第十話 補助制御核を起こせ

 ベース・ゼロ中央ハブの空気は、これまでより少しだけ“基地”らしくなっていた。


 照明はまだ不安定だ。

 空調も局所ごとに癖がある。

 だが人の動線ができ、資材が積まれ、端末が並び、報告と指示が飛ぶようになると、廃墟は急に拠点の顔を持ち始める。


 それでも現実は変わらない。


 外にはヴァルガ私掠群。

 近傍には管理局跡。

 そして、その価値に気づく可能性のある別勢力が、いつ現れてもおかしくない。


 時間は、味方でもあり敵でもあった。


「今日やることは二つだ」


 俺は中央ハブの立体図を開き、ベース・ゼロ、管理局跡、そしてヴァルガ艦隊の配置を並べた。


「一つ目。管理局跡の補助制御核に、本格的な接続を試す」


 赤い点がいくつか明滅する。


「二つ目。その隙を作るために、ヴァルガの指揮艦を削る」


 リェンが腕を組む。


『“順番としては逆じゃない? 普通は先に敵を減らすものよ”』


「今回は違う」


 俺は指揮艦の位置を示した。


「ヴァルガは今、三つの目標で迷ってる。ベース・ゼロ、エルフィナ、管理局跡だ。でも、その迷いをまとめてるのは指揮艦だ」


『“まあ、そうね”』


「つまり、指揮艦が健在だと“迷っていても形になる”。逆にそこを削れれば、各艦が勝手に安全寄りの行動を取るようになる」


 ダルクが端末を見ながらうなずく。


『“包囲の質が落ちるわけか”』


「そう。完全撃沈までいかなくていい。通信、センサー、指揮補助のどれかを壊せば十分」


 ノアが補足した。


『敵指揮艦は現在、艦隊中枢として通信負荷が最も高い状態です。補給支援艦損傷の影響で、通常より中継と再配分の仕事が増えています。今なら損傷の効果が大きく出ます』


「いいな」


 エルフィナは補助端末前で静かに資料を読んでいたが、そこで顔を上げた。


『“管理局跡への接続は、どの程度まで狙うつもりですか”』


「最初は深く触らない。まずは補助制御核が本当に応答するかどうか、照会系が生きてるかどうか、それだけ確認する」


『“正しい判断です。いきなり起動シーケンスに入ると、保安装置が動く可能性があります”』


「保安装置か」


『“旧門管理局は、物理的な警備だけでなく、認証の不一致や不完全接続に対してかなり厳格です。最悪、核を自閉状態に落とします”』


「壊すより怖いな」


『“はい。だから今回は“起こす”というより、“寝言を言わせる”くらいが限界です”』


 言い回しのわりに危ない話だ。


 だが方向性は見えた。


 つまり今日は、管理局跡を完全攻略する日じゃない。

 脈があることを確認し、次につながる入口を作る日だ。


「接続要員は」


『“私とノアが必須です”』


 エルフィナは即答した。


『“現地で補助制御核の照会規格を読むには、認証鍵と旧管理局系の知識が必要です。ノアは翻訳と波形制御。私は鍵の位相補正”』


 リェンが不機嫌そうに目を細める。


『“つまりまたエルフィナが前に出るのね”』


『“出ます。でも条件は前回と同じで構いません。私は艦外には出ない”』


 それなら許容範囲だ。


「よし。リェンはベース・ゼロ側の守り。ダルクは電力安定と給電ライン準備。ミアは水と医療。俺は指揮艦を削ってから管理局跡へ向かう」


『“一人で?”』


「一番確実だからな」


 リェンは呆れた顔をしたが、反論はしなかった。


 多分もう、俺がこの手の局地戦を一番うまくやるのは理解している。


     ◇


 ヴァルガ私掠群の指揮艦は、露骨に守られていた。


 艦隊中央やや後方。

 周囲に二隻の軽コルベット。

 さらに離れた位置に損傷した補給支援艦。

 直接撃ちに行けば袋叩きになる。


 だから正面からは行かない。


「ノア、今の配置で一番嫌がる揺さぶりは?」


『二通りあります。一つは、ベース・ゼロ近傍で局地交戦を起こし、指揮艦に再配置命令を強いる方法。もう一つは、管理局跡側で新たな異常反応を出して“本命が別にある”と思わせる方法です』


「後者だな」


『同感です』


 つまり、また餌をまく。


 ただし前回より少しだけ本物に近い匂いで。


 ベース・ゼロの旧通信設備と、エルフィナの認証鍵が出せる疑似位相ノイズを、今度は管理局跡寄りの空間に薄く流す。

 それを敵が拾えば、指揮艦は情報の集約と確認のために通信負荷を一気に上げるはずだ。


 そこが狙い目になる。


「送信開始」


 ノイズは静かに広がった。


 数分後、ホログラム上の敵配置に変化が出る。


『敵指揮艦、通信トラフィック急増。周辺二隻へ別個の命令系統を送信中。さらに管理局跡寄りに小型艇一を出す兆候』


「食いついた」


『はい。ただし慎重です。完全に飛びつくのではなく、“確認班を出しつつ主力を維持する”構えです』


「十分」


 ヴァルハラ・コアをベース・ゼロ外縁の影から離す。


 向かう先は指揮艦の真正面ではない。

 その背後、通信アンテナ群の死角へ回り込める薄い回廊だ。


 残骸帯の端に、細いフレーム列が何本も並ぶ場所がある。そこは大型艦には窮屈だが、コルベット級のヴァルハラ・コアならギリギリ通れる。


『艦長、接近コース上に自然デブリ密集。被発見率は下がりますが、運動誤差の許容も小さいです』


「つまり俺向けだな」


『そうとも言えます』


 艦首を沈める。


 フレームとフレームの隙間を擦り抜けるように進み、回転する外殻片の陰へ潜る。敵指揮艦はまだこちらを掴んでいない。通信と配置変更で手一杯だ。


 今だ。


「ノア、狙いは通信塔群、次にセンサーリング」


『了解。第一射線、開通』


 ヴァルハラ・コアが一瞬だけ影から顔を出す。


 その一瞬に撃つ。


 白青のビームが、指揮艦上部の通信塔群を薙いだ。アンテナ支柱が二本まとめて吹き飛び、細かな破片が散る。続けて二射目。今度は艦首寄りのセンサーリングに斜めから食い込ませる。


 指揮艦の船体に赤い警告灯が走る。


『命中。通信能力低下、索敵精度低下』


「離脱!」


 当然、周囲の護衛艦が反応した。


 ビーム光が残骸帯を舐める。

 だがもう遅い。ヴァルハラ・コアは再びフレームの奥へ消えている。


 追うなら狭所へ入るしかない。

 だが大型寄りの艦がそんなことをすれば、今度はこっちの餌だ。


『護衛艦一隻が追撃を試みますが、速度を落としています。地形を警戒しています』


「正しい判断だ」


『艦長にとっては不本意そうです』


「突っ込んできたら美味しかったがな」


 もう一度だけ振り向く。

 指揮艦は完全に沈んではいない。

 だが通信塔を失い、センサーも削られた。今後しばらくは艦隊の情報整理に手間取るはずだ。


 それで十分だった。


『敵編成、再度乱れました。各艦の相互距離が拡大し、管理局跡方向の確認命令が遅延しています』


「通ったな」


『はい、艦長』


     ◇


 そのままヴァルハラ・コアは管理局跡へ向かった。


 今回は前回より急いでいる。

 敵指揮艦の混乱が収まる前に、接続試験を終わらせなければならない。


 接続港の影へ再び艦を寄せ、今度はエルフィナを艦内端末へ座らせたまま、俺は前回見つけた補助制御核の部屋へ向かう。


『接続核前、到着』


 円柱端末の下部は、相変わらず微かな光を保っていた。

 死にきっていない。

 だが触れればどう反応するか分からない、危うい生気でもある。


「ノア、まずは前回の形状スキャンとの照合」


『実施中』


 エルフィナの声が通信に入る。


『“核の表面にある三つの縦溝、見えますか”』


「見える」


『“そのうち中央だけが認証ポートです。他二つは旧整備用。そこへ誤接続すると保守系が起きて面倒なことになります”』


「危ないな」


『“旧文明の遺産は大体そうです”』


 やけに実感のこもった言い方だった。


 ノアが接続プローブを伸ばす。

 物理的に差し込むわけではない。ごく近距離で信号位相を同期させる、半接触式の慎重なやり方だ。


『第一段階、照会開始』


 何も起こらない。


 数秒の沈黙。

 その後、円柱端末の下部光が一度だけ明滅した。


『応答あり』


 エルフィナが短く息を吸う。


『“位相認証の前段が通りました。次、私の鍵を使います”』


「負荷は」


『“まだ軽いです”』


 艦内で、彼女がペンダント状の認証鍵を端末へ重ねる。

 同時に、ノアが制御核へ第二照会を送る。


 円柱表面に、細い線が走った。


 今まで死んでいたはずの周辺コンソールのうち、二基がうっすらと光る。


『補助制御核、限定待機状態へ移行』


「起きたのか」


『完全ではありません。半覚醒です』


 それでも十分すごい。


 エルフィナの声は、今度こそ緊張を隠しきれていなかった。


『“……読めます。断片だけですが、読めます”』


「何がある」


『“管理局識別名……旧門制御局群、第三外縁補助制御棟……接続台帳の一部……それと……”』


 彼女が言葉を止める。


「それと?」


『“封鎖記録です”』


 嫌な単語だ。


『“大戦末期、この区画は上位管理局から切り離されています。理由は……“門系列九番から十三番の認証汚染”……?”』


「認証汚染?」


 ノアが即座に解析を始める。


『未確定ですが、鍵の漏洩、位相汚染、あるいは敵対勢力による認証乗っ取りを意味する可能性があります』


「つまり、門が危険になった?」


『その可能性があります』


 エルフィナが続ける。


『“でも、それだけではありません。封鎖後も、一部の局は“予備鍵束”を別経路へ退避させたとあります”』


「予備鍵束」


『“はい。正規鍵が汚染された場合に使う、補助の認証系です”』


 中央の円柱端末に、わずかな文字列が流れる。

 古い、読めない記号の並び。

 だがそこに意味があるのは明らかだった。


「その予備鍵束、どこにある」


『“……この星系内、の可能性があります”』


 思わず息を止めた。


 門の管理局跡。

 認証汚染。

 予備鍵束。

 それ全部が、この星系に絡んでいる。


 偶然にしては出来すぎていた。


「ベース・ゼロも関係あるか」


『“まだ断定できません。でも採掘ステーションが偽装保管庫や監視拠点を兼ねる例はあります”』


 それを聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 ただの廃採掘施設だと思っていたベース・ゼロが、もし別の役目を持っていたなら。

 今まで拾ってきた水処理層、鉱滓保管庫、局所電源、その全部の意味合いが変わる。


 だが考えるのは後だ。


『艦長、外部警報』


 ノアの声が硬くなる。


『敵反応増加。ヴァルガの小型艇二に加え、中型艦一が管理局跡方向へ進路変更。指揮艦損傷にもかかわらず、この領域を“重要”と判断し始めた模様です』


「時間切れか」


『はい。今すぐ離脱すべきです』


 エルフィナが急いで言う。


『“最低限のログは取れました。今日は十分です”』


「ノア、記録全部保存。接続切断」


『実行』


 円柱端末の光が少し弱まる。

 完全には消えない。

 また来られる。


 それだけ分かれば今は十分だった。


     ◇


 ヴァルハラ・コアが管理局跡を離れた時、外の空気は前回より明らかに悪くなっていた。


 ヴァルガの中型艦が一隻、遠巻きにこの領域を見張り始めている。

 まだ確信はないだろうが、“何かがある”とは理解した顔つきだ。


『艦長、敵の優先目標が二つへ収束しつつあります』


「ベース・ゼロと管理局跡か」


『はい。エルフィナさん個人の確保はその中に包含され始めています』


 それは良くも悪くも変化だった。


 敵の迷いが少し減った。

 その分、包囲はやや締まる。

 だが同時に、“何を守りたいか”がはっきりした今なら、こちらも罠を作りやすい。


「戻って整理だな」


『その前に、もう一件あります』


「何だ」


 スクリーンに、新たな点がひとつ灯る。


 ヴァルガの識別ではない。

 進入角度も違う。

 遠方から、この星系外縁をかすめるように入ってくる単独艦。


『新規超光速航跡を検出。ヴァルガ私掠群の既知パターンと不一致』


「別勢力か」


『その可能性が高いです』


 艦影推定はまだ粗い。

 だが小型ではない。コルベット以上、フリゲート未満くらい。

 単独で、慎重に近づいている。


 嫌な予感しかしない。


「連邦か?」


『断定できません。企業警備艦、辺境独立勢力、あるいは別の私掠集団の可能性もあります』


 つまり、誰が来ても面倒だ。


 だが同時に、盤面がさらに動く。


 ヴァルガだけを相手にしていた状況から、多者間の牽制へ変わる可能性がある。

 戦術的にはやりようが増える。

 政治的には最悪だ。


「本当に大きい話になってきたな」


『はい、艦長』


 ノアが妙に落ち着いた声で返す。


『ですが、開拓初期に複数勢力が注目する資源・遺産・航路を確保できるのは、非常に大きな優位でもあります』


「胃が痛くなる優位だな」


『胃薬は艦内在庫にあります』


「そういう問題じゃない」


 それでも、笑ってしまった。


 目の前の状況は悪い。

 だが手詰まりではない。

 管理局跡は本物だった。

 補助制御核は応答した。

 そして予備鍵束という、新しい価値の存在まで見えた。


 ベース・ゼロへ戻れば、またやることが山ほどある。

 防衛線の見直し。

 管理局跡への再進出計画。

 別勢力への対応方針。

 ヴァルガ指揮艦の損傷後の動きの分析。


 忙しい。

 だが前に進んでいる。


 ヴァルハラ・コアは残骸帯の影へ潜り直し、ベース・ゼロへの帰路につく。


 帰る場所があるというのは、やはり大きかった。


 中央ハブへ戻ると、全員が結果を待っていた。


 俺が「当たりだ」と言った瞬間、空気が変わる。


 エルフィナはすぐに補助制御核のログを展開し、予備鍵束の記録断片と封鎖記録を示した。

 リェンは管理局跡への敵接近を聞いて表情を険しくし、ダルクは“採掘ステーションが偽装施設を兼ねる可能性”に頭を抱えた。


『“つまりベース・ゼロ自体も、ただの採掘基地じゃないかもしれないってことか……”』


「可能性は出てきた」


『“面倒すぎる……”』


「でも当たりでもある」


『“それはそうなんだが……”』


 ミアが少し青い顔で言う。


『“それと、新しい艦影の件……どうします?”』


 中央ハブの表示に、新しい白点が浮く。

 ヴァルガとは別の勢力。

 まだ遠いが、確かに近づいてきている。


 俺はしばらくそれを見てから、ゆっくり言った。


「次は情報戦だな」


 リェンが眉を上げる。


『“戦わないの?”』


「必要なら戦う。でも先に見極める」


 白点、赤点、青点。

 この星系にはもう、ただの逃避行では済まない密度の意思が集まり始めている。


「ヴァルガには管理局跡を意識させ続ける。ベース・ゼロは拠点化を進める。新しい艦は正体を探る」


『“同時進行ね”』


「ああ。この宇宙、待ってくれないからな」


 エルフィナが静かにうなずいた。


『“それに、予備鍵束が本当にこの星系にあるなら、次に来る勢力が誰であれ、いずれそれを狙います”』


「だったら、先に掘り当てるしかない」


 ノアがまとめるように告げる。


『現時点の優先事項は三つです。ベース・ゼロ深部調査。管理局跡の再接続。新規勢力の識別』


「よし」


 俺は中央ハブの表示を切り替えた。


 廃墟から始まった拠点が、気づけば門の遺産、予備鍵束、複数勢力の介入を呼ぶ戦略地点へ変わりつつある。


 だが、不思議と気分は悪くなかった。


 面倒だ。危険だ。胃も痛い。

 それでも、未開の価値ある場所を見つけて、そこを自分の手で生存圏に変えていく感覚は、確かに嫌いじゃない。


「次はベース・ゼロを掘るぞ」


 ダルクが顔をしかめる。


『“もう外だけじゃ足りないって顔だな……”』


「外に管理局跡があるなら、中にも何かあるかもしれない」


『“採掘基地の偽装保管庫とか、やめてくれよ……”』


「あるかもしれないぞ」


『“うわぁ……”』


 中央ハブの青白い光の下で、俺たちは次の一手へ備え始めた。


 この星系の価値は、まだ底が見えない。

 そしてそれに気づく者も、少しずつ増えてきている。


 なら、もう猶予は長くない。


 先に掘る。

 先に読む。

 先に取る。


 開拓ってのは、結局そういう競争だ。

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