第三話 救助した異星人の正体

 接続区画の空気は、静かに張り詰めていた。


 俺の前を、救助した異星人たちが慎重に進んでいく。担架に乗せられた重傷者二人は意識がない。小柄な少女は気丈に歩いていたが、顔色は悪く、今にも倒れそうだった。最後尾の男は片腕を押さえたまま、何度も後ろを振り返っている。


 追手。


 その言葉が、やけに重かった。


『隔離区画の環境調整を開始しました。相手の船内から採取した大気サンプルを解析中。酸素比率は本艦と近似。微量成分に差異あり。現時点では短時間接触に問題なしと推定します』


 ノアの報告を聞きながら、俺はリェンと名乗った女を見た。


 近くで見ると、彼女たちの姿はますます人間に近い。骨格も、手足の構造も、顔の配置も大きく変わらない。違うのは耳の長さと、瞳の色、それに頬の横にある発光線だ。それは血管にも刺青にも見えたが、一定間隔で淡く明滅していた。


 生体器官か、後天的なデバイスか。


 どちらにせよ、今はそこを詮索している場合じゃない。


「医療ポッドへ重傷者を。歩ける奴はベッドに移せ」


 ノアが翻訳し、リェンが短くうなずく。


『“助かる。だが、先に確認したい。あなたは……どこの勢力の者?”』


 その質問は当然だった。


 見たこともない艦。見たこともない服装。聞いたこともない言語。しかも単艦で武装した高速戦闘艦。


 相手からすれば、怪しいことこの上ない。


「どこの勢力でもない、って言って信じるか?」


 リェンは少し考えたあと、正直に答えた。


『“すぐには無理”』


「だよな」


『“でも、あなたは私たちを助けた。だから少なくとも、すぐ撃つ相手ではない”』


「それで十分だ」


 リェンの目がわずかに細くなる。警戒が完全に解けたわけではないが、最低限の対話は成立したらしい。


 隔離区画へ入ると、白い壁面に沿って医療ベッドと簡易診断装置が展開されていた。ノアの制御だ。すでに一基の医療ポッドは起動し、青白い液晶のような光が内部で揺れている。


 重傷者を乗せた担架が運び込まれる。


『外傷多数。循環器系不安定。内出血の可能性大。処置を開始します』


 ノアのアームが天井から伸び、機械的だが無駄のない動きで診断を始める。救助された側の男が目を見張った。


『“自律医療機械……? この規模の艦で?”』


 リェンも驚いている。どうやら珍しい技術らしい。


「性能はそこそこいい。命はつなげるはずだ」


 男が何か言いかけたが、リェンが手で制した。


『“感謝する。私はリェン。さっきも言ったけど、この輸送船セレイスの護衛責任者よ”』


 彼女は胸に手を当て、呼吸を整えてから続けた。


『“こちらは機関主任のダルク、補給担当のミア、負傷者二名は船員。もう一人は……”』


 そこで言葉が止まる。


 彼女の視線の先には、小柄な少女がいた。年齢は十代前半に見える。淡い金髪。華奢な体。簡素だが質の良さそうな服。頬の発光線は他の面々よりはっきりしており、耳元には小さな装飾具が付いていた。


 少女は俺を見ると、ほんの少しだけ顎を上げた。怯えていないわけではない。だが、気丈に見せようとしている。


『“私はエルフィナ”』


 ノアの翻訳越しでも、妙に澄んだ声だった。


『“ここまで助けてくれたこと、礼を言います”』


 言葉遣いが他より少し堅い。


 ただの乗客じゃないな、と直感した。


 俺が何も言わずにいると、リェンが渋い顔で口を開いた。


『“……彼女は、セルナート連邦の辺境議会に連なる家の者よ”』


 やっぱり、か。


 護衛責任者。追手。輸送船。若い少女。わかりやすい構図になってきた。


「要人ってことだな」


『“そうなる”』


「追手はそいつを狙ってる?」


『“半分は正解、半分は違う”』


 リェンは疲れたように壁にもたれ、俺をまっすぐ見た。


『“彼女個人も価値がある。でも本命は、彼女が持っている航路情報と認証鍵”』


 言いながら、リェンはエルフィナの首元を見た。そこには銀色の小さなペンダントがあった。一見すると飾りだが、どこか機械的な精密さがある。


「航路情報?」


『“この星系の周辺には、古い中継門跡がある”』


「中継門……ワープゲートみたいなものか?」


『“似たようなもの。昔の大戦以前に使われていた超空間航路の残骸よ。今は大半が壊れてるけど、一部はまだ利用可能だとされている”』


 それは重要だった。


 宇宙開拓において航路は命だ。採掘地より、資源より、交易品より、まず安全な移動経路が必要になる。そこを押さえれば、単艦でも存在感を持てる。


 そして多分、追手も同じことを考えている。


「その情報を売れば、相応の値段になるわけか」


『“海賊なら売る。軍閥なら独占する。国家なら囲い込む”』


「で、追ってきてるのは何者だ?」


 リェンは一瞬だけ答えを迷ったようだったが、すぐ諦めた顔になった。


『“ヴァルガ私掠群”』


 知らない名前だ。


 だが、彼女たちの反応を見るに相当厄介らしい。


『“国家ではない。海賊とも少し違う。大戦で崩れた辺境軍の残党、亡命企業の警備艦、犯罪商会の私兵、そういうものが何度も混ざってできた勢力よ。正式な旗を持たず、金になるものなら何でも奪う”』


「統制は?」


『“緩い。でも戦い慣れている。弱い輸送船や辺境コロニーには、十分すぎる脅威”』


 ノアが割り込む。


『補足します。外縁部の超光速航跡は七。質量推定から、小型ないし中型艦。コルベット級からフリゲート級に相当する可能性が高いです』


「今の俺たちで正面から相手するには?」


『不利です』


 即答だった。


『単艦戦闘なら艦長の操艦により優位を取れる可能性はあります。しかし、七隻が連携した場合、本艦のエネルギー回復特性が弱点になります。高機動、バリア維持、兵装使用を連続すれば、炉心安定率が低下し、いずれ押し切られる公算が高いです』


「だろうな」


 ヴァルハラ・コアは強い。だが“無敵”じゃない。

 特に消耗戦は良くない。


 単艦だからこそ、勝つなら短時間で片をつける必要がある。


 なら、正面衝突は避けるべきだ。


「リェン。この星系に隠れられる場所はあるか」


 彼女はすぐに返した。


『“第三惑星の外縁軌道に、古い採掘ステーションの残骸がある。航路図にないスクラップ帯に紛れてるはずよ。小型艦なら潜めるかもしれない”』


「使える施設か?」


『“期待しないほうがいい。でも外殻くらいは残ってる可能性がある”』


 採掘ステーション。


 それは単なる隠れ場所以上の意味を持つ言葉だった。


 残骸でもいい。採掘施設なら、資源処理機や貯蔵タンク、外部ドック、あるいは精錬設備の一部が残っているかもしれない。再利用できれば、この星系での最初の拠点候補になる。


 水、鉱物、遮蔽、停泊地。


 全部につながる。


「ノア、そのステーションを探せるか」


『断片的な位置情報をもとに検索します』


 数秒後、スクリーン上に第三惑星周辺の立体マップが展開された。無数のデブリの中に、わずかに幾何学的な形状反応が一つ浮かぶ。


『候補を一つ発見。大型構造物の残骸。自転を伴い、動力反応なし。内部空洞あり。外部係留も理論上可能です』


 俺は小さく息を吐いた。


「あるじゃないか」


『ただし、内部の安全性は不明。気密、放射線、残存自律防衛機構の有無も未確認です』


「それでも候補にはなる」


 リェンが俺を見た。


『“逃げるつもり?”』


「隠れる。必要なら迎え撃つ。そのための地形を使う」


『“……なるほど”』


 彼女の目が少し変わる。


 ただの武装船乗りではない、と判断し直したのかもしれない。


「この艦は速い。けど一隻だ。だから戦場を選ぶ」


『“賢明ね”』


「あと、この星系を捨てる気もない」


 それは口にしてから、自分でも少し驚いた。


 まだ来たばかりだ。土地勘も勢力図も言語もない。なのに、心のどこかで俺はもう、この星系を“最初の拠点候補”として見ていた。


 理由は単純だ。


 恒星系がある。惑星がある。軌道上に人工施設の残骸がある。未知文明の航路情報が近傍にある。

 そして今この瞬間、誰も完全に支配していない。


 開拓者にとって、それは十分すぎる魅力だった。


『艦長』


 ノアの声が、いつもよりわずかに硬かった。


『追加解析。超光速航跡のうち二つが減速フェーズへ移行。先行艦です。到達予測を更新……二十二分後』


「早いな」


『敵も航跡を辿っている可能性があります。先ほどの戦闘残滓を拾われるかもしれません』


「なら時間がない」


 俺はその場で判断した。


「ノア、医療処置を継続しつつ離脱準備。リェン、隠れ家候補までの細かい進入情報を全部出してくれ。記憶でもいい」


『“わかった”』


「ダルク、だったな」


 片腕を押さえていた男が顔を上げる。


『“あ、ああ”』


「お前は機関主任なんだろ。採掘ステーション跡で再起動できそうな設備の見当をつけてくれ。空調でも、電源でも、ドックでも何でもいい」


 ダルクは一瞬呆けた。


『“助かる場所を探すんじゃなく、使う前提なのか?”』


「当然だろ」


「隠れるだけじゃ次がない。補給地点がいる。水も、鉱物も、修理場所も」


 言いながら、頭の中ではすでに順番を組み始めていた。


 第一段階。追手をやり過ごす。

 第二段階。採掘ステーション残骸を確保。

 第三段階。水・電力・資源処理の確立。

 第四段階。外部との情報接触。交易か、偽装か、あるいは局地的な武装抑止。


 単艦で全部はできない。だが、最初の一歩なら踏み出せる。


 ダルクが、疲れた顔のまま乾いた笑いを漏らした。


『“無茶を言う男だな、あんたは”』


「よく言われる」


『“……嫌いじゃない”』


 リェンは呆れたように目を閉じ、それから小さく笑った。


『“助けられた直後に基地建設の話をする救助者なんて初めて見たわ”』


「俺も助けた相手が航路鍵持ちの要人だったのは初めてだ」


 エルフィナが、それまで黙って成り行きを見ていたが、ここで一歩前に出た。


 彼女は年若い見た目に反して、不思議なくらい落ち着いていた。


『“あなたは、見返りを求める?”』


 まっすぐな問いだった。


 俺は少しだけ考えてから答える。


「求める。けど今すぐじゃない」


 リェンの眉が上がる。


「まずは生き延びることが先だ。そのあと、この星系と周辺宙域の情報をもらう。勢力図、交易、航路、補給可能な場所、危険宙域。そのあたりだ」


 エルフィナはじっと俺を見つめていたが、やがて静かにうなずいた。


『“妥当です”』


 そして、少しだけ表情を和らげる。


『“では約束します。私たちがここを切り抜けられたら、知っている限りの情報を提供します”』


「成立だ」


 その時、ノアがブリッジ側から新しい映像を共有した。


 星系外縁。暗闇の中に、歪みが二つ。


 空間が水面のように揺れ、その中心から黒い艦影が現れる。細長く、獣じみたシルエット。艦首に赤い発光帯。装甲には統一感がなく、継ぎ接ぎのような改装跡が見える。


『先行艦、出現。距離一二〇万。熱源上昇中。周辺を広域スキャンしています』


 リェンの顔から血の気が引いた。


『“ヴァルガ……!”』


「見た目からして悪党だな」


『“冗談を言ってる場合じゃない!”』


「わかってる」


 だが、視線はスクリーンから逸らさない。


 二隻。まずは先行偵察だろう。本隊が来る前に獲物の位置を固めたいはずだ。なら、まだ間に合う。


「ノア、離脱。最大加速は使うな。熱源を抑えて残骸帯へ入る」


『了解。低観測航行へ移行』


「ステーション跡の回転軸とデブリ密度を計算。相手の大型艦が入りにくいコースを出せ」


『算出します』


「兵装は?」


『ビーム砲二門、ミサイル残六。バリアは回復中。炉心安定率、七八パーセントまで上昇』


「十分だ」


 艦内が微かに揺れた。ヴァルハラ・コアが進路を変え、青い惑星の影へ滑り込んでいく。


 隔離区画の外壁越しに、遠くの恒星光が流れた。


 逃走ではない。陣地移動だ。


 俺は再びブリッジへ向かうため、踵を返す。背後から、リェンの声が飛んだ。


『“ユウ!”』


 振り向く。


 彼女は迷った末に、短く言った。


『“……死なないで。あなたがいないと、私たちは終わる”』


「安心しろ」


 俺は軽く手を上げる。


「まだこの星系で、水も鉱石も、拠点も掘ってないんだ。死んでる暇はない」


 ブリッジへ戻ると、正面スクリーンに第三惑星の外縁軌道が大写しになっていた。


 無数の残骸群。古い採掘リングの破片。漂流するコンテナ。切り裂かれた巨大アーム。

 その奥に、半分崩れた円筒状施設――採掘ステーション跡。


 まるで宇宙の墓場だ。


 だが俺には、ただの墓場には見えなかった。


 遮蔽になる外殻。再利用できる資材。隠された係留区画。内壁を塞げば居住区にできる空間。もしかしたら貯蔵タンクに水も残っているかもしれない。


 荒野じゃない。未整備の拠点だ。


『艦長。敵偵察艦の一隻が本艦の戦闘痕跡へ接近しています。おそらく先ほどの撃破残骸を発見します』


「させろ。そこで注意を引きつけているうちに潜る」


『了解』


 俺は操縦桿を握り直した。


 ゲームでは、マップの隅にある廃ステーションは大抵ただの遮蔽物か、資源ポイントだった。

 けれどここでは違う。


 ここが、俺の最初の基地になるかもしれない。


 たった一隻のコルベットから始まる宇宙開拓。

 その第一歩は、追われながら潜り込む廃鉱山の残骸だった。


『進入コース確定。デブリ回廊へ入ります。艦長、操艦権限を補助モードから完全手動へ移行しますか』


 ノアが尋ねる。


 俺は笑った。


「当然だ。こういう狭いところは、俺の領分だ」


『了解。操艦権限、艦長へ全面移譲』


 正面に、回転する金属の迷宮が迫る。


 その向こうには追手。

 この内側には、未来の拠点候補。

 そして、俺の腕がある。


「行くぞ、ノア」


『はい、艦長』


 ヴァルハラ・コアは機首を沈め、スクラップの峡谷へと飛び込んだ。

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