第四話 廃採掘ステーションへ
スクラップの峡谷は、予想以上に入り組んでいた。
巨大な採掘アームの残骸が、ねじれた骨のように宙を漂う。切断されたリング構造材がゆっくり回転し、その隙間を細かな破片群が川のように流れている。正面スクリーンには無数の警告枠が浮かび、接触予測線が赤や黄で瞬いていた。
『右舷前方、回転破片群。五秒後に交差』
「見えてる」
操縦桿をわずかに倒す。ヴァルハラ・コアの機首が沈み、直後に逆噴射を一瞬だけ噛ませる。艦は前進しながら横へ滑り、回転フレームの内側を紙一重で抜けた。
外装に光る傷が一本走る。
『外板接触、軽微』
「かすり傷だ」
『その“かすり傷”が積み重なると修理費が増えます』
「基地を作るなら修理ドックも欲しいな」
『前向きで結構です』
ノアの声は落ち着いていたが、補助表示の切り替えは速い。俺が見るべき情報だけを前に押し出し、不要な警告は脇へ流す。いいAIだ。実際、ゲームの時より賢い気がする。
いや、ゲームの時から賢かったのかもしれない。俺が本気で聞いていなかっただけで。
「ステーション跡まで」
『最短コース維持で二分四十秒。安全優先なら四分十秒』
「最短で行く。追手が先に外縁を押さえると面倒だ」
『了解。ただし前方のデブリ回廊は大型破片密度が高いです。完全手動でなければ通過は困難でしょう』
「だから俺がやってる」
細長い回廊へ機首を突っ込む。
左右の壁は、かつて採掘ステーションを構成していた外殻だろう。薄い曲面装甲、破れた配管、固定フレーム。内部照明は死んでいるが、ところどころで非常灯じみた微かな明滅が見える。完全な死骸じゃない。
『艦長、左後方――』
言われる前に見えた。
後方の闇に、一瞬だけ赤い線が走る。遠距離の探査レーザーだ。偵察艦が残骸帯を舐めるように照らしている。
「まだこっちまでは届いてない」
『ですが、パターン的に徐々に絞り込んでいます』
「なら、その前に潜る」
前方に、円筒形の巨大構造物が現れた。
半壊した採掘ステーション跡だ。
全長はヴァルハラ・コアの二十倍近い。中央の回転居住ブロックは停止し、片側の採掘アームは根本から吹き飛んでいる。外装は何度も剥がれ、骨組みが露出し、巨大な穴まで空いていた。
だが、完全に終わってはいない。
円筒胴体の一部に、まだ閉じきっていない隔壁リングがある。外部係留ベイとして使われていた区画だろう。そこなら小型艦が一時的に潜れる。
『候補ベイ三つ。第一は入口が狭いが内部空間大。第二は進入容易だが外から見つかりやすい。第三は崩落危険あり』
「第一一択」
『予測通りです』
「なんだその言い方」
『艦長は危険だが見返りの大きい選択肢を好みます』
「勝率が高い方を選んでるだけだ」
『一般にはそれを危険志向と呼びます』
軽口を叩きながらも、手は止めない。
ベイ入口は確かに狭かった。リングの外縁が半分崩れ、金属片が不規則に飛び出している。しかも内部は暗く、奥行きが見えにくい。
だが、その分だけ視認されにくい。
「ノア、艦底スラスター微調整。慣性を少し殺す」
『了解。艦長の入力に追従します』
ヴァルハラ・コアがゆっくり、しかし確実に穴へ滑り込んでいく。
右舷が骨組みをかすめ、左舷下部が千切れたケーブル束の横を抜けた。ほんのわずかでも判断を誤れば接触する。だが、こういう狭い通路での三次元把握は俺の得意分野だった。
「……通る」
『艦幅余裕、左右ともに一・四メートル未満』
「十分だ」
『普通はそう言いません』
最後に艦尾がリングを抜け、ヴァルハラ・コアはステーション内部の暗い空洞へ入った。
その瞬間、外の赤いスキャン光は完全に遮断される。
『進入成功。外部からの直接視認率、大幅低下』
俺はようやく息を吐いた。
「よし。隠れ家第一段階クリア」
『ただし、ここからが本番です』
「わかってる」
内部空洞は広かった。
かつては貨物や採掘コンテナを搬入していた区画なのだろう。壁面に係留クランプ、搬送レール、巨大な昇降シャフトらしき構造が見える。無重力のまま漂うコンテナ残骸も多い。
問題は、全てが止まっていることだった。
照明なし。動力反応なし。人工重力なし。
そして何より、内部のどこが生きていて、どこが死んでいるかわからない。
『広域スキャン開始。内部は多層構造です。少なくとも居住ブロック、精錬区画、貯蔵層、機関層の四系統を確認。ただし隔壁閉鎖多数。地図は不完全です』
「最高だな。廃墟探索のお手本みたいだ」
『艦長の脳内物質分泌パターンを見る限り、少し楽しんでいませんか』
「否定はしない」
『認識しました』
俺は操艦席を立ち、内部映像をメインスクリーンへ投げた。
この場所は使える。だが使うには確認が要る。
「ノア、まず係留固定。外部熱源は最低限。艦内は待機モードに移行」
『了解。固定クランプ接続を試みます……成功。ヴァルハラ・コアをステーション内壁へ仮係留しました』
「次に、生存に必要な順番で調べる」
指を折りながら整理する。
「一、水。二、空気と気密。三、電力。四、修理資材。五、防衛に使える設備」
『妥当な優先順位です。加えて、未知の脅威確認を先行すべきです』
「自律防衛機構とか、残留ドローンとかか」
『はい。あるいは環境汚染、放射線漏れ、構造崩壊の危険も』
「じゃあ零番目に危険確認だな」
ブリッジを出る前に、隔離区画へ寄る。
リェンたちは簡易ベッドに移され、ノアの自動医療処置を受けていた。重傷者二人は医療ポッドと処置台で安定化中。ダルクは片腕を固定されながらも端末画面をにらみ、ミアは補給品の整理を手伝っている。エルフィナだけはまだ起きていて、こちらを見るなり立ち上がろうとした。
「寝てろ」
『“眠れる状況じゃない”』
「それでもだ」
エルフィナは少し不満そうにしたが、座り直した。
リェンが疲れた声で訊く。
『“ここは?”』
「採掘ステーション跡の内部ベイ。今のところ敵からは見えにくい」
ダルクが端末越しに口を挟む。
『“この構造……古いな。少なくとも百年単位で放棄されてる可能性がある”』
「使えそうか?」
『“調べないと断言はできん。ただ、採掘ステーションなら水の備蓄タンクと鉱滓処理設備はあるはずだ。完全に死んでなければ、再利用できるものはある”』
それを聞いて、ますます価値が上がる。
「俺とノアで先行調査に行く。リェン、お前は動けるか」
『“護衛責任者に安静という概念はない”』
「医者が聞いたら怒るぞ」
『“その医者が機械なら問題ないわ”』
思ったより図太い。悪くない。
結局、先行調査は俺、リェン、そして艦内ドローン二機で行くことになった。ダルクは腕の状態が悪く、ミアは負傷者の世話を優先。エルフィナは当然却下したが、本人は不服そうだった。
装備を整える。
俺は軽量宇宙作業服に簡易装甲ベスト、腰にサイドアーム、背に短銃身ビームカービン。リェンは自分の装備から、細身の光学銃とナイフめいたものを持ち出していた。彼女の護衛服はところどころ破れているが、動きに支障はなさそうだ。
『艦長、ドローン映像を共有します』
前方へ、小型ドローンが二機浮かぶ。球形に近い本体からセンサーアームと簡易マニピュレータが伸び、照明光が暗闇を切り裂いた。
ベイ内壁に固定された仮設エアロックを抜ける。
その先は、静かな死の空間だった。
人工重力はない。ブーツの磁着で壁を歩く形になる。照明はドローン頼み。空気は薄く、かなり乾いている。だが完全真空ではないらしく、粉塵がゆっくり漂っていた。
『局所大気あり。呼吸可能域に近いですが、微粒子濃度高め。ヘルム装着を推奨します』
俺は透明フェイスシールドを下ろした。リェンも同じくヘルムを閉じる。
通路は広いが、ところどころ崩れている。壁面に刻まれた文字や記号は、リェンたちの使うものとも微妙に違うようだった。
『“古い連合標準字……いや、もっと前の型ね”』
「読めるのか?」
『“断片的には。今の共通規格より古い”』
それはありがたい。少しでも施設情報が拾えれば生存率が上がる。
ドローン一号が角を曲がった瞬間、映像に何かが映った。
細長い影。
天井配管に張り付いていたそれが、照明に反応して動く。
『接触反応!』
「下がれ!」
咄嗟にカービンを構える。
影は人間大ではない。犬ほどの大きさの多脚機械だった。外殻は黒く腐食し、関節から火花を散らしている。古い保守ドローンか警備機械か。だが敵意だけは十分だ。こちらへ飛びかかるように脚を伸ばした。
俺は二連射する。
一発目が前脚を飛ばし、二発目が胴体中央を貫く。機械は壁に叩きつけられ、火花を散らして沈黙した。
だが、それで終わりじゃなかった。
周辺の暗闇で、赤い点がいくつも灯る。
『複数反応! 待機状態の旧式自律機械群です!』
「数は!」
『近傍だけで九! さらに遠方に断続反応!』
リェンが舌打ちした。
『“放棄施設によくある最悪の残り物ね!”』
「歓迎してくれてるらしい!」
多脚機械が一斉に動き出す。
警備用というより、採掘設備を守るための雑多な自動保全部隊だろう。古く、壊れかけで、まともなIFFも残っていない。それでも侵入者を排除するという命令だけは死んでいない。
「ノア、艦内からこっちの経路に電磁パルスは撃てるか」
『限定的なら可能です。ただし施設設備へのダメージリスクあり』
「使わない。貴重な遺産だからな」
『艦長にしては慎重です』
「壊していい物と悪い物くらい分かる」
ドローン一号が閃光弾代わりの照明を焚く。
その光で敵の位置が浮いた。
「リェン、右!」
『任せて!』
彼女の光学銃が淡い緑光を吐き、一体の頭部を焼き抜く。俺は正面二体へ短射。さらに左から回り込む個体にはドローン二号が衝撃弾を当て、壁へ叩きつけた。
無重力戦は、姿勢制御が肝だ。
相手が多脚機械でもそこは同じ。
接地を失えば一気に脆くなる。
俺は通路側壁を蹴って体を滑らせ、上から一体の背面へ回り込む。カービンの銃床でセンサー部を叩き割り、そのまま至近距離で撃ち込んだ。
火花と焦げ臭い匂いが広がる。
『近傍脅威、残り三!』
「まとめる!」
通路の狭窄部へ後退し、敵を縦列に誘う。先頭が出た瞬間に射撃、後続は止まれず衝突、その隙にリェンが横から焼く。最後の一体だけが天井沿いに抜けようとしたが、ドローン一号がマニピュレータを犠牲に絡みつき、動きを止めた。
そこへ俺が撃ち込んで終わる。
静寂。
漂うのは機械の破片と、焼けた配線の臭いだけだった。
『局所脅威、沈黙を確認』
「……廃墟探索ってこうなるよな」
『艦長の期待に満ちた発言を記録しました』
「記録するな」
リェンが少し肩で息をしながら、周囲の残骸を蹴って確認する。
『“旧式ね。完全な戦闘用じゃない。保守機に簡易武装を足した程度”』
「なら、本気の警備区画があったらもっと面倒だな」
『“あるでしょうね”』
全くうれしくない予想だった。
だが一つ収穫がある。
この施設は完全死ではない。古いシステムが部分的にでも残っている証拠だ。なら、電力幹線や制御中枢もどこかで眠っている可能性がある。
「先へ進む。目的は変わらない」
通路を抜け、広い円形室へ出た。
そこは中継ハブらしかった。複数の廊下が放射状に伸び、中央には巨大な柱状端末。画面は死んでいるが、端末下部の一部だけがまだ微弱に光っている。
リェンが近づいて埃を払う。
『“読める……水処理層、居住リング、機関補助層、精錬区画……”』
「水処理層があるのか」
『“ええ。生きていれば、だけど”』
「生きてなくてもタンクはあるかもしれない」
ノアが補足する。
『このハブ周辺に微弱な電位差を確認。非常用回路の一部が活動している可能性があります』
「外部電源で叩き起こせるか?」
『可能性はあります。ヴァルハラ・コアから給電ラインを引けば、局所的な再起動試験は実施可能です』
それだ。
「まずハブを生かす。そうすれば地図が取れるかもしれない」
『加えて、区画制御を奪えれば防衛にも利用できます』
「照明、隔壁、センサー、ドック制御……全部武器になるな」
俺は中央端末を見上げた。
この施設は壊れている。危険も多い。
だが、使える。
隠れ家どころじゃない。最初の根城として十分な可能性がある。
その時、ノアの声が緊迫を帯びた。
『艦長。外部状況が変化しました。敵偵察艦一隻が残骸帯内部へ進入。もう一隻は外縁で待機。さらに遠方から本隊らしき五隻の航跡が接近中です』
「猶予は」
『偵察艦がこの周辺まで来るのは早ければ十二分。本隊到着は三十五分前後』
十分じゃない。
けれど、絶望的でもない。
「なら十二分で、ここを“隠れ家”から“噛みつく巣”に変える」
リェンが半ば呆れ、半ば本気で笑った。
『“あなた、本当にそういう発想なのね”』
「要塞化の基本は簡単だ。通路を絞る、目を増やす、遮蔽を作る、相手に位置を誤認させる」
『“単艦艦長の発想じゃないわ”』
「ゲームだと、一人で基地防衛戦もやるんだよ」
『“ゲーム?”』
「気にするな」
俺は即座に指示を出す。
「ノア、艦内工作ドローンを追加で二機。ベイ入口に受動センサー敷設。使えそうな残骸を曳航して遮蔽にする」
『了解。さらに偽装熱源デコイの散布も可能です』
「やれ。敵に“まだ残骸帯を漂ってる”と思わせる」
「リェン、水処理層と居住リングへの最短経路を見てくれ。ダルクにはハブ再起動に必要そうな設備リストを洗い出させる」
『“了解”』
「俺は艦に戻って給電準備とベイ防衛を整える」
中央ハブの微弱な光を見ながら、俺は口元を上げた。
ただ逃げ込んだだけじゃない。
ここから先は、こちらの陣地だ。
廃採掘ステーション。古い水処理施設。眠った区画制御。
敵は追ってくるだろう。
なら、迎え撃つ準備をすればいい。
ヴァルハラ・コア一隻では足りないものも、基地と組み合わせれば補える。
遮蔽、罠、経路制御、偽装、局地戦。
高速戦闘艦の強みを、固定拠点で何倍にも増幅する。
「ノア」
『はい、艦長』
「この廃墟、もらうぞ」
『所有権の法的整理は不明ですが、実効支配という意味では賛成です』
「十分だ」
俺たちは踵を返し、仮設の根城となるベイへ急いだ。
外では偵察艦が迫っている。
内では眠った施設がうっすら息をしている。
そして俺の頭の中では、すでに防衛配置図が組み上がり始めていた。
この宇宙で最初の拠点は、まともな歓迎もなく手に入るらしい。
だが、そういう方が性に合っている。
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