第七話 中継門の鍵

 ベース・ゼロ中央ハブの照明は、相変わらず不安定だった。


 青白い光がわずかに明滅し、そのたびに古い金属壁の傷や焦げ跡が浮かび上がる。完全復旧にはほど遠い。だが、その不完全さがかえって今の状況を表しているようでもあった。


 外ではヴァルガ私掠群が包囲を固めつつある。

 内では俺たちが、死んだはずの施設を少しずつ起こしている。


 その中心で、エルフィナは静かに立っていた。


 先ほどまで休ませるべきだと思っていたが、本人は譲らなかった。簡易ベッドに座らせる案もあったが、結局、中央ハブの補助端末前に椅子を置いてそこへ座ってもらっている。


 顔色はまだ悪い。

 だが、目ははっきりしていた。


「全部話すって言ったな」


『“はい”』


 エルフィナは両手を膝の上に重ね、少しだけ呼吸を整えた。


『“まず確認したいのですが、ユウ。あなたはこの宙域の常識をほとんど知らない”』


「ああ」


『“国家、交易圏、旧大戦、主要航路、どれも知らない”』


「その通りだ」


 リェンが横で苦い顔をする。


『“よくそれで、ここまで生き延びてるわね……”』


「操艦だけならどうにかなる」


『“どうにかなってる範囲が変なのよ”』


 否定はできない。


 だが、エルフィナは変に詮索しなかった。

 それが助かる。


『“では、必要な部分から話します。この宙域――いえ、現在の有人圏全体は、昔はもっと密接につながっていました”』


 彼女が端末に触れると、ノアが補助して簡易星図を投影した。


 今の星系図ではない。

 もっと広い、複数の恒星系を点と線で結んだ古いネットワーク図だ。


『“大戦以前には、通常の超光速航行だけでなく、旧式中継門ネットワークが稼働していました。恒星系ごとに設置された門を経由し、特定の座標と認証を使って空間的に飛ぶシステムです”』


「ワープゲート網みたいなものか」


『“概ね、その理解で構いません”』


 ノアが補足する。


『恒星間移動のインフラですね。通常の超光速航行に比べて到達精度が高く、航路安全性と物流効率に優れていたと推定されます』


『“はい。ただし便利すぎた。それゆえに、大戦では最優先攻撃目標になりました”』


 エルフィナの指先が、ネットワーク図の大半をなぞる。

 次の瞬間、その線のほとんどが灰色に変わった。


『“門は壊され、制御局は奪われ、認証系譜は分断された。今残っているのは、位置が曖昧な遺構と、一部の家系や機関が秘匿してきた断片的な起動情報だけです”』


「だから価値があるわけか」


『“はい。門一つが動くだけで、交易路と軍事バランスが変わります”』


 ダルクが口を挟む。


『“辺境の一私掠群が欲しがるのも当然だな……”』


『“彼らだけではありません。国家も、企業も、独立コロニーも欲しがる”』


 エルフィナの声は静かだったが、その内容は重かった。


 つまりこの鍵は、単なる金目の品じゃない。

 地図であり、通行証であり、戦略兵器の種でもある。


「お前は、そのどこまで持ってる?」


 エルフィナは首元の銀色のペンダントに触れた。


『“これは認証鍵の端末。私自身の生体位相と結びついています。ただし、これだけでは不十分です。必要なのは三つ。門の座標、接続先の対になる位相情報、そして起動承認コード”』


「お前が持ってるのは」


『“承認コードの一部と、生体認証権限。さらに断片的な座標照合情報です”』


「全部じゃないのか」


『“全部を一人に持たせる家はありません”』


 なるほど。分散管理か。

 安全保障としては正しい。


 だが、それでも十分危険だ。


『“ただ、この星系周辺の遺失中継門群に関しては例外です”』


「例外?」


 エルフィナはうなずく。


『“辺境議会は最近、古い記録庫から断片資料を掘り当てました。この星系の周辺に、未登録の中継門中継点が残っている可能性が高い。私がここへ向かっていたのは、その照合のためです”』


 リェンが低く言う。


『“つまり、この星系自体が当たりの可能性がある”』


『“はい”』


 中央ハブに沈黙が落ちた。


 俺はゆっくり、今の状況を頭の中で組み替える。


 この星系には惑星がある。

 旧採掘ステーション跡がある。

 航路価値のある遺失中継門の可能性がある。

 今はまだ誰の完全支配下でもない。

 だが私掠群が嗅ぎつけている。


 ……これはもう、辺境の偶然の避難所じゃないな。


 拠点にする価値が高すぎる。


「ノア、この施設とエルフィナの鍵で何ができる」


『可能性としては三段階あります』


 ホログラムが切り替わる。


『第一に、ベース・ゼロの旧通信設備を使った広域受動照合。周辺空間の“門由来の位相歪み”を探せます。第二に、エルフィナさんの認証鍵を利用して旧規格の問い合わせ信号を送信。もし近傍に休眠門が存在すれば、反応を得られるかもしれません。第三に、応答が得られた場合、限定的な起動手順の推定が可能です』


「時間は」


『設備状態次第ですが、第一段階なら数時間。第二段階以降は施設修復が必要です』


「数時間……」


 外の包囲が本格化する前に、できるところまでやる必要がある。


 だが同時に、この拠点そのものももっと整えなければならない。


「話を分けるぞ」


 俺は中央ハブのマップに、新しくレイヤーを重ねた。


「一つ目。ベース・ゼロの本格拠点化。二つ目。包囲網への反撃。三つ目。中継門探索」


『妥当です、艦長』


「順番は同時並行だ。じゃないと間に合わない」


 リェンが肩をすくめる。


『“人手が足りないわね”』


「足りないな」


 だが、ないものは仕方ない。


 だから優先順位を切る。


「ダルク。拠点化で最優先は?」


『“空調と電力の安定。それから作業導線だ。今は動ける区画が点在してるだけで、移動のたびに無駄が多い”』


「具体的には」


『“中央ハブ、水処理層、ベイ、鉱滓保管庫。この四つを最短で結ぶ。途中の通路を掃除して、重力は無理でも照明くらいは安定させる。そうすりゃ人も資材も動かしやすくなる”』


「よし」


「ミア、水は」


『“生活用と冷却用を分けて確保したいです。あと再処理ラインを安定させれば、艦の循環系の負担も減らせます”』


「それも進めてくれ」


『“はい”』


「リェン、防衛」


『“中央ハブ周辺の通路はもう少し絞れる。あと、ベイ側だけじゃなく居住リング側にも退路と伏撃点を作りたい”』


「やってくれ」


『“了解”』


 そして俺はエルフィナを見る。


「お前はノアと門の位相照合。だが無理はするな」


『“善処します”』


「その言い方は信用できない」


 少しだけ、彼女が笑った。


 初めて見たかもしれない。

 年相応の、ほんの小さな笑みだった。


     ◇


 そこから数時間、ベース・ゼロは目に見えて変わった。


 廃墟は人の意思が通ると、急に“場所”になる。


 中央ハブからベイまでの通路は、工作ドローンと俺たち自身の手で漂流物を片づけ、移動しやすい導線へ変わった。

 水処理層ではミアが再処理ラインを安定化させ、生活用水の確保に成功。

 鉱滓保管庫からは低純度鉱石が回収され、ヴァルハラ・コアの加工機で装甲パッチ材や簡易支持材に変えられていく。


 ベイには作業灯が増え、仮設の資材ラックが立ち、もはや単なる隠し場所ではなくなっていた。


『ベース・ゼロ内部環境、初期安定ラインへ到達』


 ノアの報告とともに、中央ハブの照明が少しだけ安定した。


『生活維持、水、局所電力、防衛センサーの四系統が同時維持可能です』


「十分すぎる進歩だな」


『ありがとうございます。ですが“基地”を名乗るにはまだ脆弱です』


「理想が高いな」


『艦長に似ました』


「不本意だ」


 リェンが別端末から顔を上げる。


『“外の敵も動いてるわ。包囲はまだ疎だけど、出口を意識して位置取りし始めてる”』


 ホログラムには、残骸帯外縁に散る赤点。

 完全封鎖ではないが、無視できない配置だ。


 こちらが大きく動けば、すぐ追われる。

 向こうも慎重だが、馬鹿じゃない。


「このまま籠もるだけだと、じわじわ不利だな」


『はい、艦長』


「なら、最初の反撃が要る」


 ダルクが眉をひそめた。


『“本隊に突っ込むのか?”』


「正面からは行かない」


 俺は外縁マップを拡大し、敵艦配置のうち一か所を指した。


 残骸帯から少し離れた、やや孤立気味の補給支援艦。

 直接戦闘向きではなく、他艦との中継や物資管理をしているらしい動きを見せている。


「こいつを落とす」


 リェンが目を細める。


『“補給艦?”』


「多分な。少なくとも指揮艦じゃないし、前衛でもない。でもこいつがいると、向こうは長く包囲できる」


『“なるほど”』


「あと、通信中継も兼ねてるならなおいい」


 ノアが補足する。


『敵配置解析上、その艦は他艦より熱源変動が大きく、通信トラフィックも高いです。補給、整備支援、あるいはデータ集約の役割を持つ可能性が高いです』


「壊せば?」


『敵包囲網の持続性と情報共有効率が低下します』


「十分だ」


 エルフィナが静かに言った。


『“派手に勝つ必要はない、ということですね”』


「そうだ。こっちは一隻だ。戦果より、相手の計画を崩す」


『“賢い”』


「お前もそう思うなら、たぶん合ってる」


 作戦はこうだ。


 ベース・ゼロ周辺から、旧式通信設備を使って偽の位相ノイズを発生させる。

 これは門由来の異常反応に見えるよう調整する。

 それを追って敵の注意が一瞬散ったところで、ヴァルハラ・コアがデブリ回廊外縁を迂回。

 孤立気味の補給支援艦へ高速奇襲をかける。


 撃って離脱。

 深追いしない。

 必要なら戦場自体をベース・ゼロ近傍へ引きずり込む。


『つまり、鍵の情報を逆に餌へ使うのですね』


 ノアの声に、わずかな面白がる気配が混じる。


「本物じゃなく、匂いだけだ」


『敵がそれに食いつく保証は?』


「ない。だが、疑えば見る。見に来るなら配置が揺れる」


『合理的です』


 リェンは少し迷ってから言った。


『“その偽装、エルフィナの鍵に負担は?”』


 エルフィナは端末を見つめたまま答える。


『“限定的なら問題ありません。本起動ではなく、旧照会規格に似せた疑似信号ですから”』


「無理はするなって言ったぞ」


『“していません。これは私の役目です”』


 その目はまっすぐだった。


 守られるだけの要人じゃない。

 ここにきてようやく、彼女自身もこの状況の当事者として立ち始めたのかもしれない。


「よし。やるぞ」


     ◇


 数十分後。


 ベース・ゼロの旧通信設備が、低い駆動音を立てていた。


 中央ハブから補助電源を回し、さらにヴァルハラ・コアの出力を噛ませて、ギリギリ成立した旧規格送信系。普通なら博物館行きみたいな設備だが、ノアとエルフィナの手にかかると、見事に“使えるガラクタ”へ変わる。


『疑似位相ノイズ、生成完了』


 スクリーンに、波形の揺らぎが映る。


『旧式中継門照会の前段信号に類似。ただし応答要求までは行わない安全設計です』


「敵から見れば?」


『“何かある”とは思うはずです』


 エルフィナが答えた。


『“本物の鍵持ちが近くにいるなら、なおさら無視できない”』


「よし。送れ」


 ノイズが宇宙へ放たれる。


 目には見えない。

 だが数分後、敵配置に変化が出た。


『敵指揮艦、通信量増加。前衛二隻が配置変更。補給支援艦が後方から前へ寄ります』


「食いついた」


『完全には釣られていませんが、調べる気です』


「それで十分」


 俺は操縦席へ収まった。


 ヴァルハラ・コア、機関良好。

 ビーム兵装、ミサイル、局所バリア。

 ベース・ゼロとの短距離連携も問題なし。


 ゲーム時代なら、こういうのは“釣り出しからの一撃離脱”。

 得意なやつだ。


「ノア、外縁迂回コース」


『表示します』


 デブリ帯外周すれすれ。

 敵前衛の視線が門疑似反応へ向いた一瞬だけ空く、薄い隙間。

 そこを高速で抜け、補給支援艦の側背へ。


「悪くない」


『艦長向きです』


「それ、褒めてるだろ」


『もちろんです』


 ベイの固定が解除される。

 ヴァルハラ・コアが静かに前へ出る。


 ベース・ゼロの作業灯が後方へ遠ざかるのを見ながら、俺は一瞬だけ思った。


 つい数時間前まで、ここはただの逃げ込んだ廃墟だった。

 今は違う。


 戻る場所がある。

 守る価値のある拠点がある。

 連携できる仲間がいる。


 それだけで、戦い方はまるで変わる。


『艦長。敵補給支援艦、予定進路へ接近中』


「行くぞ」


『はい、艦長』


 ヴァルハラ・コアは残骸帯の影を縫い、静かに、鋭く、包囲網の外縁へ滑り出した。


 今度の狙いは、敵艦隊の息継ぎそのもの。


 この一撃が通れば、包囲は崩れ始める。

 通らなくても、相手は“包囲している側が安全ではない”と学ぶ。


 どちらにせよ意味がある。


 異世界の宇宙で、たった一隻のコルベットと寄せ集めの拠点が、私掠艦隊へ牙を剥く。


 ようやく、本格的な開拓戦争らしくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る