛だな。表層はハブとベイ。深部は前室」


『はい、艦長』


 さらに、白い艦への対応も必要だった。


 少しして、ラグランジュ・リンクスから返信が返る。


『“警告受領。こちらも私掠勢力の存在を確認。現時点で交戦介入の意思なし。観測距離を維持する。ただし、旧規格信号に関する限定情報交換には引き続き関心あり”』


 リェンが小さく鼻を鳴らす。


『“欲張りね”』


「でも馬鹿ではない」


 相手はすぐに近寄らなかった。

 ヴァルガとこちらの両方を見ている。

 つまり現段階では、“手を出す前に値踏み”している。


「この返しなら、まだ交渉余地はある」


 エルフィナが静かに言う。


『“はい。少なくとも、即座に敵へ回る種類ではなさそうです”』


「だったら利用できるかもしれない」


『“漁夫の利を狙う相手を?”』


「狙わせる利を調整するんだよ」


 ヴァルガと白い艦を完全に敵同士へする必要はない。

 だが互いに信用しない状態を維持できれば、それだけでこっちの圧は減る。


 これはもう、宇宙戦だけじゃない。

 交渉と誤認と牽制の戦いだ。


     ◇


 その日の終わりまでに、ベース・ゼロはさらに変化した。


 深部前室への導線に補助灯が入り、仮設センサーが増設される。

 本保管区画前には即席遮蔽が置かれ、もし扉が開いた瞬間に何か出てきても対応できるよう射線が整理された。

 中央ハブと深部前室の間には専用通信ラインまで引かれ、ノアの中継精度も上がった。


 そして外では、ヴァルガがますます落ち着きを失い始めていた。


 小型艇の出撃回数増加。

 残骸帯内の強行ルート探索。

 前衛艦の接近角度の変化。


 どれも、“近いうちに仕掛ける”側の動きだ。


『艦長』


 ノアが最後の状況整理を映す。


『ヴァルガ私掠群は、次の二段階行動を取る可能性が高いです。第一に、ドローンまたは小型艇による飽和侵入。第二に、その結果を踏まえたコルベット級による限定強襲』


「だろうな」


『ラグランジュ・リンクスは距離維持を継続。ただし観測精度を上げています』


「向こうも舞台の立ち上がりを見てるわけだ」


『はい』


 エルフィナは前室記録の断片と、管理局跡のログを並べていた。


『“本保管区画の開扉は、次の試行で可能性があります”』


「条件は」


『“管理局跡補助核からの再照会が必要です。それと、前室台座を介した代理権限の継続認証。今のままなら、一度なら扉へ“正当な問い合わせ”を通せるかもしれません”』


「次が勝負か」


『“はい”』


 リェンがそこで軽く息を吐いた。


『“つまり、こういうことね。ヴァルガが強襲を始める前に、こっちは本保管区画を開けたい。でも開けるには管理局跡にも触らなきゃいけない”』


「そうだ」


『“しかも白い艦は横から見てる”』


「そうだな」


『“最悪ね”』


「最高に面倒だ」


 でも、悪くない。


 目の前にある問題は大きい。

 だが全部つながっている。

 管理局跡、ベース・ゼロ本保管区画、ヴァルガの焦り、新勢力の値踏み。


 盤面としては読みやすくなってきた。


「次は先に扉を開ける」


 俺は深部前室の位置を強調表示した。


「その前にヴァルガが来るなら、叩き落とす」


 白い艦の点を見て、さらに続ける。


「ラグランジュ・リンクスには、まだ何も渡さない。ただし敵にしない」


 ノアが静かに答えた。


『了解です、艦長。状況は不安定ですが、主導権はまだこちらにあります』


「失う気もない」


 中央ハブの青白い光が、ゆっくり明滅する。


 ベース・ゼロは今や、外から包囲され、内に秘宝を抱え、横から観測者に覗かれている。

 なのに不思議と、追い詰められている感じは前より薄かった。


 掘る場所が見えたからだ。

 守る意味が明確だからだ。

 そして敵が焦り始めているからだ。


 開拓ってのは、結局こういう瞬間が面白い。


 価値ある場所を見つけて。

 それを誰より早く掴んで。

 殴りに来る連中より一手先に動く。


 たぶん、俺はそういうのが昔から好きだったんだろう。

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