第六話 ベース・ゼロ迎撃戦
ベース・ゼロの中央ハブに、淡い青白色の光が満ちていた。
完全な復旧にはほど遠い。照明はところどころちらつき、壁面端末の半分以上は沈黙したまま。空調も最低限で、気流はひどく不安定だ。だがそれでも、数十分前までただの死んだ廃墟だったことを思えば、十分すぎる変化だった。
そして今、その不完全な拠点を使って本隊を迎え撃とうとしている。
『外縁部の敵艦影、六を確認』
ノアの声が中央ハブに響く。
『先行待機艦一、追加到着五。艦種推定は軽コルベット四、武装輸送改装艦一、指揮能力を持つ中型艦一。構成から見て、これがヴァルガ私掠群のこの宙域行動部隊本体である可能性が高いです』
「六か」
『先ほどの予測より一隻多いです』
「偵察艦を失ったから、念のため余分に寄越したか」
ホログラムに敵編成が並ぶ。
統一感のない艦影。継ぎ接ぎの装甲。艦首形状も推進器配置もばらばらだが、共通しているのは“実利優先”の匂いだった。
見栄えや艦隊美なんてどうでもいい。
動けばいい。撃てればいい。奪えればいい。
そういう連中の船だ。
リェンが腕を組んだまま低く言う。
『“数だけじゃないわね。あの中央後方の船……指揮艦よ。たぶん周辺私掠群のまとめ役クラス”』
「強いのか」
『“個艦性能は正規軍に劣る。でも辺境の荒事に限れば厄介。正面から殴るより、逃げ道を塞いで獲物を疲弊させるのが上手い”』
「なら、こっちと相性は悪くない」
『“あなた、時々意味がわからない”』
「罠屋同士なら、先に地形を取った方が強い」
つまり今回はこっちが有利だ。
もちろん、紙一重ではある。
この状況で正面会戦を選べば確実に不利。
だがベース・ゼロとデブリ回廊を使えば、敵の数的優位を削れる。
「ノア、敵の動きは」
『慎重です。まず外縁待機艦が本隊へデータ共有。続いて二隻が前進し、残骸帯の広域マッピングを開始。残る四隻は密集しすぎない範囲で後方支援位置を維持しています』
「焦って突っ込んではこないか」
『はい。偵察艦の損失で警戒しています』
ダルクが苦い顔で端末を叩く。
『“嫌な相手だな。馬鹿なら楽なのに”』
「馬鹿な敵は事故で怖い。賢い敵は手順で怖い。どっちにせよ怖い」
『“結論が最悪だな”』
だが、やることはもう決めてある。
敵前衛二隻を狭所へ誘導。
先頭を潰す。
後続を詰まらせる。
その間に中の乗り込みを隔壁と通路火力で処理。
最後に、混乱した指揮系統を刺す。
全部やれれば勝てる。
全部やれなければ、たぶん死ぬ。
「各自、確認するぞ」
俺は中央ハブの三次元図を拡大した。
「リェンは中央ハブ指揮。侵入があれば第一隔壁を閉めて、中央通路へ寄せる。左右通路は半開で誘導だけ残せ。完全に閉じるのは敵が入ってからだ」
『“了解”』
「ダルクは給電維持と補助制御。もしハブが飛んだら、水処理層側へ切り替えて最低限の生命維持を残せ」
『“わかった”』
「ミアは負傷者とエルフィナを艦側へ。必要ならヴァルハラ・コアへ退避」
『“了解”』
エルフィナがそこで口を開いた。
『“私は退避要員ではありません”』
「今はそうだ」
『“私が狙いなら、私を囮にする選択もあるはずです”』
静かな声だった。
無謀ではなく、理詰めで言っている。
その場の全員が一瞬黙る。
リェンだけは、すぐにきっぱりと首を振った。
『“却下よ”』
『“ですが――”』
『“却下”』
護衛責任者の声には、はっきりした怒気があった。
俺はエルフィナを見る。
年若い。だが甘くはない。自分の価値と、それがどう使われるかを理解している目だ。
「囮にするには、価値が高すぎる」
『“それは保護の言葉?”』
「戦略の言葉だ。お前が持ってる航路鍵は、ここを生き延びた後の方が使い道が大きい」
エルフィナは少し黙ったあと、小さくうなずいた。
『“……合理的ですね”』
「褒め言葉として受け取っておく」
その時、ノアが敵通信の断片解析を挟んだ。
『敵内部通信の一部復元に成功。“鍵持ち”“生体認証”“遺失中継門”の単語を確認』
中央ハブの空気が変わる。
俺はゆっくりエルフィナを見た。
「やっぱり、ただの航路図じゃないな」
彼女は数秒迷った末、観念したように言った。
『“……この鍵は、単なる座標情報ではありません”』
「だろうな」
『“古い中継門群の一部は、位置を知っているだけでは通れないの。起動手順、認証位相、封鎖解除コード、その全部が噛み合って初めて使える。私はその一部を継承している家の人間です”』
ダルクが息を呑む。
リェンは目を閉じた。
どうやら、全部を知っていたわけではないらしい。
「つまりお前自身が“鍵”か」
『“正確には、生体認証を含む鍵束の担い手です”』
とんでもないな。
ただの要人護送じゃない。
この宇宙の物流、軍事、交易の流れを変えかねない情報体系を、生きた認証装置ごと運んでいるようなものだ。
そりゃ私掠群も本気になる。
「それ、連邦の正規軍が護送する案件じゃないのか」
エルフィナの表情が曇った。
『“本来はそうです。でも辺境議会は一枚岩ではない。正規軍を動かせば情報が漏れる可能性がありました”』
リェンが苦い声で補う。
『“だから少数護衛の隠密輸送になった。でも漏れた”』
「内通者か」
『“その可能性は高い”』
なるほど。
ますます政治が面倒だ。
だが、今はそれより敵だ。
「今は生き延びる方が先だ。鍵の話はその後にまとめて聞く」
『“わかりました”』
『敵前衛二隻、残骸帯の深部へ進入』
ノアの報告と同時に、ホログラム上の赤点が動く。
来た。
「俺は出る。ノア、艦へ」
『はい、艦長』
◇
ヴァルハラ・コアはベイ奥の影に沈んでいた。
外部灯火は最小。熱源も抑え、ただの死んだ構造物の一部に見えるよう偽装している。正面スクリーンには、デブリ回廊を慎重に進む敵前衛二隻が映っていた。
一隻は先行索敵型。
もう一隻は砲火支援寄り。
どちらも小回りは利くが、この地形で完璧に動けるほどではない。
『敵、速度低下。こちらのデコイ熱源と先の戦闘残滓を比較照合しています』
「完全には騙されてないな」
『しかし確信も持てていません』
「十分だ」
俺は操縦桿を軽く握り直した。
こういう戦いは好きだ。
広い宇宙の殴り合いじゃない。
相手の視界を奪い、思考の順番を崩し、選択肢を狭める戦い。
ゲーム時代にも、上位勢ほどこういうマップ戦が嫌いだった。
腕があっても、状況を押しつけられると人はミスをする。
『先行艦がベイ入口近傍へ到達。後続艦はデブリ回廊中程で援護位置を維持』
「よし。入口に気を取らせる」
中央ハブ側へ信号を送る。
「リェン、合図でデコイ照明点灯。一秒だけでいい」
『“了解”』
先行艦の艦首が、半壊ベイへゆっくり向く。
その瞬間。
ベイ内で、一瞬だけ照明が走った。
ほんの短い、人工的な光。
それだけで十分だった。
『敵先行艦、反応。砲塔旋回。熱源上昇。内部へ索敵ドローン射出準備』
「今だ」
ヴァルハラ・コアを影から蹴り出す。
狙うのは先行艦じゃない。
後ろの支援艦だ。
前の奴は入口に意識を持っていかれている。
なら、今この瞬間に一番無防備なのは、その後ろで“援護しているつもり”の艦になる。
『敵後続艦、こちらを捕捉――』
「遅い!」
第一射。
敵支援艦のセンサー基部。
第二射。
砲塔旋回軸。
装甲を抜ききらなくてもいい。
見る目と撃つ腕を奪えば、狭所では致命傷になる。
敵艦が慌てて横へ逃げる。だが、その回避先にあるのは自然の空間ではない。回転する外殻片と、突き出したフレームだ。
「追い込む」
『了解』
俺はあえて深追いせず、斜め上から圧をかける。
敵は“広い方へ逃げたい”のに、こちらの射線がそれを許さない。結果、無意識に狭い方へ滑る。
そこへ、回転外殻が来る。
ぶつかる直前に敵も気づいたが遅い。強引に逆噴射したせいで姿勢が崩れ、右舷側面をフレームにこすりつけるように衝突した。
火花。
装甲剥離。
機体の揺れ。
『敵後続艦、運動性能大幅低下』
「次」
そこへ先行艦がようやくこちらへ砲撃してくる。細いビームが残骸を舐め、ヴァルハラ・コアのいた場所をかすめた。
悪くない反応だ。
だが慌てすぎだ。
「前のやつはこっちが取る」
機首を下げ、一度残骸の陰に潜る。
先行艦はベイ入口への意識とこちらへの対応で迷い、ほんの一瞬だけ動きが止まった。
その一瞬が命取りだ。
俺は真下から浮き上がるように出て、敵の腹を取る。
「これで終わりだ」
近距離ビームが敵艦の下部装甲を貫いた。
主推進までは届かない。だが腹部に積んでいたドローンベイか弾薬区画に当たったらしく、内部で連鎖的な爆発が走る。
先行艦が悲鳴のように船体を震わせ、ベイ入口前で失速した。
『敵先行艦、機能停止』
「入口を塞げ」
『了解。工作ドローンに指示』
ベイ内部から牽引していた大型コンテナ残骸が押し出され、停止した敵艦へぶつかる。
さらに外殻片を絡ませるように固定。
即席だが十分な障害物だ。
これで後続は一気に突っ込みにくくなる。
『敵後続艦、離脱を試行』
「逃がすかどうか……」
少し迷ったが、すぐ決める。
「半殺しで返す」
『意図を確認します』
「こっちの罠があるって誤認させたい。完全撃破より、“ここは危険だ”って印象を持たせる」
『合理的です』
俺は離脱する敵艦へ一発だけ撃ち込んだ。
主機ではなく、後部外装と予備推進に浅く当てる。
派手に火花を散らすが、沈まない程度。
敵艦は姿勢を乱したまま、それでも必死に後退していく。
『敵後続艦、後退。外縁本隊へ通信再開』
「いい。恐怖と不確定情報を持って帰れ」
俺は艦を反転させ、再びベイ奥の影へ戻す。
短時間。局地戦。先頭潰し。後続混乱。
狙い通りだった。
◇
中央ハブへ戻ると、空気が明らかに変わっていた。
緊張はある。
だが、漂流者のそれじゃない。
持ち場と目的を持った連中の緊張だ。
リェンが俺を見るなり言う。
『“外の反応、見てた。やるじゃない”』
「先頭が詰まれば、後ろは嫌がる」
『“本当に交通整理ね”』
ダルクは端末を叩きながら笑った。
『“しかも派手に事故らせるタイプのな”』
「安全運転は相手次第だ」
ミアが追加報告を上げる。
『“水処理層、安定。簡易生活用水ラインを艦側へ引ける”』
『“鉱滓保管庫も搬出可能です。低純度だけど、艦の加工機に通せば装甲パッチ材くらいにはなるはず”』
ベース・ゼロは着実に“住める場所”になりつつある。
その時、エルフィナが静かに近づいてきた。
『“いまの戦いで、本隊は慎重になるでしょう”』
「ああ。すぐ総突撃はしてこない」
『“その代わり、封鎖か包囲に移るかもしれません”』
「だろうな」
『“ヴァルガ私掠群が本当に鍵を狙っているなら、無理にここで全損する必要はない。外へ出られないようにして、増援か買い手を待つ選択もある”』
確かに。
略奪者だからといって、常に短気とは限らない。
高値の商品なら、壊さず逃がさず疲弊させる方がいい。
「つまり時間をかけるほど向こうに有利な局面もあるか」
『“はい”』
「じゃあ逆に、こっちは時間で何を稼げる?」
エルフィナは少し驚いたように俺を見た。
責任や身分ではなく、純粋に次の手を問われたからかもしれない。
『“二つあります。ひとつは中継門跡の位置特定。もうひとつは、連邦側へ届く正規の識別信号を再構成すること”』
リェンが眉をひそめる。
『“できるの?”』
『“全部は無理です。でも、この施設の古い通信設備と私の持つ認証鍵が噛み合えば、断片的な起動照会くらいは可能かもしれません”』
ノアが即座に反応した。
『理論上は可能です。ベース・ゼロの通信系は旧式ですが、古い中継門ネットワーク時代の基準に近いなら、むしろ相性がいい可能性があります』
面白いな。
この廃墟そのものが、鍵の一部になるかもしれないわけだ。
「つまり、ここを守る意味がさらに増えた」
『はい、艦長』
「いい」
俺は中央ハブのマップを開いたまま、赤点になった敵本隊を見る。
六隻。
数で言えば不利。
だが、相手は狭所戦に慎重になり始めた。こちらは地形を知り、拠点設備を起こし始め、水と鉱物も確保した。
完全に勝ってはいない。
でも、もう一方的に追われる立場でもない。
「ここから先は消耗戦と情報戦だな」
リェンがうなずく。
『“そして、政治も絡む”』
「そっちは後回しにしたい」
『“残念だけど、鍵持ちがいる時点で無理ね”』
エルフィナは少しだけ苦笑した。
『“私もそう思います”』
ノアが最後に告げる。
『敵本隊、再編成を開始。即時突入ではなく、外縁と残骸帯出口を押さえる配置へ移行中です』
やはり包囲か。
なら、次は籠るだけでは足りない。
この拠点を足場に、外へ出る手を作らなければならない。
水は得た。
鉱物も得た。
居場所も得た。
次に必要なのは、航路だ。
そしてその鍵は、今この拠点の中にある。
俺はエルフィナへ視線を向けた。
「詳しく聞かせてもらうぞ。その中継門と認証鍵のこと」
彼女は静かにうなずいた。
『“ええ。今度こそ、全部話します”』
ベース・ゼロの不安定な照明が、青く揺れる。
外では私掠艦隊が包囲を固め始め、内側では古い施設が少しずつ息を吹き返し、さらにその中心では、この星系の価値そのものを変えかねない“鍵”の話が始まろうとしていた。
逃げ延びるだけの段階は、たぶん終わった。
ここからは、奪う側と守る側の読み合いになる。
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