第五話 廃墟を要塞に変える
ヴァルハラ・コアへ戻る頃には、頭の中の配置図はほぼ固まっていた。
ベイ入口は一つに絞られている。
外から見ればただの半壊区画。
だが内部には遮蔽になる大型残骸が多く、通路も複数に分岐している。
守る側にとっては悪くない。
問題は、まだ“廃墟”でしかないことだ。
「ノア、状況」
『工作ドローン二機、追加展開済み。ベイ入口周辺へ受動センサー設置開始。外部には偽装熱源デコイを三基散布しました。敵偵察艦一隻は残骸帯を低速捜索中。もう一隻は外縁で待機し、広域スキャンを継続。本隊五隻は予測通り接近しています』
「時間はまだあるな」
『偵察艦がこちらの近辺を精査し始めるまで、およそ十分』
「十分で十分だ」
ブリッジのホログラムを切り替える。
ベイ内部の三次元マップ、中央ハブ、そこから伸びる主要通路、水処理層へのルート、そしてさっき交戦した保守機械群の残骸位置まで重ねる。
「まず中央ハブに給電。局所再起動を試す。成功すれば照明、隔壁、センサーを取れる」
『失敗した場合は?』
「最悪、過負荷で完全沈黙」
『率直ですね』
「期待を持たせるよりいいだろ」
『同意します』
ダルクをブリッジへ呼ぶ。片腕を固定したまま不機嫌そうに入ってきたが、ホログラムを見た瞬間に顔つきが変わった。
『“これを本当に起こす気か?”』
「一部だけでいい。中枢は死んでても、ローカル制御が残ってるなら使える」
ダルクは端末を借りると、慣れた手つきで古い施設系統図の推定を書き始めた。
『“採掘ステーションの非常回路は、だいたい中央ハブと機関補助層で分かれてる。完全停止後でも生かしたいのは、隔壁と警報と最低限の環境制御だ。だから回線が生きてるなら、ハブ側から局所復帰できる可能性はある”』
「必要出力は?」
『“この規模なら本来はもっと大きい。だが局所なら……そうだな、輸送船の補助炉一基でも足りるレベルだ”』
「なら余裕だ」
ヴァルハラ・コアの永久炉なら、局所再起動程度は負担にもならない。
問題は一気に流しすぎて古い配線を焼かないことだ。
「ノア、外部給電ラインを二本。一本は主系統、もう一本は即遮断用」
『了解。慎重ですね』
「古い設備に優しくするのは大事だ」
『敵には優しくないのに?』
「敵は壊す前提だからな」
リェンが横から呆れ顔を向けてくる。
『“あなたとAIの会話、時々ついていけないわ”』
「慣れろ。多分これから増える」
『“増えるのね……”』
給電作業は工作ドローンが行った。
ベイ内壁から中央ハブまで仮設ケーブルを這わせ、断線箇所を避けながら接続。途中で古い中継端子が腐食していたが、ダルクの指示で一本飛ばしに迂回する。
そして中央ハブ前。
俺とリェン、ダルク、ドローン二機が見守る中、ノアが静かに告げた。
『接続完了。低出力送電を開始します』
端末の下部ランプが、一つ灯る。
次に二つ。三つ。
円筒端末の表面を走る細いラインに、うっすらと青白い光が戻っていった。まるで長い冬眠から、施設そのものが目を覚まし始めるみたいだった。
『反応あり。非常回路起動』
低く、鈍い音がどこか遠くで響く。
壁の奥で古い機械が回り始める振動。
続いて、一部通路の照明が明滅しながら点いた。
暗闇だった廃墟が、薄ぼんやりと輪郭を取り戻していく。
『局所マップ取得を試みます……成功率上昇……取得完了』
ホログラム上に、さっきまで不明だった内部構造が一気に広がった。
居住リング。水処理層。精錬区画。搬送シャフト。補助電源室。緊急隔壁の配置。
全部ではないが、十分すぎる情報量だ。
「当たりだ」
ダルクが思わず声を上げる。
『“やった……! 本当に生きてるぞ、この施設!”』
リェンも目を細めた。
『“これなら潜伏だけじゃない。防衛線も張れる”』
「そういうことだ」
ノアが続ける。
『さらに、ベイ入口から中央ハブまでの三通路のうち二つに、緊急隔壁がまだ稼働可能です。遠隔操作で閉鎖できます』
「最高だな」
狭い通路。
隔壁。
遮蔽。
敵は小型から中型の艦載兵か、あるいは強行乗り込みを仕掛けてくる可能性がある。
なら、ここはもう立派な殺到点だ。
「防衛配置を変える。ベイ入口は見せる。中央通路をあえて開けて誘導。左右二通路は半開でデコイ照明を置く」
『了解。侵入者を中央へ寄せるわけですね』
「中央は死線にする」
リェンが俺を見る。
『“艦相手じゃなく、乗り込み対策?”』
「偵察艦はここまで入れない。けど、不審なら兵を出すか、ドローンを入れる」
『“それを狩る、と”』
「それから艦を吊る」
『“吊る?”』
「狭いデブリ回廊でな」
俺はベイ外のマップを開いた。
偵察艦が入りそうな進路、回転する外殻片、大型残骸の死角、そしてヴァルハラ・コアが隠れて飛び出せる射線だけを抽出する。
「相手がベイ入口に注意を向けた瞬間、こっちは横から出る。正面戦じゃなく、残骸の陰から刺す」
『“本当にそういう戦い方しかしないのね……”』
「一対多では正攻法やる方がバカだ」
『“それはそう”』
準備は急速に進んだ。
工作ドローンがコンテナ残骸を牽引し、中央通路の要所に即席遮蔽を築く。
受動センサーが入口周辺へ散らばり、侵入熱源と振動を拾うよう設定される。
中央ハブからは最低限の監視機能も復旧し、いくつかの死角が消えた。
その間に、ミアが水処理層へのアクセスを確認しに向かい、戻ってきた時には少し興奮していた。
『“タンクに残量がある! 全部じゃないけど、生きてる系統がある!”』
「飲用にできるか?」
『“検査が要る。でも回収して再処理すれば使えるはず”』
水。
それだけで拠点価値は一段上がる。
水は命だ。飲用、衛生、冷却、加工。宇宙では金より重い時がある。
「他には」
『“鉱滓保管庫も見つけた。中身まではまだ見てないけど、精製前の残渣か、低純度鉱石が残ってる可能性が高い”』
さらにいい。
低純度でも構わない。ヴァルハラ・コアの小型加工機があれば、修理材や簡易部品くらいには化ける。
この廃墟、本当に宝の山だな――と思ったところで、ノアの声が鋭く割り込んだ。
『艦長。敵偵察艦が進路変更。こちらのデコイ群の一つを調べた後、周辺残骸を詳細走査しています。おそらく違和感を覚えています』
「釣れたか」
『完全には釣られていません。慎重です』
「賢い敵は嫌いじゃない」
『嘘ですね』
「大嫌いだ」
スクリーンに敵艦が映る。
細長い船体。継ぎ接ぎの装甲。艦首側面にスキャン装置、腹部に短砲身ビーム砲、後部に機動重視のスラスター群。いかにも辺境の私掠艦という見た目だ。
『単艦。後方支援なし。ただし通信は外縁待機艦と接続中』
「黙らせれば少しは時間が稼げる」
『はい』
「乗る」
俺は操縦席に座り直した。
体が自然に馴染む。
狭所機動、高速偏向、先手必勝。
やることはいつも通りだ。ただし今度は“拠点防衛戦”が加わる。
「ノア、ヴァルハラ・コアの係留解除。出るぞ」
『了解。熱源抑制のまま発進準備』
「リェンは中央ハブ。もし侵入者が出たら隔壁で切ってから撃て」
『“了解”』
「ダルク、給電維持。ミアは水処理層のバルブ確認を続けろ。緊急時は艦へ戻れ」
全員が動く。
慌ただしいが、乱れてはいない。
もう“漂流して助けられた側”じゃない。
この廃墟にいる全員が、生き残るために役割を持ち始めていた。
ヴァルハラ・コアは静かにベイから離れ、死んだ残骸の影へ潜る。
外の空間は狭い。
巨大なステーション外殻の割れ目。
その向こうを、敵偵察艦が注意深く進んでいた。
『敵艦、ベイ入口近傍へ接近。速度低下。スキャン強度上昇』
「中を見たいんだろうな」
『高確率でドローンを先行させます』
「想定通り」
俺はベイ入口の死角で待つ。
敵艦はこちらをまだ見ていない。
見ているのは、半壊区画と、そこに残った“ただの残骸”だけだ。
そして、やはり来た。
敵艦の腹部ハッチが開き、小型の索敵ドローンが二機、三機と吐き出される。球形に近いが、前面にセンサーと小口径砲が付いている。
「ノア、ベイ内に入るまで待て」
『了解』
ドローン群が入口を越えた瞬間、中央ハブの受動センサーが反応した。
『侵入確認。三』
「隔壁一枚目、閉鎖」
『実行』
鈍い衝撃音。
ベイ奥の通路で分厚い隔壁が落ちる。
侵入したドローンが慌てて反転しようとするが、遅い。
『二枚目も閉鎖可能です』
「閉じろ。リェン、挟め」
『“了解!”』
通路内で光が弾ける。
リェンの銃撃と固定防御モードにした工作ドローンの援護射撃が、閉じ込められた索敵ドローンを次々に沈黙させる。
『内部脅威排除』
「よし。次は本体だ」
敵偵察艦は異変に気づいた。
船体がわずかに後退し、スキャンをやめて姿勢を変える。
いい判断だ。だが、その逃げの動きは遅れる。
「今!」
ヴァルハラ・コアを一気に前へ蹴り出す。
残骸の陰から飛び出し、敵艦の右後方を取る。
相手が砲塔を向けるより先に、こちらのビームが走った。
一射目。右舷スラスター基部を焼く。
二射目。通信アンテナを吹き飛ばす。
敵偵察艦が急旋回しようとして失敗し、機体がぶれる。
『敵通信途絶を確認』
「逃がさない」
相手もさすがに慣れていた。
完全停止はしない。残る推進器を無理やり噴かし、狭いデブリ回廊へ突っ込もうとする。広い空間に出られれば、味方へ発光信号くらいは飛ばせるかもしれない。
だが、その進路が悪い。
前方には、俺が最初から目を付けていた回転外殻片がある。
「少し押す」
『了解。射線補正』
ビームを船体中央ではなく、あえて左舷側面に当てる。
装甲は抜かない。衝撃だけを与えるように浅く舐める。
敵艦の姿勢がわずかにずれた。
そのズレだけで十分だった。
回転してきた巨大外殻片が、敵偵察艦の腹を横から叩く。
鈍い衝突音とともに装甲がめくれ、船体が大きく折れ曲がった。
『機関部損傷大。敵艦行動不能』
「とどめ」
『了解』
最後の一撃で、敵艦の主機関を貫く。
爆発は小さい。だが内部から光が漏れ、推進系が完全停止した。
偵察艦はそのまま、割れた外殻の隙間へ吸い込まれるように沈黙した。
『敵偵察艦一、無力化』
俺は息を吐いた。
短い。
きれいな勝ち方だ。
だが、すぐ次を見る。
「外縁待機艦は?」
『不審を察知しています。こちらとの通信断を確認し、残骸帯外で位置保持。即突入はしていません』
「慎重だな」
『ええ。だからこそ時間が稼げました』
「本隊は」
『なお接近中。二十九分前後で到達見込み』
十分じゃないが、悪くもない。
俺は艦をベイへ戻しながら言う。
「最初の一匹は落とした。次は巣を固める」
『はい、艦長』
ベイへ戻ると、リェンが中央ハブ前で腕を組んで待っていた。
『“中も片付いたわ。侵入ドローンは全部沈黙。隔壁も生きてる”』
「上出来だ」
ミアも駆け寄ってくる。今度は表情が明るい。
『“水処理層の一次ろ過がまだ動く! 再起動した区画だけだけど、貯蔵タンクの水を回せる!”』
「量は?」
『“数日は余裕。節約すればもっと”』
「いい」
ダルクは端末を叩きながら叫んだ。
『“鉱滓保管庫も当たりだ! 精製済みじゃないが、鉄系、ニッケル系、あと微量のレアメタル反応がある!”』
「修理材になるな」
『“加工機があれば十分使える!”』
俺はその報告を聞いて、中央ハブの青い光を見回した。
照明。
水。
鉱物。
隔壁。
センサー。
そして艦を隠せるベイ。
まだ粗末だ。危険も多い。
けれどこれはもう、ただの廃墟じゃない。
拠点だ。
俺たちの、最初の。
「ノア、拠点名を仮登録」
『内容をどうしますか』
少し考えて、俺は笑った。
「《ベース・ゼロ》で」
『登録しました。廃採掘ステーション暫定拠点名、《ベース・ゼロ》』
エルフィナが、いつの間にか隔離区画から出てきていた。
まだ本調子じゃないはずなのに、壁に手をついて立っている。
『“零番目の基地?”』
「ああ。ここから始まるからな」
彼女はその言葉を口の中で転がすように繰り返し、静かにうなずいた。
『“悪くない名前です”』
その直後、ノアの警告が全員の頭上に響いた。
『外縁部に新規反応。敵本隊、予測より早く進入。到達まで二十二分』
空気が一瞬で張る。
だが今度は、さっきまでとは違う。
漂流して逃げるだけじゃない。
守る場所がある。
地形も、隔壁も、水も、最低限の資材もある。
そして一隻だが、高速戦闘艦もある。
俺は中央ハブの立体図を拡大した。
「よし。次は本隊だ」
リェンが口元を引き締める。
『“やることは?”』
「二つ。外は俺が削る。中はここで止める」
ダルクが眉を寄せた。
『“本隊五隻以上だぞ”』
「全部は落とさない」
指先で、デブリ回廊とベイ入口の位置をなぞる。
「先頭を潰す。後続を詰まらせる。狭い場所に誘い込んで、分断する」
『“……なるほど”』
「大艦隊相手じゃない。こういうのは交通整理だ」
リェンが乾いた笑いを漏らした。
『“あなたの交通整理、死人が出るのだけは確かね”』
「敵だけなら理想的だな」
ベース・ゼロの照明が、まだ不安定に明滅している。
廃墟の心臓はようやく動き始めたばかりだ。
その中で、俺たちは急ごしらえの拠点を本物の防衛拠点へ変えようとしていた。
異世界の宇宙。
最初の基地。
最初の味方。
そして最初の本隊戦。
ようやく、開拓者らしい顔つきになってきた気がした。
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