第八話 包囲網に穴を開けろ
ヴァルハラ・コアは、残骸帯の外縁を這うように進んでいた。
正面スクリーンには、巨大な外殻片の影と、その向こうに散る敵艦影。
ベース・ゼロから送られた疑似位相ノイズに反応し、敵編成はわずかに揺れている。
ほんのわずか。
だが宇宙戦では、その“わずか”が命取りになる。
『敵補給支援艦、予測通り前進。敵前衛二隻との相対距離が拡大しています』
ノアの声は静かだった。
『なお、敵指揮艦は依然として慎重です。完全に釣られてはいません』
「十分だ。全部釣る必要はない」
ホログラム上で、俺の艦影を示す青点がゆっくり回り込む。
敵補給支援艦は、見た目からして戦闘艦ではない。船体はずんぐりしていて、腹部にコンテナ接続部らしき張り出しが多い。推進器も直進寄りで、小回りには向いていなさそうだ。
ただし油断はできない。
辺境の補給艦は、下手な武装船より危ないことがある。
撃ち返す火力じゃなく、死に物狂いで逃げるし、通報もする。
そして何より、後ろには本隊がいる。
「ノア、通信封殺は」
『完全遮断は困難です。ただし、第一撃で通信アレイを潰せば遅延は作れます』
「十分」
『推奨攻撃順を表示します』
スクリーンに赤いマーカーが三つ浮かぶ。
通信アレイ。
補助推進器。
電力中継部。
「いいな」
俺は軽く息を吐いた。
焦る必要はない。
一瞬で近づき、一瞬で壊し、一瞬で離れる。
それだけだ。
『敵前衛艦二隻、なおも疑似位相ノイズ源を警戒。こちらへの視線は薄いです』
「今だな」
『はい、艦長』
「出る」
操縦桿を倒す。
ヴァルハラ・コアが残骸の影から飛び出した。
主推進を一気に解放。視界の星が細く流れ、敵補給支援艦が急速に大きくなる。
相手もすぐ反応した。
船体表面に警告灯が走り、砲塔らしきものが慌ててこちらを探し始める。
だが遅い。
「一射目」
白青のビームが、宇宙を一直線に裂いた。
敵艦上部の通信アレイが吹き飛ぶ。破片が花火のように散り、補給支援艦の姿勢がわずかに乱れる。
『通信能力低下を確認』
「二射目」
続けて、右舷後部の補助推進器へ。
装甲を浅く削りながら推進ノズルを焼く。敵艦は逃げようとしたまま、左右のバランスを失って機首を振った。
『補助推進一基喪失』
「三射目!」
最後は電力中継部。
船体中央やや下、外付けに近い区画へビームを通す。そこが当たりだったらしく、補給支援艦の側面照明が一気に消え、いくつかの外装ハッチが誤作動で開閉した。
『局所停電。内部系統混乱を検知』
「よし、離脱――」
その瞬間、敵補給支援艦の腹部から、想定外のものが吐き出された。
小型艇だ。
いや、艇というよりコンテナ改装型の簡易迎撃機。二機。いや三機。
簡素なフレームにエンジンと銃座を無理やり付けたような、粗末だが実戦慣れした代物。
『敵艦載簡易迎撃機、発進!』
「積んでたか!」
『補給支援艦というより、支援兼臨時母艦です!』
「やっぱ辺境の船は信用できないな!」
敵迎撃機が散開し、包み込むように回ってくる。
火力は大したことがない。
だが足止めには十分だ。
このタイミングで捕まれば、本隊の射程に入る。
「ノア、最短離脱コース」
『そのまま戻ると敵前衛と交差します。左舷方向、残骸帯下層の割れ目へ』
「狭いか?」
『かなり』
「それでいい」
ヴァルハラ・コアを半回転させ、下方向へ滑り込ませる。
迎撃機が追う。
読み通りだ。広い空間なら数で囲めるが、狭い場所では並ぶしかない。
「一列になるぞ」
『はい』
最初の一機が突っ込んできた瞬間、俺は急減速した。
相手は対応が遅れ、こちらの頭上を追い越す形になる。
そこへ近接迎撃レーザー。
赤い線が簡易機の腹を薙ぎ、薄い装甲を焼き切る。迎撃機は火花を撒き散らしながら残骸壁へ激突した。
『一機撃破』
続く二機目は少し賢い。
射線をずらしながら追ってくる。だが狭所ではそれが逆に動きを鈍らせる。
俺はわざと右へ寄り、敵の回避空間を絞る。
相手が左へ逃げた瞬間に、置き気味のビーム短射。
迎撃機の機首が吹き飛び、そのままくるくる回りながら漂った。
『二機目無力化』
三機目だけが追跡をやめ、後ろへ戻ろうとした。
「連絡役だな」
『高確率です』
「逃がさない」
ミサイルを一発だけ発射。
狭所で使うには少し怖いが、この距離なら問題ない。
誘導弾は短く尾を引き、逃げる迎撃機の背面へ吸い込まれるように命中した。
小さな爆発。
敵の最後の目も消える。
『追跡機全排除』
「補給支援艦は」
『依然行動不能ではありません。ですが速度は大幅低下。再編に時間がかかります』
「十分すぎる」
問題は次だ。
敵本隊はもう、こちらの奇襲能力を完全に認識した。
今度からは配置をもっと硬くしてくるだろう。
『敵指揮艦、全艦に再展開命令。包囲密度を上げます』
「だろうな」
『ただし、補給支援艦の損傷で一部艦の補給とデータ同期が遅れています。局所的な綻びが発生』
ホログラム上で、赤い包囲線にわずかな歪みが生じる。
穴だ。
まだ小さい。
だが確かに、穴は空いた。
「ベース・ゼロへ戻る。追手は」
『すぐ後ろにはいません。ただし敵前衛艦一隻がこちらの帰路を絞り込み始めています』
「なら帰り道でもう一つ罠を置く」
『どうしますか』
「残骸雪崩だ」
『……また危険な案ですね』
「使える地形は全部使う」
帰路の途中、俺は大型外殻片と細かなデブリが不安定に引っかかっている箇所へヴァルハラ・コアを滑り込ませた。
ここへ浅くビームを当てる。
崩しすぎず、持たせすぎず。
追ってくる敵が通る頃にちょうど落ちるように。
ゲーム時代なら“遅延トラップ”。
リアルだと、かなり洒落にならない。
「これでいい」
『三十秒から九十秒の範囲で崩落予測。ばらつきがあります』
「十分だ」
ベース・ゼロへ戻る頃には、中央ハブの照明が少しだけ安定していた。
青白い光の下で、リェンたちが待っている。
ハッチが開くなり、リェンが言った。
『“補給艦、やったわね”』
「沈めきってはない。けど長くは使えないはずだ」
『“それで十分よ。あいつらは長居する前提の布陣だった。補給艦を削られたら計算が狂う”』
ダルクも端末を見ながらうなずく。
『“敵配置、確かに乱れてる。完全包囲に移る速度が落ちた”』
「次の一手までの時間はできたな」
『はい、艦長』
ノアの返答にかぶせるように、エルフィナが補助端末から顔を上げた。
彼女の目元には疲れが見える。
だが、その表情には明らかな興奮があった。
『“反応がありました”』
全員が止まる。
「門か?」
『“たぶん。ただし完全ではありません”』
彼女が端末操作をすると、中央ハブのホログラムが切り替わる。
星系図。
その第三惑星外縁、ベース・ゼロの現在位置から少し離れた領域に、薄いリング状の反応が浮かんでいた。
『“疑似位相ノイズを流した時、この施設の旧通信網が周辺空間の応答揺らぎを拾いました。規則性があります。自然現象ではない”』
ノアが続ける。
『位相揺らぎの周期、旧式中継門規格の残留パターンと高い一致率を示しています。休眠中、あるいは半壊状態の門構造体が近傍に存在する可能性が高いです』
「距離は」
『現在位置から短距離。通常推進でも十分届く範囲です』
リェンが息を呑む。
『“この星系、やっぱり当たりだったのね……”』
だがエルフィナは首を横に振った。
『“いいえ。もっと重要なのは、反応位置です”』
「どういうことだ」
彼女がリング反応の位置を拡大する。
そこは小惑星帯でも惑星軌道上でもない。
ベース・ゼロと同じ、古い人工構造物が散乱しているらしい領域だった。
『“反応源は、単独の門じゃない”』
「……何?」
『“おそらく旧中継門の補助制御施設。あるいは、管理局跡です”』
中央ハブが静まり返る。
管理局。
それが何を意味するかは、この世界の常識を知らない俺でもわかった。
ただの通り道ではない。
航路情報、制御鍵、記録装置、場合によっては他の門の接続データまで眠っている可能性がある場所だ。
エルフィナの声がわずかに震えていた。
『“もし本当に管理局跡なら……門の断片情報どころではありません。失われた中継門群の一部台帳が残っている可能性があります”』
ダルクが呆然とつぶやく。
『“それ、国家が艦隊出して奪い合うやつじゃないか……”』
『“その通りです”』
つまりこういうことだ。
今、俺たちがいるのは単なる避難所ではない。
偶然潜り込んだ廃採掘ステーションの近くに、銀河規模で価値を持ちうる旧インフラの管理施設が眠っているかもしれない。
そして、その匂いを嗅ぎつけている連中が外にいる。
「最悪だな」
思わずそう漏らすと、ノアが即答した。
『訂正します。開拓者視点では最高です』
「リスクの話をしてる」
『リターンも極大です』
……否定できない。
エルフィナが俺を見る。
『“どうしますか”』
いい質問だ。
普通なら、ここで大勢力へ連絡して保護を求めるべきだろう。
だが今は包囲下。通信も不安定。しかも内通の疑いまである。
つまり、すぐに誰かへ渡すのは危険だ。
「まずは自分たちで確認する」
俺は答えた。
「管理局跡が本当にあるのか。使えるのか。敵が気づいてるのか。そこを見極める」
リェンがすぐに乗ってくる。
『“偵察を出す?”』
「出す。ただし艦隊戦はしない」
「包囲網の綻びがあるうちに、短距離の秘密偵察だ。見つかったら即離脱。戦えそうならだけ戦う」
ノアが補足する。
『敵包囲は補給支援艦損傷の影響で依然不完全です。現在から数時間以内なら、小規模行動の成功率は比較的高いです』
エルフィナはゆっくりうなずいた。
『“それが最善です”』
ミアが少し不安そうに言う。
『“でも、敵もいずれ気づきませんか……?”』
「気づく。だからその前にこっちが触る」
先手がすべてだ。
情報も、航路も、拠点も。
この世界に来てからずっとそうだった。
先に見つけた奴が有利。
先に動いた奴が主導権を取る。
中央ハブの青い光の中、俺は新しいホログラムを立ち上げた。
ベース・ゼロ。
敵包囲網。
そして、未知の管理局跡らしき反応。
戦線が一段広がった。
生き延びるだけなら、ここで籠もる手もある。
だがそれでは、いずれ押しつぶされる。
なら攻めるしかない。
「次は偵察だ」
俺はヴァルハラ・コアの艦影を、反応源の方向へ滑らせた。
「包囲網の穴が塞がる前に、ベース・ゼロの本当の価値を見に行く」
ノアが、どこか楽しそうに答えた。
『了解です、艦長。開拓計画を次段階へ移行します』
廃墟だった拠点は、もう立派に“基地”の顔をし始めている。
だがその先には、もっと大きな獲物が眠っているらしい。
異世界宇宙での最初の拠点建設は、どうやら銀河規模の遺産争奪戦へ発展しそうだった。
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