第十一話 ベース・ゼロの深部
ベース・ゼロは、外から見れば相変わらずただの半壊した採掘ステーションだった。
崩れた外殻。
止まった回転リング。
割れた搬送ベイ。
漂うスクラップ。
だが今の俺には、その見え方が少し変わっていた。
水処理層。
鉱滓保管庫。
局所電源。
防衛に使える通路構造。
そして管理局跡との位置関係。
それらが偶然ここまで噛み合っているのだとしたら、出来すぎている。
もしエルフィナの推測通り、管理局側が“予備鍵束”かそれに類するものを別経路へ退避させていたなら。
その隠し場所として、外見上は価値の低い採掘拠点を使うのは十分あり得た。
「今日は内側を掘る」
中央ハブの立体図に、ベース・ゼロ内部構造を投影する。
これまで使ってきたのは表層だけだ。
ベイ、中央ハブ、水処理層、鉱滓保管庫、簡易居住に転用できる一部区画。
だがその下には、まだかなりの未踏領域が残っている。
ダルクが端末を覗き込みながら言った。
『“採掘ステーションなら、深部は機関補助層、精錬系統、廃棄物処理、あとは保守シャフトだ。普通は面白いものはない”』
「普通ならな」
『“その前置きがつく時点で嫌な予感しかしない”』
リェンが肩をすくめる。
『“でも、管理局跡の話が出た今だと、確かに調べないわけにはいかないわね”』
エルフィナは補助端末の前で、ベース・ゼロの古い系統図と管理局跡の断片記録を照合していた。
『“完全な証拠はありません。でも、この施設には変な点があります”』
「どこだ」
『“水処理層の容量です”』
ミアが反応した。
『“私も思ってました。採掘ステーションの規模に対して、タンクがやけに大きいんです”』
エルフィナがうなずく。
『“それに、局所電源の冗長構成も過剰です。辺境採掘施設なら、ここまで二重三重に分けないことが多い”』
ノアが補足する。
『加えて、中央ハブから機関補助層へ向かうルートの一部で、図面上と実測に食い違いがあります。壁厚が不自然に大きい区画があります』
それだな。
「偽装隔壁か、隠し区画か」
『可能性はあります、艦長』
探索班は絞った。
俺。
リェン。
ダルク。
ドローン二機。
ノアは当然全域支援。
エルフィナは中央ハブで図面照合と鍵関連の断片解析。ミアは生活維持と負傷者対応。
「危険確認優先。隠し区画があっても、いきなり開けるな」
『“了解”』
『“はいはい。どうせまた何か出るんだろ”』
「出る前提で行くのが大事だ」
『“嫌なベテラン感だな……”』
◇
深部へ向かうルートは、表層より明らかに荒れていた。
照明はほぼ死んでいる。
通路幅も狭く、ところどころ潰れている。
古い配管や補助フレームがむき出しで、磁着ブーツでも足場を選ぶ必要があった。
『前方、大気なし。構造安定度やや低』
ノアの表示がヘルム越しに流れる。
『左壁側を推奨します。右側は内部空洞の可能性あり』
言われた通り左寄りに進む。
すぐ横で、右側床板の一部がぱきりと割れて、暗い下層へ細かな破片が落ちていった。
『“危な……”』
ダルクが顔をしかめる。
『“こんなとこ、よく昔の作業員が使ってたな”』
「使ってなかったかもな」
『“どういう意味だ?”』
「表向きは採掘施設でも、普段は封鎖してた経路かもしれない」
実際、妙だった。
この通路には摩耗が少ない。
普通の保守経路なら、もっと擦れ跡や搬送痕があっていい。
それが薄いということは、使用頻度が低いか、あるいは“ごく限られた者しか使わなかった”か。
やがて、問題の壁厚異常区画に着いた。
一見すると何の変哲もない曲面隔壁だ。
だがノアの投影では、その向こうに図面にない空隙がある。
「ここか」
『はい、艦長。表層材の向こうに、高密度の二重壁と空洞反応があります』
ダルクが工具スキャナを当てる。
『“採掘施設の標準材じゃないな。少なくとも後付けか、別用途の材質だ”』
リェンが銃を下げたまま周囲を警戒する。
『“開ける?”』
「いや、まず仕組みを見る」
偽装隔壁には大きく二種類ある。
単純な“壊して開ける壁”と、正しい手順でしか開かない壁だ。
後者なら、無理やりこじ開けた瞬間に中身ごと駄目になる可能性がある。
「ノア、接点探査」
『表面走査中……微弱な導通パターンを確認。右下、配管の陰です』
埃と金属粉の下に、細い溝が隠れていた。
手袋越しに払うと、そこに小さな三重円の刻印。
管理局跡で見た紋章に近い。
「やっぱりか」
通信越しに、中央ハブのエルフィナが即座に反応した。
『“待ってください。その形、開閉認証かもしれません。鍵なしで触らないで”』
「了解。どうする」
『“表層接触だけでいいので、ノア経由で形状と導通を送ってください”』
映像を送る。
数秒。
それからエルフィナの声が、少しだけ強張った。
『“これ、採掘施設の隠し倉庫ではありません”』
「何だ」
『“旧管理局系の封印扉です”』
空気が変わる。
ダルクが呻く。
『“おいおい……”』
リェンが小さく息を吐く。
『“当たりすぎでしょ、この廃墟……”』
「開けられるか」
エルフィナはすぐには答えなかった。
たぶん慎重に言葉を選んでいる。
『“完全には無理です。でも、補助照会ならできます。強制開扉ではなく、“まだ生きている権限の有無”を問い合わせる程度なら”』
「やる価値はある」
『“あります。ただし、失敗すると扉が完全自閉する可能性があります”』
「成功率は」
『“低くはありません。管理局跡の補助制御核が半覚醒したおかげで、こちら側の位相参照が少しだけ通しやすくなっています”』
なるほど。
外の管理局跡と、こっちの隠し扉がつながっているわけだ。
「じゃあやる」
『“わかりました。ノア、管理局補助核の取得ログから、最低権限照会波形を再構築します”』
『了解しました』
狭い通路の中で、俺たちは息を潜めて待った。
見た目には何も変わらない。
だがヘルム表示では、ノアがごく低出力の信号を扉へ流しているのが見える。
一秒。
二秒。
三秒。
そして、隔壁の三重円刻印が淡く光った。
『応答あり』
ノアが告げる。
次の瞬間、偽装隔壁の表面が音もなく左右へ数センチずつずれた。
完全には開かない。
だが中央に、人一人がようやく通れる程度の隙間が生まれる。
『“通った……”』
エルフィナの声には、はっきり驚きが混じっていた。
「中があるな」
隙間の向こうは暗い。
だがただの物置ではないのが、空気で分かった。
温度。
材質。
空間の整い方。
古いが、明確に“意図されて隠された部屋”だ。
「入るぞ」
『構造安定、現時点では問題なし』
ノアの確認を受け、俺が先頭で滑り込む。
続いてリェン、ダルク、ドローン。
中は小部屋ではなかった。
円形の前室。
壁面には収納架台。
中央には低い台座。
奥へ続く、さらに分厚い内扉。
しかも、表層の廃墟具合と違って保存状態が良い。
塵は積もっているが、機材配置が崩れていない。
「これは……」
ダルクが呆然とする。
『“完全に別施設じゃないか”』
リェンが壁面の収納架台を見る。
そこには空のスロットが並んでいた。
何か細長いユニットを収めていた跡だ。
管理局跡の保管庫で見た補助記録柱に似ている。
『“持ち出された後?”』
「あるいは退避済みだな」
中央台座に近づく。
表面に刻まれているのは、やはり三重円と断線弧の紋章。
『“前室保管所……”』
エルフィナが読み上げる。
『“予備鍵束搬送待機室……そう書いてあります”』
全員が黙った。
当たりどころじゃない。
ここは、予備鍵束そのものではないにせよ、それを中継・保管・搬送するための前室だ。
「つまりベース・ゼロは……」
『“偽装搬送拠点だった可能性が高いです”』
エルフィナの断言に、背筋が冷えた。
採掘基地のふりをした、旧管理局系の隠し中継拠点。
水処理層や冗長電源が過剰だった理由もつながる。
長期潜伏と秘密搬送を想定していたのなら、全部説明がつく。
ダルクが力なく言う。
『“俺たち、ものすごい場所に逃げ込んでたんだな……”』
「結果オーライだ」
『“でかすぎるオーライだよ……”』
その時、ノアが新しい表示を出した。
『台座内部に微弱電位。ローカル記録装置が残っている可能性があります』
「読めるか?」
『物理破壊なしで試せます』
『“やってください”』
エルフィナの声が即座に入る。
『“前室記録なら、搬送先や最終経路の断片が残っているかもしれません”』
ノアが台座へ接続波を送る。
今回は管理局跡から得た補助照会波形がある。
さっきより通りがいい。
台座表面に薄い光が走り、空中へ短い文字列が浮いた。
読めない旧字列。
だがエルフィナが息を詰める気配が伝わる。
『“読めます……”』
「何て?」
『“搬送記録、最終更新……封鎖前三日……”』
少し間があく。
『“予備鍵束第三片、第四片、第五片……搬送先変更……保管先コード……ゼロ……”』
「ゼロ?」
エルフィナの声が震える。
『“ベース・ゼロは、ただの搬送経由点ではありません”』
嫌な予感が確信に変わる。
『“保管先コード“ゼロ”――この施設自体が、予備鍵束の分散保管先だった可能性があります”』
前室の空気が凍る。
つまり、ベース・ゼロのどこかにまだある。
少なくとも予備鍵束の一部、あるいはそれに準ずる何かが。
「奥の扉の向こうか」
『その可能性が高いです、艦長』
「開けられるか?」
今度はノアではなく、エルフィナが慎重に答えた。
『“今は危険です。前室は開いた。でも本保管区画はもっと強い権限が必要なはずです。無理に触ると封鎖されるかもしれません”』
俺は舌打ちを飲み込んだ。
目の前に宝があるかもしれないのに、まだ手が届かない。
だが焦って壊すのは最悪だ。
「今日はここまでだな」
リェンがうなずく。
『“正解。欲張る場面じゃないわ”』
ダルクも珍しく即賛成した。
『“俺もそれに一票だ。こういうのは、あと一歩で全部駄目になる”』
その通りだ。
今日は発見だけで十分すぎる。
◇
ベース・ゼロ中央ハブへ戻ると、状況は少し変わっていた。
ミアが先に駆け寄ってくる。
『“外の白い艦影、近づいてます”』
新勢力の単独艦だ。
中央ハブの表示には、ヴァルガの赤点群とは別に、白い一隻が映っていた。
慎重に。
明らかに様子見しながら。
しかし確実に、この星系へ寄ってきている。
「識別は」
『まだ未確定です』
ノアが答える。
『ただし、ヴァルガ私掠群の通信パターンにも、セルナート連邦の一般軍規格にも一致しません。独自コード、もしくは強く改変された規格の可能性があります』
「単独で来る時点で、ただの巡回じゃないな」
『同意します』
リェンがホログラムを見る。
『“ヴァルガも気づいてるわね。赤点の一部が白点を牽制するように動いてる”』
「いい傾向だ」
『“そうね。敵同士なら”』
エルフィナが前室から持ち帰った記録断片を整理しながら言う。
『“もし相手が私を追ってきた連邦系の捜索艦なら、識別信号を送れば味方になる可能性もあります”』
「逆に内通側なら?」
『“最悪です”』
「だろうな」
だから軽々しく名乗れない。
この状況で一番まずいのは、予備鍵束の匂いまで含めて情報を渡してしまうことだ。
「まず探る」
俺は白点の進路を拡大する。
相手はヴァルガにも、ベース・ゼロにも、管理局跡にもまだ直接突っ込んでいない。
外縁をなめるように観察している。
その動きは、海賊というより調査寄りだ。
だが調査船が武装していないとは限らない。
「通信を待つか、こっちから軽く揺さぶるか……」
ノアが提案する。
『こちらから匿名の短距離疑似ビーコンを流し、反応を見る方法があります。“救難”でも“航路警告”でもなく、単なる異常観測信号です』
「素性を隠したまま、相手の対応を見るわけか」
『はい』
悪くない。
相手が慎重なら、観測に来る。
乱暴なら無視して進む。
事情を知っている側なら、規格の断片に反応するかもしれない。
「やろう」
『了解』
ノアが送ったのは、旧門管理局系と通常宙域観測信号の中間みたいな、曖昧な短波信号だった。
意味は薄い。
だが“知っている者には引っかかる”ように調整してある。
数分後、白い艦影に反応が出た。
『返信あり』
中央ハブの全員が端末を見る。
『短文です。“信号発信元へ。こちらは中立観測船。敵対意思なし。詳細識別を求む”』
リェンが眉をひそめる。
『“中立観測船? 嘘くさいわね”』
「完全な嘘とも限らない」
『“どういう意味?”』
「観測船って名目で来る連中は、だいたい“今はまだどこにもつかない”って意味でもある」
エルフィナが静かに言う。
『“少なくとも、いきなり私掠群と同じ動きをしていないのは事実です”』
確かに。
ヴァルガならもっと雑だ。
この白い艦は、言葉も行動も慎重すぎる。
「もう一段探る」
俺は返信文を短く組んだ。
“こちらも敵対意思なし。現宙域は不安定。所属と目的を簡潔に示せ”
送る。
間が空く。
その沈黙の間に、外ではヴァルガの一艦が白い艦へじわじわ寄っていく。
牽制だ。
つまり、向こうもこの新顔が気になって仕方ない。
そして返信が返ってきた。
『“所属は
ダルクが首をかしげる。
『“聞いたことないな……”』
リェンも即答できない。
『“私もないわ。少なくとも辺境で有名な軍閥じゃない”』
エルフィナは少しだけ考えてから答えた。
『“独立契約船団……完全な国家勢力ではなく、複数スポンサーを相手に仕事を請ける調査・護衛・回収系の連中かもしれません”』
「便利屋集団か」
『“そう呼ぶと少し雑ですが、近いです”』
つまり、最悪でも露骨な正規軍ではない。
同時に、金と価値の匂いには敏いはずだ。
「厄介だが、交渉余地はあるかもしれないな」
ノアが冷静にまとめる。
『現時点で、白い艦はヴァルガともこちらとも距離を取っています。漁夫の利を狙う可能性、中立を装う可能性、純粋に状況を測っている可能性のいずれもあります』
「全部ありそうだ」
だが、少なくとも一つ分かった。
この星系へ近づくのは、もうヴァルガだけじゃない。
門の匂い。
管理局跡。
ベース・ゼロの真の役割。
そういうものが、少しずつ外へ漏れ始めている。
猶予は短い。
「次の手を決めるぞ」
俺は中央ハブの立体図に、新しく四つ目の点を加えた。
ベース・ゼロ。
管理局跡。
ヴァルガ私掠群。
「これで盤面が増えた」
リェンが低く笑う。
『“嬉しくなさそうだけど、目は少し楽しそうよ”』
「面倒なのは本当だ」
『“でも嫌いじゃない”』
「否定はしない」
中央ハブの青白い光の中、俺は深部前室の記録断片をもう一度見直した。
予備鍵束。
保管先コード・ゼロ。
ベース・ゼロの偽装搬送拠点疑惑。
ここはもう、ただ守るだけの基地じゃない。
掘れば銀河規模の価値が出るかもしれない場所だ。
だったら、次はその核心へ踏み込むしかない。
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